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40. 儚き夏の日-9
朝、目が覚めると、昨夜の酒のせいか、俺の体はだるさに支配されていた。
起き上がる気にもなれず、ベッドに横になりながら目の前をちょこまか動く、昨日は酔っ払いだったはずの小悪魔を眺め見る。
「熱いシャワーでも浴びてくれば?」
「何であんだけ飲んだのに、そんな元気なんだろうな」
「若いからじゃない?」
「……」
奈央は、朝からてきぱきと動き回り、帰り支度をしていた。
昨夜は酒が入っている上に、気持ちのコントロールに自信がなかった俺は、窮屈そうな帯もそのままに、起きない奈央をベッドに寝かしつけたのが間違いだった。よっぽど寝辛かったらしく、暫くしてから突然起き上がった奈央は、夢遊病者のようにフラフラとバスルームへと消えて行った。
心配で起きて待っていれば、Tシャツと5分丈のパンツ姿で風呂から出てきた奈央。ミネラルウォーターを冷蔵庫から取り出し飲み干すと、重そうな瞼で俺を見て
「敬介……おはよ」
何とも惚けた事を言い残し、髪の毛も半乾きのまま再びベッドへと潜り込んだ。
「おい、まだ酔ってんのか?」
問いかけても返事はなく、仕方ない、とその髪にドライヤーを当ててやっても、閉じた瞼は開かないほどの爆睡。それが、今朝はこうして機敏に動いている。
アルコールは体内に留まらず蒸発でもしたのか?
「さっきから視線感じるんだけど、何?」
背を向けていた奈央が、ボストンバッグに荷物を詰めながら言う。どうやら後ろにも目がついているらしい。
「感心してたんだよ。二日酔い、知らないんだって」
「そう。それより……私、何か変なこと言ってた?」
「……」
奈央をおぶって歩いた帰り道。奈央は、あの言葉を、涙を、覚えているのだろうか……。
黙ったままでいると、奈央がまた口を開いた。
「言ったとしたら、即刻忘れて」
記憶……、ないんだな。
「俺の事カッコいいとかって言ってたな」
敢えてふざけ調子で言えば、振り返った奈央は真顔を作る。
「私、酔っていても嘘は言わないと思うんだけど」
……どういう意味だよ。
「ムカつくな、おまえ!」
「どうせ敬介のねつ造でしょ。もしくは妄想か、はたまた願望か」
「うっせぇ」
でも、奈央。酔ってても嘘はつかないって言うんなら、あの言葉の真意は……?
その真意を確かめたい。でもそれを俺が口にする事はなかった。
「なんも変な事なんて言ってねぇよ。奈央はグースカ寝てただけ」
「……そう」
「俺、シャワー浴びて来るわ」
俺は本当の事は告げずにバスルームへと向かった。
酒が言わせた事だ。奈央が流した涙を思い出しながらも、忘れてと願う奈央に、真意を問い質すなんて出来なかった。どうせストレートに聞いたところで、決して奈央は心を見せやしない。
ただ、この海に来て、明るく楽しそうに過ごしてくれたこと、それだけは間違いないはずだ。
時間を掛けて、アイツが崩れ落ちないように支えてやる事が出来れば……。すぐには晴れないだろう闇に、いつか光が射してくれれば……。俺はそれだけを願っていた。
帰宅の準備も整い、木村に挨拶をしている奈央を残し、先に車に荷物を運ぶ。
だが、いくら外で待ってみても、一向に奈央はやって来ない。
奈央を呼びに再び中へと戻ってみれば、木村の奴がお節介にも、俺の明るい顔を久々に見たとか、それは奈央のお陰だとか、奈央を褒め称え、これからも俺を頼むなどと、恥ずかしい科白のオンパレードが廊下にまで聞こえてくる。
勘弁してくれよ。俺はいくつだよ。
ドアを開けて木村の終わりそうもない口の動きを止めようとしたが、今度は奈央の声が聞こえ中へ入るのを躊躇させた。
「私は褒められるような人間じゃありません。私は最低な人間なんです。ですから、私なんかに頭を下げないで下さい」
何だよ……最低な人間って。
「最低な人間は、自分が最低だなんて気付かないものですよ。それに敬介坊ちゃまが、そんな方をお連れするはずございません。信頼している奈央さんだからこそ、決して楽しい思い出だけではなかったこの場所に、お連れになったんだと思います。必ず、またお二人で遊びにいらして下さいね。楽しみに待っておりますからね」
廊下で耳にしたことを悟られないように、足音を忍ばせて玄関へと戻り叫んだ。
「奈央~。早くしろーっ!」
俺の声で、ようやく部屋から出てきた二人。
「お世話になりました」
木村に礼を言う奈央の横で、俺は約束をした。
「木村、また来るよ。今度来る時も、必ず奈央を連れてくるから宜しくな」
「はいはい。お待ちしておりますよ」
何度も大きく頷く木村。
木村の言う通りだと、お前とだからこの地へ来たんだと、木村を通して俺の気持ちを伝える。
そんな俺を見上げた奈央の頭に手を置き、優しく笑みを返した。
顔をクシャっと崩した木村の笑顔に見守られて、別荘を後にした俺達。
二人で過ごした短い夏が──もうすぐ終わる。
起き上がる気にもなれず、ベッドに横になりながら目の前をちょこまか動く、昨日は酔っ払いだったはずの小悪魔を眺め見る。
「熱いシャワーでも浴びてくれば?」
「何であんだけ飲んだのに、そんな元気なんだろうな」
「若いからじゃない?」
「……」
奈央は、朝からてきぱきと動き回り、帰り支度をしていた。
昨夜は酒が入っている上に、気持ちのコントロールに自信がなかった俺は、窮屈そうな帯もそのままに、起きない奈央をベッドに寝かしつけたのが間違いだった。よっぽど寝辛かったらしく、暫くしてから突然起き上がった奈央は、夢遊病者のようにフラフラとバスルームへと消えて行った。
心配で起きて待っていれば、Tシャツと5分丈のパンツ姿で風呂から出てきた奈央。ミネラルウォーターを冷蔵庫から取り出し飲み干すと、重そうな瞼で俺を見て
「敬介……おはよ」
何とも惚けた事を言い残し、髪の毛も半乾きのまま再びベッドへと潜り込んだ。
「おい、まだ酔ってんのか?」
問いかけても返事はなく、仕方ない、とその髪にドライヤーを当ててやっても、閉じた瞼は開かないほどの爆睡。それが、今朝はこうして機敏に動いている。
アルコールは体内に留まらず蒸発でもしたのか?
「さっきから視線感じるんだけど、何?」
背を向けていた奈央が、ボストンバッグに荷物を詰めながら言う。どうやら後ろにも目がついているらしい。
「感心してたんだよ。二日酔い、知らないんだって」
「そう。それより……私、何か変なこと言ってた?」
「……」
奈央をおぶって歩いた帰り道。奈央は、あの言葉を、涙を、覚えているのだろうか……。
黙ったままでいると、奈央がまた口を開いた。
「言ったとしたら、即刻忘れて」
記憶……、ないんだな。
「俺の事カッコいいとかって言ってたな」
敢えてふざけ調子で言えば、振り返った奈央は真顔を作る。
「私、酔っていても嘘は言わないと思うんだけど」
……どういう意味だよ。
「ムカつくな、おまえ!」
「どうせ敬介のねつ造でしょ。もしくは妄想か、はたまた願望か」
「うっせぇ」
でも、奈央。酔ってても嘘はつかないって言うんなら、あの言葉の真意は……?
その真意を確かめたい。でもそれを俺が口にする事はなかった。
「なんも変な事なんて言ってねぇよ。奈央はグースカ寝てただけ」
「……そう」
「俺、シャワー浴びて来るわ」
俺は本当の事は告げずにバスルームへと向かった。
酒が言わせた事だ。奈央が流した涙を思い出しながらも、忘れてと願う奈央に、真意を問い質すなんて出来なかった。どうせストレートに聞いたところで、決して奈央は心を見せやしない。
ただ、この海に来て、明るく楽しそうに過ごしてくれたこと、それだけは間違いないはずだ。
時間を掛けて、アイツが崩れ落ちないように支えてやる事が出来れば……。すぐには晴れないだろう闇に、いつか光が射してくれれば……。俺はそれだけを願っていた。
帰宅の準備も整い、木村に挨拶をしている奈央を残し、先に車に荷物を運ぶ。
だが、いくら外で待ってみても、一向に奈央はやって来ない。
奈央を呼びに再び中へと戻ってみれば、木村の奴がお節介にも、俺の明るい顔を久々に見たとか、それは奈央のお陰だとか、奈央を褒め称え、これからも俺を頼むなどと、恥ずかしい科白のオンパレードが廊下にまで聞こえてくる。
勘弁してくれよ。俺はいくつだよ。
ドアを開けて木村の終わりそうもない口の動きを止めようとしたが、今度は奈央の声が聞こえ中へ入るのを躊躇させた。
「私は褒められるような人間じゃありません。私は最低な人間なんです。ですから、私なんかに頭を下げないで下さい」
何だよ……最低な人間って。
「最低な人間は、自分が最低だなんて気付かないものですよ。それに敬介坊ちゃまが、そんな方をお連れするはずございません。信頼している奈央さんだからこそ、決して楽しい思い出だけではなかったこの場所に、お連れになったんだと思います。必ず、またお二人で遊びにいらして下さいね。楽しみに待っておりますからね」
廊下で耳にしたことを悟られないように、足音を忍ばせて玄関へと戻り叫んだ。
「奈央~。早くしろーっ!」
俺の声で、ようやく部屋から出てきた二人。
「お世話になりました」
木村に礼を言う奈央の横で、俺は約束をした。
「木村、また来るよ。今度来る時も、必ず奈央を連れてくるから宜しくな」
「はいはい。お待ちしておりますよ」
何度も大きく頷く木村。
木村の言う通りだと、お前とだからこの地へ来たんだと、木村を通して俺の気持ちを伝える。
そんな俺を見上げた奈央の頭に手を置き、優しく笑みを返した。
顔をクシャっと崩した木村の笑顔に見守られて、別荘を後にした俺達。
二人で過ごした短い夏が──もうすぐ終わる。
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