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第六章 二つの愛が交わる瞬間
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さんざしは今日もいつもと同じように営業している。少し前から店の脇道には白い軽自動車が止まっていて、その車体には三輪バイクと同じように『さんざし』と青い文字が入っていた。
「こんにちは」
いつも花を買いに来てくれる常連さんから声をかけられ、藤崎は立ち上がった。
「あら、今日はいないの? あの背の高いイケメンくん」
「彼は、今お休み中なんですよ」
「そうなのね。じゃあ一人だとお店は大変ねぇ」
そう言いながら年配の女性は、近くにあったシクラメンの花苗を手に取った。今日はこれをちょうだい、と渡され、藤崎は笑顔で受取った。
「ありがとうございます」
真宮は今、バイトを休んでいる。実家に戻り両親と話し合いを続けているのだ。その間は中途半端なことはしたくないから、とさんざしには足を運んでいない。メールと電話で連絡は取っているが、しばらく顔を見ていなかった。
七年の間、誰かの助けばかりを借りて自分の足で立てていなかったことを実感した藤崎は、本当の意味で一人で店を切り盛りしていた。今はもう美澄の助手席に乗ることはなくなった。その代り、さんざしのロゴが入った車で市場へ向かい、その駐車場で彼とは顔を合わす。
まだまだ未熟な部分が多かったが、今度は誰かを助けられるくらい強くなりたいと思っている。胸の中にはまだ奥村がいるが、もう思い出しても涙が浮かぶことはない。
天国にいるその人のために、強くなった自分を見て欲しいと願っている。
「お待たせしました」
店先で待っていた女性にシクラメンの入った袋を渡した。そしてレジの脇から持ってきた一枚のポストカードを一緒に差しだす。
「これ、来月開催されるコンベンションなんですが、僕も出展するのでぜひ良かったら足を運んでください」
花を買ってくれたお客様とその地域に同じポストカードを配っている。そこには第四十八回フラワーコンベンション開催、の文字が並んでいた。
「まあ、そうなのね。それにキレイなお花のイラスト。これもゆうちゃんが描いたの?」
「いえ、違います。これは……僕が大切にしていた人が描いたものです」
藤崎の言葉に、あらあら、と見上げた女性が微笑んだ。藤崎が作品を出すならぜひ友達にも知らせたいから、とポストカードを余分に欲しいと言われた。
カードには奥村のスケッチをコンベンションの広告に使用している。モルセラ、アスター、ブルーレースフラワー。
カードと同じイラストは、ホームページのトップにも掲載されている。同じ作品がどこかのホテルにあると聞かされ、もうこれは使えない、とショックを受けた。けれど自分は奥村の替わりではないと気付き、自らの作品で藤崎自身の夢として追うことに決めた。実力で入選し、同時に奥村の夢も叶えればいいのだ。
出展にはまだ少し時間があるが、満足のいく作品を作り上げたいと思っている。
「わ、ありがとうございます。じゃあ、ちょっと取ってきますね」
店の中に戻り、レジの前に置いてあるポストカードを数枚取ろうとして、近くに置いてあるシオンの花が目に入った。
「今まで、いっぱい話しを聞いてくれて、ありがとう」
藤崎がシオンに声をかけるとユラユラと紫の花が揺れた。きっともうシオンに話しかける事はなくなるだろう。思ったことはすべて心に留めないと決めたこともあるが、大きかったのは真宮の存在だ。
――俺を……シオンの花だと思ってください。
そう言われてからこのシオンには話しかけることはなくなった。
藤崎はカードを手に店先の女性の元へと駆け寄り、よろしくお願いします、と渡せば、任せて、とにこやかな笑顔で言われ、女性は帰って行った。藤崎はそれをいつまでも店先に立って見送っている。
見上げると空はどこまでも青く、春の気配を思わせるようなやわらかな風が頬を撫でた。見送った女性の姿が小さくなり見えなくなったところで、今度はこちらに向かってくる影があった。長身で足早に、途中からは駆け足になったシルエットは、真っ直ぐこっちに向かってくるようだ。
「藤崎さん!」
住宅街に響いた真宮の通る声は、藤崎を笑顔にさせる。どんどん近づいて来ると藤崎の数メートル手前で立ち止まり、彼は肩で息をしている。
「騒がしくするなよ」
「すみません」
「もういいの?」
「こんにちは」
いつも花を買いに来てくれる常連さんから声をかけられ、藤崎は立ち上がった。
「あら、今日はいないの? あの背の高いイケメンくん」
「彼は、今お休み中なんですよ」
「そうなのね。じゃあ一人だとお店は大変ねぇ」
そう言いながら年配の女性は、近くにあったシクラメンの花苗を手に取った。今日はこれをちょうだい、と渡され、藤崎は笑顔で受取った。
「ありがとうございます」
真宮は今、バイトを休んでいる。実家に戻り両親と話し合いを続けているのだ。その間は中途半端なことはしたくないから、とさんざしには足を運んでいない。メールと電話で連絡は取っているが、しばらく顔を見ていなかった。
七年の間、誰かの助けばかりを借りて自分の足で立てていなかったことを実感した藤崎は、本当の意味で一人で店を切り盛りしていた。今はもう美澄の助手席に乗ることはなくなった。その代り、さんざしのロゴが入った車で市場へ向かい、その駐車場で彼とは顔を合わす。
まだまだ未熟な部分が多かったが、今度は誰かを助けられるくらい強くなりたいと思っている。胸の中にはまだ奥村がいるが、もう思い出しても涙が浮かぶことはない。
天国にいるその人のために、強くなった自分を見て欲しいと願っている。
「お待たせしました」
店先で待っていた女性にシクラメンの入った袋を渡した。そしてレジの脇から持ってきた一枚のポストカードを一緒に差しだす。
「これ、来月開催されるコンベンションなんですが、僕も出展するのでぜひ良かったら足を運んでください」
花を買ってくれたお客様とその地域に同じポストカードを配っている。そこには第四十八回フラワーコンベンション開催、の文字が並んでいた。
「まあ、そうなのね。それにキレイなお花のイラスト。これもゆうちゃんが描いたの?」
「いえ、違います。これは……僕が大切にしていた人が描いたものです」
藤崎の言葉に、あらあら、と見上げた女性が微笑んだ。藤崎が作品を出すならぜひ友達にも知らせたいから、とポストカードを余分に欲しいと言われた。
カードには奥村のスケッチをコンベンションの広告に使用している。モルセラ、アスター、ブルーレースフラワー。
カードと同じイラストは、ホームページのトップにも掲載されている。同じ作品がどこかのホテルにあると聞かされ、もうこれは使えない、とショックを受けた。けれど自分は奥村の替わりではないと気付き、自らの作品で藤崎自身の夢として追うことに決めた。実力で入選し、同時に奥村の夢も叶えればいいのだ。
出展にはまだ少し時間があるが、満足のいく作品を作り上げたいと思っている。
「わ、ありがとうございます。じゃあ、ちょっと取ってきますね」
店の中に戻り、レジの前に置いてあるポストカードを数枚取ろうとして、近くに置いてあるシオンの花が目に入った。
「今まで、いっぱい話しを聞いてくれて、ありがとう」
藤崎がシオンに声をかけるとユラユラと紫の花が揺れた。きっともうシオンに話しかける事はなくなるだろう。思ったことはすべて心に留めないと決めたこともあるが、大きかったのは真宮の存在だ。
――俺を……シオンの花だと思ってください。
そう言われてからこのシオンには話しかけることはなくなった。
藤崎はカードを手に店先の女性の元へと駆け寄り、よろしくお願いします、と渡せば、任せて、とにこやかな笑顔で言われ、女性は帰って行った。藤崎はそれをいつまでも店先に立って見送っている。
見上げると空はどこまでも青く、春の気配を思わせるようなやわらかな風が頬を撫でた。見送った女性の姿が小さくなり見えなくなったところで、今度はこちらに向かってくる影があった。長身で足早に、途中からは駆け足になったシルエットは、真っ直ぐこっちに向かってくるようだ。
「藤崎さん!」
住宅街に響いた真宮の通る声は、藤崎を笑顔にさせる。どんどん近づいて来ると藤崎の数メートル手前で立ち止まり、彼は肩で息をしている。
「騒がしくするなよ」
「すみません」
「もういいの?」
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