婚約破棄3秒前→5秒後結婚物語

豊口楽々亭

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きららの奮闘記

異世界は突然に

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わたし、雲母きららはごく普通の16歳だった。
変わった名字に変わった名前だけれど、それだけ。
友達がそれなりにいて、帰りに一緒に新作のフラペを飲みに行ったりしながら、太っちゃった!!なんて騒いで。そんな普通の暮らしをしてた。
なのにいきなり、とぷん、って深い深い水の中に落ちるようにして、道を歩いていたわたしの意識は暗闇の中に投げ出されたのだ。

息ができるのに、できない。
苦しくないのに、苦しい。
目を開けているのに、真っ暗。

怖くて怖くて仕方なかったけど、水が纏わりついたように腕は重くて動かない。
わたしの身体は抵抗もできないまま、ゆらゆら揺れてどこかに沈んでいく感覚だけがある。

このまま、死んじゃうのかな。

そう思った瞬間、一気に感情が爆発した。

怖い
寂しい
誰か助けて
お父さん、お母さん、お姉ちゃん!!

いろんな気持ちが沸き上がって、泡みたいに弾けて消えていって。
自分の中からちょっとずつ感情が、漏れてなくなって。
一緒に五感もどんどん消えていった。

一年、十年、それとも百年?

どれぐらいの時間が経っただろう。
何もかもが自分の中から吐き出されて空っぽになって、もういいや、って思う諦めさえも消えていきそうになった頃。
わたしは突然、感覚を取り戻した。
急速に身体の重みが戻ってきて、最初に感じたのは背中に触れる冷たさだった。
指先にも、何かが当たる。
目が暗闇以外のもを映していることに、しばらくして気付いた。

「……なに?わたし、生きてるの?」

誰も答えてくれないけれど、発した声がわたしの耳に届いて喋れることを教えてくれる。
久々に聞いた自分の声は、まるで他人の物のようだった。
身体の感覚を取り戻すように上半身をゆっくり起こしていき、全身に触れていく。
柔らかい身体の輪郭を辿ると、少しずつ自分が人間だったことを――――雲母きららだったことを思い出してきた。

「からだ、ある。ちゃんと生きてる。良かった……良かったよぉ」

両手で肩を抱きながら思わず泣き崩れそうになった。
嗚咽を我慢しながら、必死に自分の身体をさすって周囲を見渡すと、わたしは再び絶望に突き落とされた。

「ここ、どこ?」

目の前に広がっているのは、いつもの帰り道じゃない。
影をぎゅっ、と固められたような濃い闇が鬱蒼とした木々と一緒に広がっていた。
上を向くと枝葉の合間から、見たこともないような数の星が瞬いて見える。それに、いつもより月が大きくて青い。

「わたし、こんな場所、しらない」

しばらく呆然と空を眺めていると、木々の奥から長く尾を引くような遠吠えが猛々しく響いてくる。
恐怖心に駆りたてられて立ち上がると、思わず後ずさった。

「なに、野犬?狼?いや、まって、日本だよね。ここ」

立ったお陰で、さっきよりも視点が高くなった。
周囲をもう一度見渡したら、斜面になっていることが分かる。
頂上の方からは遠吠え響き、徐々にその数を増やしているのが嫌でも耳に届いた。
逆方向の下り坂に目を向けると、光が集まっている場所が木々の合間から遠くに見えた。
ビルが作るネオンみたいなギラギラ輝くものじゃなくて、ちらちらと揺れる橙色の光だけど、人工的なものだとは分かる。
光が集まる中心には、高く聳える大きな建物があった。
まるで幼稚園の時に憧れた、お姫様が住むお城のような形を思わせる形だ。
わたしは思わず両手を握り合わせると、初めて自分が震えてるってことに気づいた。

「ここ……本当に、日本、なのかな?」

疑問を言葉にした途端、よけいに恐怖が増す。得体の知れない何かが迫ってきているような錯覚を覚えた。
わたしは思いきって頭を左右に振ると、光の方を真っ直ぐに見据える。

「あっちに行ってみよう。人に会えば、きっと分かるよ」

わたしは自分自身を励ますように呟くと、傍らに落ちていたスクールバックを両手に抱えて、光を目指そうと決心した。



歩き出す前にバックからスマホを取り出して画面を確認し、肩を落とす。

「圏外だし、もちろんGPSも使えないよねぇ……」

予想はしていたけど、駄目だと分かるとどうしてもがっかりしてしまう。
それでも光源があるだけ百万倍はましだと思い直すと、スマホのライトをつけてみた。
途端に真っ暗だった足元がパッ、と輝いて、少しだけ安心した。けれど、よけいに周りの闇が深くなって、心臓がひやりと凍える。
逃げるように、わたしは急いで斜面を歩き始めた。

「きゃっ、っ!!」

胸にバッグを抱きかかえながら急いで山道を歩くと、ぬかるんだ地面に足を取られて尻もちをついてしまう。
スカートが泥だらけになって、打ち付けたおしりが痛くて、無性に情けなくなってくると目が潤む。
わたしは歯を食いしばると、必死に制服の袖で目元を拭ってから、前を睨んだ。

「せっかく生き返ったんだもん。ぜったい、助かって家に帰らなきゃ」

呟いて再び慎重に走り出すと、私の後ろから迫ってくる足音が聞こえてきた。
最初は気のせいかと思ったけど、荒々しい呼吸音と足音が現実だって私に突きつけてくる。

「うそ、うそうそうそ!!」

恐怖がわたしの足を突き動かす。
いつもなら絶対越えられない倒木を踏んで、蹴って、飛んで。
着地して前につんのめりそうになりながら、必死に樹々の間を駆け抜ける。
自分の鼓膜の内側で、破裂しそうに早くなる心臓の音がドクドク聞こえてきた。
でも、後ろから追ってくる音は確かに近付いてきて。
思わず後ろを振り返ったら、獣の黄色い瞳がわたしを捕えて、今にも飛びかかろうとしていた。

「きゃああああああ!!」

悲鳴が響く。
反射的にバッグを獣に投げつけると、運良く鼻先に当たって怯んだように見えた。

良かった。

そう思った瞬間、踏み出した足の底が抜けた。
ぐらり、とバランスが崩れる。

地面が、ない。

そう気付いた時には、わたしは暗闇の中へと落ちていっていた。
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