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<C08> 旧友との懇親会

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 まだ陽は高い。時間にすればオヤツの時間ぐらいだろうか。宿に入るには少し早めの到着だけど、まずは宿泊先の確保が第一だ。

 宿代はアリスが出してくれるとのことで、街で一番高い宿、もちろんアリスは一番高い部屋。クリフはハブられてましたが。

 俺たちは一般の部屋だけど、それでも十分過ぎる設備で、これ以上何を望む状態。格差を思い知らされるってもんだ。

 ニトロが「格差社会万歳!」とか戯けていたな。気持ちはよく分かる。

 その後ちょっと飯にも早いから、少し街でもうろつくかとなったので、アリスとクリフもさそって、やたらと豪華な一階フロアで待っていた。

 少ししてからアリスとクリフが、やってきた。でもその姿にちょっと驚いた。

 アリスは白いドレスを着て、さらにあれこれと装飾品を付けてる。階段をクリフに手を取られて、優雅に降りてくる姿は、後光すら見えそうだ。

 まさにTHEお姫様だ。

 クリフもクリフで、白を基調とした礼服を着てらっしゃる。腰には細身の剣を二振り帯刀している。実戦用というより装飾用とか護身用っぽいな。

 まるでこれから2人でお城にでも行くような、そんな恰好なのだが……

 俺たちが驚き目を見開いていると、マリアがちょこちょこと寄ってくる。マリアもきちんとした侍女としての制服になっている。つまりメイド服だ。

「恐れいります、これからロレッツオ辺境伯にご挨拶に行ってまいります。夜には戻るかと思いますので。」

 といってペコリと頭を下げた。

 辺境伯にご挨拶……ですか。

「さっき知らないって言ってなかった?」

 俺が突っ込むとアリスがにこっと笑う。

「辺境伯様とは面識はありませんよ?」
「うん、僕も話したことはない。」

 アリスとクリフが顔を見合わせて微笑んでる。

「アリス様とクリフ様は、ロレッツオ辺境伯のご子息、ツェザーリ様とご学友ですので。」

 マリアがはにかんで言った。

「学友?」

 驚く俺にアリスが「あはは、そういうこと」と笑った。

 ああ、そうですかそうですか、ご学友様にご挨拶はするのですね。勝手に行ってこいや~。
 
 でもたしか辺境伯のお城まで結構あるぞ……
 
 お城は城塞都市の真ん中にあって、ここから歩いて2時間ほどだろう。2人の体力なら懸念も無いけど、その格好でいくんすか?町中を?場違い過ぎませんか?

 その姿で歩きだと、町中じゃ悪目立ちしすぎるだろ。だいたい馬車はもう預けちまったぞ。

 と思っていたら、宿の前にどーんと馬車が停まった。

 白馬に引かれた白い馬車、まるでガラスの靴を履いたお姫様をお城に送る馬車みたいだ。

 白い豪華な馬車の御者台から、黒い燕尾服を着た白髪の老人が降りてくると、恭しく2人に一礼する。
 
「アリス様、クリフ様、ロレッツオ辺境伯の命により、お迎えに参上いたしました。」
「お迎えご苦労様です。」

 マリアが一礼し、アリスとクリフがコクリと頷いた。

 はぁ、2人は舞踏会にでも行くのでしょうか。カボチャの馬車が?化した白馬車に乗って王子様と楽しくやるのですか。

 なんだかな。

 俺、あの女神にもっと逆らっとけばよかった?

 せめて貴族に生まれ変わらせろって、言えばよかったかなぁぁ?

 なんか自分の運命がわけわからなくなってくる。

 いんや、そんなことはない。俺には俺のやることが有るんだ。

 等と思っていると、2人は「少々留守を致します。」といってさっさと馬車に乗って行ってしまった。
 
「ジュンヤ~。」

 アリスを見送ると、ニトロが話しかけてきた。情けない声出してるなよ。

「格差ってすげーな。」

 もうね、その気持ちよっくわかるわ。
 
 俺もがっくりと項垂れてしまった。


◇◇



 お城のような屋敷のなか、1階にある部屋。

 綺羅びやかで年代を感じさせる品のある調度品、洗練されたインテリアが飾られた広い来客用の部屋で、ふかふかのソファにアリス=ルイーズとクリフ=ラザロはゆったりと座っていた。

 彼等の前に置かれた大理石造りの天板のテーブルの前には、品の良いティーセットが置かれ、温かい紅茶が注がれていた。

 アリスがティカップを摘み上げ、香りを嗅いでうっとりとすると、一口飲み込んだ。

 紅茶の葉はなかなか手に入らない、遠く南方の小国で採れる高級茶葉が使われている。心が洗われるような、心地よさを醸し出す茶葉だ。

 味にうっとりとし、一頻り余韻を楽しんでからティカップを置いた。

「ツェザーリ様、大変美味しい紅茶です。」
 
 アリスはテーブルの向かいに座る金髪の青年、ツェザーリ=ロレッツオに視線を向けた。
 
「お口に召したようで、ほっと致しました。」
「あれから1年ですか。ツェザーリ様もすっかり……」

 アリスは懐かしそうにツェザーリを見た。
 イグリーズ学園で過ごした日々。そして練武場で剣を交えた事が思い起こされる。

 あの頃でもイケメンでカッコ良かった少年が、この一年ですっかり子供っぽさが抜けて、大人の魅力が垣間見える男になっていた。それはもちろん隣に座るクリフも同じなのだが、なにしろツェザーリとは1年ぶりに会うのだ。

 そうあの惨劇の日以来の再会なのだから。

「ふん、俺より劣るけどな。」
「お黙りなさい、クリフ。」

 クリフがぼそっと言って、アリスに叱られた。

 そんな仲睦まじい2人に、ツェザーリは目を細くして微笑んだ。

「アリス様こそ、素晴らしくお綺麗になられました。クリフ様が羨ましいですよ。」
「まあ、仮面を着けているのに、判るのかしら?」

 ツェザーリの言葉に、アリスはぽっと頬を染め、くすっと笑った。

「ツェザーリ、俺のヨメを口説くんじゃないぞ。」
「お黙り、クリフ。」
「だってっ。」
「いいから黙りなさい。」

 またアリスに叱られ、クリフはしゅんとなってしまった。これで婚姻を結んだとしたら、完全に尻に敷かれることは、まず間違いないだろう。

「ははは、でもクリフ様、覚えてらっしゃいますか?あの時のクリフ様はカッコ良かったですよ。あんな修羅場であんな事を……」

 ツェザーリが言いながら、クスッと笑みを浮かべた。

「ば、そんな昔のこと、やめろっての、恥ずかしいだろ。」
「……何を……私の方が恥ずかしかったです……ほんとに。」

 アリスはあの日のことを思い起こし、頬を赤らめそして悲惨な出来事を思い起こした。
 
 忘れることはない、忘れようとしても、絶対に忘れられないあの日の事を。


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