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氷晶華繚乱篇
リベルタ
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氷は溶けて水に還る。水は気化して雲になる。雲は寄り集まって、冷えて雪になり、地表を覆い尽くす。その輪廻を、太陽の光を受けた月が照らし続ける。
絶対零度女学園/氷晶花繚乱篇
氷巌城第2層に到着した百合香は、マグショットが単独行動のため一時離脱したので、サーベラスとともにオブラの手引きでレジスタンスのアジトを目指していた。
適度にデザインが施された通廊を歩きながら、第2層はこれまでの層に比べて、何か雰囲気が違うと百合香は感じた。
「何ていうのかな、こう…城、っていう感じがしない」
制服姿に戻った百合香が呟いた。聖剣アグニシオンは握ったままである。
「百合香さまの学園に似ているせいでしょうか」
オブラは歩きながら、百合香の方は見ないで答える。百合香は、うーんと考え込んでいた。
「それもあるけど、もっと根本的に違う何かを感じる。第1層は、戦う兵士たちの意識を象徴しているような、無骨でピリピリした雰囲気があった」
「それはそうだろう。第1層は最初に侵入者を迎え撃つ、壁だからな」
第1層で百合香が最初に戦った当の本人であるサーベラスの言葉には、それなりに説得力と実感が伴っていた。
「第1層の兵士は実力で上に劣ると思ってるだろうが、それは必ずしも正しい認識じゃない。そもそも、各層は実力だとかの前に、それぞれ性質が異なるんだ」
「性質?」
「ああ。例えば百合香、お前が出会ったって言ってた、音楽をやっている氷魔たちがいただろう」
サーベラスに言われて、百合香はあのライブハウスの氷魔たちを思い出していた。
「いたわね。ちょっと第1層では特殊な感じだった」
「俺はほとんど接点もなかった連中だがな。第2層は、どっちかというとあんなタイプの奴らが多いらしい」
そのサーベラスの言葉が、百合香には妙に引っかかった。
「サーベラス、あなたは第2層を知っているんじゃないの?」
「もちろん、大雑把には知っている。だが、全体は知らん。各エリアを守護する氷騎士も、知らない奴の方が多い」
「知ってるのは、どんな奴なの」
「マグショットのような、格闘主体の氷騎士がいる。格闘といっても、お前達が第1層で戦った紫玉のような、拳法とは違うタイプの格闘技だ。名前は忘れた」
「マグショットとどっちが強いの?」
その問いに、サーベラスは答える事ができなかった。
「やってみなけりゃわからん、としか言えんな。俺は格闘は専門外だ。殴る蹴る、張り倒すぐらいしか知らん」
「もしそいつに遭ったら、また格闘技を使う事になるのか…」
百合香は、できれば剣で戦える相手である事を祈っていた。
しばらく歩くと、オブラが周囲を警戒しつつ、「こっちです」と百合香たちを細い通路に誘導した。そこはサーベラスの体格だと、身体を若干斜めにしないと歩けない狭さだった。
「なんなんだ、ここは」
肩のアーマーをガリガリと壁面に擦りながら、サーベラスがぼやいた。
「がまんして下さい。アジトというのは狭い所を通るものです」
「タテガミが引っ掛かって仕方ねえ」
「ご自分のデザインはご自分で何とかしてください」
仕切る猫探偵オブラは、サーベラスのぼやきを無視して通路を進むと、ある場所でぴたりと止まって壁をノックした。すると、壁から声が聞こえてきた。
『アルセーヌ・ルパン「空洞の針」において、ルパンを追った少年探偵の名は?』
「イジドール・ボートルレ」
オブラが小声で答えると、壁にそれまで見えなかったドアが現れた。猫用なのか、ノブがかなり下についている。
「さ、入りましょう」
「あなた達の知識量もよくわからないわね」
アルセーヌ・ルパンは子供の頃に数冊しか読んでいないので、問いの答えがわからなかった百合香はそれ以上特にツッコミを入れなかった。
猫レジスタンス「月夜のマタタビ」の第2層のアジトは、第1層で招かれた部屋よりは広々としていた。あの狭い空間で巨体のサーベラスを連れて入ったら、身動きができたかどうか怪しい。
「ようこそいらっしゃいました、我らが英雄ユリカ様。私は第2層のレジスタンスを取り仕切る、ピエトロと申します」
三つ揃いのスーツに鳥打帽という、レジスタンスのイメージからだいぶ遠い装いの猫レジスタンスはそう名乗った。やはり少年のような声だが、少し柔らかい、大人びた調子である。その周りに、ベストやオーバーオールを着込んだ猫スパイ達が控えていた。
「初めまして。レジスタンスのみんなには、本当に助けられているわ」
「そう言っていただけるとありがたい」
服装のとおり、いくらか態度が大きい猫だなと百合香は思った。
「まさか、氷騎士サーベラス様がこちらについて下さるとは、願ってもいませんでした」
両手を広げてピエトロは喜びを示す。サーベラスはいつものように「ふん」と腕を組んだ。
「俺はべつにレジスタンスじゃねえ。ただ、城のやり方が気にくわねえだけだ」
「それならそれで構いません。目的は一緒です」
「調子のいい奴らだな」
サーベラスはオブラを横目で見た。オブラは知らん顔をしている。
その時、百合香は壁に貼られた新聞に気が付いた。真ん中に、百合香の写真が載っている。
「ちょっと、その新聞なに!?」
「ああ、これですか。ご心配なく、あなたが死亡したというニュースです」
ピエトロが読み上げた内容は以下の通りだった。
【人間の侵入者、貯水槽の怪物に食われ死亡】
この氷巌城に侵入した愚かな人間の少女は、第1層を通過すること無く死亡が確認された。侵入者は水路奥の貯水槽に棲み着いていた怪物と交戦したと思われ、丁度時を同じくして第1層を視察されていた水晶騎士カンデラ閣下と、同行していた兵士によって、首が千切られた状態を捕食されている様子が目撃されている。
なお、侵入者によるダメージが大きかったためか、貯水槽の怪物もその後死亡していた事が報告されており、侵入者とともに、由来不明の怪物もまた姿を消す事になった。
この件について皇帝陛下側近のヒムロデ閣下から、侵入者がいなくなった事は城にとって良い報告ではあるが、非常態勢を解いたといえども警戒は怠らぬよう、との通達が全エリアになされた。
〈今日の話題〉
第2層で猫耳ヘルム大流行
現在、第2層の兵士の間で、猫耳をあしらったヘルメットを装備する事が大流行しており…
「そこはどうでもいい」
手を上げて百合香のツッコミが入ったところで、ピエトロは読み上げるのをやめた。
「私が死んだ事になってるのね、今も」
「そうです。ちなみに、怪物が百合香さまと交戦したために死んだというのは、我々とディウルナ様による情報操作です」
「そうなの?」
「はい。ついでと言ってはなんですが、バスタードとその直属の氷魔も、怪物の調査に訪れて逆に殺されたという工作を、現在行っております」
百合香はサーベラスと顔を見合わせたあとで、「呆れた」と溜め息をついて苦笑いした。
「全部あの怪物のせいにしたのね。さすがに可哀想かも」
「汚れ役は我々が引き受けます。百合香さまはお気を煩わす必要はありません」
それを言われて、百合香は突然何かを思い出したように黙り込んだ。ピエトロが訝しげに顔をのぞく。
「…どうなさいました?」
「いえ…前にもこんなやり取りがあったような気がしたの」
「そんなわけないでしょう」
ピエトロも、オブラと一緒に首を傾げる。今度はオブラが話を仕切り始めた。
「百合香さま、とにかく今は非常に重要な局面です。このように、百合香さまが第2層に侵入した事がまだバレていない状況で、どう動くかは今後を左右するでしょう」
もはや軍師じみてきたな、と百合香もサーベラスも思った。
「それで、軍師さまはどう動くのがベストだと思う?」
「…僕の事を言ってるんですか」
「そう」
「肩書きなら、探偵…いや名探偵の方がいいですね」
どうしてこの猫たちは肩書きだとかにこだわるのだろうか、と百合香は思った。
「じゃあ名探偵オブラさん、ここからどう動くべきだと思う?とりあえず、手近な氷騎士を見つけて叩く?」
「いやいやいや、それは単純すぎます」
「そんなこと言ったって、最終的にはそれをしないといけないんでしょ。それとも、サーベラスみたいなのを見つけて、味方に引き入れる?」
百合香がそう言うと、オブラとピエトロは頷きあって百合香を向いた。
「百合香さま、まさにそれです」
「え?」
「この層にも、城に対して反旗を翻した勢力、あるいは個体がいるかも知れません。僕は、今のうちに一人でも二人でも、そういった氷魔を見つけて味方につけておくべきだと思います」
百合香は、オブラの言うことを真剣に受け止めつつも、まだ懐疑的だった。
「そういう氷魔がいるのならいいけど。一人もいない可能性だってあるわよ」
「ですから、まずは調査です。ピエトロ、百合香さまにあれを」
オブラが何か指示すると、ピエトロは奥の棚から、羽根飾りのついた品物を取り出して百合香に示した。
「百合香さま、これを」
「何これ」
受け取った百合香は、それが羽根飾りのついたヘッドバンドである事に気付いた。
「これは?」
「つけてみて下さい。大きさを調整します」
言われるままに、百合香はヘッドバンドを額に装着した。
「ほんの少し左右が緩いかも」
「わかりました。それはあとで調整いたします。ひとまず、その状態で、そのヘアバンドに軽く意識を集中させてみてください」
「なにそれ」
百合香はオブラとピエトロを交互に見る。なんだかわからないので、百合香は言われた通りに意識を集中させた。
すると、ヘッドバンド中央に埋め込まれた宝石から青紫の光が広がり、百合香の全身が、まるで氷魔のような青白い色に変わってしまった。
「うわっ!」
いきなり両手や脚が真っ青になったので、百合香は驚いてのけ反る。
「なにこれ!?」
「変装というほどではありませんが、色を変える魔法です。百合香さまのお姿は何かと目立つので、我々の変身魔法を利用したアクセサリーを、錬金術師のビードロ様に作っていただきました」
「へえー」
便利だな、と百合香は身体の色を変えたり、元に戻したり繰り返してみた。
「ですが百合香さま、それは単に色を変えるだけのものです。特殊な個体を除けば、氷魔は基本的に人形のような構造なので、百合香さまが普通の氷魔でない事は、簡単にバレる事もあるでしょう。使用に際しては過信されませんように」
オブラは釘をさすと、装着感の調整のため百合香からヘッドバンドを受け取る。
「さて、ひとまずの方針は決まったわけですが」
「ねえ、そういえばレジスタンスが何人か行方不明になってるんでしょ」
百合香が持ち出した話題に、ピエトロは反応を見せた。
「そうです。我々としても捜索を続けていますが、この層の氷魔は非常に厄介で、難航しています」
「いったい、どんな奴らなの」
すると、ピエトロはどう表現すべきか思案する様子を見せてから言った。
「この層にいる氷魔は"女の子"なんです」
第2層のあるエリアでは、ガドリエル女学園の制服そっくりの姿をした、少女のような氷魔たち6名が、何か手帳より少し大きい板状の物体を手にして廊下を移動していた。
「いないね」
「いないわ」
「いないよね」
「いない」
「どこにもいない」
「どこかしら」
氷の板から目を離さず、少女氷魔たちはゾロゾロと歩き続けた。一人の氷魔が、板に表示された何かを隣の氷魔に見せる。
「見てこれ可愛くない?」
「あっ、可愛い」
「えーホントだ可愛い」
「うん可愛い」
「やばい可愛い」
「可愛い」
それは、猫の姿をした氷魔の写真だった。指でスライドすると、次々と似たような写真が現れる。
すると、板が突然白く点滅発光し、不思議な音が鳴り響いてきた。
「おっ」
一人の氷魔がそれを耳にあてがう。
「もしもしー」
電話に出るかのようにそう板に向かって話すと、声が返ってきた。
『こっちにいたよ』
「まじで!?」
『みんなで追い詰めよう』
「らじゃ!!」
ひとつの通路を、一体の少女氷魔が走っていた。細い眼鏡をかけ、長い髪を首の後ろで結っている。
「はあ、はあ、はあ」
エネルギーを消耗しているのか、その脚には力がない。すると、遠くから多数の足音と、声が聞こえてきた。
『こっちに行った!』
『こっちね!』
『こっちだよ!』
大勢の足音が、だんだん遠ざかって行くのを確認すると、少女は安堵の吐息をついて、其の場にへたり込んだ。
少女の手にも、透明な板が握られていたが、そこには何も表示されていなかった。
「魔力切れか」
恨めしそうに、それを懐にしまう。
「みんなで同じ事言ってて、自分で薄気味悪くならないのかしら」
溜め息をつくと、近くにあった小部屋に入り、ドアを閉じる。内側から何か呪文のようなものを唱えると、ドアはスッと消え去り、壁と見分けがつかなくなった。
少女は室内を見渡す。雑然と、不用品のようなものが積まれたり、押し込まれている様子だった。
「あっ」
少女氷魔は、部屋の隅にあるブックスタンドかイーゼルのような物体を見つけると、さっき懐に入れた板を取り出して立て掛けた。すると、板の右上あたりにポッと黄色いランプがつく。
「助かった」
そうつぶやくと、少女は壁にもたれて座り込み、板に手をかざす。すると、板の表全面が光り、横長の枠が浮かび上がった。
「あっちは無事かな」
少女は、枠の中に表示された短い文章を読む。
[リベルタ、私たちはなんとか逃げられたから安心して。そっちは大丈夫?]
その一文に、氷魔の少女リベルタは心から安堵し、胸を撫で下ろした。
「良かった」
リベルタは送られてきたメッセージへの返信を打つ。
[私もひとまず隠れてる。ここにいれば大丈夫だから安心して。念のためアイスフォンの通信は一旦切っておく。返信不要。]
送信、と表示されたボタンをポンと押すと、リベルタはアイスフォンと呼ばれる魔法の通信機器をオフにして、暗い物置きの壁にもたれたまま目を閉じた。
「侵入者の女の子、会ってみたかったな…仇は討たないとね」
絶対零度女学園/氷晶花繚乱篇
氷巌城第2層に到着した百合香は、マグショットが単独行動のため一時離脱したので、サーベラスとともにオブラの手引きでレジスタンスのアジトを目指していた。
適度にデザインが施された通廊を歩きながら、第2層はこれまでの層に比べて、何か雰囲気が違うと百合香は感じた。
「何ていうのかな、こう…城、っていう感じがしない」
制服姿に戻った百合香が呟いた。聖剣アグニシオンは握ったままである。
「百合香さまの学園に似ているせいでしょうか」
オブラは歩きながら、百合香の方は見ないで答える。百合香は、うーんと考え込んでいた。
「それもあるけど、もっと根本的に違う何かを感じる。第1層は、戦う兵士たちの意識を象徴しているような、無骨でピリピリした雰囲気があった」
「それはそうだろう。第1層は最初に侵入者を迎え撃つ、壁だからな」
第1層で百合香が最初に戦った当の本人であるサーベラスの言葉には、それなりに説得力と実感が伴っていた。
「第1層の兵士は実力で上に劣ると思ってるだろうが、それは必ずしも正しい認識じゃない。そもそも、各層は実力だとかの前に、それぞれ性質が異なるんだ」
「性質?」
「ああ。例えば百合香、お前が出会ったって言ってた、音楽をやっている氷魔たちがいただろう」
サーベラスに言われて、百合香はあのライブハウスの氷魔たちを思い出していた。
「いたわね。ちょっと第1層では特殊な感じだった」
「俺はほとんど接点もなかった連中だがな。第2層は、どっちかというとあんなタイプの奴らが多いらしい」
そのサーベラスの言葉が、百合香には妙に引っかかった。
「サーベラス、あなたは第2層を知っているんじゃないの?」
「もちろん、大雑把には知っている。だが、全体は知らん。各エリアを守護する氷騎士も、知らない奴の方が多い」
「知ってるのは、どんな奴なの」
「マグショットのような、格闘主体の氷騎士がいる。格闘といっても、お前達が第1層で戦った紫玉のような、拳法とは違うタイプの格闘技だ。名前は忘れた」
「マグショットとどっちが強いの?」
その問いに、サーベラスは答える事ができなかった。
「やってみなけりゃわからん、としか言えんな。俺は格闘は専門外だ。殴る蹴る、張り倒すぐらいしか知らん」
「もしそいつに遭ったら、また格闘技を使う事になるのか…」
百合香は、できれば剣で戦える相手である事を祈っていた。
しばらく歩くと、オブラが周囲を警戒しつつ、「こっちです」と百合香たちを細い通路に誘導した。そこはサーベラスの体格だと、身体を若干斜めにしないと歩けない狭さだった。
「なんなんだ、ここは」
肩のアーマーをガリガリと壁面に擦りながら、サーベラスがぼやいた。
「がまんして下さい。アジトというのは狭い所を通るものです」
「タテガミが引っ掛かって仕方ねえ」
「ご自分のデザインはご自分で何とかしてください」
仕切る猫探偵オブラは、サーベラスのぼやきを無視して通路を進むと、ある場所でぴたりと止まって壁をノックした。すると、壁から声が聞こえてきた。
『アルセーヌ・ルパン「空洞の針」において、ルパンを追った少年探偵の名は?』
「イジドール・ボートルレ」
オブラが小声で答えると、壁にそれまで見えなかったドアが現れた。猫用なのか、ノブがかなり下についている。
「さ、入りましょう」
「あなた達の知識量もよくわからないわね」
アルセーヌ・ルパンは子供の頃に数冊しか読んでいないので、問いの答えがわからなかった百合香はそれ以上特にツッコミを入れなかった。
猫レジスタンス「月夜のマタタビ」の第2層のアジトは、第1層で招かれた部屋よりは広々としていた。あの狭い空間で巨体のサーベラスを連れて入ったら、身動きができたかどうか怪しい。
「ようこそいらっしゃいました、我らが英雄ユリカ様。私は第2層のレジスタンスを取り仕切る、ピエトロと申します」
三つ揃いのスーツに鳥打帽という、レジスタンスのイメージからだいぶ遠い装いの猫レジスタンスはそう名乗った。やはり少年のような声だが、少し柔らかい、大人びた調子である。その周りに、ベストやオーバーオールを着込んだ猫スパイ達が控えていた。
「初めまして。レジスタンスのみんなには、本当に助けられているわ」
「そう言っていただけるとありがたい」
服装のとおり、いくらか態度が大きい猫だなと百合香は思った。
「まさか、氷騎士サーベラス様がこちらについて下さるとは、願ってもいませんでした」
両手を広げてピエトロは喜びを示す。サーベラスはいつものように「ふん」と腕を組んだ。
「俺はべつにレジスタンスじゃねえ。ただ、城のやり方が気にくわねえだけだ」
「それならそれで構いません。目的は一緒です」
「調子のいい奴らだな」
サーベラスはオブラを横目で見た。オブラは知らん顔をしている。
その時、百合香は壁に貼られた新聞に気が付いた。真ん中に、百合香の写真が載っている。
「ちょっと、その新聞なに!?」
「ああ、これですか。ご心配なく、あなたが死亡したというニュースです」
ピエトロが読み上げた内容は以下の通りだった。
【人間の侵入者、貯水槽の怪物に食われ死亡】
この氷巌城に侵入した愚かな人間の少女は、第1層を通過すること無く死亡が確認された。侵入者は水路奥の貯水槽に棲み着いていた怪物と交戦したと思われ、丁度時を同じくして第1層を視察されていた水晶騎士カンデラ閣下と、同行していた兵士によって、首が千切られた状態を捕食されている様子が目撃されている。
なお、侵入者によるダメージが大きかったためか、貯水槽の怪物もその後死亡していた事が報告されており、侵入者とともに、由来不明の怪物もまた姿を消す事になった。
この件について皇帝陛下側近のヒムロデ閣下から、侵入者がいなくなった事は城にとって良い報告ではあるが、非常態勢を解いたといえども警戒は怠らぬよう、との通達が全エリアになされた。
〈今日の話題〉
第2層で猫耳ヘルム大流行
現在、第2層の兵士の間で、猫耳をあしらったヘルメットを装備する事が大流行しており…
「そこはどうでもいい」
手を上げて百合香のツッコミが入ったところで、ピエトロは読み上げるのをやめた。
「私が死んだ事になってるのね、今も」
「そうです。ちなみに、怪物が百合香さまと交戦したために死んだというのは、我々とディウルナ様による情報操作です」
「そうなの?」
「はい。ついでと言ってはなんですが、バスタードとその直属の氷魔も、怪物の調査に訪れて逆に殺されたという工作を、現在行っております」
百合香はサーベラスと顔を見合わせたあとで、「呆れた」と溜め息をついて苦笑いした。
「全部あの怪物のせいにしたのね。さすがに可哀想かも」
「汚れ役は我々が引き受けます。百合香さまはお気を煩わす必要はありません」
それを言われて、百合香は突然何かを思い出したように黙り込んだ。ピエトロが訝しげに顔をのぞく。
「…どうなさいました?」
「いえ…前にもこんなやり取りがあったような気がしたの」
「そんなわけないでしょう」
ピエトロも、オブラと一緒に首を傾げる。今度はオブラが話を仕切り始めた。
「百合香さま、とにかく今は非常に重要な局面です。このように、百合香さまが第2層に侵入した事がまだバレていない状況で、どう動くかは今後を左右するでしょう」
もはや軍師じみてきたな、と百合香もサーベラスも思った。
「それで、軍師さまはどう動くのがベストだと思う?」
「…僕の事を言ってるんですか」
「そう」
「肩書きなら、探偵…いや名探偵の方がいいですね」
どうしてこの猫たちは肩書きだとかにこだわるのだろうか、と百合香は思った。
「じゃあ名探偵オブラさん、ここからどう動くべきだと思う?とりあえず、手近な氷騎士を見つけて叩く?」
「いやいやいや、それは単純すぎます」
「そんなこと言ったって、最終的にはそれをしないといけないんでしょ。それとも、サーベラスみたいなのを見つけて、味方に引き入れる?」
百合香がそう言うと、オブラとピエトロは頷きあって百合香を向いた。
「百合香さま、まさにそれです」
「え?」
「この層にも、城に対して反旗を翻した勢力、あるいは個体がいるかも知れません。僕は、今のうちに一人でも二人でも、そういった氷魔を見つけて味方につけておくべきだと思います」
百合香は、オブラの言うことを真剣に受け止めつつも、まだ懐疑的だった。
「そういう氷魔がいるのならいいけど。一人もいない可能性だってあるわよ」
「ですから、まずは調査です。ピエトロ、百合香さまにあれを」
オブラが何か指示すると、ピエトロは奥の棚から、羽根飾りのついた品物を取り出して百合香に示した。
「百合香さま、これを」
「何これ」
受け取った百合香は、それが羽根飾りのついたヘッドバンドである事に気付いた。
「これは?」
「つけてみて下さい。大きさを調整します」
言われるままに、百合香はヘッドバンドを額に装着した。
「ほんの少し左右が緩いかも」
「わかりました。それはあとで調整いたします。ひとまず、その状態で、そのヘアバンドに軽く意識を集中させてみてください」
「なにそれ」
百合香はオブラとピエトロを交互に見る。なんだかわからないので、百合香は言われた通りに意識を集中させた。
すると、ヘッドバンド中央に埋め込まれた宝石から青紫の光が広がり、百合香の全身が、まるで氷魔のような青白い色に変わってしまった。
「うわっ!」
いきなり両手や脚が真っ青になったので、百合香は驚いてのけ反る。
「なにこれ!?」
「変装というほどではありませんが、色を変える魔法です。百合香さまのお姿は何かと目立つので、我々の変身魔法を利用したアクセサリーを、錬金術師のビードロ様に作っていただきました」
「へえー」
便利だな、と百合香は身体の色を変えたり、元に戻したり繰り返してみた。
「ですが百合香さま、それは単に色を変えるだけのものです。特殊な個体を除けば、氷魔は基本的に人形のような構造なので、百合香さまが普通の氷魔でない事は、簡単にバレる事もあるでしょう。使用に際しては過信されませんように」
オブラは釘をさすと、装着感の調整のため百合香からヘッドバンドを受け取る。
「さて、ひとまずの方針は決まったわけですが」
「ねえ、そういえばレジスタンスが何人か行方不明になってるんでしょ」
百合香が持ち出した話題に、ピエトロは反応を見せた。
「そうです。我々としても捜索を続けていますが、この層の氷魔は非常に厄介で、難航しています」
「いったい、どんな奴らなの」
すると、ピエトロはどう表現すべきか思案する様子を見せてから言った。
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「いない」
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「可愛い」
それは、猫の姿をした氷魔の写真だった。指でスライドすると、次々と似たような写真が現れる。
すると、板が突然白く点滅発光し、不思議な音が鳴り響いてきた。
「おっ」
一人の氷魔がそれを耳にあてがう。
「もしもしー」
電話に出るかのようにそう板に向かって話すと、声が返ってきた。
『こっちにいたよ』
「まじで!?」
『みんなで追い詰めよう』
「らじゃ!!」
ひとつの通路を、一体の少女氷魔が走っていた。細い眼鏡をかけ、長い髪を首の後ろで結っている。
「はあ、はあ、はあ」
エネルギーを消耗しているのか、その脚には力がない。すると、遠くから多数の足音と、声が聞こえてきた。
『こっちに行った!』
『こっちね!』
『こっちだよ!』
大勢の足音が、だんだん遠ざかって行くのを確認すると、少女は安堵の吐息をついて、其の場にへたり込んだ。
少女の手にも、透明な板が握られていたが、そこには何も表示されていなかった。
「魔力切れか」
恨めしそうに、それを懐にしまう。
「みんなで同じ事言ってて、自分で薄気味悪くならないのかしら」
溜め息をつくと、近くにあった小部屋に入り、ドアを閉じる。内側から何か呪文のようなものを唱えると、ドアはスッと消え去り、壁と見分けがつかなくなった。
少女は室内を見渡す。雑然と、不用品のようなものが積まれたり、押し込まれている様子だった。
「あっ」
少女氷魔は、部屋の隅にあるブックスタンドかイーゼルのような物体を見つけると、さっき懐に入れた板を取り出して立て掛けた。すると、板の右上あたりにポッと黄色いランプがつく。
「助かった」
そうつぶやくと、少女は壁にもたれて座り込み、板に手をかざす。すると、板の表全面が光り、横長の枠が浮かび上がった。
「あっちは無事かな」
少女は、枠の中に表示された短い文章を読む。
[リベルタ、私たちはなんとか逃げられたから安心して。そっちは大丈夫?]
その一文に、氷魔の少女リベルタは心から安堵し、胸を撫で下ろした。
「良かった」
リベルタは送られてきたメッセージへの返信を打つ。
[私もひとまず隠れてる。ここにいれば大丈夫だから安心して。念のためアイスフォンの通信は一旦切っておく。返信不要。]
送信、と表示されたボタンをポンと押すと、リベルタはアイスフォンと呼ばれる魔法の通信機器をオフにして、暗い物置きの壁にもたれたまま目を閉じた。
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これは、神に選ばれなかった「持たざる者」が、絶望的な現実にもがきながら、たった一つの希望を掴むために抗い、やがて世界の真実と向き合う、戦いの物語。
彼の「無属性」の力が、世界を揺るがす光となることを、彼はまだ知らない。
テンプレのダンジョン物を書いてみたくなり、手を出しました。
SF味が増してくるのは結構先の予定です。
スローペースですが、しっかりと世界観を楽しんでもらえる作品になってると思います。
良かったら読んでください!
ツルギの剣
Narrative Works
青春
室戸岬沖に建設された海上研究都市、深水島。
舞台はそこに立つ女子校、深水女子高等学校から始まる。
ある日、深水女子高等学校の野球部に超野球少女が入部した。
『阿倍野真希』と呼ばれる少女は、ささいなことから本を抱えた少女と野球勝負をすることになった。
勝負は真希が勝つものと思われていたが、勝利したのは本の少女。
名前を『深水剣』と言った。
そして深水剣もまた、超野球少女だった。
少女が血と汗を流して戦う、超能力野球バトル百合小説、開幕。
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