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★セミちゃん
しおりを挟むお昼休み。
給食を急いで食べ終え、ナイロン袋を持って校庭へダッシュしました。
もう7月。炎天下とまではいきませんが、照りつける太陽が地面から熱気を立ち上がらせていて、外で遊んでいる生徒は誰もいません。
到着したのは校庭の周囲に立つ桜の木です。
幹には早朝に這い出て来たセミさんの抜け殻がちらほらあり、痛みやすいので、そっと摘まんでナイロン袋に入れます。
みんなセミの抜け殻に興味が無く、学校中の木を回るとかなりの殻が野放しなので、どんどん集めちゃいます。黙々と拾っていたら声が聞こえました。
「あの……あいりん。改めて言うけど、僕と付き合いませんか?」
殻をつまんだ手をピタリ止めました。
あたしの背後。声の質からして子供。
付き合いませんか…………ですって??
わざわざこんな暑い場所に来て言う?
しかもあたしがセミさんの収集をしている最中に?
おかしい。おかし過ぎる。
ああ、そうか、目的はこれ――『セミの殻』なんだ。
――つまりライバル。
後ろの子もセミさんの抜け殻を集めようと校庭にやってきたら、あたしが先に集めていたものだから、一緒に付き合って後でわけまえを貰おうという魂胆。
なるほどなるほど、地味ですが良い作戦です。
ニイニイゼミ、アブラゼミ、クマゼミは収穫されてもそれほど痛くはありませんが、ツクツクボウシ、ミンミンゼミ、ヒグラシを狙っての行為なのかもしれません。
特にヒグラシは、あのロマンチックなアニメ『ひぐらしの鳴く頃に』のタイトルにもなったお気にいりのセミ。できれば一匹も採られたくないのです。
「なんでしょうかっ!」
既然と立ち上がり、宝が入っているナイロン袋を後ろ手にして振り向くと、
「あ、羽沢くん……。羽沢くんじゃない。どうしたの?」
青い眼の同級生でした。ライバルでなくブラック。ブラックもセミさんを集めたい?
「あの……、僕と付き合って下さい」
「ダメです」
「はやっ!」
「こういう事は早いもの勝ちです! 後で来ても分け前は上げませんから。
それにヒグラシは大好きなセミで――」
「ちょ、ちょ、ちょと待って!」
右手を上げ、目を細め何か考えているようです。
「その後ろに持っているのは、セミの抜け殻?」
知っててわざわざ訊いてくる。ブラックめ、とうとう化けの皮を表したわね。
横取りされるかもしれないので、要注意です。
「集めてるの?」
「そうだけど……」
「良かったら僕も付き合うけど」
「後で、欲しがるんでしょ」
「そんな……」
笑いました。
青い瞳と白い歯がきらりんしています。
あのブラックが無償で手伝う。
本当でしょうか。
なんか虫が良すぎる。悪巧みしているかも……。
いや、でも、最近やたらあたしに優しいし、それに今気づいたけど手ぶら。
収穫する気が無いのかしら?
じゃ、やっぱり手伝うつもりだった?
「えっと、羽沢くんはいらないの、セミの抜け殻?」
「うん。全然いらない」
うーん。嘘をついているようには見えない。兄さんみたいに爽やかだし。
手伝ってもらうだけだから、まあ、良いか。
「じゃ、お願いしちゃおうかな……」
「うん。いいよ」
ブラックはさっさと拾い始めました。
他愛のない話しをするだけで、変なことをしてくるわけでもない。
春に兄さんがブラックに助言したらしいのですが、それ以来、人が変わったみたいに良い人になっちゃいました。
兄さんと同じ道場に通っているみたいだし、剣道が性格も変えた?
「ありがとう……」
長くお手伝いをしてもらい今日は大漁。セミさんが4つのナイロン袋一杯になりました。
羽沢くんのシャツが汗でびちゃびちゃに張り付いて、短パンから出た素足は砂で汚れています。
気持ち悪そう。
「ごめんね。それ」
なにかお返しをしてあげたい。
冷たいカルピスでもあれば良いのですが、そんなのもないし。
「ああ、大丈夫。放っとけば乾くから。それよりあいりんの方こそ……あの、その……、見えてるよ」
あたしも張り付いていて、今日から薄手のシャツにしていたから胸が透けてました。ぺったんこの胸が。
ブラックは恥ずかしそうに顔をそむけました。
あたしもそうですが、男の人は皆んな大きな胸が大好きで、あたしのような平面胸は興味がないはず。
でも興味があるような素振りをするブラックは、気を使ってくれているのかな?
本当に紳士になっちゃった?
「あたしも大丈夫。乾くもん」
「いや、ダメだよ。女の子がそれじゃあ」
前の授業は体育でした。もう一度体操着を着ればいいと言う。
でも体操着は教室にあるから、と言うと『ここで、待ってて!』と言い残し、わざわざ取りに戻ってくれました。
どうしちゃったの、ほんと?
ブラックは走って往復したものだから、汗まみれが更に汗まみれです。
「あ、ありがとう」
「どこか人が居ないところで着替えよう」
「良いよ。ここでも」
「ダメ! 絶対にダメ。誰かに見られるかもしれないっ! あいりんの胸は誰にも見せたくないんだ!」
「はあ……?」
「そうだ。体育館の女子トイレに行こう。直ぐそこだから」
不思議なことにこだわるのだなあ、と首をひねりつつ、手をひかれ付いて行かれた女子トイレの前。
幽霊が出ると噂だから誰もいません。ましてや今は暑いお昼休憩どき。
ピンポンパンポーン♪
「あ、予鈴が鳴った!」
「あいりん、早く」
「もう、いいから戻ろう教室へ」
「ダメだって、僕も待っているから中で着替えて」
「もうここで良いよ」
「ダメだよ、胸が見えるじゃないか」
「見えても良いじゃない? 膨らんでない胸だよ。男の子と同じぺったんこだもん。全然恥ずかしくないよ」
「え――――っ? そうなの? え――――っ!」
「そんなにビックリすることじゃないけど」
「まあ……、あいりんがそう思うなら、そうでもいいけど……。うーん。いや、でもやっぱりおかしいよ、それ。ちゃんと隠して着替えたほうが良いって」
「別に性器を見せるわけじゃないんだよ。男子だっておちんちんを見られるのは恥ずかしいけど、胸だったら平気でしょ? 膨らんでないから恥ずかしくないでしょ? あれと同じ」
「えーっ! じゃあ、僕に見られてもなんとも思わないの?」
「うん。全然。他の女子がさも重要そうに男子に見られないよう着替えていたから、あたしもマネしてただけだよ」
「……じゃあ……じゃあ、ここで着替てみる?」
「うん。そうする」
あたしは誰もいない体育館のトイレの前でぐっしょり濡れたシャツを脱ぎました。
羽沢くんに納得してもらうべく、胸を突き出します。
「ねっ! ぺったんこでしょ?」
「あっ、うん。そ、そうだけど……」
羽沢くんは耳まで真っ赤になって、顔をそむけてしまって、おどおどしてます。
幼稚園児みたい。かわいい。
照れて恥ずかしがっているので、意地悪をしたくなります。ぷぷぷ。
「もう。ちゃんと見てないでしょ!」
「え? でも……。いいから早く着てよ」
「見ないと分からないじゃない! そうでしょ!」
「そ、そうだね……」
そう言いながらもブラックの顔は下を向いたままです。元々あたしより背が低いので、余計に小さく弱々しく、低学年の男の子に見えました。
――あぁ、なんか、なんか、気持ちいい。
男子に命令するのって困らせるのって、とっても面白くて気持ちいいんだーっ!
大発見です。
まるであくしょん・ばいおれんす女優さんになったみたい。
今月号の月刊SM恋コイの表紙は、セナお姉ちゃんが、這いつくばった男優さんを踏みつけているカッコイイシーンでした。
身体にぴちゃーと張り付いた黒光りするお洋服を着て、手にも同じ手袋をして、楽しそうに笑いながらムチで叩いているのです。
先月号と立場が逆ですね。あれからSMと記されている暴力雑誌を見つけると、こっそり表紙だけ見ることにしています。
本当は中身を読んでみたいのですが、どれもバイオレンスされている(紐でキツく縛られている)ので読めません。
「どう? 本当は見たいんでしょう。正直に言いなさいよーっ!!」
大声で怒ってみました。
月刊SM恋コイの表紙に、記されていたセリフ――、たしかこんなだったかなぁ~。
ぞぞぞぞ~っと、背中が痺れていい気分♪
「ほ~らっ、欲しいんだったら、おねだりしなさいよーっ!」
たぶんこんなセリフもあった。
今度暴力雑誌を見つけたときは、忘れないように後でメモしとかなきゃ。
「どう?」
羽沢くんは恥ずかしそうですが、それよりあたしの態度に驚いているみたい。
あくしょん・ばいおれんすの技、に圧倒されたのですね。SM雑誌の表紙だけの、少しのA∨(あくしょん・ばいおれんす)知識なのに、それでもこの手こずっていたブラックが、手も足も出せません。
恐るべしA∨(あくしょん・ばいおれんす)技。18歳以上になったら、絶対身につけておいて損はありません。
「もう、やめてよ~、あいりん~」と逃げまくっていたブラックでしたが、やがて堪忍したのか、仕方なくあたしのぺったんこの胸を観察し始めました。
だから、ブラックの顔にぐいっと近づけてやりました。
どうだーっ!
嫌がれ嫌がれーっ!
「……きれい……」
え?
ブラックの様子がさっきまでとちょっと違う。
「……きれいだよ……あいりん……」
え?
え?
応援ありがとうございます!
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