絶対零度女学園

ミカ塚原

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氷晶華繚乱篇

風の約束

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 のちに百合香が事あるごとにぼやく、もとい述懐するところによれば、瑠魅香との再会はもう少し、劇的なものを期待していたらしい。
 しかし現実は目を覚ました瑠魅香から、全く覚えのない浮気を追求されるという、劇的もへったくれもない痴話喧嘩で再会は終わった。そもそも百合香は、瑠魅香と交際している覚えも結婚している覚えもない。
『あなた、いつ目を覚ましたの!?』
 瑠魅香の頭の中で、百合香が問いかける。この感覚も久々だな、と百合香は思った。
「これだけドタバタ騒がれたら、嫌でも目が覚めるわ」
 瑠魅香の言う事も尤もではある。言われてみれば、第二層に上がって以降、ここまで本格的な激闘はなかったのだ。
「あっ…あなた達、一体…」
「あー、話は後にしよう。あいつを倒さなきゃいけないんでしょ」
 場の空気をストップさせた張本人の瑠魅香が、杖をリベルタに向けた。
「回復魔法は苦手なんだ。あまり期待しないでね」
 そう言うと、リベルタに淡いピンク色の柔らかな波動が送られる。すると、ビードロの薬ほどではないが、細かな傷がみるみる塞がっていくのだった。
「貸しにしとく」
「あ…ありがとう」
「立てる?」
 まだ面白くなさそうな顔で、瑠魅香はリベルタに手を差し伸べる。
「きさま、何者だ」
 その背中に、瑠魅香の拘束魔法を容易く解いたイオノスが低い声で問いかけた。
「噂には聞いていた。侵入者を手助けする、謎の魔女の存在をな。しかし、その姿は金髪の侵入者よりも目撃した者が圧倒的に少ないという。そういう事か。肉体を共有していたとはな」
「ずいぶん偉そうね。気に入らないわ、あなた」
 瑠魅香は自信満々で前に出る。
「あたしのカレシが世話になったみたいね」
『カレシのつもりはないけど』
「礼はさせてもらうわよ」
 百合香のツッコミを無視して、瑠魅香はその杖をイオノスに向ける。
「面白い。謎の魔女の魔法の力、見せてもらおう」
「余裕かましてると足元すくわれるよ」
「ほざけ!!」
 それまでの張り詰めた空気が一転、イオノスと瑠魅香の魔法どうしの対決が幕を開けた。イオノスが放つ無数の氷の矢が瑠魅香を襲う。
「クリスタル・ヴォーテックス!!」
 瑠魅香もまた、無数の氷の円盤を放ってその矢を受け止めた。
 両者の放った矢と円盤が互いに砕け散ったタイミングで、間髪入れずエネルギーの応酬が始まった。イオノスは、目に見えない空気の刃を瑠魅香に向ける。それを察知した瑠魅香もまた、同じ風の魔法で迎え撃つ。
「うっ…!」
 イオノスの魔法は強力であり、ダメージを負った百合香の肉体で全力が出せない瑠魅香は、少しずつ押されて行った。
「どうした、先程までの威勢は」
「この…!」
 瑠魅香は瞬間的に気力を爆発させ、一気にイオノスの魔法を押し返す。
「なにっ!」
「でぇあ―――っ!!」
 ほとんど格闘技の掛け声とともに、両者の魔法が空中で弾け飛ぶ。
「はあ、はあ、はあ」
「ふっ。精一杯とはいえ、私の魔法と張り合えた事は褒めてやる」
「こいつ…強いな」
「今さら何を寝ぼけている!」
 瑠魅香に致命の一撃を加えようと腕を振り上げたイオノスだったが、その腕を一本の氷の矢が弾いた。
「むっ!」
「借りを作るのは好きじゃないわ」
 瑠魅香の後方で、リベルタが弓を構えていた。イオノスは呆れたように笑う。
「ふっ、ストラトス、見ているか。もはや意識などあるまいが、お前の愛弟子も往生際が悪いものよ」
 冷徹に言い放つと、再び氷の矢がリベルタを襲う。ギリギリでそれをかわすと、リベルタは渾身の一撃を弓に込め、弦を引いた。
 だが、リベルタが弦を弾いた、その時だった。弓はリベルタの込めたエネルギーに耐えきれず、バキン、と鈍い音を立てて砕け散ってしまった。
「あっ!!」
 放たれた不完全なエネルギーは、見当違いの方向に飛んで消えてしまった。
「ははははは、もはや武器も失ったか。弓という発動体を失った今、お前にはその、なけなしの力を発揮する機会さえないということだ」
「くっ…」
 リベルタは、イオノスと距離を取って左回りに後退した。
「ふふふ、お前にはもう逃げる事しかできない」
「どうかしら。さっき、この黒髪の魔女が言ったわよね。油断してると、足元すくわれるわよ」
 そう言って、瑠魅香にウインクを投げる。瑠魅香はそれまでより真剣な顔で、心配そうにリベルタを見た。
「もはや貴様らの強がりも耳障りだ。まとめて地獄に送ってくれる!!」
 いい加減痺れを切らしたイオノスが、両手で強大な冷気のエネルギーを蓄え始めた、その瞬間だった。
「なに!?」
 リベルタは突然、イオノスに向かって全力疾走を始めたのだ。その予想外の行動に、イオノスは一瞬、判断を見失った。
 すると、その隙を狙っていたかのように、瑠魅香が魔法を放つ。
「ブラッディー・エンゲージリング!!」
 真紅に輝くリングがイオノスを取り囲むように現れ、一瞬で収縮してその胴体を翼ごと締め付けた。
「うぬっ…!」
 それはイオノスにダメージを与えるほどの威力はなかったが、その動きをわずかに止めるには十分だった。
「おのれ!!」
 あっさりとリングは破られた。だが、リベルタの姿が見えない事にイオノスは気が付く。
「ぬっ!?」
 イオノスは周囲を見渡す。飛び散った魔法のエネルギーの靄が晴れた、その後ろにリベルタはいた。
 だが、そのリベルタが左手にしっかりと握っている物体に、イオノスは驚いた。
「そっ、それは…!」
「何?初めて見る物でもないわよね」
 イオノスの目を見据えながら、リベルタはそれを眼前に突きつけた。
 それは、イオノス―――否、ストラトスが持っていた、巨大な弓であった。イオノスが捨てて転がっていたのを、戦いの最中にリベルタは見付け、瑠魅香にそれを拾う隙を作らせたのだった。
「足元すくわれるって言ったわよね。よく足元を見ないとね、オバサン」
「くっ…!」
 リベルタは、真っ直ぐにイオノスに向けて弓を引くと、残された魔力を振り絞った。巨大な弓に、それまでにない輝きが満ちる。
「この距離では、いかにあなたと言えど逃げられない。今度こそ決めてやるわ」
「ふん、できるのか。この身体はお前の師、ストラトスのものなのだぞ」
 その脅しに、リベルタは無言だった。
「出来はしまい。師の身体によって葬られる事を、せいぜい喜ぶことだ」
「何を言っているの?」
 嘲笑するでもなく、真剣な表情でリベルタは返した。
「もう、覚悟は決まってるのよ。ストラトスも同じ事。彼女は、私に殺される覚悟だった」
「なぜわかる?そんな事が」
「あなたには永遠にわからない。私達の絆は!!」
 リベルタは弦を力いっぱい引く。リベルタを中心に、雷鳴と振動が起こった。
「ストラトス、あなたが最後に命懸けで伝授してくれた奥義、どうか見届けてください」
 リベルタの目は、イオノスの向こうのストラトスを見ていた。ストラトスが、微笑んでいるのが見える。後は任せたと、その目がリベルタに語りかけている。
「死ね!!!」
 イオノスのエネルギーの塊が、リベルタめがけて放たれる。だが、リベルタは逃げなかった。脚を踏ん張り、微動だにせず構えた弓の弦を弾く。

「『インドラストラ・エピュラシオン!!!』」

 

 天地を砕くかに思えた雷光が収まったとき、そこには何一つ残されてはいなかった。かつてストラトスと呼ばれ、イオノスに支配された氷の身体は、リベルタがストラトスから受け継いだ最後の奥義で、塵ひとつ残さず消え去ったのだった。
「…リベルタ」
 表に出てきた百合香が、その背中に声をかけた。リベルタはうなだれている。
「…私には、何が正解かなんてわからない」
 ぽつりと、リベルタは言った。
「ストラトスは、きっと罪の心に苛まれていたんだと思う。それでも、あえて汚名を被った。私を敵に回してでも…いえ、私と戦うために」
「それしか方法がなかった…イオノスに縛られた状態であなたに奥義を伝えるには、懸けるしかなかったのね。奥義を放って見せても、あなたが生き残っている事に」
 百合香に言われて、リベルタは握り締めたストラトスの弓を見つめる。このグリップを、ストラトスも握っていたのだ。
「…私は前に進むしかない。それが、ストラトスへの手向けになるかはわからないけど、この氷巌城を消し去るために」
 リベルタは振り向くと、百合香の目を見据えた。
「百合香。もう、力を貸してとは言わない。私達、全員の気持ちは同じよ。一緒に戦いましょう」
「ええ」
 二人はしっかりと握手を交わす。そこへ、もう一人が声をかけた。
『あたしもいるんだけど』
「もちろん、頼りにしてるわ。瑠魅香、だったわね」
 すでに名前を覚えてもらった事に、瑠魅香は軽く驚いていた。
『よっ、よろしくね。…リベルタ』
 瑠魅香のボソボソと答える声に、リベルタは微笑んだ。なんだ、案外ウマが合いそうじゃないかと安心する百合香である。
「この状態じゃ、進むにしてもどうにもならないわね。全員、まず身体を治して仕切り直さないと」
 百合香は、鎧が砕けてしまった自分の姿を情けなく思った。だが、同じ目に遭っても聖剣アグニシオンは相変わらず、かすり傷ひとつ見えない。どうやら、鎧とは全く別の存在であるらしい。
「グレーヌ、あなた達は大丈夫?」
 リベルタが3人を見る。傷ついてはいるが、いちおう無事ではいるようだった。
「私たちは何とかね。サーベラス様は重傷かも」
「これぐらい、何てことは…ぐっ」
 サーベラスは強がってみせるものの、もう自力で立ち上がるのも難しいようだった。
「くそっ」
「オブラ、さっきの薬はもうないの?」
 リベルタが足元に控えるオブラに訊ねた。オブラは首を横に振る。
「もう、預かってきたぶんは使ってしまいました。ビードロ様にコンタクトが取れれば良いのですが、第一層にいらっしゃるので…」
「仲間にコンタクトを取ってみるわ。アジトがあったら、そこにとりあえず匿わせてもらう」
 グレーヌ達はアイスフォンを取り出すと、他の仲間に連絡を取り始めた。その様子を見て、百合香は癒しの間に置きっぱなしの、バッテリーが切れたスマホを思い出していた。

「ビードロって、聞いた名前ね」
 リベルタが訊ねる。オブラが答えた。
「第三層の水晶騎士、錬金術師ヌルダの弟子だった氷魔です。クセのある方ですが、いちおう我々に協力してくれています」
「全く、あなたには驚かされるわ」
 リベルタは、呆れたのか敬服したのかわからない表情を百合香に向けた。
「あなたが歩けば、それだけ味方が増えていく。一体、どういう存在なの?あなたって」
「私はそんなご大層なものじゃないわ。ただ、精一杯進んでるだけよ」
「ふうん。けれど、そのダメージはどうするの」
 リベルタは、鎧を失ってボロボロの百合香を見る。百合香は苦笑いしながらオブラに目線を送った。
「はい、わかりました。急いで探して参ります」
「頼んだわ。もう、歩く気力もないから」
「お任せください!」
 オブラが走り去ると、百合香はガクリと膝をついてしまった。
「ちょっと、大丈夫なの」
「…慣れてる」
「馬鹿言ってるんじゃないわよ」
 リベルタは、自分も傷ついた身体で百合香の肩を支える。
「なんかアテがあるんでしょ?オブラに言いつけたのは」
「ええ」
 百合香は、癒しの間という自分が傷を癒すための空間がある事を説明する。リベルタは、それなりに驚きを持って聞いていた。
「信じられないわね、そんな空間への入り口が、この氷巌城にあるなんて」
「みんなもそこで回復できればいいんだけど、氷魔はその空間に入る事はできないみたい。エネルギーが反発するらしい」
「入った瞬間、あの世行きか」
 リベルタは肩をわざとらしく震わせてみせた。

 ほどなくして、オブラが全速力で戻って来た。
「百合香さま、ありました。ゲート」
「そう。ありがとう」
 弱弱しく答える百合香を、オブラは心配そうに見る。これまでになく重いダメージを負っているように見えた。
「心配しないで。いつもの事じゃない、こんなの」
「そっ…それはそうかも知れませんが」
 すると、アイスフォンで仲間に連絡を取っていたグレーヌ達が駆け寄ってきた。
「リベルタ、ちょっと戻った所にアジトがある。私たちはそこにサーベラス様を匿ってくるわ」
「そう。じゃ、百合香を送ったら私もそこに行くわ」
 わかった、と頷いてグレーヌ、ラシーヌ、ティージュの3人は、サーベラスの巨体をどうにかこうにか支えながら通路を戻って行った。リベルタはオブラを見る。
「オブラ、案内して。百合香をそのゲートとかいう所まで連れて行く」
「わかりました」

 ようやく辿り着いたゲートは、狭い通路を曲がった所の、うっかりすると気付かないような隙間にあった。百合香は、力の入らない腕でアグニシオンを向ける。
「ちょっと、しっかりしてよ」
 リベルタに腕を支えられて、なんとかゲートを解放する事に成功した百合香はリベルタに向き直った。
「おかげでここまで来れたわ、ありがとう。回復したら、すぐにそっちに合流する」
「ゆっくり休んでちょうだい」
 リベルタに借りていた肩を離すと、百合香はおぼつかない足でゲートに進んだ。
「百合香、瑠魅香」
 ふいにリベルタが呼び止める。
「あなた達のお陰で、ストラトスを止める事ができた。感謝しているわ。ありがとう」
 百合香は、力のない表情で微笑む。
「どういたしまして」
『どうって事ないわよ、あれくらいの事』
 強がる瑠魅香に、リベルタは笑う。
「そう。素敵なコンビね、あなた達」



 氷巌城第二層、百合香たちが氷騎士ストラトスと死闘を繰り広げていた頃。別なポイントでは、拳士マグショットが険しい表情で通路を進んでいた。
「この気配…やはり奴も、実体を持って現れているらしいな」
 奥まったスペースを見付けると、誰もいない事を確認して座り込み、一息をつく。
「この借りは必ず返す」
 静かに呟くと、左の目の傷に爪を立てる。カリカリと、引っ掻く音が狭い空間に微かに響いた。
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