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第五章 新しい恋に向かって
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「それを、母の言うことを、了承したんですか?」
「了承していなければ、こんな話しをするはずがないと思わない? どうして黙ってたの? 履歴書には何もなかったし、花に関しては素人じゃないって、教えてもくれなかった」
「それは……それは必要ないと思ったからです。華道と花屋の共通点は、花を扱うだけで、ほとんど違うものです。だから……」
「でも、跡継ぎだっていうのは、言うべきだったんじゃないのかな?」
真宮がどうしてそれを黙っていたのか分からなかった。家柄を履歴書に書くことはないだろうが、それでもひとこと口添えはして欲しかった。そうしたら、彼の母親が来たときに、あんなに衝撃を受けることはなかったし、跡継ぎとして決められているなら採用しなかったかもしれない。
「俺は、家とは関係ないんです。実際、実家と縁を切ったのは本当です。母がそういうのは向こうの一方的な意見で、俺は戻るつもりはないです。家元は、妹が……美紀が継ぐと言っています。藤崎さんにはそういう先入観なく、見てもらいたかった。仕事で得た自分の経験だけを評価してほしかった。黙っていて、すみませんでした……」
「両親が健在のうちに孝行しないと、後悔するよ。僕は、孝行する両親はもういないからね。だから実家に戻った方がいいと思うんだ」
藤崎の言葉に部屋の温度が下がっていくのが分かる。だが本心は違っていた。戻ってなんて欲しくない。浩輔を愛したように、今より深く関わり合う前なら傷は浅い。でも、もっと真宮を愛してしまって、忘れることができないくらい愛してしまって、あの時みたいに取り上げられることになったら、きっともう今度こそ立ち直れないくらいに心は折れてしまう。それは怖くて痛くて耐えられない。
「それが、藤崎さんの本心ですか?」
「そう言われると思ったよ。そこに、僕の意思がどうして必要になるの? 僕が帰るなと言えば、帰……」
「帰るはずがないでしょ!」
遮るように声を荒げた真宮は、両手で机を叩いて膝立ちになった。近づいた彼の匂いがフワッとこっちまで流れてくる。
「僕は、お母様に頼まれたから、真宮くんを説得してって、頼まれて……だから話したんだ。本当は……」
言ってしまっていいのか、と言葉が詰まる。藤崎の心は迷っていた。
「本当は、なんですか?」
「同じなんだ」
「同じって? 何が同じなんですか?」
思い出すのはあの日の重苦しく低い鈍色の空と、信じられないくらいの喪失感だった。奥村の最後を見られなかった日の事が蘇る。苦しくなる胸に、もう二度とそんな思いは嫌だと、藤崎の心が訴えていた。
瞳の中に涙の膜が張る。瞬きをすると零れ落ちそうだったが、こんなところで泣いてはいけない。
「了承していなければ、こんな話しをするはずがないと思わない? どうして黙ってたの? 履歴書には何もなかったし、花に関しては素人じゃないって、教えてもくれなかった」
「それは……それは必要ないと思ったからです。華道と花屋の共通点は、花を扱うだけで、ほとんど違うものです。だから……」
「でも、跡継ぎだっていうのは、言うべきだったんじゃないのかな?」
真宮がどうしてそれを黙っていたのか分からなかった。家柄を履歴書に書くことはないだろうが、それでもひとこと口添えはして欲しかった。そうしたら、彼の母親が来たときに、あんなに衝撃を受けることはなかったし、跡継ぎとして決められているなら採用しなかったかもしれない。
「俺は、家とは関係ないんです。実際、実家と縁を切ったのは本当です。母がそういうのは向こうの一方的な意見で、俺は戻るつもりはないです。家元は、妹が……美紀が継ぐと言っています。藤崎さんにはそういう先入観なく、見てもらいたかった。仕事で得た自分の経験だけを評価してほしかった。黙っていて、すみませんでした……」
「両親が健在のうちに孝行しないと、後悔するよ。僕は、孝行する両親はもういないからね。だから実家に戻った方がいいと思うんだ」
藤崎の言葉に部屋の温度が下がっていくのが分かる。だが本心は違っていた。戻ってなんて欲しくない。浩輔を愛したように、今より深く関わり合う前なら傷は浅い。でも、もっと真宮を愛してしまって、忘れることができないくらい愛してしまって、あの時みたいに取り上げられることになったら、きっともう今度こそ立ち直れないくらいに心は折れてしまう。それは怖くて痛くて耐えられない。
「それが、藤崎さんの本心ですか?」
「そう言われると思ったよ。そこに、僕の意思がどうして必要になるの? 僕が帰るなと言えば、帰……」
「帰るはずがないでしょ!」
遮るように声を荒げた真宮は、両手で机を叩いて膝立ちになった。近づいた彼の匂いがフワッとこっちまで流れてくる。
「僕は、お母様に頼まれたから、真宮くんを説得してって、頼まれて……だから話したんだ。本当は……」
言ってしまっていいのか、と言葉が詰まる。藤崎の心は迷っていた。
「本当は、なんですか?」
「同じなんだ」
「同じって? 何が同じなんですか?」
思い出すのはあの日の重苦しく低い鈍色の空と、信じられないくらいの喪失感だった。奥村の最後を見られなかった日の事が蘇る。苦しくなる胸に、もう二度とそんな思いは嫌だと、藤崎の心が訴えていた。
瞳の中に涙の膜が張る。瞬きをすると零れ落ちそうだったが、こんなところで泣いてはいけない。
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