5 / 28
第5話 緊迫感
しおりを挟む
ドアをノックする音が聞こえて返事をしようとしたが、その前にドアが開かれた。母が、そこに立っていた。
「何?」
私が訊くと、母は、相変わらず真顔のままで、
「おじいちゃん、帰って来たわよ」
「今行く」
片付けの手を止めて、立ち上がった。母のそばへ行くと、「行こう」と声を掛けられた。私は頷き、先に歩き出した。さすがに、部屋から居間くらいなら迷わない。
階段を急いで降りると、居間へ入った。祖父が振り返り、優しく微笑んだ。
「やあ、薫ちゃん」
「おじいちゃん。お久しぶりです。これから、よろしくお願いします」
私が挨拶を終えた時、母も居間に来た。祖父は、母のそばへ来て、肩を軽く叩いた。
「薫ちゃん。桐江。やっと一緒に暮らせるね。薫ちゃん。今日からは、ここが薫ちゃんの家だから、自由にしていいからね。桐江。おまえの好きなケーキ買ってきたぞ。薫ちゃんの好みはわからなかったから、お店でおすすめを聞いて買ってきた」
テーブルに置かれていた物を祖母に渡すと、祖母が台所に持って行った。少ししてお皿に乗せられたケーキと紅茶が運ばれてきた。
「これ、駅前の『アリス』っていう喫茶店のケーキなんだけど、すごくおいしくてね、私、大好きなの。特に、このフルーツケーキ」
母が、久しぶりに笑顔を見せた。
「あなたのは、イチゴのタルト。それもおいしいわよ。さ。食べなさい」
「いただきます」
手を合わせてから食べ始めた。甘すぎなくて、食べやすい。いくらでも食べられそうだ。
「ほんとだ。おいしいね、これ」
「そうでしょ。あそこのお店はね、何でもおいしいのよ」
「へえ、そうなんだ」
感情を押さえて低く言ったが、本当はそのお店に行ってみたいと思っていた。他にどんな物があるのだろうか、と興味が湧いた。
タルトを次から次へと口に運んでいると、祖父が私をじっと見て、言った。
「それにしても、びっくりしたよ。薫ちゃん、良子に似てきたね」
祖父の言葉に、私は、「そうか、似ているのか」と思っただけだったが、母と祖母は、何も言わないものの、強い視線を祖父に向けていた。何か変だ。さっきまでと、ここの空気が変わった、と感じた。
が、祖父はそのことに気が付かないのか、私に笑顔を向けると、
「薫ちゃんには、楽しい人生を送ってほしいな。良子は…」
「お父さん」
母が祖父の言葉を遮るように、大きな声を出した。怒鳴ったせいで、顔が赤くなっている。唇が震えていて、さっきよりもさらに目つきが鋭くなっていた。
「薫は何も知らないんです」
母の強い訴えに、祖父は溜息を吐いて、「わかったよ」と言って、それきり話をやめてしまった。
この緊迫感は何だろう。
疑問に思ったが、訊かない方がいいと思い、黙ったままでいた。お茶の時間が終わるまで、誰も口を聞かず、静寂に包まれていた。
「何?」
私が訊くと、母は、相変わらず真顔のままで、
「おじいちゃん、帰って来たわよ」
「今行く」
片付けの手を止めて、立ち上がった。母のそばへ行くと、「行こう」と声を掛けられた。私は頷き、先に歩き出した。さすがに、部屋から居間くらいなら迷わない。
階段を急いで降りると、居間へ入った。祖父が振り返り、優しく微笑んだ。
「やあ、薫ちゃん」
「おじいちゃん。お久しぶりです。これから、よろしくお願いします」
私が挨拶を終えた時、母も居間に来た。祖父は、母のそばへ来て、肩を軽く叩いた。
「薫ちゃん。桐江。やっと一緒に暮らせるね。薫ちゃん。今日からは、ここが薫ちゃんの家だから、自由にしていいからね。桐江。おまえの好きなケーキ買ってきたぞ。薫ちゃんの好みはわからなかったから、お店でおすすめを聞いて買ってきた」
テーブルに置かれていた物を祖母に渡すと、祖母が台所に持って行った。少ししてお皿に乗せられたケーキと紅茶が運ばれてきた。
「これ、駅前の『アリス』っていう喫茶店のケーキなんだけど、すごくおいしくてね、私、大好きなの。特に、このフルーツケーキ」
母が、久しぶりに笑顔を見せた。
「あなたのは、イチゴのタルト。それもおいしいわよ。さ。食べなさい」
「いただきます」
手を合わせてから食べ始めた。甘すぎなくて、食べやすい。いくらでも食べられそうだ。
「ほんとだ。おいしいね、これ」
「そうでしょ。あそこのお店はね、何でもおいしいのよ」
「へえ、そうなんだ」
感情を押さえて低く言ったが、本当はそのお店に行ってみたいと思っていた。他にどんな物があるのだろうか、と興味が湧いた。
タルトを次から次へと口に運んでいると、祖父が私をじっと見て、言った。
「それにしても、びっくりしたよ。薫ちゃん、良子に似てきたね」
祖父の言葉に、私は、「そうか、似ているのか」と思っただけだったが、母と祖母は、何も言わないものの、強い視線を祖父に向けていた。何か変だ。さっきまでと、ここの空気が変わった、と感じた。
が、祖父はそのことに気が付かないのか、私に笑顔を向けると、
「薫ちゃんには、楽しい人生を送ってほしいな。良子は…」
「お父さん」
母が祖父の言葉を遮るように、大きな声を出した。怒鳴ったせいで、顔が赤くなっている。唇が震えていて、さっきよりもさらに目つきが鋭くなっていた。
「薫は何も知らないんです」
母の強い訴えに、祖父は溜息を吐いて、「わかったよ」と言って、それきり話をやめてしまった。
この緊迫感は何だろう。
疑問に思ったが、訊かない方がいいと思い、黙ったままでいた。お茶の時間が終わるまで、誰も口を聞かず、静寂に包まれていた。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
1
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる