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21. 日々の中で-4
「一緒に選んでやるよ」
「いい。一人でゆっくり見たい。どうせ敬介がいたって参考になるアドバイスなんて貰えないだろうし」
相も変わらず失礼極まりない奈央と俺は、今、街中を走らせている車の中。
と言うのも、生徒達より一足先に冬休みが終わり、仕事を終え奈央の部屋に行ってみると、例の如く机にかじりつき勉強していた奈央が漏らした一言から始まる。
『新しい問題集欲しいな』と言う、奈央の独り言。
それに便乗し、丁度時計の調子が悪かった俺は、新しい時計を見るついでだと、奈央を買い物へと連れ出した訳だ。
明日からは新学期。買い物が終われば外で食事を済ませ、今日は早々に休ませてやるつもりでいた。
でも先ずは、奈央の問題集を一緒に選んでやろうと思ったのに……。
アドバイスなんて貰えない……だと? 人の好意を即座に拒否しやがって!
「バカだな、お前は。俺がいた方が少しは役立つはずだ! こう見えても教師だからな」
「へぇ、見えないね。知らなかった」
お前の副担だと言うこと、どうか思い出してはくれないだろうか。そして、二度と忘れるな。
「俺、一応○○大卒なんだけど。少しは役に立ちそうだろ?」
「……っ嘘!」
奈央は驚愕に目を見開いている。
ふん、どうだ! 悪いが高学歴なんだよ。遊んでばっかいたと思うなよ?
「嘘ついてどうすんだよ。本当だ」
「信じられない」
少しは俺を見る目も変わるだろう。これで俺の株も上がるかもしれない。
「敬介」
「ん?」
「裏口使ってまで、そんなに学歴欲しかったの?」
「………」
澄まし顔で言うこの生意気な口、どうにかならないものだろうか。
「ふざけんなっ! 俺は正真正銘実力で──」
「あ、敬介此処でいいよ。何時に戻ってくればいい?」
懸命に訴える俺の真実の叫びは、目的地到着で敢え無く強制終了。奈央は手際良くシートベルトを外し、俺の話なんて耳にも入れていない模様。
「19時に戻って来い。時間厳守。絶対チョロチョロ動くなよ。それから、帽子ちゃんと被れ。あとダテめがね持ってきてんだろ? それも掛けとけよ」
「はいはい、煩いんだから」
折角、付き合ってやろうと思っていたのに拒否したんだから、それ位は言うことを聞いてもらわねば困る。
奈央は面倒臭そうにしながらも、すんなりと言う通りにし、手をヒラヒラさせながら車を降りて行った。
大丈夫だろうな? 強引にでも付いてくべきだったか?
アドバイスよりも、本当は変な男に声を掛けられやしないかと心配で付いて行きたかった、と言うのが本音だ。でも、とりあえずは帽子を被らせた。メガネも掛けさせた。忍び寄る魔の手を幾分遠ざけたとは思う。
心配しながらも奈央が本屋を入っていくのを見届けると、俺も時計を買いにその場を離れた。
そして、待ち合わせ時間。
急いで戻って来た俺が到着したのは、約束の10分前。奈央が、『お待たせ』と、暢気に戻ってきたのは約束から20分後。30分もの間に、俺は何本の煙草を吸っては消したことか……。
場所を移動し、食事をしに入ったレストランで、聞く耳を持たない相手に、俺の煩い小言が始まったのは言うまでもない。
「恋人でもないのに、ホント煩い」
と、非難を受けながら、
「出来の悪い妹を持った兄の心境なんだよ。保護者代わりだ!」
そう、奈央にも自分にも言い聞かせた。
*
今日から3学期が始まったが、担任の福島先生が初日からインフルエンザに罹りダウン。男子生徒一人も、同じくインフルエンザで欠席だった。
そして、もう一人。柏木比奈乃の姿もない。柏木の仲の良い奴等に聞いても分からないようで、学校にも連絡は入っていない。
遅刻か? それとも何かあったか?
始業式が終わっても顔を見せない柏木を心配しつつHRを行った。
それにしても、冬休みの提出物ってこんなにあったのか?目を通しやすく仕分けするだけで大変かも。
一通り、生徒達から必要なものを集め、その後は生徒の出来が良いのか、それとも俺の統率力のお蔭か。特に問題なく時間は過ぎて行った。
「はい、今日は此処まで。気をつけて帰れよー!」
挨拶も済ませ今日はこれで解散。但し、ただ一人を除いては……。
「あっ、クラス委員。悪いがこの提出物、一緒に職員室まで運んで貰えるか? 川田が休みだから、水野一人で申し訳ないが手伝ってくれ」
川田とは、インフルエンザで休んでいるもう一人のクラス委員である男子生徒だ。女子のクラス委員が優等生女子、奈央だった。
──悪いな、奈央。優等生奈央は、教師の言う事は良く聞くんだよな。
「はい、分かりました」
流石はクラス委員。嫌な顔もせずに引き受けてくれる。是非とも、家でもそうして俺の言う事を聞いてもらいたいものだ。
「はい、じゃこれ頼むな」
教壇まで来た奈央に、俺と半分に分けた提出物を持たせる。
「はい」
「痛ぇっ!」
優等生な良いお返事が聞こえたと思ったら、それと同時に痛む俺の足。教室に残ってる奴等からは、机が邪魔してその様子は見えていないだろう。ただ、俺の声で反応した女子生徒が
「先生、どうしたの? 大丈夫?」
と、優しく声を掛けてくれる。
「あ、あぁ。ちょっと足を机にぶつけただけだ」
本当のことを言っても誰も信じてはくれないだろうと諦め、真実を偽る。そんな俺の隣では、優等生が白々しく心配をする。
「沢谷先生、大丈夫ですか?」
偽装した優しい声で気遣ってくれる奈央こそが、俺に痛みを与えた張本人なのに。
人の足、思いっきり踏みつけやがって! 何が大丈夫ですか、だ。
足を踏みつけたくなるほど、手伝わされるのが面白くないらしいが、こうなりゃ、嫌がらせ的に仕分け作業まで手伝わせるか。
そんな企みを孕ませながら、
「おぅ、大丈夫だ。じゃ、職員室まで行くか」
優等生の仮面を貼り付けた小悪魔を引きつれ、教室を出た。
職員室に向かう廊下を歩きながら
「悪いが、面倒ついでに仕分けるのも手伝って貰おうかな?」
と、頼んでも
「はい、いいですよ」
笑顔付きで引き受けてくれる。
「本当に水野はいい奴だな。どんなに嫌でも顔や態度に出さないもんな」
「嫌じゃないですよ。私でお役に立つなら、いつでも手伝います」
「そうか、そりゃ助かるな。内心怒ってて殴られるんじゃないかって、本当は少し心配してたんだけどな」
「まさか。先生に暴力だなんて振るうはずないじゃないですか」
「そうだよな。その言葉絶対忘れないでくれよ?」
「勿論です」
とうとう職員室に着くまで、これこそ白々しい以外の何ものでもない会話は続けれられた。
それにしても見事だよ。その笑顔、絶対崩れないんだな。女優だよ、お前。アカデミー賞もんだ。
偽善者奈央に賞賛の嵐を心の中で浴びせながら、職員室へと足を踏み入れると、そこには教室に顔を見せなかった柏木がいた。
……この状況。何かあったのか?
「丁度良かった。今、沢谷先生を呼びに行こうと思っていたところです」
「何かありましたか?」
何かあったのは間違いない。職員室に入るなり、俺に声を掛けてきたのは生活指導の川崎先生だ。
その先生の前には、うちのクラスの柏木と、確か……、E組の林田だったか。その2人が並んで立たされている。
林田は、進学校である我が校において、派手な身なりと教師への反抗的な振る舞いで、職員室でも度々名前が挙がっていた。ただ、成績が極端に悪くないだけに扱い辛い、とされている生徒だった。
奈央に提出物を俺の机に置くよう指示すると、柏木達の傍へと寄る。
「一体、何があったんですか?」
川崎先生の話によると、昨日、柏木達は街中で喧嘩をしていたという。
喧嘩が収まり、その場に柏木の生徒手帳が落ちていたのを見つけた人が、わざわざ学校まで届けに来てくれたらしく、その人曰く、女子同士の喧嘩で、柏木の他にもう一人と、それに対して相手は3人だったと、詳細まで語っていってくれたそうだ。
林田と一緒に遅刻して登校して来た柏木に川崎先生が呼び止め事実確認をし、その喧嘩の場には自分もいたと認める林田と共に、職員室に引っ張ってきて事情を聞いている最中とのことだった。
にしても、この二人って仲良かったのか? 柏木と言えば、決まった奴等といつも一緒にいるとばかり思っていたが……。
「喧嘩したのは本当なのか?」
全く別の方を向いて無言の林田と、コクリと頷く柏木。
「2人とも怪我は? 痛いとことかないか? 痛かったら保健室なり病院に行かないと」
……ん? 何だよ、林田。急にこっち向いて。って、川崎先生も睨んでるし。俺、何か変なことでも言ったか?
「そんな事より、喧嘩の理由を聞いてくださいよ。3人相手に喧嘩したのは認めても、その理由を全くこの2人は話さないんですから」
そんな事って言うけどよ、怪我してるか確認するのが先じゃねぇのかよ。
腕を組み、呆れたように椅子にふんぞり返る川崎先生を無視して、柏木達と話を続ける。
「で、柏木も林田も痛いとこは本当にないか? 黙ってちゃ分からないだろ?」
「……大丈夫です」
蚊の鳴くような声で柏木が答えた。
「林田は?」
ジッと探るように見た林田は、僅かにその首を縦に動かす。
「そっか。じゃ、次は何で喧嘩なんかしたか教えてくれよ」
林田はともかく、柏木が喧嘩をするイメージなんてない。
覗き込むように柏木の表情を窺うと、おどおどしながらも観念したのか、か細い声を出すと同時。
「わたし──」
「絡まれてた奴がいたから助けた。それだけ」
柏木を遮るように理由を言う林田の声を初めて耳にする。
「なんだ、そうか。なら、最初からそう言えよ。助けるなんて勇気あるな。でもな、お前達は女なんだから怪我でもしたら大変だろ。今度からそういう時は、近くの大人に直ぐ言えよ?」
「何甘いこと言ってるんですかっ!」
俺に投げつけられるお叱りの声。それだけじゃなく、「これだから新米教師は……」 と、溜息混じりに放った川崎先生の小さな声も、俺の耳はしっかりとキャッチした。
構わないけどな、どう思われようと。実際褒められた教師ではないし。最低、変態教師、エロ教師……。俺に与えられた称号は、所詮こんなのばっかだ。まぁ、惜しみなくこの称号を与えてくれるのは、唯一ひとりだけだが……。
「誰かを助けたって言うんなら、もう一人そこにいた事になるな。でも喧嘩を見たって言う人は、お前達含めて5人だったと言ってるんだ。誤魔化すなら、もっとましな言い訳をしなさい」
林田が鋭い眼差しをぶつけても、川崎先生は意にも介さない。それより俺を見て鼻で笑ってる。『あ・ま・い・な』そう顔に書いて。
──川崎先生が疑うのも分からなくはないけど、でもよ……。理由があるんじゃねぇの? 林田、言葉少なそうだし。言葉の少ない奴は、読み取るの難しいからな。誰かさんみたく。
「誰だが分からない目撃者の言葉より、うちの生徒の話を、先ずはじっくり聞いて信じてあげ──」
「そんなに生徒に気に入られたいですか」
またもや俺の耳に届く、多分に含まれた嫌味。
奈央じゃないんだから、俺の言葉遮んじゃねぇよ。それに気に入られたいって何だ? そんなの、思ったところで何になる。
勝手に俺を決め付けた川崎先生は、矛先を林田に向けなじり始めた。
「やったならやったと、悪いなら悪いと謝ればいいんだ。なのに、誤魔化してこんなに時間ばかり取らせて」
「川崎先生、ちょっと待って下さい」
決め付けんなって。これじゃ、林田だって素直になれないだろ。ほら見ろ、すげぇー怖い顔で睨んでるし。
「何だ、林田その目は! そんな格好して、疑われたって文句は言えないんだぞ」
挑発してんのあんただろ。これの何処が指導だ!
「見た目で判断するのは間違ってる!」
人は見た目でなんかじゃ分からない。俺がこの一ヶ月で、嫌ってほど学習したことだ。
でも、やばい。ちょっとばかし声を荒げすぎたか? 職員室の奴等、みんな俺の方見てるし。こりゃ、後で指導受けるのは俺の方かも。
血圧上昇中なのか、川崎先生の顔はまっ赤で、教頭だけじゃなく、川崎先生にも目を付けられた可能性大だ。
──いや、確定だろうな。さてと、どうすっか……。
考えながら目を忙しなく動かしていると、視界に入った新品の腕時計。その長短の針は天辺で重なり合っていた。
もう昼じゃん。この2人もそろそろ解放してやんないと、腹減ってるよな。俺も減ってきたし。
「川崎先生、今日のところは──」
「あの」
またかよ。今度は誰だ、俺の話を遮るのは! と、声の主を探せば、それは手伝いを押し付けていた奈央だった。
「沢谷先生、もう終わったので帰ってもいいですか?」
柏木達のことで一杯で、すっかり奈央のことを忘れていた。
「あぁ、ごめんな水野。サンキューな」
「私もそう思います」
……はい? 奈央? 俺と話が噛み合ってないんですけど? 何をいきなり、そう思うんだ?
「どうした水野?」
奈央の瞳は、問い掛ける俺を全く気にも留めず素通りしていった。
「いい。一人でゆっくり見たい。どうせ敬介がいたって参考になるアドバイスなんて貰えないだろうし」
相も変わらず失礼極まりない奈央と俺は、今、街中を走らせている車の中。
と言うのも、生徒達より一足先に冬休みが終わり、仕事を終え奈央の部屋に行ってみると、例の如く机にかじりつき勉強していた奈央が漏らした一言から始まる。
『新しい問題集欲しいな』と言う、奈央の独り言。
それに便乗し、丁度時計の調子が悪かった俺は、新しい時計を見るついでだと、奈央を買い物へと連れ出した訳だ。
明日からは新学期。買い物が終われば外で食事を済ませ、今日は早々に休ませてやるつもりでいた。
でも先ずは、奈央の問題集を一緒に選んでやろうと思ったのに……。
アドバイスなんて貰えない……だと? 人の好意を即座に拒否しやがって!
「バカだな、お前は。俺がいた方が少しは役立つはずだ! こう見えても教師だからな」
「へぇ、見えないね。知らなかった」
お前の副担だと言うこと、どうか思い出してはくれないだろうか。そして、二度と忘れるな。
「俺、一応○○大卒なんだけど。少しは役に立ちそうだろ?」
「……っ嘘!」
奈央は驚愕に目を見開いている。
ふん、どうだ! 悪いが高学歴なんだよ。遊んでばっかいたと思うなよ?
「嘘ついてどうすんだよ。本当だ」
「信じられない」
少しは俺を見る目も変わるだろう。これで俺の株も上がるかもしれない。
「敬介」
「ん?」
「裏口使ってまで、そんなに学歴欲しかったの?」
「………」
澄まし顔で言うこの生意気な口、どうにかならないものだろうか。
「ふざけんなっ! 俺は正真正銘実力で──」
「あ、敬介此処でいいよ。何時に戻ってくればいい?」
懸命に訴える俺の真実の叫びは、目的地到着で敢え無く強制終了。奈央は手際良くシートベルトを外し、俺の話なんて耳にも入れていない模様。
「19時に戻って来い。時間厳守。絶対チョロチョロ動くなよ。それから、帽子ちゃんと被れ。あとダテめがね持ってきてんだろ? それも掛けとけよ」
「はいはい、煩いんだから」
折角、付き合ってやろうと思っていたのに拒否したんだから、それ位は言うことを聞いてもらわねば困る。
奈央は面倒臭そうにしながらも、すんなりと言う通りにし、手をヒラヒラさせながら車を降りて行った。
大丈夫だろうな? 強引にでも付いてくべきだったか?
アドバイスよりも、本当は変な男に声を掛けられやしないかと心配で付いて行きたかった、と言うのが本音だ。でも、とりあえずは帽子を被らせた。メガネも掛けさせた。忍び寄る魔の手を幾分遠ざけたとは思う。
心配しながらも奈央が本屋を入っていくのを見届けると、俺も時計を買いにその場を離れた。
そして、待ち合わせ時間。
急いで戻って来た俺が到着したのは、約束の10分前。奈央が、『お待たせ』と、暢気に戻ってきたのは約束から20分後。30分もの間に、俺は何本の煙草を吸っては消したことか……。
場所を移動し、食事をしに入ったレストランで、聞く耳を持たない相手に、俺の煩い小言が始まったのは言うまでもない。
「恋人でもないのに、ホント煩い」
と、非難を受けながら、
「出来の悪い妹を持った兄の心境なんだよ。保護者代わりだ!」
そう、奈央にも自分にも言い聞かせた。
*
今日から3学期が始まったが、担任の福島先生が初日からインフルエンザに罹りダウン。男子生徒一人も、同じくインフルエンザで欠席だった。
そして、もう一人。柏木比奈乃の姿もない。柏木の仲の良い奴等に聞いても分からないようで、学校にも連絡は入っていない。
遅刻か? それとも何かあったか?
始業式が終わっても顔を見せない柏木を心配しつつHRを行った。
それにしても、冬休みの提出物ってこんなにあったのか?目を通しやすく仕分けするだけで大変かも。
一通り、生徒達から必要なものを集め、その後は生徒の出来が良いのか、それとも俺の統率力のお蔭か。特に問題なく時間は過ぎて行った。
「はい、今日は此処まで。気をつけて帰れよー!」
挨拶も済ませ今日はこれで解散。但し、ただ一人を除いては……。
「あっ、クラス委員。悪いがこの提出物、一緒に職員室まで運んで貰えるか? 川田が休みだから、水野一人で申し訳ないが手伝ってくれ」
川田とは、インフルエンザで休んでいるもう一人のクラス委員である男子生徒だ。女子のクラス委員が優等生女子、奈央だった。
──悪いな、奈央。優等生奈央は、教師の言う事は良く聞くんだよな。
「はい、分かりました」
流石はクラス委員。嫌な顔もせずに引き受けてくれる。是非とも、家でもそうして俺の言う事を聞いてもらいたいものだ。
「はい、じゃこれ頼むな」
教壇まで来た奈央に、俺と半分に分けた提出物を持たせる。
「はい」
「痛ぇっ!」
優等生な良いお返事が聞こえたと思ったら、それと同時に痛む俺の足。教室に残ってる奴等からは、机が邪魔してその様子は見えていないだろう。ただ、俺の声で反応した女子生徒が
「先生、どうしたの? 大丈夫?」
と、優しく声を掛けてくれる。
「あ、あぁ。ちょっと足を机にぶつけただけだ」
本当のことを言っても誰も信じてはくれないだろうと諦め、真実を偽る。そんな俺の隣では、優等生が白々しく心配をする。
「沢谷先生、大丈夫ですか?」
偽装した優しい声で気遣ってくれる奈央こそが、俺に痛みを与えた張本人なのに。
人の足、思いっきり踏みつけやがって! 何が大丈夫ですか、だ。
足を踏みつけたくなるほど、手伝わされるのが面白くないらしいが、こうなりゃ、嫌がらせ的に仕分け作業まで手伝わせるか。
そんな企みを孕ませながら、
「おぅ、大丈夫だ。じゃ、職員室まで行くか」
優等生の仮面を貼り付けた小悪魔を引きつれ、教室を出た。
職員室に向かう廊下を歩きながら
「悪いが、面倒ついでに仕分けるのも手伝って貰おうかな?」
と、頼んでも
「はい、いいですよ」
笑顔付きで引き受けてくれる。
「本当に水野はいい奴だな。どんなに嫌でも顔や態度に出さないもんな」
「嫌じゃないですよ。私でお役に立つなら、いつでも手伝います」
「そうか、そりゃ助かるな。内心怒ってて殴られるんじゃないかって、本当は少し心配してたんだけどな」
「まさか。先生に暴力だなんて振るうはずないじゃないですか」
「そうだよな。その言葉絶対忘れないでくれよ?」
「勿論です」
とうとう職員室に着くまで、これこそ白々しい以外の何ものでもない会話は続けれられた。
それにしても見事だよ。その笑顔、絶対崩れないんだな。女優だよ、お前。アカデミー賞もんだ。
偽善者奈央に賞賛の嵐を心の中で浴びせながら、職員室へと足を踏み入れると、そこには教室に顔を見せなかった柏木がいた。
……この状況。何かあったのか?
「丁度良かった。今、沢谷先生を呼びに行こうと思っていたところです」
「何かありましたか?」
何かあったのは間違いない。職員室に入るなり、俺に声を掛けてきたのは生活指導の川崎先生だ。
その先生の前には、うちのクラスの柏木と、確か……、E組の林田だったか。その2人が並んで立たされている。
林田は、進学校である我が校において、派手な身なりと教師への反抗的な振る舞いで、職員室でも度々名前が挙がっていた。ただ、成績が極端に悪くないだけに扱い辛い、とされている生徒だった。
奈央に提出物を俺の机に置くよう指示すると、柏木達の傍へと寄る。
「一体、何があったんですか?」
川崎先生の話によると、昨日、柏木達は街中で喧嘩をしていたという。
喧嘩が収まり、その場に柏木の生徒手帳が落ちていたのを見つけた人が、わざわざ学校まで届けに来てくれたらしく、その人曰く、女子同士の喧嘩で、柏木の他にもう一人と、それに対して相手は3人だったと、詳細まで語っていってくれたそうだ。
林田と一緒に遅刻して登校して来た柏木に川崎先生が呼び止め事実確認をし、その喧嘩の場には自分もいたと認める林田と共に、職員室に引っ張ってきて事情を聞いている最中とのことだった。
にしても、この二人って仲良かったのか? 柏木と言えば、決まった奴等といつも一緒にいるとばかり思っていたが……。
「喧嘩したのは本当なのか?」
全く別の方を向いて無言の林田と、コクリと頷く柏木。
「2人とも怪我は? 痛いとことかないか? 痛かったら保健室なり病院に行かないと」
……ん? 何だよ、林田。急にこっち向いて。って、川崎先生も睨んでるし。俺、何か変なことでも言ったか?
「そんな事より、喧嘩の理由を聞いてくださいよ。3人相手に喧嘩したのは認めても、その理由を全くこの2人は話さないんですから」
そんな事って言うけどよ、怪我してるか確認するのが先じゃねぇのかよ。
腕を組み、呆れたように椅子にふんぞり返る川崎先生を無視して、柏木達と話を続ける。
「で、柏木も林田も痛いとこは本当にないか? 黙ってちゃ分からないだろ?」
「……大丈夫です」
蚊の鳴くような声で柏木が答えた。
「林田は?」
ジッと探るように見た林田は、僅かにその首を縦に動かす。
「そっか。じゃ、次は何で喧嘩なんかしたか教えてくれよ」
林田はともかく、柏木が喧嘩をするイメージなんてない。
覗き込むように柏木の表情を窺うと、おどおどしながらも観念したのか、か細い声を出すと同時。
「わたし──」
「絡まれてた奴がいたから助けた。それだけ」
柏木を遮るように理由を言う林田の声を初めて耳にする。
「なんだ、そうか。なら、最初からそう言えよ。助けるなんて勇気あるな。でもな、お前達は女なんだから怪我でもしたら大変だろ。今度からそういう時は、近くの大人に直ぐ言えよ?」
「何甘いこと言ってるんですかっ!」
俺に投げつけられるお叱りの声。それだけじゃなく、「これだから新米教師は……」 と、溜息混じりに放った川崎先生の小さな声も、俺の耳はしっかりとキャッチした。
構わないけどな、どう思われようと。実際褒められた教師ではないし。最低、変態教師、エロ教師……。俺に与えられた称号は、所詮こんなのばっかだ。まぁ、惜しみなくこの称号を与えてくれるのは、唯一ひとりだけだが……。
「誰かを助けたって言うんなら、もう一人そこにいた事になるな。でも喧嘩を見たって言う人は、お前達含めて5人だったと言ってるんだ。誤魔化すなら、もっとましな言い訳をしなさい」
林田が鋭い眼差しをぶつけても、川崎先生は意にも介さない。それより俺を見て鼻で笑ってる。『あ・ま・い・な』そう顔に書いて。
──川崎先生が疑うのも分からなくはないけど、でもよ……。理由があるんじゃねぇの? 林田、言葉少なそうだし。言葉の少ない奴は、読み取るの難しいからな。誰かさんみたく。
「誰だが分からない目撃者の言葉より、うちの生徒の話を、先ずはじっくり聞いて信じてあげ──」
「そんなに生徒に気に入られたいですか」
またもや俺の耳に届く、多分に含まれた嫌味。
奈央じゃないんだから、俺の言葉遮んじゃねぇよ。それに気に入られたいって何だ? そんなの、思ったところで何になる。
勝手に俺を決め付けた川崎先生は、矛先を林田に向けなじり始めた。
「やったならやったと、悪いなら悪いと謝ればいいんだ。なのに、誤魔化してこんなに時間ばかり取らせて」
「川崎先生、ちょっと待って下さい」
決め付けんなって。これじゃ、林田だって素直になれないだろ。ほら見ろ、すげぇー怖い顔で睨んでるし。
「何だ、林田その目は! そんな格好して、疑われたって文句は言えないんだぞ」
挑発してんのあんただろ。これの何処が指導だ!
「見た目で判断するのは間違ってる!」
人は見た目でなんかじゃ分からない。俺がこの一ヶ月で、嫌ってほど学習したことだ。
でも、やばい。ちょっとばかし声を荒げすぎたか? 職員室の奴等、みんな俺の方見てるし。こりゃ、後で指導受けるのは俺の方かも。
血圧上昇中なのか、川崎先生の顔はまっ赤で、教頭だけじゃなく、川崎先生にも目を付けられた可能性大だ。
──いや、確定だろうな。さてと、どうすっか……。
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もう昼じゃん。この2人もそろそろ解放してやんないと、腹減ってるよな。俺も減ってきたし。
「川崎先生、今日のところは──」
「あの」
またかよ。今度は誰だ、俺の話を遮るのは! と、声の主を探せば、それは手伝いを押し付けていた奈央だった。
「沢谷先生、もう終わったので帰ってもいいですか?」
柏木達のことで一杯で、すっかり奈央のことを忘れていた。
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「私もそう思います」
……はい? 奈央? 俺と話が噛み合ってないんですけど? 何をいきなり、そう思うんだ?
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