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毎日 6

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今日は酷く、太陽が眩しい日だ。
我が物顔で燦然と輝く日射しは、容赦なくビル群を照りつける。
ビルの窓はその光を乱反射して、自然光には無い独特の鋭さを帯び、JDの体に突き刺さるようだった。

光と熱は確実に体力を削り取っていく。
目深に被ったキャップと額の合間から汗が滲むと、汗を流した分だけ倦怠感が増して、JDの体を重くしていった。

こんな陽射しを防ぐ手だての無い屋上ではなく、幾ばくかマシな室内に早く入りたかった。
しかしJDは屋上のフェンスに寄りかかったまま、動かずにいた。

「そろそろ、来る頃だしな…」

呟いたJDの上に覆い被さるように、柔らかな影が落ちる。
JDは億劫そうな仕草で、自分の体を包む影の主を、顎を反らして見上げた。
細いフェンスの枠の上なのに、そこに地面があるのだと言わんばかりの安定感で立つ影の持ち主は、JDと視線が合うと薄膜のようなレンズの奥で笑った。

それは太陽のように晴れ晴れとした、力強く暖かな笑みだ。
キャップの鍔を押し上げて、挨拶をする青年の姿はJDからは逆さまに映る。

嫌味にならない自然さで、青年の形のよい唇が完璧な笑みを描くと、いつもの問い掛けが青年の口から繰り返された。

「Mr.JD!今日の予定は?」

「ビルの清掃と下見で、終わりだ」

「なら、今日はお前んちで呑みな?」

青年の問い掛けにJDは用意していた答えを幾分億劫に、しかしすんなりと青年に返す。
青年は満足気に白い歯列を噛み合わせて笑うと、両膝を折ってJDとの距離をつめた。
前に傾く体に合わせ、青年の柔らかく光を透かせる栗毛色の髪が揺れ、きらきらと輝いていた。
それが妙に眩しく見えると、JDは思考を反らすように、頭に被せたキャップの鍔に片手を据え引き下ろす。

「…毎日暇だな。神様」

「そりゃもう。JDに逢うためだから、忙しい合間を縫って来てんのよ。俺」

CLUBに訪れた日から、神様であると名乗りを上げた青年は、毎日JDの前に現れるようになった。
行き先も教えていないのに、まさに神出鬼没といった具合だ。
余りにも無遠慮なために、JDはいつの間にか彼が現れる時間帯は、外で待つ習慣が身に付いてしまった。

拒絶しても付いてくるのだから、仕方ない。

そんな言葉が言い訳でしかない事は、JDも理解している。
CLUBで聴いた音。
あの躍動がJDの枯れようとしていた魂を震わせ、繰り返し訪れる青年の存在が、渇いた心に優しく広がる。

好意を受け入れれば失くした時が恐ろしく、再び渇きに慣れるのは、苦痛を伴うであろう。
だが、もう遅かった。
JDは神と呼ばれる青年を、受け入れてしまっていた。

「はぁ…言ってろよ」

それでも、JDが呆れたように呟いてしまうのは、青年を待っている自分に折り合いがつけられないからだ。
JDの気持ちの変化は、柔らかく震える音となって、青年に伝わっていく。
青年はJDの変化を知りながら、敢えて指摘しなかった。
そんな事をすれば、きっとJDは逃げてしまう。
誰しも自分の気持ちが他人に筒抜けになっているのは、嫌なものだ。

頑な態度と裏腹なJDの内面が可笑しく、同時に可愛らしく思うと、知らず知らずのうちに笑顔が広がっていく。
青年の端正な顔立ちに感情が乗ると、何とも言えない美しさが花開く。
JDは吸い寄せられそうになる視線を、無理矢理引き剥がした。
顔を隠すように頭に被ったキャップを片手で押えると、寄り掛かっていたフェンスから背を離す。
そのまま用事は終わった、と言わんばかりの態度でビルの中へと通じる扉に向かうJDへ、青年は声を掛けた。

「ビルの下に、17時頃待ってるからさ!」

快活な声からは、太陽のような眩しさを感じる。
JDは片手を持ち上げ応えると、陽の恩恵を知らぬような仄暗い室内に踏み入った。
扉をくぐる瞬間、フェンスに一瞬だけ視線を走らせる。
差し向けた視界の中に、青年の姿は映る事はなかった。
まるで最初からそこには何もなかったのだと主張するように、陽光の輝きだけが、白々しく屋上を照らし出す。

白昼夢のような青年の残像の一欠片を探して、目を凝らす自分に気が付くと、JDは本日二回目となる溜息を長く長く吐き出した。
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