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始まり
出会い
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「隊長!」
そう呼ばれて彼女は振り返った。
一つにまとめた髪が軽くなびく。
「何処へ行かれてたんですか?」
「すみません。会議に呼ばれていたので」
彼女はぺこりと頭を下げた。
身長は低く、幼顔の彼女は、隊長と呼ばれるには些か幼く見えた。
声を掛けた甲冑の男の方がよっぽど隊長らしい。
「いえ、それならいいんです。ところで次の出兵ですが…」
男は大きな紙を取り出すと、隊長に見えるように少し屈んだ。
それは彼女達のいるアラゴン地方の地図であった。
地図には沢山の書き込みがある。
二人は地図を見ながらあれこれと話し合った。
メジラントと隣国のオートマタの国境沿いにあるアラゴン地方。
そこにはメジラントの防衛基地が作られ、オルリカントの攻撃に応戦するため多数の部隊が配置されていた。
その内の一部隊、主に魔術師と騎士で構成されている第五部隊に隊長として配属されたのは、少女の様な見た目の魔術師であった。
彼女はメジラントの政府が戦争の為に国中から集めた魔術師の一人であった。
魔術軍人とは違う普通の魔術師が隊長ということで、部隊内では彼女を良く思わない者もいた。
だが彼女は高い能力を持っていて、オルリカントの兵器に負けない魔力で、何度も敵国の侵略を防いだ実力者である。
その日も、防衛基地に彼女の部隊は配属されていた。
「国境沿いに敵の部隊が展開しています。我々はこの基地で待機、敵に動きがあれば応戦するようにとの命令です」
「敵の本陣からは随分と離れていますね。こんな辺境の地に部隊を配置とはどういうことでしょうか…」
隊長は首を傾げた。
辺境の地アラゴン地方の中でも最も端に位置する場所であるこの地は、オルリカントから侵攻する為には山々が壁の様に聳え立ち、些か不便であると彼女は考えた。
「逆にアラゴンから攻め入って南下し、メリアスやロイズを陥して一気に中央都市デメニアに向かうつもりかもしれません」
「それなら南のゼリアから向かう方が早いと思いますが…」
敵の思惑が解らず、二人は首を振った。
「兎に角、敵の動きに気を付けてください。何かあれば直ぐに動けるように待機をお願いします。ローアン少尉」
甲冑の男、ローアンは一礼すると足早に去っていった。
さて、と隊長は先程の話を改めて考えた。
わざわざ山を越えて進軍するのにはきっと理由があるはずだ。
国境沿いに何かがあるのかもしれない。
資材や食料があるのならば、こちらで押さえておきたい。
「偵察しないといけないな…」
偵察しなければ、しかし、偵察班は別の地方での任務で出払っている。
部隊内で偵察班を組織するか、いや、自部隊は攻撃隊の騎士と戦いに不慣れな魔道士しかいない。
偵察が出来る者は…。
隊長は閃くと、足早に作戦室に向かった。
作戦室にはこの基地の責任者であるマーロンがいた。
マーロンはメジラントの魔術軍人であり、国王から特級魔術師の称号を与えられた魔術師である。
彼は過去にも何度かの紛争を鎮めた実力者で、特にオルリカントとの戦いでは、敵の兵器を細かく分析し、対抗する為の魔導兵器の 開発にも携わっていた。
一度は一線を退いたが、此度の戦争で国を守る為にと復帰することになった。
隊長は会釈をすると、マーロンの座っている席の向かい側の席に座った。
「私に何か御用かな?」
マーロンは穏やかな笑みを浮かべた。
隊長は少し緊張しつつ答える。
「実はお願いがあって参りました」
「お願い?一体何かな?」
「敵部隊の偵察に行く許可を頂きたいのです」
「偵察か、確かに敵の情報は欲しい。だが君の事だからそれだけではないのだろう?」
「はい…偵察は私一人で行きたいのです」
隊長の言葉に、マーロンは苦笑した。
「ほう、部隊長が一人で!それは大事じゃないか。何故またそんな無茶なことを?」
「私の部隊で偵察を行えるのは私だけだと判断しましたので」
「ふむ…確かに君の隊は普通の魔術師や軍人でない戦闘に不慣れな者が多い。だからといって君一人では…」
「お願いします。敵の部隊をどうしても自分の目で見たいのです」
「これはまた…」
暫く唸っていたマーロンだったが、隊長の決意に満ちた目を見ると、諦めて許可を出した。
「いいだろう。但し、少しでも危険を感じたら撤退すること。君の留守中、部隊の指揮は私が執ろう」
「ありがとうございます」
隊長が頭を下げると、マーロンは困ったような笑みを浮かべた。
「全く君は無茶をしたがる。気を付けて行って来なさい」
翌日早朝、隊長は一人で敵陣へと出発した。
鬱蒼と茂る森を進む。
恐らくは戦地であったのだろう、不自然に倒れている木や、薙ぎ払われた草が彼方此方に見えた。
そのまま小一時間程歩くと、小川が流れていた。
隊長は小川の水を掬って一口飲んでみた。
水は冷たく喉を潤した。
隊長はここで休憩することに決め、ただし防具は外さずに腰を下ろした。
両手で水を掬って顔を洗い、持ってきた食料を少しだけ食べると、空を見上げた。
風がそよそよと気持ち良く流れ、白い雲が少しずつ形を変えていった。
戦争をしているなんて夢のようだ、と隊長は思った。
その時である。
森の中がざわついてるのを感じた隊長は、武器である杖を手に取ると、身を隠しながら様子を伺った。
森の中には、さっきまでは無かったオルリカントの戦車があり、兵士達が武器を構えていた。
一体何をしているの…?
隊長は慎重に、戦車に近付いていった。
すると、小さな檻があり、中に誰かが捕らわれているのが見えた。
兵士達はその檻を守るように立っていた。
どうやら囚われ人はとても大事な人らしい。
もう少し近付けば檻の中が確認できる…。
そう隊長が思った時、ぱきりと枝を踏んでしまった。
その音に反応してオルリカントの兵が隊長の方を向いた。
隊長は咄嗟に折れた木の裏に隠れた。
草を踏む音が近付いてくる。
隊長は息を殺した。
兵士達は暫く辺りを窺うと、武器を降ろしてその場を離れた。
助かった…。
隊長はホッと胸を撫で下ろした。
兵士達は檻を囲むと、リヤカーの様な物に乗せて何処かに運び始めた。
隊長は見つからない様に気を付けて後を追った。
兵士達が向かったのはアラゴンを囲む様に聳える山々の一つ、ロイズ山を登った所にある小さな山小屋だった。
辺りを窺いながら檻を運び入れている。
隊長は山小屋を観察した。
見た目は普通の木でできた小屋であった。
「こんな所で何をしているんだろう…」
それから暫く観察していたが、小屋に入った兵士は出て来なかった。
隊長は慎重に小屋へ近付くと、窓から様子を見た。
小屋の中には机とベッドが置いてあるだけで人影は無かった。
さっき入っていった檻と兵士達は何処へいった?
隊長はゆっくり扉を開けて中に入った。
部屋の中は薄暗く、薄っすらと埃を被っていた。
隊長はじっくりと部屋を調べ、床の足跡が部屋の真ん中で消えているのを発見した。
床に触れ、軽くなぞると床板が少し浮いていた。
隊長はナイフを取り出すと、ゆっくり隙間に入れて持ち上げた。
すると、床板が外れて地下に降りる階段が現れた。
隊長は警戒しながら階段を降りていった。
冷たい壁を伝って先に進むと、奇妙なガラス張りの部屋が並んでいた。
そこにはメジラントでは見ることのない機械が置かれており、白い服を着た人間が何かをしていた。
ここで何かを作っている?
隊長は部屋を気にするあまり、周辺の警戒を怠っていた。
「侵入者だ!」
その声にはっとして振り向くと、武器を構えた兵士に囲まれていた。
しまったと思ったがもう遅かった。
隊長はそのまま捕まり、手錠をかけられた。
「こいつ、一体どうやってここに?」
「もしかしたらメジラントの兵かもしれん」
「どうする?この研究所を知られてしまったら始末しなければ…」
兵士達は口々に話している。
何とか逃げなければ…。
隊長はチャンスを窺っていた。
「こいつは“あれ”の実験に使おう」
兵士の一人がそう言うと、他の兵士達は頷いた。
「それは良い」
「“あれ”の実験には丁度いい」
“あれ”とはなんだ?
隊長は兵士達の言う“あれ”が気になった。
それを知るのは直ぐだった。
小さなガラス張りの部屋に連れられ、隊長は“あれ”と対面した。
それは培養器に入れられ、無数のチューブに繋がれた少女であった。
「この子は…」
「よし、培養器から出せ」
培養器の水が抜かれ、少女は中から引っ張り出された。
金色の長髪が顔を覆っている。
白服の一人が少女の状態を確認している。
「よし、バイタルも問題無い。後は意識を戻すだけだ」
そう言うと、チューブを外して顔を軽く叩く。
少女はゆっくりと目を開いた。
美しいコバルトブルーの瞳が隊長を見つめた。
「よし、いいぞ。実験開始だ」
兵士達は部屋を出ると、扉に鍵をかけた。
隊長は手錠を外そうともがいたが、鉄の手錠はかちかちと音を鳴らしただけだった。
どうする…どうしたらいい…?
隊長は少女から離れようと後ずさった。
少女はその様子を見ているだけだった。
すると、部屋に設置されたスピーカーから声が流れた。
「四八一番、そいつを殺せ」
その言葉を聞いた少女は起き上がると、たどたどしい足取りで隊長に近付いた。
そして両手を伸ばして隊長に触れようとする。
もうだめだと隊長は目を瞑った。
だが、少女は手を下ろすとその場に座り込んだ。
隊長は恐る恐る彼女の様子を見た。
少女は無表情で静かに自分の手を見ていた。
「四八一番!何をしている!そいつを殺せ!」
男の怒号が部屋に響いた。
だが少女は動かない。
ガラスの外では兵士達が殺せ!殺せ!と囃し立てている。
隊長は彼女に話しかけた。
「貴女、もしかして人を殺したくないの?」
その言葉を聞いた少女は、目を見開いた。
そして口を動かしたが、言葉は出なかった。
「そうなの?本当に、そうなの…?」
その時である。
少女が動かない事に痺れを切らした兵士が部屋に入ってきた。
そして少女の髪を掴むと無理矢理顔を起こした。
「何をやってるんだ!早くこの女を殺せ!この出来損ないが!」
そう言うと、懐から小型銃を取り出し隊長に向けて構えた。
「お前が殺せないなら俺が殺すだけだ!」
少女はそれを見ると静かに立ち上がった。
そして、兵士に近付く。
「漸くその気になったか。ほら早くー」
そう言いかけた兵士の首を少女の指が撥ねた。
兵士の体がその場に倒れこむ。
首はガラスにぶつかって転がった。
外で見ていた兵士達は驚いて騒いでいる。
少女が拳で叩くと、ガラスは粉々に破れた。
そして彼女は武器を構えた兵士達に近付く。
「こいつを抑えろ!」
「出来損ないだ!殺しても構わん!」
兵士達は一斉に銃の引き金を引いた。
だが弾丸は彼女の体に命中することは無かった。
彼女が両手を突き出すと、弾丸は全部床に落ちた。
兵士達はパニックになり、少女に襲いかかる。
しかし少女は兵士達を一人、また一人と葬りさっていく。
隊長には彼女の力が何かは解らなかった。
ただ、先程の少女の様子とは違う、冷たい機械の様に兵士を殺す姿がどうしても重ならなかった。
兵士の一人が別の部屋にあった培養器から異形の者を出すと、あいつを殺せ!と命令した。
モンスターは少女に襲いかかった。
その時、彼女の瞳が紅蓮の炎を宿したのを隊長は見た。
次の瞬間、彼女の体は謎の機械に覆われ、モンスターを弾き返した。
部屋にある機械を取り込んで大きくなっていく。
そして、体が輝き始め、地面が揺れ始めた。
少女は隊長を見つめた。
その燃える瞳から何かを感じた隊長は、彼女の側へ行った。
すると、隊長の体を守る様に機械の羽が覆い隠した。
隊長は羽の中で蹲った。
揺れが大きくなり、輝きも強くなる。
そして、次の瞬間、少女の体から発せられたビームで全てを焼き尽くした。
研究施設も、山小屋も、全てが消し飛んだ。
隊長が恐る恐る外の様子を見ると、山小屋どころか山の一部まで無くなっていた。
少女は、体を覆っていた機械が崩れ、その場に倒れこんだ。
隊長は彼女に駆け寄ると、抱き起こした。
少女は静かに眠っていた。
隊長はホッとしたが、直ぐにこの状況を見て愕然となった。
オルリカントが研究施設で育てていた少女。
この子はきっと人間兵器なのだー。
そう呼ばれて彼女は振り返った。
一つにまとめた髪が軽くなびく。
「何処へ行かれてたんですか?」
「すみません。会議に呼ばれていたので」
彼女はぺこりと頭を下げた。
身長は低く、幼顔の彼女は、隊長と呼ばれるには些か幼く見えた。
声を掛けた甲冑の男の方がよっぽど隊長らしい。
「いえ、それならいいんです。ところで次の出兵ですが…」
男は大きな紙を取り出すと、隊長に見えるように少し屈んだ。
それは彼女達のいるアラゴン地方の地図であった。
地図には沢山の書き込みがある。
二人は地図を見ながらあれこれと話し合った。
メジラントと隣国のオートマタの国境沿いにあるアラゴン地方。
そこにはメジラントの防衛基地が作られ、オルリカントの攻撃に応戦するため多数の部隊が配置されていた。
その内の一部隊、主に魔術師と騎士で構成されている第五部隊に隊長として配属されたのは、少女の様な見た目の魔術師であった。
彼女はメジラントの政府が戦争の為に国中から集めた魔術師の一人であった。
魔術軍人とは違う普通の魔術師が隊長ということで、部隊内では彼女を良く思わない者もいた。
だが彼女は高い能力を持っていて、オルリカントの兵器に負けない魔力で、何度も敵国の侵略を防いだ実力者である。
その日も、防衛基地に彼女の部隊は配属されていた。
「国境沿いに敵の部隊が展開しています。我々はこの基地で待機、敵に動きがあれば応戦するようにとの命令です」
「敵の本陣からは随分と離れていますね。こんな辺境の地に部隊を配置とはどういうことでしょうか…」
隊長は首を傾げた。
辺境の地アラゴン地方の中でも最も端に位置する場所であるこの地は、オルリカントから侵攻する為には山々が壁の様に聳え立ち、些か不便であると彼女は考えた。
「逆にアラゴンから攻め入って南下し、メリアスやロイズを陥して一気に中央都市デメニアに向かうつもりかもしれません」
「それなら南のゼリアから向かう方が早いと思いますが…」
敵の思惑が解らず、二人は首を振った。
「兎に角、敵の動きに気を付けてください。何かあれば直ぐに動けるように待機をお願いします。ローアン少尉」
甲冑の男、ローアンは一礼すると足早に去っていった。
さて、と隊長は先程の話を改めて考えた。
わざわざ山を越えて進軍するのにはきっと理由があるはずだ。
国境沿いに何かがあるのかもしれない。
資材や食料があるのならば、こちらで押さえておきたい。
「偵察しないといけないな…」
偵察しなければ、しかし、偵察班は別の地方での任務で出払っている。
部隊内で偵察班を組織するか、いや、自部隊は攻撃隊の騎士と戦いに不慣れな魔道士しかいない。
偵察が出来る者は…。
隊長は閃くと、足早に作戦室に向かった。
作戦室にはこの基地の責任者であるマーロンがいた。
マーロンはメジラントの魔術軍人であり、国王から特級魔術師の称号を与えられた魔術師である。
彼は過去にも何度かの紛争を鎮めた実力者で、特にオルリカントとの戦いでは、敵の兵器を細かく分析し、対抗する為の魔導兵器の 開発にも携わっていた。
一度は一線を退いたが、此度の戦争で国を守る為にと復帰することになった。
隊長は会釈をすると、マーロンの座っている席の向かい側の席に座った。
「私に何か御用かな?」
マーロンは穏やかな笑みを浮かべた。
隊長は少し緊張しつつ答える。
「実はお願いがあって参りました」
「お願い?一体何かな?」
「敵部隊の偵察に行く許可を頂きたいのです」
「偵察か、確かに敵の情報は欲しい。だが君の事だからそれだけではないのだろう?」
「はい…偵察は私一人で行きたいのです」
隊長の言葉に、マーロンは苦笑した。
「ほう、部隊長が一人で!それは大事じゃないか。何故またそんな無茶なことを?」
「私の部隊で偵察を行えるのは私だけだと判断しましたので」
「ふむ…確かに君の隊は普通の魔術師や軍人でない戦闘に不慣れな者が多い。だからといって君一人では…」
「お願いします。敵の部隊をどうしても自分の目で見たいのです」
「これはまた…」
暫く唸っていたマーロンだったが、隊長の決意に満ちた目を見ると、諦めて許可を出した。
「いいだろう。但し、少しでも危険を感じたら撤退すること。君の留守中、部隊の指揮は私が執ろう」
「ありがとうございます」
隊長が頭を下げると、マーロンは困ったような笑みを浮かべた。
「全く君は無茶をしたがる。気を付けて行って来なさい」
翌日早朝、隊長は一人で敵陣へと出発した。
鬱蒼と茂る森を進む。
恐らくは戦地であったのだろう、不自然に倒れている木や、薙ぎ払われた草が彼方此方に見えた。
そのまま小一時間程歩くと、小川が流れていた。
隊長は小川の水を掬って一口飲んでみた。
水は冷たく喉を潤した。
隊長はここで休憩することに決め、ただし防具は外さずに腰を下ろした。
両手で水を掬って顔を洗い、持ってきた食料を少しだけ食べると、空を見上げた。
風がそよそよと気持ち良く流れ、白い雲が少しずつ形を変えていった。
戦争をしているなんて夢のようだ、と隊長は思った。
その時である。
森の中がざわついてるのを感じた隊長は、武器である杖を手に取ると、身を隠しながら様子を伺った。
森の中には、さっきまでは無かったオルリカントの戦車があり、兵士達が武器を構えていた。
一体何をしているの…?
隊長は慎重に、戦車に近付いていった。
すると、小さな檻があり、中に誰かが捕らわれているのが見えた。
兵士達はその檻を守るように立っていた。
どうやら囚われ人はとても大事な人らしい。
もう少し近付けば檻の中が確認できる…。
そう隊長が思った時、ぱきりと枝を踏んでしまった。
その音に反応してオルリカントの兵が隊長の方を向いた。
隊長は咄嗟に折れた木の裏に隠れた。
草を踏む音が近付いてくる。
隊長は息を殺した。
兵士達は暫く辺りを窺うと、武器を降ろしてその場を離れた。
助かった…。
隊長はホッと胸を撫で下ろした。
兵士達は檻を囲むと、リヤカーの様な物に乗せて何処かに運び始めた。
隊長は見つからない様に気を付けて後を追った。
兵士達が向かったのはアラゴンを囲む様に聳える山々の一つ、ロイズ山を登った所にある小さな山小屋だった。
辺りを窺いながら檻を運び入れている。
隊長は山小屋を観察した。
見た目は普通の木でできた小屋であった。
「こんな所で何をしているんだろう…」
それから暫く観察していたが、小屋に入った兵士は出て来なかった。
隊長は慎重に小屋へ近付くと、窓から様子を見た。
小屋の中には机とベッドが置いてあるだけで人影は無かった。
さっき入っていった檻と兵士達は何処へいった?
隊長はゆっくり扉を開けて中に入った。
部屋の中は薄暗く、薄っすらと埃を被っていた。
隊長はじっくりと部屋を調べ、床の足跡が部屋の真ん中で消えているのを発見した。
床に触れ、軽くなぞると床板が少し浮いていた。
隊長はナイフを取り出すと、ゆっくり隙間に入れて持ち上げた。
すると、床板が外れて地下に降りる階段が現れた。
隊長は警戒しながら階段を降りていった。
冷たい壁を伝って先に進むと、奇妙なガラス張りの部屋が並んでいた。
そこにはメジラントでは見ることのない機械が置かれており、白い服を着た人間が何かをしていた。
ここで何かを作っている?
隊長は部屋を気にするあまり、周辺の警戒を怠っていた。
「侵入者だ!」
その声にはっとして振り向くと、武器を構えた兵士に囲まれていた。
しまったと思ったがもう遅かった。
隊長はそのまま捕まり、手錠をかけられた。
「こいつ、一体どうやってここに?」
「もしかしたらメジラントの兵かもしれん」
「どうする?この研究所を知られてしまったら始末しなければ…」
兵士達は口々に話している。
何とか逃げなければ…。
隊長はチャンスを窺っていた。
「こいつは“あれ”の実験に使おう」
兵士の一人がそう言うと、他の兵士達は頷いた。
「それは良い」
「“あれ”の実験には丁度いい」
“あれ”とはなんだ?
隊長は兵士達の言う“あれ”が気になった。
それを知るのは直ぐだった。
小さなガラス張りの部屋に連れられ、隊長は“あれ”と対面した。
それは培養器に入れられ、無数のチューブに繋がれた少女であった。
「この子は…」
「よし、培養器から出せ」
培養器の水が抜かれ、少女は中から引っ張り出された。
金色の長髪が顔を覆っている。
白服の一人が少女の状態を確認している。
「よし、バイタルも問題無い。後は意識を戻すだけだ」
そう言うと、チューブを外して顔を軽く叩く。
少女はゆっくりと目を開いた。
美しいコバルトブルーの瞳が隊長を見つめた。
「よし、いいぞ。実験開始だ」
兵士達は部屋を出ると、扉に鍵をかけた。
隊長は手錠を外そうともがいたが、鉄の手錠はかちかちと音を鳴らしただけだった。
どうする…どうしたらいい…?
隊長は少女から離れようと後ずさった。
少女はその様子を見ているだけだった。
すると、部屋に設置されたスピーカーから声が流れた。
「四八一番、そいつを殺せ」
その言葉を聞いた少女は起き上がると、たどたどしい足取りで隊長に近付いた。
そして両手を伸ばして隊長に触れようとする。
もうだめだと隊長は目を瞑った。
だが、少女は手を下ろすとその場に座り込んだ。
隊長は恐る恐る彼女の様子を見た。
少女は無表情で静かに自分の手を見ていた。
「四八一番!何をしている!そいつを殺せ!」
男の怒号が部屋に響いた。
だが少女は動かない。
ガラスの外では兵士達が殺せ!殺せ!と囃し立てている。
隊長は彼女に話しかけた。
「貴女、もしかして人を殺したくないの?」
その言葉を聞いた少女は、目を見開いた。
そして口を動かしたが、言葉は出なかった。
「そうなの?本当に、そうなの…?」
その時である。
少女が動かない事に痺れを切らした兵士が部屋に入ってきた。
そして少女の髪を掴むと無理矢理顔を起こした。
「何をやってるんだ!早くこの女を殺せ!この出来損ないが!」
そう言うと、懐から小型銃を取り出し隊長に向けて構えた。
「お前が殺せないなら俺が殺すだけだ!」
少女はそれを見ると静かに立ち上がった。
そして、兵士に近付く。
「漸くその気になったか。ほら早くー」
そう言いかけた兵士の首を少女の指が撥ねた。
兵士の体がその場に倒れこむ。
首はガラスにぶつかって転がった。
外で見ていた兵士達は驚いて騒いでいる。
少女が拳で叩くと、ガラスは粉々に破れた。
そして彼女は武器を構えた兵士達に近付く。
「こいつを抑えろ!」
「出来損ないだ!殺しても構わん!」
兵士達は一斉に銃の引き金を引いた。
だが弾丸は彼女の体に命中することは無かった。
彼女が両手を突き出すと、弾丸は全部床に落ちた。
兵士達はパニックになり、少女に襲いかかる。
しかし少女は兵士達を一人、また一人と葬りさっていく。
隊長には彼女の力が何かは解らなかった。
ただ、先程の少女の様子とは違う、冷たい機械の様に兵士を殺す姿がどうしても重ならなかった。
兵士の一人が別の部屋にあった培養器から異形の者を出すと、あいつを殺せ!と命令した。
モンスターは少女に襲いかかった。
その時、彼女の瞳が紅蓮の炎を宿したのを隊長は見た。
次の瞬間、彼女の体は謎の機械に覆われ、モンスターを弾き返した。
部屋にある機械を取り込んで大きくなっていく。
そして、体が輝き始め、地面が揺れ始めた。
少女は隊長を見つめた。
その燃える瞳から何かを感じた隊長は、彼女の側へ行った。
すると、隊長の体を守る様に機械の羽が覆い隠した。
隊長は羽の中で蹲った。
揺れが大きくなり、輝きも強くなる。
そして、次の瞬間、少女の体から発せられたビームで全てを焼き尽くした。
研究施設も、山小屋も、全てが消し飛んだ。
隊長が恐る恐る外の様子を見ると、山小屋どころか山の一部まで無くなっていた。
少女は、体を覆っていた機械が崩れ、その場に倒れこんだ。
隊長は彼女に駆け寄ると、抱き起こした。
少女は静かに眠っていた。
隊長はホッとしたが、直ぐにこの状況を見て愕然となった。
オルリカントが研究施設で育てていた少女。
この子はきっと人間兵器なのだー。
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