上 下
2 / 3

気づきかけてる感情

しおりを挟む
 俺は1人で駐輪場へ向かっていた。屋上でいつもの様に集まった後、解散してからは図書室に用事があったから、2人には先に帰ってもらっていた。奈菜美はどうせ部活だろう、と特に声はかけなかった。
 3人で駐輪場へ向かうのが当たり前になっていたから、1人では違和感がすごくあった。最近はほとんどなかったなかったし、どんなことを考えていたのか思い出せなかった。

 このことに限らずそんなもんかなぁ、とか考えていると、駐輪場にたどり着く。すると自分の自転車が置いてあるであろう場所に人影が見えた。女子生徒であることはわかったけど、誰なのか見当がつかない。今までにそういったことなんてなかったから、想像もできなかった。

 同級生で今まで誰か待ってたことはなかったし、後輩も部活をやっている訳でもないから、接点はほぼ皆無と言ってもいい。だからたまたま同じような場所に自転車を停めている人がいたんだろう、ぐらいにしか思っていなかった―そもそも男子と女子で停める場所は分かれているのだが、そのことはすっかり忘れてしまっていた。 

 「遅いよー」
 人影の正体は奈菜美だった。段々と近づきながら、なんとなく似ているなと思いながら、まさか本当にそうだとは思わなかったのだ。
 「どうしたの?」
 「今日朝送ってもらったんだよね」
 そういっている奈菜美は、人の自転車の荷台に横向きに座りながら足をぶらぶらさせている。口にこそ出さないが、さながら早く行こうとでも言いたげである。
 「今日部活は?」
 それになんとなく気づいてはいたが、いつも通り準備しながら尋ねる。
 「今日は調子悪くて休んだんだ」
 そう言われてみると、今日はマスクをしているし、口数も少なかったし咳き込んでもいた。

 「大丈夫か?無理に集まりに来なくてもよかったのに」
 「ううん。それが楽しみで来てるみたいなもんだし、だいじょうぶだよ」
 言いながらまた咳き込んでいた。早く帰った方がよさそうだ。

 俺は自転車を押して進み始めると、乗っていいよ、というからまたがると、何も言わずに人の腰に手を回してくる。
 不意打ちはずるいだろ・・・。
 なんて思いながら必死にペダルをこいだ。心臓の鼓動が耳を支配している、なんて表現が大げさではないくらい。と同時に、こういう時に気づくのかもしれないとも思った。自分の気持ちに、奈菜美のことが好きなんだ、ということに。
 
 奈菜美は俺の事をどう思ってるんだろう。
 もし勇気出して気持ちを伝えてしまったら、どんな答えだとしても、今までみたいな関係ではいられなくなってしまうかもしれない。そう考えてしまうと、伝えるべきではないのかもしれない、と思う。でも―。

 「どうしたの?」
 急に奈菜美が聞いてくるから、ドキッとして背筋が伸びる。
 「え、なんで?」
 「ずっと黙ってるし。私が何言っても反応しないし」
 と言ってから、腰に回す腕の締め付けが強くなった気がする。背中にもぬくもりを感じる。こんな思わせぶりなタイプだったか?なんて思っていると、気が付いたら、奈菜美の家についていた。なんで知ってるんだろう、いつ知ったか忘れたけど。

 「ついたよ?」
 と声をかけたけど、奈菜美からの反応はなかった。
 「なな?」
 試しに腕に触れてみるとなんだか熱い気がする。まさか―。

 どうしようか。奈菜美の家はマンションだから、中まで運んでいかなければならない。家の番号も知らないし、わずかな時間でもどこかに置いて行くわけにはいかない。
 俺は自転車をマンションの駐輪場の脇に一応ばれないように停める。それから、奈菜美が倒れないように降りてからゆっくり背負った。学校を出て自転車をこぎ始めてから初めて顔をみたけど、すごく苦しそうだった。顔色も悪い。そっと額に手を当てると、だいぶ熱くなっていた。やばい急がないと。慎重に背負うと、必死にマンションへ向かった。

 「ごめんね、ななのこと運んでもらっちゃって」
 俺は奈菜美の家で、彼女のお母さんと話していた。奈菜美は病院へに行ったあと、帰ってきてベッドで寝ている。

マンションに入ったはいいもの、部屋の番号までは覚えていなかったから、ポストで”松浦”の名字を探していたら、偶然帰宅したお母さんに出くわしたのだ。そのまま預けて帰宅しようかとも思ったけれど、ついてきてほしいと言われて、断り切れずに一緒に病院ついて行った。帰宅後そのままお茶をご馳走になり、という流れだ。

 「いえ、たまたま一緒だっただけなので」
 なんとなく俺もお母さんのことは覚えていたけど、お母さんも俺の事を多少は覚えていてくれたらしい。
 「朝から調子悪そうだったのよ。だから本当は休ませた方が良かったんだけどね、本人が聞かなくて」
 責任感のある奈菜美らしい。本当は放課後も部活に出るつもりだったのを、顧問か他の部員に止められたのだろう、という想像が容易に出来る。

 「まぁ、でも彼氏さんが一緒だったからよかったわ」
 「・・・ん?」
 その言葉に俺の思考が一瞬止まってしまった。
 「ななって彼氏いるんですか?」
 「いや本人から聞いてはいないけど」
 向かい合って座る俺とお母さんの視線が交わる。なかなかに鋭く、漫画やアニメなら、『キラーン』なんて効果音がついているかもしれない。

 「いやいや、俺はちがいますよ。そんなんじゃありませんよ」
 俺は慌てて否定する。そうなれたら、なんて"さっき"は思ったりはしたけど、現実は違う。仲良くはしているつもりだけど。
「あら、そうなの?私はてっきり―」
お母さんは首をかしげている。そんな仕草が失礼ながらかわいく思えた。奈菜美のお母さんは、奈菜美に似ておっとりしていてかわいらしい雰囲気だった。
というのはさておき、何故そう勘違いしたのか。・・・いや、勘違いされても仕方ないのか?

 「阿部くんだよね、確か中学校から・・・あれ、小学校からだっけ?」
 同級生だったかを聞きたいのだろう、俺ははい、と頷く。でも、
 「小学校同じこと知ってるんですか?」
 小学校の時は、思い出す限り関わったことはなかった。クラスだって同じことは無かったはずだし。
 「確か、ななみが言ってた気がしたけど。気の所為だったかしら。でも、阿部君の名前はよく聞いてるわ。仲良くしてくれてるって。ありがとね」

 というか、奈菜美は俺のことをお母さんに話しているのか。きっと弘樹たちの事も話しているのだろうけど、改めてそう言われるとなんか照れる。
 
 でも、小学校の時の話を奈菜美はしているのか。本当に俺の事なのだろうか?まぁ、事実だからそれは別にいいんだけど。知っていてくれたのなら嬉しいけど。

「おはよう。あれ、翔馬?」
 不意に自分を呼ぶ声が聞こえてきてビクッとする。声の方を見ると奈菜美が起きてきていた。奈菜美のパジャマ姿に少し、なんかドキッとしてしまう。
 「もう起きてきたの?」
 お母さんは強めの口調で怒っていた。こんな風に怒るんだ、とこちらがビクビクしてしまう。時計を見るともう1時間経っていた。偶然とはいえバイトが休みで良かった。

 『まだ寝てなきゃダメじゃない』
 『だいじょうぶだよ』
 親子のもめ事している場に居合わせることほど気まずいことはない。絶対に帰るタイミングを逃している。どうしようかな・・・。

 「翔馬、行くよ」
 不意に奈菜美に手を引かれどこかへ連れていかれる。
 「ちょっとななみ!」
 後ろの方で奈菜美を呼ぶ声が聞こえてくる。でも構わず家の外へ飛び出していった。

 出口まで走ったからかなり疲れた。階段もかなり駆け下りたし、いくら日頃運動していないとはいえかなりしんどい。奈菜美は体調が悪いのだから余計だろう。
 「大丈夫か?」
 少しふらついている奈菜美を咄嗟に支える。
 「ごめん、だいじょうぶだよ」
 調子の悪そうな奈菜美を1人にはできず、腕に掴まらせながらゆっくり自転車を置いておいた場所へ向かう。

 自転車を押して、またマンションの出入り口まで戻ってくる。
 「大丈夫か?」
 また聞いてしまう。
 「だいじょうぶだよ。一晩寝れば治ると思うから」
 鬱陶しそうに笑いながら、少し咳き込んでいた。春先とはいえそこまで寒いわけでもないのに縮こまる様にして、両腕をさすっている。
 「部屋戻っていいよ?」
 「だいじょうぶだよ。翔馬見送ったら戻るから」
 だめって言いたくなくて、大丈夫としか言わないのだろうけど、絶対大丈夫じゃないんだろうな。

 「じゃあ、お大事にね」
 俺は自転車にまたがる。
 「うん・・・ありがとね」
 奈菜美が手を振るから、俺も手を振り返す。

 少し遠ざかってから振り返ると、まだ立っていたから大きく手を振ってみた。小さく振り返してくれているのがわかったから、俺はとりあえず奈菜美を信じて1人をペダルを漕ぎはじめた。
しおりを挟む

処理中です...