ずっと、一緒に

ヤン

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第三章

第九話 問題

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 自宅に帰り着いてから、宝生ほうしょうに電話した。彼は、呼び出し音一回で、すぐに出てくれた。

吉隅よしずみくん。どうでしたか?」

 宝生の問いに、ワタルは、見えないと知りつつ頷き、

和寿かずとしに、自分の気持ちを伝えました」
「そうですか。行かせた甲斐がありました」

 彼は小さく笑った後、

「今度会った時、詳しい話を聞かせて下さい」
「あ。はい」

 その後、しばらく別の話をしてから、通話を切った。

 と、その瞬間、着信音が鳴り始めた。宝生かと思い画面を見ると、違っていた。

「和寿?」

 ワタルは、和寿の身に何かあったのだろうか、と不安になり、あわてて通話にすると、勢い込んで、「もしもし?」と言った。

「あ。ワタル。体、大丈夫か?」

 和寿の切羽詰まったような声を聞き、不安は増した。一体、どうしたと言うのだろう。心をざわつかせたまま、

「僕は何ともないよ。どうしたのさ」

 ワタルがそう答えると、和寿は大きく息を吐き出して、「良かった」と言った。ワタルが、「良かった?」と聞き返すと、和寿は、

「オレ、ワタルが帰った後しばらくしてから、急に体調が良くなったんだよ。てことはさ、おまえにうつしたから良くなったのか? って思ってさ。違うんだな? 何ともないんだな?」

 何度も確認してくる和寿に、心の中が温かくなった。

「僕は大丈夫だよ。でも、ありがとう。そんなに心配してくれて。僕は、すごく嬉しいよ」
「心配するに決まってるだろう。大事な大事なワタルくんなんだから」

 やや声をひそめて言ったのは、家人に聞かれるのを心配したからだろう。ワタルは、思わず微笑んだ。

「和寿。僕はとっても幸せです」
「でもさ。まだ、一つ問題が残ってる」

 言われて急に冷静になった。

 みなみ由紀ゆき

 彼女は、この状況を説明して、どう出るだろうか。わかってもらえるだろうか。それとも……。

 ワタルが思いを巡らせているのを察したのか、

「ごめん。今言わなくても良かったな。オレ、頑張るから」
「僕も頑張る」

 何を頑張るんだとは訊かれなかった。

「オレ、明日そっちに帰るから。明日はバイトあるんだっけ?」
「あるよ。今日もあったんだけど、断った」

 宝生に言われた通り、ファルファッラに電話をし、店長に休むことを伝えると、店長は大きな溜息をついてから、言った。

「君がいないとね、追加注文が来ないんだよね。でも、ま、仕方ないね。いいよ、休んで」

 前にも一度、そのようなことを言われた。ゲストは、ピアノを聞く為に追加注文をしているようだ、と。ワタルが休んでいる日は、そういうことはあまりないらしい。本来は、そっと聞かれるような演奏をしなければいけないはずだが、聞いてもらえていると思うと、やはり嬉しかった。

「じゃあ、明日行くよ。出来たら、あの人も連れて行く。あそこで話すのが良い気がする」

 ワタルは、言われた意味を考えて心がざわざわしたが、覚悟を決めて、「そうだね」と言った。

「オレ、頑張る。おまえも頑張ってくれ」

 和寿にもう一度言われ、ワタルは、「うん。わかった。頑張るよ」と返事をして、通話を切った。

 明日のことを考えると不安だが、考えていても仕方ない。ワタルは大きく伸びをすると、ピアノに向かい、深呼吸をしてから弾き始めた。
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