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3章

庭園

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 キキン城門で2度目のチェックを受け待っていると、今朝の兵がやってきたよ。
 城の敷地を先導され、焼台をごろごろ引きつつ中に入ると、
 鮮やかな黄色い花を咲かせた品のいい庭園に通された。

「あそこでお待ちです」

 飛び石の道がつづく先には小さな野外会場が設置されており、その演台で芸人がコント(漫才?)を披露していた。
 貴族20人くらいが客席にいて、最奥の木製パラソルの下には、兵士2名に警備されながらキキン国王がワイングラスを傾けていた。
 国王たちに見せる催し物なんだね。
 
 兵士2名はそれぞれデーモン眼と魔法使い(デーモンスキル持ち)。
 敬礼してきたので、お辞儀で返したよ。
  
 国王は漫才が面白くないのか大きなアクビをし、振り向いた。

「おお! ヒジカタよ、待ちかねたぞ! 早うこっちへ来い」

「どうも、ご無沙汰しています」

 名衛軍でもないSクラス魔法使いの俺は、普通は国王に近づけない。
 危険だからね。
 だけど、国王は笑顔で握手を求めてきた。

「蒲焼き、美味かったぞヒジカタよ」

 俺を信用してくれている。
 超人的な人間としてね。

「ありがとう、ヒジカタさん」

 国王の近くにアハートさんがいた。
 警備役のエースや補佐のヒトミさんたちがいない。
 城の中は安全だからか、それとも仕事を分業しているのか。
 たぶん、そのどちらもだろうね。
 
 近くに居酒屋でイチャモンをつけていた着物姿のおてんば美女と、イケメンおじさんもいた。
 人相を変えていたから、俺と分からないはずだけど緊張する。

「紹介するわね。こちらは、外区の大地主カタリヤさんと護衛のガルゴルさん」

「魚屋ヒジカタの店主、ヒジカタです。よろしく」

 初対面らしく挨拶しておく。

 地主か……。

 半年前、亡くなった祖父母の莫大な財産を譲り受けたカタリヤは、18歳の若さにしてキキンの内区の土地はもちろん、外区の広大な放牧地、山々、そして外壁建設近くの土地を多く所有する大地主だそうだ。
  
「まあ、ロアロク国にも土地が30ヘクタール、城が3かな。ケズカラ国にも土地が50ヘクタール……だったかしら?」

「そうでございます、カタリヤさん」

「土地もだけど、とにかくいろいろと管理がたいへんなの。財産があり過ぎるのも大変なのよ、分かる?」

 2人の日本の着物のような服は、ロアロク国独特の貴族衣装だそうだ。

「買うと100万ギルもするのよ、100万ギルよ、100万ギル、価値分かるかしら?」 

「はあ……すごいですね」

 訊いてないんだが。

「ちょうどキキンが土地を買い取ると知ってね、はるばるロアロクから来たわ。
 せいぜい高く買ってちょうだいね」

 財産が多くて大変なら、土地くらい寄付すればいいだろうに、ようは自慢したいだけだね。
 だけど、外壁建設予定付近の土地を売りたがる地主は珍しい。
 少々高値でも買ったほうがイイだろう。

「カタリヤさんは美食家でもあるのよ」

「そうでもないわ。
 ただ、私の舌が、普通の食事では納得しないだけ。
 特別な舌なの。味覚に敏感なのは辛いわよ」

「そうですね……」

 アハートさんの眼が笑っている。
 
「それでなあに?
 私の舌を唸らせる料理人は、まさか……あなた?」

 アハートさんは多忙で、俺に事情を話せなかったらしく、
 カタリヤさんがキキンの美味しい名物を食べさせたら、土地を売る。
 不味かったら売らない――。
 そんな取引(勝負)をしていたらしいよ。

 外壁建設は国家事業。
 カタリヤさんを絶対に唸らせないといけない。
 困ったアハートさんが国王に相談したところ、うなぎ蒲焼きを強く進められ、わざわざ俺を城に呼んだと。

「そういう事だから、よろしくね、ヒジカタさん」

 アハートさんがウインクしたよ。
 
 いやあ~、どうなんだろう。
 100人に食べてもらい、高評価される自信はあるけど、たった1人だけとは。
 味の好みは人それぞれだからなあ。
 
「つい先日も、うちのガルゴルが、この世で1番美味い食べ物だって、刺し身を勧めたけど、
 あ~~全然ダメね。生臭い魚を生で出しただけで最悪、最悪。
 その店、マナーも最低だったわ」
 
 それに関しては、俺も同感です、はい。

「で、あなたは、なあに? まさか石焼き芋じゃないわよね!?
 好きだけど」

 俺の屋台を見たら、石焼き芋だと思うね。

「いや、違いますよ。
 焼くのは焼くんですけど……」

 演台の隣に焼台を設置し、ランちゃんがふいごを使い炭を真っ赤に熱し始めたよ。

「まあ、可愛いお手伝いさんね。お名前は?」

「あたち、ランちゃん。
 お姉ちゃんも可愛いよ、ちょっとだけ」

「ちょっと……!」

「きゅーきゅー」

「げっ! なにこれ、スライムがいるんだけどッ?!」

 ランちゃんの背後から、もそもそ出てきた。

「この子は青ちゃん。
 世界で1番可愛いの」

 青ちゃんを肩に乗せ、すりすりするランちゃん。
 さらに、青ちゃんの身体に頭を突っ込み『スライム仮面だよ~♪』と、溶解覚悟の危険な遊び(技?)を披露してキャッキャ笑っている。
 頬をヒクヒクさせ呆然のカタリヤさん。
 
 俺は焼台の角にまな板を置き、手早く生うなぎを背開きにしていく。

「な、……な……ヘビ?」

 カタリヤさんが気付いてしまった。

「あ……あたしに、ヘビを食べさせるつもりッ?!
 罰ゲームじゃないのよ!!」

「ヘビではありませんよ、カタリヤさん。うなぎです、うなぎ」

「大して違いないわよ!
 うねうね動いて、気持ちわるい~。あああ、鳥肌が立ってきたわ」

 うな丼を食べてもらう前に、先入観を持たれるのが嫌だったんだけど。

「見た目はそうですが、まあ、見てて下さい」

 準備が整い、
 ランちゃんが青ちゃんを肩に乗せたまま、蒲焼きを開始した。
 
「あ~、くだらないわ。生臭いうなぎを焼いてどうするわけ? 
 焼き魚なら鯛にしてよね。鯛が1番美味しいに決まってるでしょ?」

 文句ばかり言っていたが、いい匂いが漂いだすと、顔つきが変わってきたよ。
 何処からかお偉いさんも集まって来た。

「きゅーきゅー」

 青ちゃんも、食べたいのかな? 

「はい! お待たせしましたー」
 
 サルトリーフにアツアツのご飯をよそい、3分の1にカットした蒲焼きを乗せ、笑顔で全員に手渡しする。

「な、なによ……これ……」

「はい。うなぎの蒲焼きです」

「……蒲焼き……」

 カタリヤさんが蒲焼きを、スプーンでひとすくい。
 身が柔らかいから、ご飯ごと簡単にすくえちゃう。

 パクリ。
 モグモグ……モグ……、停止。 

 味に驚いたみたい。
 魚の生臭さなど微塵もないって顔だ。 
 
 蒲焼きは『究極の焼き魚』とも言われ、簡単には真似できない日本の誇る技だね。

 黙って二口目。
 どんどん食べてゆく。
 早い早い、あっという間に完食。

 他の皆さんも、黙って食べ終える。
 美味しかったって顔だね。

 



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