サーキットロイドSUZUKA

ミカ塚原

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その名は鈴鹿

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 いったい、シェルター内で何が起きているのか。エネルギー供給が制限されているため閉じてしまった隔壁の解除ができず、異常が起きている開発セクションまで、誰も立ち入る事ができずにいた。
「スズカ…」
 オールドウェイ博士がモニターに示されたその名をつぶやく。博士はほとんど全てのサーキットロイドの開発を手掛けた科学者であり、スズカを除いて起動しなかった機体はない。なぜ、スズカだけは起動しないのか。そして、なぜ今になって突然、エネルギーを充填し始めたのか。
 サーキットロイドは起動する直前、多くのエネルギーを必要とする。ということは、いまスズカは起動しようとしているのか。
「遠隔操作でスズカの起動を試せる?」
 一人のオペレーターにオールドウェイ博士が訊ねる。
「無理です。オペレーションルームにそういったシステムはありません。緊急用の強制シャットダウンシステムはありますが」
「そうよね…」
「このエネルギー充填が終わらない限り、シェルター内のシステムは復帰しません。待つしかありません」
 わかっている事だったが、博士はスズカの事が気になって仕方なかった。

 なぜ彼女は突然、稼働を始めたのか。彼女がエネルギーを集め始める直前、何があったのか。

 そこで、博士はひとつの事実を思い出した。
「シルバーストンだわ」
「え?」
「シルバーストン達との通信は、現在どうなってるの?」
「現在、システムの一部がダウンしているため、通信の回復まで時間を要します。外の状況はわかりません」
 オペレーションルームの全員が不安に襲われた。シルバーストン達は、何か巨大な相手と戦っていたはずだ。その後、戦況はどうなっているのか。
「さっき、シルバーストンが突然、スズカの名前を呼んだ。この異常が起きたタイミングと一致しているわ」
「まさか、シルバーストンの声で始動したと?」
「そうとしか考えられない。さすがに、OS起動プロセスまでは至っていないようだけれど。エネルギーの充填が完了したら、起動させてみましょう」


 シルバーストンは、自身のヘッドセットからの警告音で目を覚ました。
『…てください。繰り返します。バリアシステムに深刻な損傷を受けました。補助バリアシステムへの切り替えを行ってください』
「…う…」
 目を開けると、左腕の袖が裂け、腕のコーティングも傷ついているのがわかった。露出した内部装甲にも傷がついている。だが、幸いにして全身のダメージは大した事はないようだ。そのかわり警告メッセージが言うように、サーキットロイドの共通仕様である体表面バリアシステムは、ジェネレーターがさっきの一撃に耐えきれず破壊されてしまったらしい。その衝撃で、一時的にシステムが落ちてしまっていたらしかった。
「モンツァ!」
 ハッとして、周囲を見回す。すると、離れた所でまだモンツァとハンガロリンクが、巨人と戦っていた。モンツァの真っ赤なドレスはズタズタになっている。
「くっ!」
 急いで立ち上がると、タイヤを確認する。パンクしているのではと不安になったが、まだ足首にきちんとリンクしていた。頑丈なハードタイヤで出たのは正解だった、とシルバーストンは思った。
 ただちにホイールを始動させ、モンツァ達が戦っているフィールドに急ぐ。

「こいつ!!」
 モンツァは、空力エネルギーを込めた蹴りを放つ。その一撃で相手の身体を構成する岩や土砂の塊は破壊されるのだが、どうやらコアのエアリオにはダメージが及んでいないらしく、そのうえ壊れた箇所はすぐにまた土砂や岩で再生されてしまうのだった。
「反則よ!」
 ルールなんかないのはわかっているが、言わずにおれないモンツァである。そこへ、シルバーストンが駆け付けた。
「大丈夫!?」
「大丈夫じゃない!!」
 全くそのとおりである。ハンガロリンクも、攻撃を繰り返してはいるが全く効いていない。
「こんな化け物、今まで見た事ないよ!」
 大きく後退しつつ、モンツァは悪態をつく。確かに初めて見るような個体である。土砂を吸着しているということは、人間の肉眼でも視認できる。姿を捉えにくいのは自分たちのメリットであった筈だが、それを捨てて戦闘能力を優先したという事なのか。
「シルバーストン、あんたならどうやって倒す!?」
「いま考えてる」
「余裕あるじゃない!」
 言いながら、二人は巨人の攻撃をかわしてジャンプする。シルバーストンは補助バリアシステムを展開しているが、これは通常のものより耐久性が格段に落ちるので、モンツァなどに言わせれば「なくても同じ」との事である。
「次に一撃くらったら終わりね」
「淡々と言わないで!」
「エネルギーも減ってきてる。現実は非情よ」
「苔の一念岩をも通す、って何百年も前の人類が言ってたらしいわよ!」
 この状況で大昔の諺を引用するのも余裕があるな、とシルバーストンは思った。
「だめ、歯が立たない!」
 諦めたハンガロリンクが二人に合流した所へ、巨人エアリオが地面を蹴って土砂をまき散らす。地味だがその威力は銃弾並みであり、3人を牽制するには十分だった。
「キリがないわ!シルバーストン、あいつを引き付けて。あたしがフルパワーで胸をぶち抜く」
「無茶だわ」
「このままじゃタイヤが摩耗して終わりよ。シェルターにも連絡がつかない。向こうでも何かが起きたのよ」
「……」
 シルバーストンは、言ってもきかないモンツァの性格をよく知っている。
「わかった」
 そう言うと、ハンガロリンクの方を見る。
「あなたは後方で控えていて。何か起きた時、モンツァをサポートして欲しい」
「だっ、大丈夫なの!?」
「行くわよ!」
 ハンガロリンクの問いには答えず、シルバーストンは巨人に向かって走り出した。モンツァもまたシルバーストンとは異なる方向に駆け出す。

 シルバーストンはピークパワーではわずかにモンツァに劣るが、接近戦での瞬発力とテクニカルな戦闘能力など、必要な全てを高い次元で兼ね備えたサーキットロイドである。当然、接近戦もハイレベルでこなす。
 土砂の巨人の周囲を、シルバーストンはタイヤを労りながら旋回した。巨人はそれに気を取られ、移動を止めて足元のシルバーストンを排除しようと腕を振り回す。
「今よ、モンツァ!!」
 シルバーストンが合図を叫ぶと、距離を取っていたモンツァが回生エネルギーを一気に消費して、フルスピードで巨人に突っ込んだ。その時速は、すでに380kmを超えていた。
「おおりゃあ――――――っ!!!!」
 とてつもないスリップストリームを巻き起こしながら、モンツァは超高速の回転蹴りを巨人の胴体に食らわせる。その巨体のど真ん中をモンツァの技がぶち抜いて、ぽっかりと大穴が開いた。

「ぐはっ!!」
 蹴りを放った衝撃で、モンツァは身体のバランスを崩して岩場に激突する。
「モンツァ!!」
 慌ててハンガロリンクが駆け寄る。タイヤはすでにバーストしており、モンツァ自身のエネルギーもシステム維持用のレベルを残して、すでに稼働不能な状態になっていた。
「ハンガロリンク!モンツァを連れて離脱しなさい!」
 シルバーストンが叫ぶ。
「でっ、でも!」
「早く!!あとは私が何とかする!!」
 シルバーストンに言われて、ハンガロリンクは不安そうに、モンツァの身体を抱えて走り出す。
「大丈夫だよね…シルバーストンは、あたし達の中で一番強いもんね」
 自分に言い聞かせるようにハンガロリンクは呟いて、シェルターの方向にタイヤを走らせた。

 シルバーストンは驚愕していた。巨人は胸に大穴が開いているというのに、いまだ動き続けているのだ。
「どういうこと…」
 人型のエアリオは通常、胸か頭のいずれかを破壊されれば、活動を停止した直後に消滅する。しかしこの風と土砂で出来た巨人は、胸を破壊されても止まる気配がない。ただ、いくらか動きは鈍くなっている。
「私が決めるしかない」
 シルバーストンはそう決意した。なぜか巨人は、先程のような身体の修復が一向に行われない。
「ひょっとして、モンツァの一撃で修復能力が破壊されたということ?」
 相手の攻撃をかわしながら、シルバーストンはそう推測した。その、具体的な理由はわからないが、眼の前で起きている事を分析する限り、そうとしか考えられない。
 つまり、あとは力押しでこいつを倒す事はできる。最悪、自分が倒れても、計算ではあと20分以内に、キャラミを載せたトランスポーターが帰投するはずだ。

 だが、そのシルバーストンの計算には穴があった。
「あっ!」
 走行している途中、左タイヤが激しくブレ始めたのだ。表面には火ぶくれ、ブリスターが発生していた。
「さすがに限界か…くそっ!」
 シルバーストンの口から、珍しく悪態がもれる。タイヤはサーキットロイドの命、要である。このままでは戦うどころか、逃げる事さえ不可能になるかも知れない。


 一方、シェルターではようやく謎のエネルギーダウンが収まったものの、そのショックのせいかシステムが多数のエラーを吐き、通信の回復や隔壁の解錠に時間を要していた。唯一まともに稼働しているのは水洗トイレだけ、という状況である。
 仕方なく、隔壁にコンピューター端末を直結して解除コードを打ち込むという力技で、オールドウェイ博士と数名のオペレーターがようやく、開発セクションまで辿り着いた。しかし、博士を待っていたのは全く予想外の状況だった。
「なんですって!?」
 開発セクションの技術者たちの報告を聞いた博士は、思わず声を上げた。そして、開発室とガレージを繋ぐ扉が、何者かに破壊されている事にも気が付いた。
「これは誰がやったの?」
「それが…」
 
 他方ガレージではメカニッククルー達が、コンクリートの床に投げ出されたホイールガンと、残された2本のタイヤマークを見つめ、呆然と立ち尽くしていた。
「何がどうなってんだ…」
「俺に訊くな」
 クルーたちはタイヤマークの奥に続く、メインゲートへの通路を見た。
「きれいな発進だったな」
「ああ」
「まるでシルバーストンみたいだ」
 クルー達の表情は、あたかも春の花の美しさに見惚れたかのようだった。
 そこへ、モンツァをお姫様抱っこしたハンガロリンクが戻ってきた。
「なんでメインゲートがこじ開けられてるの!?ブザー鳴りまくってるよ!?」
 戻って来るなりそう叫ぶ。
「あと、いますれ違った子、誰!?」


 シルバーストンはブリスターの起きたタイヤをパンクさせないように注意しながら、巨人の猛攻に耐えるという離れ業を続けていた。
「何の自慢にもならない!」
 誰に言うでもなく、巨人が振り回す腕をかわしながらシルバーストンは叫ぶ。相手は土砂の塊であるにもかかわらず、その動きは俊敏である。タイヤと、フレームにダメージを負ったシルバーストンには、攻撃の隙を見出す事ができなかった。
 だが、それでもシルバーストンは諦めない。ほんの一瞬、時間にして0.01秒、巨人の首がガラ空きになった瞬間を、彼女は見逃さなかった。
「ええーいっ!!!」
 飛び上がり、強烈なパンチをその顔面に浴びせる。拳は深くめり込み、相手の頭部を大きく抉った。
「やったか!」
 着地して振り向くと、巨人の様子を確認する。巨人は頭を押さえて、苦しんでいるように見えた。やった、とシルバーストンは思った。
 だが、その期待は一瞬で打ち砕かれた。
「あっ!」
 巨人は全くダメージを受けていなかった。どうやら、急所を仕留める事ができなかったらしい。絶望しかけたその一瞬を狙って、巨人の太い脚がシルバーストンの胴体めがけ飛んできた。

 終わった。さよなら、モンツァ、みんな。

 そう思った瞬間だった。

 目の前を、月明かりの下の桜吹雪のような、鮮烈な輝きが横切った。

「!?」

 死を覚悟したシルバーストンだったが、巨人の脚がその胴体を打ち砕く事はなかった。代わりに、目の前にあるのは、黒く艶やかなドレスに、鮮やかな紅い髪をなびかせた少女だった。
 少女は、いとも容易く巨人の脚を両腕で受け止めると、それを弾き返して思い切り蹴り上げた。
「はーっ!!」
 長く美しい脚に蹴り上げられた巨人の脚が宙に浮く。その隙を逃さず、少女は跳躍し、巨人の腰部に強烈な回し蹴りをお見舞いした。
「せぇぇ――――いっ!!!」
 巨人はその一撃に耐え切れず、吹き飛んで岩の壁にその巨体を打ち付ける。

 強い。美しい。そして、速い。
 よく見ると、少女はタイヤを履いている。同じサーキットロイドだ。
 それは、いつもガラスの向こうで眠り続けていた少女だった。

「鈴鹿」

 地面にへたり込んだまま、シルバーストンはその名を呼んだ。鈴鹿は振り返ると、微笑んでシルバーストンに手を差し伸べる。
「シルバーストン」
 しっかりと、お互いの右手を握る。それは、シルバーストンが夢で握り返した手だった。鈴鹿の手を借りて、シルバーストンは立ち上がる。
「ありがとう。起こしてくれて」
 鈴鹿の紅い髪が風に揺れる。その微笑みは、シルバーストンが待ち望んでいた微笑みだった。

 やっと会えた。

 そんな気持ちが湧き起こり、二人は月光の下で肩を抱き合った。
「もう目覚めないのかと思ってた」
「ごめんなさい」
「ううん、いいの」
 肩を離すと、お互いの目を見る。シルバーストンは不思議そうに呟いた。
「なぜ、今になって突然…」
「わからないわ。でも、遠い昔に何か約束したような気がする」
「何よ、それ」
 シルバーストンはホコリだらけの顔で笑う。まるで姿は違うのに、自分の生き写しであるかのように、二人は感じていた。
「そのタイヤでいける?」
 鈴鹿は、シルバーストンの火ぶくれしたタイヤを見た。
「あなたこそ、そんなユーズドのミディアムでよくここまで来たわね」
「クルーが慌てて履かせてくれたのが、これだったの」
 二人は笑う。すると、巨人がその身体を再び立ち上がらせた。
「お話しはあいつを片付けてからね」
「一撃で決めるわ」
 二人は、ホイールにエネルギーを込める。鈴鹿は紅、シルバーストンは白の、鮮烈な輝きがホイール、タイヤを回転させた。シルバーストンは、もう一撃しか放てる力が残っていない。
「行くわよ!!」
「ええ!!」
 古びたタイヤとは思えない立ち上がりで、二人は巨人の前後にそれぞれ回る。互いの動き、位置が、手に取るようにわかる。驚くべきことに二人のRAMユニットには、二人の間だけで連動するプログラムが組み込まれていた。
 同時に跳躍すると、二人のキックが紅と白の軌跡を描いて、巨人の頭を前後から直撃した。

「「クラッシュ・ストリーム!!!」」

 二人の挟撃で発生した負圧が、周囲の空気を巻き込んで暴風を作り出す。巨人の身体は頭部に受けた絶大なエネルギーに耐え切れず砕け散り、その身体を構成していたエアリオ本体もまた、二人が生み出した乱気流によって、風の中に消え去って行った。

 二人が着地した後には、何一つ残されてはいなかった。ただ月明かりが、風の吹き抜ける大地を照らしている。鈴鹿とシルバーストンは互いに力強くサムズアップして見せた。

「グッジョブ、シルバーストン」
「グッジョブ、鈴鹿!」

 それは、月光の下の再会だった。
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