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第三章
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「え~、琉畝琉さんが行ってもそれは同じじゃん」
頬を膨らませた絵理久が琉畝琉を睨んでいる。だが確かに、材料のありかを知っている人がいなければ集めることは不可能だ。
「じゃあ、場所だけ教えてくれたら僕が自分で……」
「無理だから」
「それはやめなさい」
絵理久と琉畝琉の声が同時に瀬那の言葉を遮った。二人から言われて瀬那は思わず黙ってしまう。とはいえ、場所の地図だけをもらったとしても、なにが起こるかわからないこの地獄で、瀬那が一人でうろちょろして問題が起きない保証はない。いやむしろ問題しか起きない可能性の方が高いだろう。
(羅羽須さんの屋敷からちょっと出ただけで、血の鍋に落とされそうになったしなぁ)
そのときのことを思い出し、瀬那は背中に走る恐怖に身を震わせた。羅羽須が間一髪で助けてくれたからよかったものの、もしかしたらあそこで瀬那の魂は消えていた可能性がある。
「私は同行できないですよ。仕事がありますから。それは絵海琉も絵理久も同じでしょう?」
琉畝琉が瀬那をあきらめさせるために、二人の同行を止めようとしているように思えた。だが瀬那は一人でも行くつもりだ。
「え~いいじゃん。俺たちの仕事は代わりがいくらでもいるし。美莉阿と堕莉阿の双子もいるじゃん」
花畑にやってきた魂の案内はこの二人だけではないらしい。確かに、数名まとめて来たりしたら、二人だけでは間に合わないだろう。
(あの案内って双子がやるって決まってるのかな?)
このまま材料集めの案内が誰もいなければ、やはり場所を聞いて一人で行く案しか思いつかないな、と瀬那は琉畝琉たちの話を聞きながら考えていた。
「みんなで集まってなにをしてるんだ?」
廊下の方から聞こえて、みな一斉に声のする方を振り返った。そこには一番聞かれたくない相手の羅羽須が立っている。
「ら、羅羽須様! お、お仕事は……」
「もう終わった。琉畝琉、お前は瀬那の部屋でなにをしてる? 絵海琉も絵理久も……」
羅羽須の視線が床に置かれた古書に移動する。まずい、と思って瀬那は慌てて本を閉じたが遅かった。部屋に入ってきた羅羽須がみんなで取り囲む本を覗き込んだ。
「えらく古い書物をみんなで見ているんだな。これを持ってきたのは琉畝琉か?」
「は、はい……」
瀬那の前ではいつも強気の琉畝琉が、羅羽須の前では妙に恐縮している様子だ。あの琉畝琉が動揺している。
(羅羽須さんってやっぱり閻魔様なんだなぁ)
瀬那が閻魔の仕事している羅羽須を見たのは、初対面のときだけだ。それ以外は縁側で少し話して、あとはベッドの中ばかりである。こんなときにリアルなシーンが頭を過り、一人で気恥ずかしさに苛まれる。
「さて……なんのために瀬那まで交えてこんな本を見ていた?」
まるで三人が目に入っていないかのように、羅羽須が琉畝琉に問うている。観念した様子の琉畝琉がこの小さな集会の子細を説明する。想像した通り、説明を聞いた羅羽須の顔は険しくなった。
「解怨の儀式……こんな嘘か本当かわからない儀式を、やるというのか?」
「いえ、あの……おそらく材料は集まらないと思うので、儀式をするのは不可能かと思います」
「だが瀬那を連れて地獄の山に入るつもりだったのだろう?」
羅羽須の声は明らかに怒りを含んでいた。だが叱られるべきは無理を言った瀬那だ。琉畝琉ではない。
「羅羽須さん、琉畝琉さんを責めないでください。僕が教えてほしいと言って無理矢理お願いしたんです。だから……」
瀬那は羅羽須の着物の袖を掴んで引っ張り、悪いのは自分だからと説得する。羅羽須が瀬那の方を振り向くと、大きな手が頭に乗せられた。また子供扱いなのか、とムッとする。
「わかっているよ。瀬那が解怨したいと言っていたのを覚えている。解怨されるのは私だからな。その私をのけ者にして話を進めるのは、よろしくないな」
初めは瀬那の方に向けられていた視線が、最後は琉畝琉の方へ移動していった。
その視線を受けた琉畝琉は驚いた顔である。瀬那に変なことを教えたから叱られていると思っていたようだ。だが羅羽須が気に入らないのは蚊帳の外にされたことが原因らしい。
「え、あ……そう、だったんですか」
なんと返事をしていいのかわからない様子だ。動揺している琉畝琉を見るのは初めてで、瀬那は興味津々で観察してしまう。
「それで羅羽須さんも、材料集めに参加されるんですか? でも、琉畝琉さんと同じく仕事があるんじゃ……」
「まあ、確かに仕事はあるが、一〇〇年の間ずっと休みを取っていなかったしな。少し休むくらいは許されるさ。そうだろう? 琉畝琉」
「え、あ、そう、ですね……他の閻魔様の予定を確認して……その、調整をすれば……」
再び話を振られた琉畝琉はまた焦っている。閻魔の仕事もどうやらシフトらしい。それにしても一〇〇年も休みがないなんて……と不憫に思う。羅羽須やこの世界の住人の寿命や、ブラック企業みたいな地獄について考えてしまう。
(羅羽須さんって、一体何歳なんだ? ていうか、この世界で生活してる人って超長寿なのかな?)
地獄界はまだまだ知らないことがたくさんだ。それに一〇〇年と聞いて瀬那は思った。魂だけの瀬那とこの世界の住人である羅羽須とでは、計り知れないほどの違いがあることを……。それを考えるとやはり気落ちしてしまう。
頬を膨らませた絵理久が琉畝琉を睨んでいる。だが確かに、材料のありかを知っている人がいなければ集めることは不可能だ。
「じゃあ、場所だけ教えてくれたら僕が自分で……」
「無理だから」
「それはやめなさい」
絵理久と琉畝琉の声が同時に瀬那の言葉を遮った。二人から言われて瀬那は思わず黙ってしまう。とはいえ、場所の地図だけをもらったとしても、なにが起こるかわからないこの地獄で、瀬那が一人でうろちょろして問題が起きない保証はない。いやむしろ問題しか起きない可能性の方が高いだろう。
(羅羽須さんの屋敷からちょっと出ただけで、血の鍋に落とされそうになったしなぁ)
そのときのことを思い出し、瀬那は背中に走る恐怖に身を震わせた。羅羽須が間一髪で助けてくれたからよかったものの、もしかしたらあそこで瀬那の魂は消えていた可能性がある。
「私は同行できないですよ。仕事がありますから。それは絵海琉も絵理久も同じでしょう?」
琉畝琉が瀬那をあきらめさせるために、二人の同行を止めようとしているように思えた。だが瀬那は一人でも行くつもりだ。
「え~いいじゃん。俺たちの仕事は代わりがいくらでもいるし。美莉阿と堕莉阿の双子もいるじゃん」
花畑にやってきた魂の案内はこの二人だけではないらしい。確かに、数名まとめて来たりしたら、二人だけでは間に合わないだろう。
(あの案内って双子がやるって決まってるのかな?)
このまま材料集めの案内が誰もいなければ、やはり場所を聞いて一人で行く案しか思いつかないな、と瀬那は琉畝琉たちの話を聞きながら考えていた。
「みんなで集まってなにをしてるんだ?」
廊下の方から聞こえて、みな一斉に声のする方を振り返った。そこには一番聞かれたくない相手の羅羽須が立っている。
「ら、羅羽須様! お、お仕事は……」
「もう終わった。琉畝琉、お前は瀬那の部屋でなにをしてる? 絵海琉も絵理久も……」
羅羽須の視線が床に置かれた古書に移動する。まずい、と思って瀬那は慌てて本を閉じたが遅かった。部屋に入ってきた羅羽須がみんなで取り囲む本を覗き込んだ。
「えらく古い書物をみんなで見ているんだな。これを持ってきたのは琉畝琉か?」
「は、はい……」
瀬那の前ではいつも強気の琉畝琉が、羅羽須の前では妙に恐縮している様子だ。あの琉畝琉が動揺している。
(羅羽須さんってやっぱり閻魔様なんだなぁ)
瀬那が閻魔の仕事している羅羽須を見たのは、初対面のときだけだ。それ以外は縁側で少し話して、あとはベッドの中ばかりである。こんなときにリアルなシーンが頭を過り、一人で気恥ずかしさに苛まれる。
「さて……なんのために瀬那まで交えてこんな本を見ていた?」
まるで三人が目に入っていないかのように、羅羽須が琉畝琉に問うている。観念した様子の琉畝琉がこの小さな集会の子細を説明する。想像した通り、説明を聞いた羅羽須の顔は険しくなった。
「解怨の儀式……こんな嘘か本当かわからない儀式を、やるというのか?」
「いえ、あの……おそらく材料は集まらないと思うので、儀式をするのは不可能かと思います」
「だが瀬那を連れて地獄の山に入るつもりだったのだろう?」
羅羽須の声は明らかに怒りを含んでいた。だが叱られるべきは無理を言った瀬那だ。琉畝琉ではない。
「羅羽須さん、琉畝琉さんを責めないでください。僕が教えてほしいと言って無理矢理お願いしたんです。だから……」
瀬那は羅羽須の着物の袖を掴んで引っ張り、悪いのは自分だからと説得する。羅羽須が瀬那の方を振り向くと、大きな手が頭に乗せられた。また子供扱いなのか、とムッとする。
「わかっているよ。瀬那が解怨したいと言っていたのを覚えている。解怨されるのは私だからな。その私をのけ者にして話を進めるのは、よろしくないな」
初めは瀬那の方に向けられていた視線が、最後は琉畝琉の方へ移動していった。
その視線を受けた琉畝琉は驚いた顔である。瀬那に変なことを教えたから叱られていると思っていたようだ。だが羅羽須が気に入らないのは蚊帳の外にされたことが原因らしい。
「え、あ……そう、だったんですか」
なんと返事をしていいのかわからない様子だ。動揺している琉畝琉を見るのは初めてで、瀬那は興味津々で観察してしまう。
「それで羅羽須さんも、材料集めに参加されるんですか? でも、琉畝琉さんと同じく仕事があるんじゃ……」
「まあ、確かに仕事はあるが、一〇〇年の間ずっと休みを取っていなかったしな。少し休むくらいは許されるさ。そうだろう? 琉畝琉」
「え、あ、そう、ですね……他の閻魔様の予定を確認して……その、調整をすれば……」
再び話を振られた琉畝琉はまた焦っている。閻魔の仕事もどうやらシフトらしい。それにしても一〇〇年も休みがないなんて……と不憫に思う。羅羽須やこの世界の住人の寿命や、ブラック企業みたいな地獄について考えてしまう。
(羅羽須さんって、一体何歳なんだ? ていうか、この世界で生活してる人って超長寿なのかな?)
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