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マレビトの秘密

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生徒会室の扉を出れば、先ほどまでの騒ぎが嘘のように静かになっていた。大きなイベントが終わり、校内に残っている生徒はほとんどいない。
ユーノと私の足音ばかりが廊下に反響していた。

「あの……、アステリオス様、どちらに行かれるのですか?」

物思いに耽りながら歩いていた私を、ユーノの声が現実に引き戻す。
慌てて見下ろした先には、彼女の瞳があった。私を心配していると、ありありと語る眼差しがひどく愛おしい。
手を伸ばしてユーノの頬に触れると、不安を拭い取って上げたくて眦を親指の腹で優しく辿る。

「ごめん。少し考えごとをしていて……、……あちらにガゼボがあるから座ろうか」
「はい」

周囲を見渡すと、いつの間にか裏庭に通じる回廊にまで来ていたらしい。
あまり人気のない裏庭の端、秋薔薇の生け垣に隠れるようにあるガゼボは、私が考えごとをする時にいつも使う場所だ。
ユーノの手を取りながら裏庭に通じる階段を数段降り、円形のドームを描くガゼボの中へと連れていく。
蔦薔薇の可憐な香りに包まれると、彼女の薔薇色の唇から、甘い吐息が溢れ落ちた。

「とても綺麗な場所ですね」
「気に入ってくれて嬉しいよ、さあ。座って」

私は自分の上着をベンチに広げ、彼女に座るように促した。

「よろしいんですの……?」
「少し冷えるからね、遠慮しないで」

躊躇するユーノに笑い掛けた瞬間、

────え、好きな子のお尻に自分の上着とか、スケベじゃん

ぽつり、と漏れた頭の中の声。
爪先ほどの下心もなかった私の気遣いに、邪心が爆誕した。
断っておくが、私は一切、そんな変態みたいなことなど考えていなかった。
だがしかし、ユーノのすらりとした身体を自分の上着が受け止めるのかと思うと、妙な気恥ずかしさと変な高揚感が沸き上がってきそうになる。
今さら上着を引っ込める訳にいかず、迷っているうちにユーノは私の上着の上に腰を下ろしていた。

「んん゛っ」

変な声が漏れる。
私は自分の頬に血が上るのを誤魔化すために、手を口許に寄せて咳払いをすると、彼女の横に腰を掛けた。

「ユーノ、入学して半年以上経つけど……きららとは上手くやってるかい?」
「え……?はい、きららとは仲良くさせて頂いておりますわ」

突然の問い掛けに、長い睫毛が瞬く。ユーノの表情に嘘はなかった。

「変わったこととか、不安な様子はない?」

質問を重ねると、ユーノの唇が引き絞られていく。
薔薇の剣先のように細い顎に指先を触れさせて考え込むユーノは、私がきららの何かに引っ掛かりを覚えていることを悟ってくれたのだろう。
同じ目線で考えてくれるユーノの聡さが、将来共に立つ姿を思わせてくれるようだった。

「……、……時々、深刻な顔をしている時はあります。あと日記をつけているようですが、それを見つめて泣きそうな顔をされていることも。マレビトとして流れ着いた方ですから、わたくし達には理解できない悲しみを抱えているのでは……と思っているのですが」
「相談されたりは?」
「それとなく促してはみましたが、わたくしには話して下さらなくって…」

何かある。それは確信ができた。
しかし、その何かが分からない。
マレビトは人々に幸福をもたらし、新しい文化を広げて国を富ませていく。
国を上げて歓迎すべき賓客であるが、その前提がそもそも間違っていたら?

─────考えすぎじゃない?

一方的に私の思考を読んでくる頭の中の同居人の声。その呑気さに、妙に強ばっていた私の思考から力が抜ける。

きららには、話したくない秘密がある。

それが分かっただけでも、今は十分な収穫だ。それに、結論が出ないことを捏ねくり回しても、なんの意味もない。
だったら、と思い直して私はユーノを見下ろした。
視界の端に、さっきからしきりに制服のスカートを気にする彼女の指が目に入っているのだ。

「ユーノは私に話したい悩みはないのかい?」
「いえ、わたくしには何もございませんわ」
「落ち着かないみたいだけど……心配ごとなら、何でも私に相談しておくれ」

不意をつかれたのだろう、つり上がった瞳がまぁるく見開かれてから、隠れるように伏せられていく。

「……あの、アステリオス様は甘い物お嫌いだったんですの?」
「うん?あんまり得意じゃないね。好き嫌いは見せないようにしているけれど」
「あ…、…そうだったんですね。わたくしったら、知らなくて申し訳ございません。いままで一緒にお菓子を召し上がって下さっていたので、お好きなのかと思っておりましたわ」

彼女の指先が、スカートの片側を更に強く押さえる。

「いや、私も弱みを見せるわけにはいかないから黙っていたけれど……」

私は片腕を彼女の手が押さえる場所へと、伸ばした。

「きゃっ……!」

小さく可愛い悲鳴が、上がる。
もう片腕は彼女の肩口から、すんなりと伸びた白い項の裏側を通り、ユーノの肩を抱き寄せる。
彼女の身体は私の胸の中に収まり、顔を寄せれば唇が触れ合いそうなほどに近付く。

「お、乙女の身体にみだりに触ってはいけませんわ!!」

首筋まで熱を上らせ、猫が毛を逆立てるようにして怒るユーノに、私はにっこりと笑い掛ける。

「うん、ごめんね?でも君が隠し事していたみたいだから」

彼女の繊手が守ろうとするスカートのポケットの隙間へと、私は指を忍ばせた。
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