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<C17> 中立地帯へ

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††

 翌朝。

 俺たちはいよいよノスフェラトゥへの船着場がある《ミスティの街》へ向かうわけだ。
 
 出立の準備も終わるころに、ニトロからここから《ミスティの街》へ向かうための注意を聞く。
 
 まず《ミスティの街》はグランダム王国に属しているわけではない、ということ。

 ではどこの国に属しているかというと、街は中立地帯と呼ばれる場所にある。 

 いわばどの国にも属さない、無法地帯とも言える地帯に存在する、唯一の街なのだ。
 
 それが何を意味するかというと、荒くれ者や犯罪者の温床ということだな。当然この先、グランダム王国から一歩でれば、盗賊やら野盗が魔獣以上に跳梁跋扈している、というわけだ。

 つまり普通じゃあの町には近づくような物好きは、まず居ないってことだ。なにしろ街にいってもなにか特産品があるわけじゃない。
 
 海の町だっていうのに、漁港も無い。船に乗っていく先はノスフェラトゥしかないのだ。その為常に大型の船が駐留している。

 つまり《ミスティの街》に向かう連中の大半は、ノスフェラトゥに用事がある連中ってことだ。

 そんなんで町は成り立っているのか、というと。諸国からノスフェラトゥへと向かう軍隊が、週一位の周期で兵士や物資を送っている。商人たちはこれに便乗して移動している。

 中には軍隊に襲い掛かる豪の者もいるらしいが、成功した試しは無いとか。そのおかげで商人たちも安心安全に物資の移動ができるようだ。

 さらに街中では軍人たちが徘徊しており、意外とミスティの街は治安が良い。
 
「で、安全なのか危険なのか。」

 俺は首をかしげて尋ねた。
 
「知らん。」
「は?」

 ニトロが投げ捨てるように言い捨てやがった。
 
「俺も行くのは初めてなんだよ。」
「なに?」

 お前、さも知ってるように話してただろうがぁ。
 
「聞いた話だ、あくまでも人伝に聞いただけだ。」
「……このやろう。」

 ニトロを睨みつけるが、それを飄々と躱しやがる。

「まあいいや、で、道中はどうすんだ?こっちは高貴な方も同伴するんだぜ。野盗やら盗賊が跳梁跋扈してたら、やべーだろ?」
「なあに、何とかなんだろ。そのためのゴ──」

 この野郎が相変わらずだな。と思ったら、ニトロが言葉を止めた。何やら外が騒がしい。

「なんだなんだ?」

 宿の外がやたら騒がしい。人がざわめいているし、何やら大勢の足音がしているような。
 
「どうしたんだ?」

 不信に思ったのか、グルームが宿のドアを開けて外を見ると、なにやら立ち止って呆けている。
 
 続いてゴレムやレヴィも行くが、同じくポカーンとしていた。それどころか、宿に宿泊していた客まで集まりだし、ドアの前で全員ポカーン。
 
「何が起きた。」

 ニトロが怒鳴りつけて向かう。同じくポカーン。
 
「どうなってんだ?」

 俺とリリスが首をかしげていると、背後から声が掛かった。
 
「みなさん、お早う……あら、どうしました?」
「何を集まっているんだ?」

 アリスとクリフ、そしてマリアが階段から降りてくるところだ。

 アリスは白黒のドレス、クリフは軽装鎧《ライトアーマー》、そしてマリアはメイド服。
 
 なるほど全員いつでも戦える?格好のようだ。アリスとマリアには疑問が残るところだが、アリス曰くマリアはあれが戦闘服なのだそうだ。

 侍女はメイド服が戦闘服ね、なるほどね。

 入口の前に大勢が集まっているのを見て、アリスもまた首を傾げた。
 
「あ~、お早うございます、アリス様。」

 俺はアリスに挨拶すると、ルミがたーっと寄ってきて、俺の隣に並び。

「ハヨーーッ」

 と声をあげた。そこにコッペルもやってきて、ルミの足に絡みついたかと思うと、床にチョコンと座り、アリスに向かって「クゥーッ」と鳴き声を上げた。
 
「おはよ、ルミちゃん、コッペ。」

 アリスがくすっと笑ってルミの頭を撫でた。おめーら、いつのまに訓練された。

 入口に留まっていた客やニトロたちが、さあっと割れたかと思うと、紫色の鎧を身に纏い、白いマントを翻した戦士が現れた。背には重そうな両手剣を背負っている。

 年の頃なら14、5歳だろうか。金髪のかなりのイケメン。いったいどこの騎士だ?

 騎士はアリスとクリフの前に屈み込むと、片膝をついて胸に手を当てた。

「お早うございます、アリス様、クリフ様、お迎えに参上いたしました。」

「もう、仕方ないわねぇ……お早うございます、ツェザーリ様。」
「意外に早かったな、ツェザーリ、よろしく頼む。」

 アリスは少々困った顔をして、クリフは満面の笑顔で騎士を迎えた。

 てかお前ら知り合いかよっ!どうなってんだよ。
 
「任せておけ、クリフ、お前らを……皇女様、クリフ様を安全にお届けいたします。」

 ツェザーリは立ち上がり、さっと手を前に掲げて頭を下げ、くいっと顎をあげてクリフにニヤッと笑いかけた。
 
「まぁ堅いことは抜きにしよう。」

 すっとクリフが前に出ると、ツェザーリと握手を交わす。

 ふ~ん、なんかいい感じだな。
 
 なるほどねぇ旧友とでもいうのかな。先日いってたな、つまりあの騎士はロレッツオ辺境伯の息子。イグリーズ学園の学友か。

 で、入口で驚いてるわけは、そういうことだった。ロレッツオ辺境伯配下の騎士、200名が宿屋の前に控えていた。

 さらにアリスとクリフ用の豪華な馬車まで用意されて……

 俺たちの乗るスペースなんて、なさそうね。ははは。

 騎士たちはアリス達を、城砦都市ファルコンまで送るそうだ。その後ファルコンに駐留している、諸国連合軍と合流するとか。

 ツェザーリはそこまで来るとか。

 いずれは最前線に立つ者として、この機会に人と魔の戦いを見ておきたいということだ。

 で、俺たちはどうなるわけかな。

 俺は予定通り向かうつもりだが、ニトロたちは一応アリス達の護衛の予定だったのだが。契約もしてるしな。

 これじゃ俺たち必要?って顔してるぞ。

 どうすんだ、おい!

「仕方ないでしょ~、押し切られちゃったんだから。」

 とアリスが頬を膨らませる。

「押し切るったって……」
「お父様のせいよ。」
「へ?」

 アリスのお父様というと、国王陛下?

「そ、ロレッツオ辺境伯によろしく頼む、なんて書簡を届けたものだから。皇女と大公子息になにかあったらって……」

 あ~~そういうことですか。
 そういや結構辺境伯の屋敷に通ってたな。

「というわけだ、お前たちがアリス様、クリフ様をお守りしてきたことには感謝する。だがここから先は、我らに任せてよいぞ。」

 ツェザーリが快活に笑う。

 いや任せろって、ニトロ達の立場がないだろが。

「まぁいいよ、金は前金で貰ってるしな。」
「むぅ……」

 ちょっと気にくわないが、本人が諦めたような顔をしてるし、まあいいのかな。
 
「ま、ジュンヤは約束もあるしな、一緒に行ってやるよ。」

 ニトロがにっと笑い、レヴィやグルームもポンと肩を叩いてきた。

 てなわけで、俺達は大所帯となって、騎兵200人と豪奢な馬車、その後ろからおんぼろ馬車が、街道を一路《ミスティの街》を目指して出立した。


◇◇


 町から数時間もすると国境が見えてくる。

 国境などといっても、あからさまに柵があるわけでもない。街道沿いに検問があり、国境警備の兵が駐留しているだけだ。

 その国境警備の兵たちが敬礼する前を、ロレッツオ辺境伯軍騎兵200人が通り過ぎていく。
 
 先頭には装甲を纏った戦馬に乗ったツェザーリが、そして騎兵に囲まれた豪奢な馬車が、最後尾付近にはあまりにも場違いな、安普請の幌馬車が過ぎていく。

 これを見た人々は、いったいどう思っただろうか。

 恥ずかしいわっ!!

 しかし考えないことにした。相手は皇女だ。お国で一番偉いお方の子女なんだ。

 いくら元日本人でも、13年もそんな生活をしてれば、感覚だっておかしくなってるんだ。

 貧民にとって異常なことでも、貴族にとっては当たり前なんだ。

 俺は自らに言い聞かせ、気にしないことにした。

 考えるとムカついてくるから、考えるのをやめた。

 前を見ないようにして、馬車のなかでルミやコッペルと戯れていた。
 
 別に拗ねてるわけじゃないからな!



 《ミスティの街》までは、2日もかからない距離だ。

 こんな大所帯なら、野盗やら盗賊やらも襲ってくるわけがない。

 そもそも辺境伯ってのは、やたらと強い兵士を揃えているとか。辺境で隣国からの侵略に対して、正面からぶつかる緩衝地でもあるとかで、皆鍛えているとかどーとか。

 そんな連中なら、魔獣が来ても、吸血鬼《バンパイア》クラスの魔族が襲ってきても、簡単に追い払えるだろう。

 ぶっちゃけ俺達が出る幕などないだろう。

 あ、これってもしかしてフラグ立ててしまったか?

「まぁ、ここはノスフェラトゥも近いからな。何が起きるか……」

 ニトロ~~、フラグ立てるなぁ。

††
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