40 / 106
<K01> 私は運のない子でした
しおりを挟む
††
柊加奈芽は落ち込んでいた。
自分は運が無いと。
中学から陸上を頑張り、高校生になってからはタイムも伸びて大会でも好成績を残せるほどになっていた。
これならインターハイにも出られるという時に、なんで季節外れのインフルエンザになんて掛かるのか。
医者も珍しいとしか言わず、当初は唯の高熱だと思われていた。
40度近い高熱に学校で倒れてしまい、ようやくインフルエンザだとわかった。そのあとは学校中で感染者がでて大変だったのだが。
その結果陸上部は全員罹患してしまい、結果予選は不参加、もちろん成績を残すことなどできるわけもなかった。
熱が引いて学校へでると、凄まじい白い目が突き刺さったが、果たして自分の責任なのだろうか。
熱が出てもインフルエンザだと認めてもらえず、学校に逝けといった母親のせいではないのか。
体調が良くないのに部活に出ろと言った、顧問のせいではないのか。なんで自分が責められなければいけないのか。
「いつものことかな……」
嘆息し、はぁっと夕暮れに染まる川を見つつた。土手上からオレンジ色に染まる川を見ていると、余計に落ち込んでくる。
何しろ昔からついていない。自分には不幸の星が付いているのではないかと思うくらいついていない。
大事なモノが無くなったり、いざというときに何かしら事件が起きたり、挙句の果てに今回だ。大会でトップの成績を残せる自信はあった。それだけ練習したし記録も出ていた。
なのに……
なんでこうなった。
「もうなんかどうでも良くなってくる。こんな世の中なら、もう逃げ出したいよ~」
大きく溜息を吐いた。
そのときなんかくぐもったようなおかしな音が聞こえてくる。
首をかしげ、辺りを見回してみると、河川敷の方で人が揉めている様にみえた。
「喧嘩?」
黒い服を着た数人の男と、少し小汚い恰好をした男。何か揉み合いのようにも喧嘩のようにも見えるが、どうも違う。
そこでふと最近頻発している浮浪者狩りを思い出す。
河川敷などで暮らしている浮浪者に、暴力を奮う学生が居ること。先日もどこかで浮浪者が殺されたという事件があった。
そうした目で見れば、小汚い男は黒い服の男たちに一方的に殴る蹴るをされている、そんな風にも見える。
目を凝らせばそれが明らかになり、黒い服の男たちはどう見ても自分よりも年下の中学生だ。
すぐに警察をと思い立つが、このままでは警察が来るまでにあの浮浪者は死んでしまうだろう。
加奈芽はなりふり構わず土手からおりて、河川敷に降り立った。
「ちょっとあんた立ち、何してんだーっ!」
加奈芽の声が河川敷に響き渡り、中学生3人の手が止まった。中学生は少し怯むがなにやらぼそぼそと話している。
「警察呼んだからね、すぐ来るからね。あんたたち中学生でしょ。
ハッタリだった。
警察はまだ呼んでいない。呼ぶ暇が無かったというより、タイミングを逃してしまった。
加奈芽が大声で叫ぶと殴られていた浮浪者が地面を這いずり、そして立ち上がって走りだした。
「わぁぁぁぁあああああっ!」
何やら狂ったように喚き奔る。
「ひっ。」
それが一瞬襲われるのではないか、そんな恐怖を加奈芽に与えるが、浮浪者は加奈芽の脇を通り抜けて、土手上に上がっていく。
「な、なんなの。」
奔る浮浪者に気を取られ、視線が中学生たちから外れた。
「むぐっ!」
誰かの手が口を押さえつけ、他の手が身体を押さえつけた。
「たく邪魔してくれちゃってムカつくな。」
耳元で若い声が響く。視線の端に自分を覗き込む中学生の顔が見えた。
金髪で悪ぶっているがまだ幼い顔。にやにやと加奈芽を覗き込んでいる、ギラギラとした眼。
「おねーさんのお陰で玩具《おもちゃ》が無くなっちゃった。」
「責任とってよね。」
「とりま俺らの玩具《おもちゃ》、決定ね。」
にやついた顔が3つ、加奈芽を覗き込み、身体を羽交い締めにし、剰えもぞもぞと非ぬ場所を手が這いまわり、触ってくる。
「むーーーーっ!」
抗おうとする加奈芽だが、中学生とはいえ男、1人だけなら加奈芽の体力なら抗えただろうし、逃げられただろう。だが3人となると中々に難しい。
このままでは非常にまずいことになる。やっぱり自分はついてない、あんな浮浪者は放っておけばよかった。
目一杯の力で抗いながら、己の行動の愚かさを思い知った。
その時、土手上の方からタイヤのスキール音がしたかと思うと、激しい衝撃音が聞こえた。
何かがぶつかった様な音か、よくはわからないが以前に交通事故を目撃した時の音に似ていた。
そして何かが落ちてくる。ぐちゃっと歪な音がしたかと思うと、加奈芽の目の前にボロ雑巾のようなものがあった。
「わ、わぁぁぁぁっ!」
中学生たちが悲鳴を上げ固まった。そしてその原因は──眼の前に有るボロ雑巾のような物体、血に塗れた元浮浪者の死体だ。
何がなんだか判らない。いったいなにが起きているのか。だがその思考もすぐに停まる。
非ぬものが加奈芽の目の前に突っ込んできたのだ。
土手上を本来走ってはいけないはずの、大型のトラックが視界いっぱいに広がっていった。
その日の夜のニュースには河川敷で起きた悲惨な事故のニュースが流れていた。
土手上を重量オーバーの上に速度超過して走っていたトラックが、飛び出してきた無職の男性を跳ね飛ばし、さらにハンドル操作をミスしたため、土手から落ちて河川敷に居た女子高生と男子中学生を巻き込んだ死亡事故が起きたと報じられた。
††
柊加奈芽は落ち込んでいた。
自分は運が無いと。
中学から陸上を頑張り、高校生になってからはタイムも伸びて大会でも好成績を残せるほどになっていた。
これならインターハイにも出られるという時に、なんで季節外れのインフルエンザになんて掛かるのか。
医者も珍しいとしか言わず、当初は唯の高熱だと思われていた。
40度近い高熱に学校で倒れてしまい、ようやくインフルエンザだとわかった。そのあとは学校中で感染者がでて大変だったのだが。
その結果陸上部は全員罹患してしまい、結果予選は不参加、もちろん成績を残すことなどできるわけもなかった。
熱が引いて学校へでると、凄まじい白い目が突き刺さったが、果たして自分の責任なのだろうか。
熱が出てもインフルエンザだと認めてもらえず、学校に逝けといった母親のせいではないのか。
体調が良くないのに部活に出ろと言った、顧問のせいではないのか。なんで自分が責められなければいけないのか。
「いつものことかな……」
嘆息し、はぁっと夕暮れに染まる川を見つつた。土手上からオレンジ色に染まる川を見ていると、余計に落ち込んでくる。
何しろ昔からついていない。自分には不幸の星が付いているのではないかと思うくらいついていない。
大事なモノが無くなったり、いざというときに何かしら事件が起きたり、挙句の果てに今回だ。大会でトップの成績を残せる自信はあった。それだけ練習したし記録も出ていた。
なのに……
なんでこうなった。
「もうなんかどうでも良くなってくる。こんな世の中なら、もう逃げ出したいよ~」
大きく溜息を吐いた。
そのときなんかくぐもったようなおかしな音が聞こえてくる。
首をかしげ、辺りを見回してみると、河川敷の方で人が揉めている様にみえた。
「喧嘩?」
黒い服を着た数人の男と、少し小汚い恰好をした男。何か揉み合いのようにも喧嘩のようにも見えるが、どうも違う。
そこでふと最近頻発している浮浪者狩りを思い出す。
河川敷などで暮らしている浮浪者に、暴力を奮う学生が居ること。先日もどこかで浮浪者が殺されたという事件があった。
そうした目で見れば、小汚い男は黒い服の男たちに一方的に殴る蹴るをされている、そんな風にも見える。
目を凝らせばそれが明らかになり、黒い服の男たちはどう見ても自分よりも年下の中学生だ。
すぐに警察をと思い立つが、このままでは警察が来るまでにあの浮浪者は死んでしまうだろう。
加奈芽はなりふり構わず土手からおりて、河川敷に降り立った。
「ちょっとあんた立ち、何してんだーっ!」
加奈芽の声が河川敷に響き渡り、中学生3人の手が止まった。中学生は少し怯むがなにやらぼそぼそと話している。
「警察呼んだからね、すぐ来るからね。あんたたち中学生でしょ。
ハッタリだった。
警察はまだ呼んでいない。呼ぶ暇が無かったというより、タイミングを逃してしまった。
加奈芽が大声で叫ぶと殴られていた浮浪者が地面を這いずり、そして立ち上がって走りだした。
「わぁぁぁぁあああああっ!」
何やら狂ったように喚き奔る。
「ひっ。」
それが一瞬襲われるのではないか、そんな恐怖を加奈芽に与えるが、浮浪者は加奈芽の脇を通り抜けて、土手上に上がっていく。
「な、なんなの。」
奔る浮浪者に気を取られ、視線が中学生たちから外れた。
「むぐっ!」
誰かの手が口を押さえつけ、他の手が身体を押さえつけた。
「たく邪魔してくれちゃってムカつくな。」
耳元で若い声が響く。視線の端に自分を覗き込む中学生の顔が見えた。
金髪で悪ぶっているがまだ幼い顔。にやにやと加奈芽を覗き込んでいる、ギラギラとした眼。
「おねーさんのお陰で玩具《おもちゃ》が無くなっちゃった。」
「責任とってよね。」
「とりま俺らの玩具《おもちゃ》、決定ね。」
にやついた顔が3つ、加奈芽を覗き込み、身体を羽交い締めにし、剰えもぞもぞと非ぬ場所を手が這いまわり、触ってくる。
「むーーーーっ!」
抗おうとする加奈芽だが、中学生とはいえ男、1人だけなら加奈芽の体力なら抗えただろうし、逃げられただろう。だが3人となると中々に難しい。
このままでは非常にまずいことになる。やっぱり自分はついてない、あんな浮浪者は放っておけばよかった。
目一杯の力で抗いながら、己の行動の愚かさを思い知った。
その時、土手上の方からタイヤのスキール音がしたかと思うと、激しい衝撃音が聞こえた。
何かがぶつかった様な音か、よくはわからないが以前に交通事故を目撃した時の音に似ていた。
そして何かが落ちてくる。ぐちゃっと歪な音がしたかと思うと、加奈芽の目の前にボロ雑巾のようなものがあった。
「わ、わぁぁぁぁっ!」
中学生たちが悲鳴を上げ固まった。そしてその原因は──眼の前に有るボロ雑巾のような物体、血に塗れた元浮浪者の死体だ。
何がなんだか判らない。いったいなにが起きているのか。だがその思考もすぐに停まる。
非ぬものが加奈芽の目の前に突っ込んできたのだ。
土手上を本来走ってはいけないはずの、大型のトラックが視界いっぱいに広がっていった。
その日の夜のニュースには河川敷で起きた悲惨な事故のニュースが流れていた。
土手上を重量オーバーの上に速度超過して走っていたトラックが、飛び出してきた無職の男性を跳ね飛ばし、さらにハンドル操作をミスしたため、土手から落ちて河川敷に居た女子高生と男子中学生を巻き込んだ死亡事故が起きたと報じられた。
††
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
393
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる