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☆妖精との出会い
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「おう。よく来たな。まあ、上がってくれよ」
「おじゃましまーす」
翌日。
僕は岩田の家にお邪魔した。
岩田とは良く話しもするし、中学時代は同じ剣道部に所属していたわけで、唯一の親友と言っていい。
僕たちは同じK大を目指し、その入試が三週間後に控えていたので、岩田家で受験対策をする事になったのだった。
親友と言いながらも、岩田の自宅に上がるのは今日が初めとなる。
まず目を見張ったのは小さなお城を思わせるような洋風建築のおしゃれな建物だった。
玄関に入れば高い天井にはシャンデリアを模した照明があり、長い廊下を通って入ったリビングは白と黒を基調としたシックな洋風の雰囲気で、奥にある八畳ほどのキッチンと合わせると三十畳以上だろか、床に敷かれた高級そうな絨毯(じゅうたん)といい、壁際の超大型プラズマTV、そして極めつけは窓から見える広々とした庭へ備え付けられた自宅プールだ。
とても日本の家庭とは思えない。
うーん、羨ましいねえ。
僕も将来こんな家に住みたいもんだよ。
岩田の母親が芸能関係で働いているとは聞いていたが、かなりの高給取りと思われる。
「そのテーブルでするから。俺、着替えてくるな」
「ああ……」
テーブルって……。
これまた、高級そうだ。分厚いマリンブルーのクリスタルの板が輝いていた。
はれ――っ。
純和風と言っていい僕の家と比べてしまう。岩田がリビングから消えた後も、初めてみる上流家庭のリッチさに関心して立ちつくしていた。
高級そうなソファーが目に入り、折角だから座り心地でも味わってみたくて近寄ると、背もたれの向こうに……。
羽根だ。
しかもデカイ。三十センチはあるぞ。
ピンと蝶のように突き伸びている羽根は、向こうが透けて見えるほど薄く繊細で、窓から差し込んだ淡い光を浴びてキラキラ輝いて、しかも微かに上下に動いていた。
生き物?
でもなんの。ここまで大いのは……。
岩田に訊ねようにも、自分の部屋へ着替えに行ってここにはいない。
待つか、戻って来るまで。
いや、いや何をビビる事がある。危険なわけないだろう。
岩田は『そこらへん、勝手に座っててくれ』と言ったくらいだし、羽根の存在を知っていたはずだ。
思い切ってソファーの向こう側に行くと、問題の大きな羽根から辿りついたのは小さな女の子の背中だった。
艷やかな黒髪がレースの白いワンピースの背中をつたい腰にまで伸びている。女の子はカーペットに直接座って本を読んでおり、集中しているのか近づいた僕に気づきもしない。
背中の羽根の付け根部分は長い黒髪に埋もれて見えないが、両肩に羽根と同素材の紐がかかっているので、たぶんこの女の子がおもちゃの羽根を背負っているだけだ。
やれやれ、驚かすなよ。岩田の妹かな。小さいから小学生だろう。
だけど、この子……後ろ姿だけだけど、やけに美しくないか?
突然ドンと音が。
しまった!
つい見惚れてカバンを床に落としてしまった。
すると女の子がびくっと身体を震わせ、ゆっくりとこちらに向けた小さな顔。
どっきゅ――――――ん!!
心の中で不思議な効果音が鳴ったような気がした。
雪のように白い素肌。しっかりと通た鼻筋。切れ長の大きな目をぱちぱちさせて、あどけない顔なのに美しく調和されている。まるで、おとぎ話の神秘的な妖精――――妖精少女。まさしく幼女だ。
すると幼女は小刻みに震えだし、小さな口を卵形に開けて大きく息を吸い込んだ。
まずいぞっ! この表情はまずい。
ムンクの叫び予備動作っ!
他人の家に上がるなり、いきなり顔面だけで岩田の妹を泣かせてしまった。最悪じゃないかっ!
岩田は腹を抱えて笑って終わりだろうけど、僕の気持はガタ落ち。
嫌だ。もう嫌なのだ! 何もしていないのに怖がられるのはっ!
僕は出来る限りの顔の筋肉を動かし、これぞ《笑みの形》ってイメージを完成させてみる。
「ここに座っても、いいかなぁ? い、いっしょにぃ~」
そおっと、ふんわりと、壊れ物に触れるよう、僕は良い人ですよぉ~と、気持ちを念じて優し~く言った。
すると幼女はプルプルっと震えたかと思ったら、笑みを作って黒髪を揺らしこくこくとうなずき、
「兄さんの……、おともだち?」
しゃべった……。普通にしゃべった? マジかっ。
経験したことないぞ、こんな好反応。
大人の女性が気を使って僕に話しかけてくる事は多々あるが、こんな小さな子はないぞ。
まさかこの年で気を使っているとは思えないが、と幼女を観察すると、逆に大きな瞳でじーっと見上げられ、情けないが逆にこっちがドキドキしてしまう。
そそそそそそういえば訊ねられたんだった『おともだち?』って。何か返事をしなくては、えーとえーとえーと。
「ははい。ややややや山柿って言いますよ」
「愛里です。小学三年生なの」
「あ、愛里ちゃんか。……あ、僕は、今日は、勉強できたんですよ」
「兄さんから聞いてます。いらっしゃいませ」
「あっ、えっ、はい、……いいいらっしゃいますた」
「あの、よかったらこれ……」
おいおいおい、なんか知らんが、緊張しながらも一応会話が成立しているぞ、この僕と。この怖顔の男とだ。
しかも大小不揃いのクッキーが乗っている皿を両手で差し出している。僅かに震えているので緊張しているんだろうが、この子凄すぎるぞ。
クッキーは手づくりみたいだ。
「「……、……」」
いけない、いけない。
僕が黙ったままだと、この子もお皿を持ったままじっとしていて、何をどうしていいか分からないみたいだ。
よし、まずは食べよう。
僕の母さんも趣味でよくクッキーとか作るので、僕は食べ慣れていて味にはわりかしうるさいが、でもどうあれ、食べて『美味しいね』と言ってあげよう。そうすれば会話ができそうだ。
愛里と同じようにカーペットに直接座りしてから、小さめのを一つつまんで口に入れた。
「おじゃましまーす」
翌日。
僕は岩田の家にお邪魔した。
岩田とは良く話しもするし、中学時代は同じ剣道部に所属していたわけで、唯一の親友と言っていい。
僕たちは同じK大を目指し、その入試が三週間後に控えていたので、岩田家で受験対策をする事になったのだった。
親友と言いながらも、岩田の自宅に上がるのは今日が初めとなる。
まず目を見張ったのは小さなお城を思わせるような洋風建築のおしゃれな建物だった。
玄関に入れば高い天井にはシャンデリアを模した照明があり、長い廊下を通って入ったリビングは白と黒を基調としたシックな洋風の雰囲気で、奥にある八畳ほどのキッチンと合わせると三十畳以上だろか、床に敷かれた高級そうな絨毯(じゅうたん)といい、壁際の超大型プラズマTV、そして極めつけは窓から見える広々とした庭へ備え付けられた自宅プールだ。
とても日本の家庭とは思えない。
うーん、羨ましいねえ。
僕も将来こんな家に住みたいもんだよ。
岩田の母親が芸能関係で働いているとは聞いていたが、かなりの高給取りと思われる。
「そのテーブルでするから。俺、着替えてくるな」
「ああ……」
テーブルって……。
これまた、高級そうだ。分厚いマリンブルーのクリスタルの板が輝いていた。
はれ――っ。
純和風と言っていい僕の家と比べてしまう。岩田がリビングから消えた後も、初めてみる上流家庭のリッチさに関心して立ちつくしていた。
高級そうなソファーが目に入り、折角だから座り心地でも味わってみたくて近寄ると、背もたれの向こうに……。
羽根だ。
しかもデカイ。三十センチはあるぞ。
ピンと蝶のように突き伸びている羽根は、向こうが透けて見えるほど薄く繊細で、窓から差し込んだ淡い光を浴びてキラキラ輝いて、しかも微かに上下に動いていた。
生き物?
でもなんの。ここまで大いのは……。
岩田に訊ねようにも、自分の部屋へ着替えに行ってここにはいない。
待つか、戻って来るまで。
いや、いや何をビビる事がある。危険なわけないだろう。
岩田は『そこらへん、勝手に座っててくれ』と言ったくらいだし、羽根の存在を知っていたはずだ。
思い切ってソファーの向こう側に行くと、問題の大きな羽根から辿りついたのは小さな女の子の背中だった。
艷やかな黒髪がレースの白いワンピースの背中をつたい腰にまで伸びている。女の子はカーペットに直接座って本を読んでおり、集中しているのか近づいた僕に気づきもしない。
背中の羽根の付け根部分は長い黒髪に埋もれて見えないが、両肩に羽根と同素材の紐がかかっているので、たぶんこの女の子がおもちゃの羽根を背負っているだけだ。
やれやれ、驚かすなよ。岩田の妹かな。小さいから小学生だろう。
だけど、この子……後ろ姿だけだけど、やけに美しくないか?
突然ドンと音が。
しまった!
つい見惚れてカバンを床に落としてしまった。
すると女の子がびくっと身体を震わせ、ゆっくりとこちらに向けた小さな顔。
どっきゅ――――――ん!!
心の中で不思議な効果音が鳴ったような気がした。
雪のように白い素肌。しっかりと通た鼻筋。切れ長の大きな目をぱちぱちさせて、あどけない顔なのに美しく調和されている。まるで、おとぎ話の神秘的な妖精――――妖精少女。まさしく幼女だ。
すると幼女は小刻みに震えだし、小さな口を卵形に開けて大きく息を吸い込んだ。
まずいぞっ! この表情はまずい。
ムンクの叫び予備動作っ!
他人の家に上がるなり、いきなり顔面だけで岩田の妹を泣かせてしまった。最悪じゃないかっ!
岩田は腹を抱えて笑って終わりだろうけど、僕の気持はガタ落ち。
嫌だ。もう嫌なのだ! 何もしていないのに怖がられるのはっ!
僕は出来る限りの顔の筋肉を動かし、これぞ《笑みの形》ってイメージを完成させてみる。
「ここに座っても、いいかなぁ? い、いっしょにぃ~」
そおっと、ふんわりと、壊れ物に触れるよう、僕は良い人ですよぉ~と、気持ちを念じて優し~く言った。
すると幼女はプルプルっと震えたかと思ったら、笑みを作って黒髪を揺らしこくこくとうなずき、
「兄さんの……、おともだち?」
しゃべった……。普通にしゃべった? マジかっ。
経験したことないぞ、こんな好反応。
大人の女性が気を使って僕に話しかけてくる事は多々あるが、こんな小さな子はないぞ。
まさかこの年で気を使っているとは思えないが、と幼女を観察すると、逆に大きな瞳でじーっと見上げられ、情けないが逆にこっちがドキドキしてしまう。
そそそそそそういえば訊ねられたんだった『おともだち?』って。何か返事をしなくては、えーとえーとえーと。
「ははい。ややややや山柿って言いますよ」
「愛里です。小学三年生なの」
「あ、愛里ちゃんか。……あ、僕は、今日は、勉強できたんですよ」
「兄さんから聞いてます。いらっしゃいませ」
「あっ、えっ、はい、……いいいらっしゃいますた」
「あの、よかったらこれ……」
おいおいおい、なんか知らんが、緊張しながらも一応会話が成立しているぞ、この僕と。この怖顔の男とだ。
しかも大小不揃いのクッキーが乗っている皿を両手で差し出している。僅かに震えているので緊張しているんだろうが、この子凄すぎるぞ。
クッキーは手づくりみたいだ。
「「……、……」」
いけない、いけない。
僕が黙ったままだと、この子もお皿を持ったままじっとしていて、何をどうしていいか分からないみたいだ。
よし、まずは食べよう。
僕の母さんも趣味でよくクッキーとか作るので、僕は食べ慣れていて味にはわりかしうるさいが、でもどうあれ、食べて『美味しいね』と言ってあげよう。そうすれば会話ができそうだ。
愛里と同じようにカーペットに直接座りしてから、小さめのを一つつまんで口に入れた。
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