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婚約破棄3秒前
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「私はここに宣言する────」
目覚めると同時に、自分の口から高らかと響いた声が他人の物のように耳に届いた。
実際、こんな声に聞き覚えはない。
─────だって『私』は、女のはずなのだ。
戸惑う私の目の前には、一人の少女が立っていた。
豊かな黒髪は艶やかでまるで美しい夜空の帳を思わせる。
瞳は氷の薄膜が張ったように透き通り、その内側には透明な青い泉が広がっているようだった。
陽射しを受ければキラキラと輝いてくれるだろう美しい虹彩が、今は長い睫毛の蔭に隠れて陰鬱に澱んでいる。
『私』はそんな彼女に人差し指を突きつけて、何かを宣言しようとしていた。
─────っていうか、何を?
─────こんな美女に私が言う事ってなんかある?あれか、ファンですとかか?
混乱した私の脳味噌を現実な引き戻してくれたのは、後ろから私の服を引く弱々しい力だった。
思わずそちらを振り返って見下ろすと、愛嬌たっぷりの可憐な瞳が瞬いている。
「アステリオス様……」
甘くて、マシュマロみたいに柔らかい声に思わず庇護欲を誘う華奢な体つき。
この世の可愛さ全てを手中に収めたかのような女の子の存在に、『私』の脳味噌に稲妻が走った。
────私、この子を知ってる。恋スタの篠宮きららだ!
混乱しながら改めて前を向く。
そこには、私をじっと見つめる氷の瞳の少女が変わらずに佇んでいた。
彼女の名前も私は分かっていた。
私の最推しカップルの片割れ、ユーノちゃん。あまりにも嬉しくて一瞬テンションが上がり掛ける私だったが、迫ってくる現実が私の頭に冷や水を浴びせかけた。
────この世界は、私が夢中でプレイし続けていた乙女ゲーム。課金がエグいと名高い『恋して☆スターリーナイト』、略して『恋スタ』の世界だ。
そして、アステリオス。その名前は男性主人公のうちの一人、難攻不落と名高い皇子の名前だった。
『私』はもう一度、きららを見下ろした。
榛色の瞳には『私』の姿が映っていた。
整った歪みのない顔立ちに、ここが至上の位置である。と言わんばかりに完璧な場所に鎮座する高い鼻と、通った鼻梁。蒼天の瞳は今は驚きに見開かれている。
そんな『私』を映し出すヒロインの名前、篠宮きららを私がなぜ最初から知っているのか。
もちろんゲームのデフォルトネームだから記憶に残っていても、不思議じゃない。
でも、ゲームの知識として知っているだけでは得られない体と頭に染み付いている感覚があった。
─────『私』はどうしてここにいるの?ていうか、今アステリオスって呼ばれてなかった?ていうか顔、アステリオスになってない?
『私』が状況把握に勤しんでいる間に、目の前の美しい少女は声を張り上げる。
「アステリオス様、早く続きを仰って下さいませ。わたくし、見世物になるために卒業パーティーに出席した訳ではございませんの」
凛とした気品のある声が、『私』の心臓を貫いた。
周囲を見渡せば、こちらを見て囁きあっている貴族の子息、令嬢の姿。
更にはアステリオスの父である皇国の王を筆頭に、多くの家臣が『私』に視線の集中砲火を浴びせていた。
私は、現状を把握した。
─────あ、ここ、婚約破棄のシーンだ。
そう思った瞬間、冷汗が一気に溢れてきた。
この後の展開は知っている。
婚約者である侯爵家の令嬢、ユーノ・アルカソックに婚約破棄を申し渡すのだ。
そしてユーノの名誉は地に落ちて、そのまま修道院に送り込まれる。
その後は邪魔な婚約者がいなくなり、アステリオスはきららと幸せな甘い生活を送りました。という薄っぺらい胸キュンのストーリーが展開されるのだ。
─────だけど、それはゲームの中だからこそ許されることで。
ここで物語通りに進んで、一人の女の子の運命を惚れた腫れたで左右して良いはずがない。
これが生々しい夢だったとしても、目覚めが悪すぎる。
思わず助けを求めて背後を振り返ると、きららの後ろに4人の美男子が整列していた。
そしてその胸元にはヒロインの告白成功を示す、白い薔薇が飾られていた。
─────待ってこれ、ハーレムエンドじゃん!?
気の弱そうな青髪の美少年は、将来宮廷魔術師になる天才少年のゼファ。
血の気の多そうな赤髪の男前は、将来第一近衛騎士団の団長に若くして任命されるはずのアドニス。
微笑みが優しい緑髪の優男は、将来宰相になる皇国の頭脳のオルフェウス。
冷めた瞳に熱を帯びる黒髪の強面は、将来魔王になるはずの第二皇子アステリオスの弟のイカロスだ。
きららの後ろに寄り添う全員の男主人公たちの視線が、『私』ではなくきららに注がれていた。
常軌を逸した狂信的な目つきは、恋というより悪い薬に犯されたようだった。
男主人公4人全員を陥落し、ここで最後に皇子が侯爵令嬢に婚約破棄を言い渡せば、皇国の王になったアステリオスが一妻多夫制を公布してハーレムエンドが完成する。
マジでビッチすぎねぇか?って私がドン引きしたエンディングだ。
こんなの非現実だから許される展開であって、自分が当事者だったら御免被りたい。
─────なにより私は、一途萌え!!
ここまで考えるのに、『私』が要した時間は3秒だ。
さすが頭脳明晰な皇子の脳味噌。状況把握が速やかで助かる。
じゃあ、ここから先はどうするか。
『私』は対峙する侯爵令嬢のユーノに視線を向けた。
彼女は果たして婚約破棄をされなければならないぐらい、悪いことをしていただろうか。
『私』は急いで、皇太子の過去を振り返りはじめたのだった。
目覚めると同時に、自分の口から高らかと響いた声が他人の物のように耳に届いた。
実際、こんな声に聞き覚えはない。
─────だって『私』は、女のはずなのだ。
戸惑う私の目の前には、一人の少女が立っていた。
豊かな黒髪は艶やかでまるで美しい夜空の帳を思わせる。
瞳は氷の薄膜が張ったように透き通り、その内側には透明な青い泉が広がっているようだった。
陽射しを受ければキラキラと輝いてくれるだろう美しい虹彩が、今は長い睫毛の蔭に隠れて陰鬱に澱んでいる。
『私』はそんな彼女に人差し指を突きつけて、何かを宣言しようとしていた。
─────っていうか、何を?
─────こんな美女に私が言う事ってなんかある?あれか、ファンですとかか?
混乱した私の脳味噌を現実な引き戻してくれたのは、後ろから私の服を引く弱々しい力だった。
思わずそちらを振り返って見下ろすと、愛嬌たっぷりの可憐な瞳が瞬いている。
「アステリオス様……」
甘くて、マシュマロみたいに柔らかい声に思わず庇護欲を誘う華奢な体つき。
この世の可愛さ全てを手中に収めたかのような女の子の存在に、『私』の脳味噌に稲妻が走った。
────私、この子を知ってる。恋スタの篠宮きららだ!
混乱しながら改めて前を向く。
そこには、私をじっと見つめる氷の瞳の少女が変わらずに佇んでいた。
彼女の名前も私は分かっていた。
私の最推しカップルの片割れ、ユーノちゃん。あまりにも嬉しくて一瞬テンションが上がり掛ける私だったが、迫ってくる現実が私の頭に冷や水を浴びせかけた。
────この世界は、私が夢中でプレイし続けていた乙女ゲーム。課金がエグいと名高い『恋して☆スターリーナイト』、略して『恋スタ』の世界だ。
そして、アステリオス。その名前は男性主人公のうちの一人、難攻不落と名高い皇子の名前だった。
『私』はもう一度、きららを見下ろした。
榛色の瞳には『私』の姿が映っていた。
整った歪みのない顔立ちに、ここが至上の位置である。と言わんばかりに完璧な場所に鎮座する高い鼻と、通った鼻梁。蒼天の瞳は今は驚きに見開かれている。
そんな『私』を映し出すヒロインの名前、篠宮きららを私がなぜ最初から知っているのか。
もちろんゲームのデフォルトネームだから記憶に残っていても、不思議じゃない。
でも、ゲームの知識として知っているだけでは得られない体と頭に染み付いている感覚があった。
─────『私』はどうしてここにいるの?ていうか、今アステリオスって呼ばれてなかった?ていうか顔、アステリオスになってない?
『私』が状況把握に勤しんでいる間に、目の前の美しい少女は声を張り上げる。
「アステリオス様、早く続きを仰って下さいませ。わたくし、見世物になるために卒業パーティーに出席した訳ではございませんの」
凛とした気品のある声が、『私』の心臓を貫いた。
周囲を見渡せば、こちらを見て囁きあっている貴族の子息、令嬢の姿。
更にはアステリオスの父である皇国の王を筆頭に、多くの家臣が『私』に視線の集中砲火を浴びせていた。
私は、現状を把握した。
─────あ、ここ、婚約破棄のシーンだ。
そう思った瞬間、冷汗が一気に溢れてきた。
この後の展開は知っている。
婚約者である侯爵家の令嬢、ユーノ・アルカソックに婚約破棄を申し渡すのだ。
そしてユーノの名誉は地に落ちて、そのまま修道院に送り込まれる。
その後は邪魔な婚約者がいなくなり、アステリオスはきららと幸せな甘い生活を送りました。という薄っぺらい胸キュンのストーリーが展開されるのだ。
─────だけど、それはゲームの中だからこそ許されることで。
ここで物語通りに進んで、一人の女の子の運命を惚れた腫れたで左右して良いはずがない。
これが生々しい夢だったとしても、目覚めが悪すぎる。
思わず助けを求めて背後を振り返ると、きららの後ろに4人の美男子が整列していた。
そしてその胸元にはヒロインの告白成功を示す、白い薔薇が飾られていた。
─────待ってこれ、ハーレムエンドじゃん!?
気の弱そうな青髪の美少年は、将来宮廷魔術師になる天才少年のゼファ。
血の気の多そうな赤髪の男前は、将来第一近衛騎士団の団長に若くして任命されるはずのアドニス。
微笑みが優しい緑髪の優男は、将来宰相になる皇国の頭脳のオルフェウス。
冷めた瞳に熱を帯びる黒髪の強面は、将来魔王になるはずの第二皇子アステリオスの弟のイカロスだ。
きららの後ろに寄り添う全員の男主人公たちの視線が、『私』ではなくきららに注がれていた。
常軌を逸した狂信的な目つきは、恋というより悪い薬に犯されたようだった。
男主人公4人全員を陥落し、ここで最後に皇子が侯爵令嬢に婚約破棄を言い渡せば、皇国の王になったアステリオスが一妻多夫制を公布してハーレムエンドが完成する。
マジでビッチすぎねぇか?って私がドン引きしたエンディングだ。
こんなの非現実だから許される展開であって、自分が当事者だったら御免被りたい。
─────なにより私は、一途萌え!!
ここまで考えるのに、『私』が要した時間は3秒だ。
さすが頭脳明晰な皇子の脳味噌。状況把握が速やかで助かる。
じゃあ、ここから先はどうするか。
『私』は対峙する侯爵令嬢のユーノに視線を向けた。
彼女は果たして婚約破棄をされなければならないぐらい、悪いことをしていただろうか。
『私』は急いで、皇太子の過去を振り返りはじめたのだった。
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