上 下
167 / 182
3章

使えない 

しおりを挟む

 ぴろろ~ん! ぷすぷすぷす…………。

 リトル渾身の呪文は、情けない音を発して、呆気なく終わった。

 いわゆる展開不可。
 消えかかっているデーモンは、魔法も使えないわけね。

「わああ~ん、わ~んわ~ん」

「いやいや、頑張ったよリトルは。よくここまで俺を連れて来てくれたよ」
 
「年間契約して頂いているのにぃ……ぐすっ、ぐすっ…………、ちーん、ち――――んッ!」

 透け透けに成り行くリトルがそう言い、ポーチからハンカチを取り出し鼻をかんだね。

「いいって、いいって、俺の注文に応えてくれて感謝してるって」

「……な、なんて、お優しいッ! う……うう、わあぁ~ん、わーんわーん」

 リトルが俺に抱きついて泣き出したんだけど。

「あの~。
 俺、急いでんだけど」

「わあぁ~ん! わあぁ~ん! わあぁ~ん!」 

 聞いちゃいない。
 そんなとき、ビトくんが降りてきて、リトルの背中をムンズと掴んだよ。

「な、なにすんの? 知ってんの、このあたしは、デーモンよ!
 幽霊ごときが――――」

 完全無視のビトくんは、右手でチャックを開けるような仕草で亜空間扉を開き、その闇色の世界にリトルデーモンを放り投げたね。

「あわわわ~~~~~っ!!」

 亜空間を閉じる。

「ありがとう、ビトくん」

「………………」

 相変わらず返事はないね。
 代わりに、笑顔でうなずく。

「しかし、ビトくんって、ツェーン迷宮の最下層(1000層目)だろうが、関係なく現れるね。
 幽霊はどでも自由に出現可能なわけだ」

 軽く頷く。

 さて、どうやったらSSたちの元へ行けるんだ?
 たぶん、ずっと下にいると思うから、いっそ床をぶち抜くか。
 身体を硬質化ドリル状にすれば、石の床でも潜って行けるだろうが、
 はたして、そんな原始的方法で迷いの遺跡をクリアーできるとは思えないけど、
 
「…………どうしたの、ビトくん?」

 ビトくんが、6本の指を立ててから、ぱらぱらと広げたね。
 ジェスチャーで、俺に何かを伝えたい…………。

「…………ああ、なるほど、……そういうことか」

 ビトくんがニコニコする。
 気が付かなかった。床を壊すより現実的だね。

「さっそく、やってみるよ。ありがとう!」

 俺は身体から分裂個体を6つ作り、6つの廊下にそれぞれ進ませたよ。
 数秒後、予想通り、5つが部屋に戻ってきて俺の身体に入る。
 戻らなかった個体の視界には、今の俺がいる部屋と全く同じ部屋が映し出されている。
 もちろん、俺は居ないし、SSたちも居ない。
 
 だけど、たぶんこの進み方が正解だろう。 
 俺も向かう。
 
 到着して、もう一度6つ個体を作り、同じように進ませ、ハズレ個体を回収しアタリ廊下を進む。
 それを10回繰り返した同じタイプの部屋には――――。

「や、やっと見つけた――――――っ!!」

 しずく形態スライムだ。
 必死で触手を飛び交わせ、攻撃防御を繰り広げるSSたちがいた。
 その数、28匹。
 ランちゃん、スーちゃん、ミキちゃんに、ハヤテ、ジン、エース。
 ちっこいSS2期生20匹に、青ちゃんとポラリスくんもっ!

 戦っている相手は、片手にロングソード、もう片手には盾を構え、鎖帷子くさりかたびらの武具を纏った、全長2メーターの二本足で立つ人間10名。
 いや、身体は人間に似ているが、その顔の骨格は爬虫類に近い。
 ステータス確認スキルが示す名称は、Sレア・エインシェント及び、SSレア・エインシェント。
 レベルは25~30。

「なんと、あのワイバーンみたいなドラゴンが、二足歩行の人間タイプに成れたとは。
 知能値が人間を遥かに越えて高いから、人類以上の進化を想像していたけど…………」

 ぷるん。ぷるぷる、ぶよぶよ、ぷるぷる。
 ぷるぷるっ! ぷるん。ぶるっ、ぶんぶん、ぶるるるるっ!

 SS2期生たちが、エインシェントに体当たり攻撃を仕掛けたよ。
 身体に取り付いて、溶解吸収するつもりだろうけど、エインシェントたちは顔色1つ変えず、
軽々と躱している。
 
「クソっ! すばしっこいエインシェントめ!」

 知らない人が見たら、人間タイプ(エインシェント)が正義の味方で、グロテスクな紐状の触手を飛ばすスライム集団(SSたち)が倒される悪者モンスター・雑魚諸々といった感じ。

 そんな時、一番奥から、ザシュッ、と鈍い音がしたよ。
 聞き覚えがある嫌な音――。

 エインシェントのロングソードがハヤテの身体を分断し、命そのもの、核を2分したのだ。
 ハヤテのゼリー状だった身体が、床にバケツで水をぶち撒いたような音をたて四散した。
 前の形はない。言葉もない。
 スライム細胞は生命活動を終え、溶け落ちたアイスのように力なく、床に広がっているだけ。

「ハ…………ハ、ハヤテ……」

 助けに行く間もなかった。
 呆気なく、最後の言葉を聞くわけもなく、映画のワンシーンを見たみたいに、ハヤテが殺された。
 殺されてしまった。

 他のSSたちは、触手の動きを止めず戦っていて、ハヤテを気にもしない。
 攻防が忙しいなら、新しい眼球を作って見る事も出来るけど、それもしない――――。

「……ど、どうしちゃった、みんな…………?」

 ザンッ、ザンッ!!
 今度は、青ちゃん、スーちゃんが連続で核を潰され、実体をズルリ、と崩した。

「な、……なんだよ、これは…………この状況は」

 エインシェントとSSたち、個々のステータス値は圧倒的にエインシェントが高い。
 負けて、殺されて当然だけど。

 シュワワワワ、と天井から照射された黄色いリング状の光線が、ハヤテ、青ちゃん、スーちゃんの溶けた場所を照らしている。
 すると、なんだろう、不思議な現象が……。

 俺の見ている前で、散らばったスライム細胞が1箇所に集まってゆく。
 核がない、だから動かそうとする意思もないはずなのに、細部同士が接合し、丸い核が形成され、徐々にしずく型のボディまでも出来上がってゆく。
 まるで逆再生だよ。
 僅か5秒で復活し、何事も無かったように攻撃を再開したね。

「おかえり~、何回目?」

「…………クソったれ! 8度目だ」

 SSたちがボヤいたよ。

しおりを挟む

処理中です...