【完結】癒しの村

酒酔拳

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28.紗羅さんの話①

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 私は、アキヲの後を追うように、衝動的に飛び出した。今夜は月が雲に隠れているので、暗がりが続いているだけだった。

 暗闇は深く、とても前を進むことができない。私は、非常用の小さなロウソクをポケットから出して、マッチで火をつけた。

 遠いところから、狼が吠える声が聞こえてくる。ロウソクの火が夜道を照らしているが、かろうじて道の土や小石が見える程度であった。途中、大きな石に気づかず、危うく転びそうになった。

 千鳥足風になる足元を、体勢を整えることで、バランスを保った。不安と恐怖を胸に抑え込みながら、とにかく一歩一歩、紗羅さんの教会へと歩いた。

 教会に着き、扉のノブを回した。扉には鍵がかかってなく、ギィという木の擦れる音が鳴りながら、開かれた。

 教会の通路には、ロウソクが灯され、私を講堂へと導くように連なっていた。

「今日、来ると思っていました」

 講堂の中央、イエスキリスト像の前から、紗羅さんの声が聞こえてきた。

 私は薄暗がりの中、ロウソクの火を頼りに、声のほうへと歩いていく。

「こんばんは、リサさん」

 暗闇に人影の気配がした。人影へと近づいていくと、紗羅さんの優しい微笑が、灯りに浮いて見えた。

「こんばんは、紗羅さん。なぜ私が来るとわかっていたのですか?」

 私の声は、講堂に響いて聞こえた。

「田村さんが、新聞記事がないとこちらにやって来ました。たぶん、アキヲさんが持っているのではないかと。だとしたら、リサさんに伝わるはずだと思いました。そして、きっと疑問がでて、私のところにやってくると考えました」

 紗羅さんの顔の皺が灯りに揺れて見えた。

「お見通しなのですね。癒しの村のこと、教えてください。アキヲが言うように、麻薬を栽培しているのですか?」

 私は、単刀直入に聞いた。

「いえ、麻薬など栽培していません」

 紗羅さんは、きっぱりと言い切った。

「なら、あのプレハブには何があるのですか?」

 私は、感情的になり、声が高くなっているのが感じられた。

「まず、お話をしておきたいことがあります。この癒しの村が、なぜできたのか。聞いてもらえますか?」

 紗羅さんは、静かに言った。私は、ごくんと唾を飲み込み、頷く。

 紗羅さんは、静かに頷き返し、イエスキリスト像を見上げながら、話し始めた。

「私は、現在64歳です。親は宣教師です。私は秋田の山奥で産まれてすぐ、洗礼を受けました。生まれた村は信仰が強くある土地でした。 

 神とともに育ち、物心つくときには、恵まれない孤児や病を持つ人、貧しい人々を助けたいと思うようになり、東京にやってきました。しかし、現実は厳しい。社会は強者の味方であり、富や権力をもつ人しか、恵まれない構造になっています。

 新宿や渋谷など、繁華街では貧困が強く、道端で寝る何人もの浮浪者に声をかけました。その中の何人かが、私に共感をしてくれ、癒しの村に一緒に来てくれました。

 繁華街では、人知れず子どもが捨てられているのも現状でした。日本人もいれば、黒人や白人もいました。孤児院に連れられていく子どもはまだ幸せです。

 だいたいが、路上やゴミ捨て場などで死んでしまいます。また、アパートで病人が放置されていることも多々ありました。

 私は、しばらくは声をかけ、祈りを捧げ、母や父など教会の支援で、自分が手に入るわずかな食料を配ることしかできませんでした。

 同じ志しの山田さんに出会ったのは、そんな暮らしを5年もしていたときでした。山田さんは僧侶で、新宿を托鉢中でした。

 山田さんは、新宿で炊き出しをしていた私を見て、声をかけてきました。癒しの村についての考えがあったのです。

 私も、山田さんと同じ気持ちでした。この繁華街で僅かな食料を配り、祈りを捧げても、子どもたちや病人は飢えて死んでいくのが現実です。日本は豊かですが、貧富の差が激しくなっています。本当に、そういう人たちはまだまだ、繁華街にいるのです。

 悲しいのは、そういう子や病人たちの親や介護者は、やはり貧しくて犯罪を犯していたり、ビザがなくて不法滞在で隠れて生きるしかないのです。

 私は、例え少数でもいいから、しっかりと教育を受け、安らかに暮らせる環境を作りたかったのです。山田さんは、私と同じことを考えていました。私は、癒しの村を一緒に作ろうと、山田さんに誘われたのです。

 私は、何人かの人に声をかけ、一緒に行くと同意した人たちを連れて行きました。そのときは、15人、いるかいないかでした。

 その中には、心の病人もいました。うつ病です。私は、心の病もまた、心の貧困からきている病の重症者だと思っていました。

 山田さんのお寺に、リサさんも立ち寄ったはずです。コンパスをもらったはずです。癒しの村は、山田さんと私が霊的な力をもつ山を選びました。霧が人々を迷い込ませ、選ばれた人しか登ってこれません。

 そして、癒しの村をスタートさせました。始めは大変でした。山田さんと話し、癒しの村の理念は、原始回帰を基本としようと決めていました。

 心の病をはじめ、今は貧困は科学の発達からきていると私と山田さんは考えたのです。

 だから、電気は通さず、ガスも使わず、冷蔵庫や洗濯機などは置かず、家は木を切って作り、全てを手作業や自然の力を借りて生活を始めたのです。

 村人になった人たちは、最初は戸惑いましたが、段々と慣れて、明るい笑顔が見られるようになってきました。

 ただ、問題になったことがあります。

 リサさんの通っている、草原の家の、重症心身障害児たちです」

 紗羅さんは、そこで一息ついた。イエスキリスト像から、私のほうを向いて、目を直視してくる。

 紗羅さんが、息を呑む気配が伝わる。

 紗羅さんの話は長く、まだ続いていくようだった。私は、話の佳境にさしかかったのだと知り、同じように息を呑んだ。
 
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