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3章

把握

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「昨今、世界各国で未知のモンスターが湧く現象が多発しておる」


《モンスターが湧く》

 モンスター同士が交配して子を産むわけでなく、特定の場所(ポイント)で一定の期間(時間)を経ると自然にモンスターが誕生する現象。
 迷宮、遺跡、塔、などの内部で多発するが、まれに地上の山中でも起きているらしい。
 放っておくと、より強いモンスターが湧くので、アンフィニ大司教みたいな専門家に封印(結界作成)してもらう必要があるそうだ。

「逆に、湧く場所(ポイント)を作る専門家もいるらしい」

「わざわざ、モンスターをですか?」

「そうだ。
 国が、敵対する国の弱体化を目論んだり、混乱に乗じて兵をだしたり、
 最近、そういったモンスターを利用した技法が発見され、戦術化されている。
 卑怯な手段と言われている一方で有力な戦術と利用する国も少なくないと聞く」

 ただし、湧くポイントは人間のいない場所に限られるそうだ。
 
 攻める前に、敵国にウイルスをばらまくのと似てるなあ。
 
「あー。今回のツェーン迷宮の結界が消えたのも、その手法だと思ってるんですね」

 キキン国王は静かに頷いたよ。
 誰だかわからない。
 だけど、キキン国を混乱させようとする連中がいることは確かみたいだね。

 俺が名誉市民になったのに伴い、アハートさんたちも自由に、今まで以上に活動ができるようになったと言う。
 よかったよかった。

 もう牢屋にもどる必要がない俺は、外区の魚屋店舗に戻る前に、城内のアハート事務所を訪ねることにしたよ。

 国王と公人たちに、《スライムのままで宜しいので》とスライム形態を強く進められたけど、
 俺がスライムで街や城内を闊歩すると、まあ、なんて言うか、みんな驚いちゃうわけね。
 その後必ず、『す、すいません!』と謝り、素敵なスライム姿ですねえ、などと気を使わせちゃうんだよね。
 若い女の子が夜道で俺を見たら、絶対に気絶しちゃうんじゃないかな。
 
 そんなわけで、当面、人間ヒジカタモードでいようと思う。



「ヒ、ヒジカタさん……」

 ドアを開けるやいなや、
 絶世の美女、いや、久々に見るヒトミさんが振り返って、瞳を潤ませつぶやいたね。

 艷やかな黒髪を後ろでアップにして紺のリボンで束ね、清潔な白いブラウスに黒いネクタイ、スカートはぴっちり密着した黒のタイトという、色っぽい秘書スタイルだった。

 恥ずかしながら、見惚れて声も出ないんだけど。
 麻痺攻撃を食らったみたいに、ヨタヨタとヒトミさんに吸い寄せられる。
 ヒトミさんも同じみたい、黙ったまま、うっとりと近寄ってくるよ。

 後一歩でハグだぞ。ハグしちゃうぞ。
 心臓がバクバクしていると、

「あら! ヒジカタさんっ?! やったじゃない名誉市民だなんて!」 

 奥の部屋から、全身グリーンのスーツ姿の美女が黒髪をなびかせ走ってきて、ヒトミさんを横切り、俺に抱きついた。

「逢いたかったわ――ッ!」

 俺の首に手をまわし密着ハグだ。
 子供みたいに、キッキャはしゃいでいるぞ。
 
「いや、あのー、アハートさん。ちょっと、ちょっと」

「あらやだ、恥ずかしがっちゃって。身体を交わしあった仲じゃないの♪」

 なんちゅー事を言うんだよ!

「意味が違うでしょーにッ?」

「似たようなものよ」 

「交わしあった……、交わしあった……」

 ヒトミさんが恐ろしい顔して、俺とアハートさんを睨みつつ、呪詛のように復唱している。

「いや、あの、ヒトミさん。
 表面の言葉だけで、真に受けないで~」

「……なるほど……そうだったのですか……」

 ヒトミスキャンが終わったようだ。
 冷静な表情になったヒトミさんが、

「誰にでもお優しいのですね、ヒジカタさんは……。
 もっと好きになりましたよ」

 アハートさんが抱きついたまま、ヒトミさんの口が迫る。

「あら、私だって」

 同じくアハートさんも。

 奥の部屋にいるAクラス魔法認定『特魔―A』のハヤテが、読みかけの本に眼を落とし、デーモン眼所持者のコウくんが両手で顔を覆ったね。
 
 うーん。
 良いんだろうか、
 こんなことが許されるんだろうか。


 ◆


 桃色モード全開の本体(俺)とは別。
 ビトくんを従え、木の枝に擬態している俺の分裂個体だ。

「はい。何も起きない。平和なもんです」
 
 ツェーンの迷宮の入り口は、キキンの街から西北へ4キロの海沿いの山の中腹という、比較的近い場所に存在している。

 計画中のキキン外壁は、ツェーンの迷宮を取り込むように建設されるね。

 そんな事して、安全面は大丈夫かって?

 はい。
 ツェーン迷宮を含む山ごと独立して、別の高い壁で囲う計画だよ。
 二重に囲うので、より安全になるね。

 迷宮の山の麓には、モンスターに壊された民家が点在していて、
 現在は誰も住む人はいないけど、結界が弱体化する以前まで、人々が生活していた名残りだね。
 
 因みに、危険を冒してまで住んでいた彼らの目的は、この山だけに育つ、マッタケ、黒トリュフ、白トリュフといったキノコ類。
 地球同様に、この異世界も香りが良いキノコは、内区の貴族の楽しみだったり、外国に出荷する為だったりと、とんでもない高額で取引されるみたい。

「……?」

 俺は分からないが、ビトくんだけが、何か気づいたみたい。
 すすす、と迷宮入り口に向かい、触手を伸ばしているよ。
 結界膜を触っているようだけど。

「おーい、どうしたビトくん」

 小声で呼んでも返事はない。 
 
 枝に擬態していた俺は、3センチほどの個体を作成しビトくんの側に向かわせる。

「神よ……。これを」

 ビトくんの触手が洞窟に入ってたね。
 コンクリートみたいだった結界がグミ状に柔らかくなっていた。

 マジかよ!
 誰も何もしていないのに、なんでだ?

 てっきり大司教みたいな術者がやってきて、除去祈祷をすると思っていたけど。
 
 いや……ちがう……。
 耳を澄ますと、迷宮の中から、俺たち以外の人間……、それも女性の声が聞こえるぞ。

 どうやって内部に入ったんだよ。
 俺は声に近づくことにしたよ。
 
 結界が弱体化しているおかげで、25レベルの俺でも容易に迷宮に入れたね。 
 薄暗くて冷たい内部は、湿気た空気が充満している。

 そこへ、健康的な白い太ももを見せた、超ミニの着物姿の18歳くらいの美女が、
 同じような日本着物を着た30歳くらいのイケメン男性と向かい合い、
 小太鼓のような筒をリズミカルに叩いていたよ。

 ポンポン、スッポンポン!
 ポンポポン、スッポンポン!

 えっと……。
 何やってんの?
 
 思わずツッコミを入れたくなったよ。
 こんな危険な場所でわざわざ太鼓を叩いて遊んでる……、わけないよなあ~。

 あれ?
 あの小娘は、俺に土地を売りつけたカタリヤさんじゃないか。
 右耳元に大きな白いリボンを付け、キキンでは珍しい黒髪を腰まで流している。

 そうだよ。間違いない。  
 男はお供のガイゴルだ。

 小太鼓みたいな道具は――、
 結界を壊す装置かな。 
 こいつらが犯人だったのか。

 俺がゆっくり接近しても、ふたりは気づかない。
 まあ、全長3センチだもん。
 
 すると、二人の足元の近くには、70センチ四方の竪穴があるぞ。
 覗くと、はしごがずっと下までかけられていた。

 ここを通って二人が迷宮内に入って来たんだ。
 意外や意外、迷宮内部に秘密の地下通路かよ。
 俺が外から見張ってても分からないわけだ。

「か、神よ――ッ!」

 結界膜を、むに~~~っと突き抜けたビトくんが、叫びながら突進してきたぞ。
 身体の両サイドから触手を出して振り回す。先端は鋭利なナイフ状だ。
 
 あっちゃー、ビトくん、余計なことを~~ッ。
 そっとしといて欲しかったよ。

 俺の思いはビトくんに伝わらない。

「神は我が守るッ!」

 カタリヤたちが小太鼓を叩くのを止めたよ。

「はあ、なにあれ」

「スライムのようですが……」

「ツェーン迷宮の1層目にいたっけ、スライム?」

「外から入ったようですね」

「邪魔だわ。さっさと殺しちゃってよ、ガイゴル」

「はい、お嬢様」

 ガイゴルが鋼の中剣を抜き、5メートル離れたビトくんに向けて中段に構えたよ。

 
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