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「……本当に、これでよろしいのですか?」
セシリア・ガーネットは、艶やかな夜会服の裾を踏まないように気をつけながら、控えめな声で父テオドールに問う。
「よろしい。お前が悪役を演じ続けることこそ、我がガーネット家を守る道だ」
舞踏会の会場は、華やかな音楽と貴族たちの笑い声で満ちている。
その中心にいるのは、第一王子ライナスとセシリア……そしてセシリアの心を押し潰すような視線を送る周囲の令嬢たち。
「まさか、こんな場所で婚約を破棄されるだなんて……」
そんな囁きが近くで聞こえる。
けれどセシリアは唇を噛み締めながら、まるで自分には関係のないことのように微笑んでいた。
「セシリア・ガーネット」
ライナスが淡々と、しかしよく通る声で名を呼ぶ。
彼の金髪がシャンデリアの光を受けてキラリと輝く様に、周囲は見とれ、そして静まり返った。
「今、この場でお前との婚約を破棄する」
凍りついた空気の中で、セシリアの心臓だけが激しく鼓動しているのを感じる。
けれど彼女の表情は変わらない。
いや、変えてはならないのだ。
ガーネット家を守るためにも――。
「……まあ、なんと失礼な殿方なのでしょう。ですが構いませんわ。私のほうからも、この関係など願い下げです」
セシリアはそう言い放ち、冷たく笑ってみせる。
「なんて傲慢な……!」
そう呟いたのは、周囲の令嬢たちか、あるいはライナス本人か。
そのざわめきのどちらもセシリアにとっては同じだった。
彼女が今、果たすべきは“悪役令嬢”としての役割。
痛々しく傷ついている姿を見せることなど、許されない。
「セシリア、言葉を慎め! 王太子殿下に対して……!」
父テオドールが演技なのか本気なのか、叱責を飛ばす。
それを受けてセシリアは形だけの謝罪をするふりをするが、すぐにライナスへと視線を戻した。
「けれど、ライナス殿下。あなたは私を『王妃に相応しくない』と判断なさったのでしょう? でしたら今後、どうぞ私のことなど忘れてくださいまし」
少し大袈裟に嘆息すると、セシリアの長い黒髪がふわりと揺れる。
まるでこの場を支配していた静寂を破り捨てるように。
「……ふん。そうさせてもらう」
ライナスは憮然とした表情で踵を返す。
取り巻きの貴族たちが後を追い、場は一転して賑やかな囁きの渦と化した。
「見て、あの女……」
「さすがは悪役令嬢と噂されるだけあるわね」
「王太子殿下にあんな口をきくなんて」
セシリアはそんな中でも不敵な笑みを浮かべ、軽く会釈をしてみせると、ドレスの裾を翻して退場の方向へと歩き出す。
まるで悲しむこともなく、高らかに笑っているかのように振る舞いながら――。
(本当は悔しい。私は何もしていないのに……でも、これでいいの)
胸の内で渦巻く痛みを押し殺しながら、セシリアは冷えきった瞳で周囲を見渡す。
そして視線の先――会場の片隅で、銀髪の第三王子アレクシス・アラバスターがこちらを見つめているのに気がついた。
彼は深い緑の瞳で、まるでセシリアの本心を見抜いているかのように微笑んでいた。
その視線に軽く息を呑む。
しかしセシリアは、すぐに目を伏せてしまう。
この場では誰にも弱さを見せてはいけない。
「セシリア様、こちらへ」
ガーネット家の侍女が気遣わしげに声をかけるが、セシリアは何事もなかったかのようにうなずく。
“悪役令嬢”でいること。
それこそが家を守る唯一の術だから。
舞踏会の華やかな音が遠のいていく。
セシリアは苦しむ胸を抱えながらも、今宵の光景を決して忘れないだろうと思った。
何もかもが変わっていく夜だ――。
セシリア・ガーネットは、艶やかな夜会服の裾を踏まないように気をつけながら、控えめな声で父テオドールに問う。
「よろしい。お前が悪役を演じ続けることこそ、我がガーネット家を守る道だ」
舞踏会の会場は、華やかな音楽と貴族たちの笑い声で満ちている。
その中心にいるのは、第一王子ライナスとセシリア……そしてセシリアの心を押し潰すような視線を送る周囲の令嬢たち。
「まさか、こんな場所で婚約を破棄されるだなんて……」
そんな囁きが近くで聞こえる。
けれどセシリアは唇を噛み締めながら、まるで自分には関係のないことのように微笑んでいた。
「セシリア・ガーネット」
ライナスが淡々と、しかしよく通る声で名を呼ぶ。
彼の金髪がシャンデリアの光を受けてキラリと輝く様に、周囲は見とれ、そして静まり返った。
「今、この場でお前との婚約を破棄する」
凍りついた空気の中で、セシリアの心臓だけが激しく鼓動しているのを感じる。
けれど彼女の表情は変わらない。
いや、変えてはならないのだ。
ガーネット家を守るためにも――。
「……まあ、なんと失礼な殿方なのでしょう。ですが構いませんわ。私のほうからも、この関係など願い下げです」
セシリアはそう言い放ち、冷たく笑ってみせる。
「なんて傲慢な……!」
そう呟いたのは、周囲の令嬢たちか、あるいはライナス本人か。
そのざわめきのどちらもセシリアにとっては同じだった。
彼女が今、果たすべきは“悪役令嬢”としての役割。
痛々しく傷ついている姿を見せることなど、許されない。
「セシリア、言葉を慎め! 王太子殿下に対して……!」
父テオドールが演技なのか本気なのか、叱責を飛ばす。
それを受けてセシリアは形だけの謝罪をするふりをするが、すぐにライナスへと視線を戻した。
「けれど、ライナス殿下。あなたは私を『王妃に相応しくない』と判断なさったのでしょう? でしたら今後、どうぞ私のことなど忘れてくださいまし」
少し大袈裟に嘆息すると、セシリアの長い黒髪がふわりと揺れる。
まるでこの場を支配していた静寂を破り捨てるように。
「……ふん。そうさせてもらう」
ライナスは憮然とした表情で踵を返す。
取り巻きの貴族たちが後を追い、場は一転して賑やかな囁きの渦と化した。
「見て、あの女……」
「さすがは悪役令嬢と噂されるだけあるわね」
「王太子殿下にあんな口をきくなんて」
セシリアはそんな中でも不敵な笑みを浮かべ、軽く会釈をしてみせると、ドレスの裾を翻して退場の方向へと歩き出す。
まるで悲しむこともなく、高らかに笑っているかのように振る舞いながら――。
(本当は悔しい。私は何もしていないのに……でも、これでいいの)
胸の内で渦巻く痛みを押し殺しながら、セシリアは冷えきった瞳で周囲を見渡す。
そして視線の先――会場の片隅で、銀髪の第三王子アレクシス・アラバスターがこちらを見つめているのに気がついた。
彼は深い緑の瞳で、まるでセシリアの本心を見抜いているかのように微笑んでいた。
その視線に軽く息を呑む。
しかしセシリアは、すぐに目を伏せてしまう。
この場では誰にも弱さを見せてはいけない。
「セシリア様、こちらへ」
ガーネット家の侍女が気遣わしげに声をかけるが、セシリアは何事もなかったかのようにうなずく。
“悪役令嬢”でいること。
それこそが家を守る唯一の術だから。
舞踏会の華やかな音が遠のいていく。
セシリアは苦しむ胸を抱えながらも、今宵の光景を決して忘れないだろうと思った。
何もかもが変わっていく夜だ――。
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