りんご成金のご令息

けい

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 学園内では少なくとも建前上は身分の上下はない。王族も平民も同じ寮で共同生活を送る。
 学園では歴史や周辺諸国についても学ぶ。同盟国には共和制の国もある。この国にも議会が存在し、王侯貴族が絶対という世の中ではない。
 そうはいっても同室になる者は大体似たような身分でそろえる。王子様と平民を一緒にしたりはしない。
 しかし、子爵以下で家を継ぐ予定のない子息は、将来的には平民になる者のほうが多い。じっぱひとからげどころか、あえて選んで平民と相部屋にしてみることさえあるらしい。

 どこかの誰かが「こいつらならやっていけるだろう」と思ったせいで俺とロイは相部屋になったのかもしれない。
 感謝すべきか恨むべきかは分からないが、初対面の時、俺は思わずひいた。

 十三歳のロイはひくほどきらきらした少年だった。ダークブラウンの髪と印象的な琥珀色の目、当時から長身で、体格もよく、一つくらい年上に見えた。端正な顔には人をひきつけるような明るさがあり、俺はひきながらも見とれた。

 この子、絶対お貴族様だ、内心気後れしながらも、ここでうまくやっていけないようじゃ将来家の役には立てない、と思う程度には両親に恩義を感じていた。
 俺は精一杯平静を装い、友好的にごあいさつしたんだろうと思う。
 ちなみに、新生活への不安と期待を胸に、これから暮らしていくことになる部屋の扉を開けた途端の対面だった。

 一方でロイの方は何も考えていなかったんだろうと思う。

 この子、絶対お貴族様だ、思ったとおりに、ロイは子爵家の次男坊だった。うち程度の商家にはこのくらいがリアリティのあるお貴族様だ。
 両親が調べたところによれば(もちろん調べてもらった)ロイの生家であるホーソン家は戦功によって爵位を得た古い家柄ではあったが、北の方にある小さな領地はあまり豊かではなく、生活レベルもちょっと裕福な平民程度で堅実にやってきたようだ。
 潮目が変わったのは彼の祖父の代で、その弟がリコの実の品種改良とその栽培に成功した。前世のりんごによく似た果物だ。より赤く、より甘く、より大きく、といっても前世に比べればそこそこだけど、ここは前世ほど果物に溢れている世界ではない。出始めのインパクトは爆発的だったという。りんご同様加工用としても優秀でリコの酒や菓子も高級品として人気がある。
 りんご成金、というと怒られそうだけど、成功に浮かれることもなかったようで、商人たちの間では客としてはさほどうまみはないが商売相手としては信頼できる、というかなりよい評価を得ている。
 よほど失礼なことをしなければ問題ないと思うけど、せっかくのご縁なんだからぜひ仲よくなっておいてね、というのが両親による総括だった。

 あとからセシリーに聞いたところによるとドレイパー家ではちょっとした騒ぎになっていたようだ。

「お父さんもお母さんも大騒ぎだったのよ、ノアはかわいいから見染められてお嫁さんに、なんて言われたらどうする? なんて。兄さんはむしろ心配していたわね。同室者同士でそういう関係になる生徒は多いって聞いてきたらしくて。貴族と平民だとそれだけでうまくいかないこともあるから、ノアに何かあったらすぐに助けられるよう、連絡はこまめにとってくれって頼まれたわ」

 後のセシリーの言葉だ。

 前世の感覚だと奇妙に思えるのだけど、この世界では同性同士の恋愛や結婚はめずらしくない。
 十九世紀的風景にそぐわなさすぎてちょっと混乱しそうになるが、そのへんは二十一世紀より進んでいるかもしれない。
 純潔にこだわる風潮もない。家同士のつながりが重視される貴族階級はともかく、平民では自由恋愛も普通だ。

 これも魔術の影響かもしれない。この世界には治療魔術も魔法薬もあり、極端な話、最高レベルの回復魔術をつかえば欠損も回復できる。もちろんかなり高額にはなるが。
 性病は正しい手順を踏めばほぼない。避妊も魔法薬で可能だ。魔力の影響か一般人でも男女とも健康で頑丈な人が多く、出産のリスクも子どもの死亡率も低い。
 つまり、セックスに伴うリスクが前世より低い。
 同性の夫婦も含め、子どもを持たない人も多いが、見た感じ人口は増加傾向だ。

 前世の感覚をいくらかは引きずっていた俺は、性的傾向は前世におけるヘテロセクシャル、きっと前世の俺がそうだったのだろう。
 これはこの世界では少数派だ。ところ変われば品変わる、ところどころか世界が変わっているわけだけど。
 ロイは多数派側だった。

「ノアと呼んでもいい? 君に似合いのかわいい名前だね。僕のことはロイと呼んで欲しいな。親しい人はそう呼んでくれるんだ。君とは特別仲良くなりたいからね」

 きっとロイはもててあたりまえの人生を送ってきたのだろう。
 十三歳のロイは気が付けばすぐ目の前にいて、十三歳の俺の頬にふれ、にこりときれいな笑みを浮かべた。

「あれで落ちなかったやつ、あまりなかったから驚いたよ。おまえ、固まってたよな、かわいいって思った」

 後のロイの言葉だ。

 俺はロイの言うとおり、カチコチに固まって頭の中で叫んでいた。
 距離近すぎるイケメンとか、無理。

 幸いにも、ロイはすぐに、俺はそういうんじゃないんだな、ということを察してくれたようだった。
 そこまで本気でもなかったんだろう、さっさと切り替えて俺のことは友人として扱ってくれるようになった。
 しかし、それも善し悪しだった。
 猫を引っぺがした彼はなかなか手に負えない少年だったからだ。

 思えば、ロイくらい見てくれもよく、子爵家とはいってもりんご成金のホーソン家だ、縁を結びたがる貴族もいるはずだ。婿入り先も養子先も探せばいくらかはあっただろう。
 あえて平民と同室にしたのは「この子にはそのほうがあっているから」といった保護者の意向があったのではないだろうか。
 五人兄弟のど真ん中、姉も兄も妹も弟もいるというから、一人くらいは好き勝手させてみるもいいと思ったのかもしれない。
 つまり俺は「こいつらならやっていけるだろう」というよりも「こいつならめんどうをみてくれそうだ」で、やんちゃな子どもを押し付けられた可能性もある。

 部屋は片づけないし、勉強してると邪魔をするし、つきあってるのかつきあってないのかも分からないような相手をよく部屋に連れ込むし、その相手はしょっちゅう変わるし、飲酒や喫煙も普通だった。
 この世界では未成年の飲酒、喫煙も不健全性的行為も違法ではなくても、寮のルールでは禁止されている。ロイだけでなくあまり守られてはいなかったみたいだけど。
 しかもお育ちのいい彼は、それをあたりまえの社交としてこなすのだ、前世のテンプレ不良のような親や社会への反抗でもなく、自意識の暴走というふうでもなく、てらいのない笑顔と品の良い立ち居振る舞いのままで。
 すげぇな、異世界。さすが剣と魔法の世界。子どもの生存率は高くても大人の死亡年齢も高いこの世界では、人は前の世界より生き急いでいるような感じがある。

 地元で人間関係に失敗した俺は、学園では空気を読んで波風立てないを方針としていた。たばこの匂いもセックスの気配も不愉快だったが耐えた。相手はお貴族様だ。
 しかし、ロイは言わなきゃ分からないタイプだった。
 このままいったら俺は絶対キれる、そう思った俺は、キれる寸前で話し合うことにした。

「あの時のおまえさ、目だけ笑ってないのが怖くておかしかったな。大人しいやつが怒るとこうなるんだって思ったよ。おまえ、猫かぶるのもうまいよな。あんなに怒ってるなんて気づかなかったよ。これはなんとかしないと縁切られるなって思ってさ。がんばった。おまえに切られたら困るし」

 後のロイの言葉だ。

 このようにロイは、言わなきゃ分からないタイプだったが、言えば妥協してくれるタイプでもあった。
 彼は彼で彼なりに、家への責任感もあったのだろう、劣等生になりたいわけではなかったようで、問題は起こさず、成績は平均程度をキープしていたし、暴力や加害とは無縁だった。
 おまえに切られたら困る、の言葉通り、俺は彼の学園生活にずいぶん貢献していたと思う。空気を読んで面倒を見たのだ。
 役得もないわけではなかった。教師や寮監には評価されたし、ロイは地元ではお目にかかることも稀だったリコの実やリコ製品をくれた。俺は労働に対する対価としてそれを受け取った。
 あの時期俺は一般的な庶民の一生分以上のリコの実を食べたと思う。今でもリコは大好きだ。

 話し合いの結果、俺たちは、飲酒喫煙不健全性的行為は部屋に持ち込まない、で合意した。
 結果、ロイは一時期ほとんど部屋にいなかった。うける。俺は静かになった部屋で勉強しながら、実は少し寂しかった。
 家を出るのは初めてだった。今まではロイのおかげでそれどころじゃなかったのだけど、いなくなると寂しさを思い出した。
 不健全性的行為と喫煙はないとしても、飲酒くらいならつきあってもよかったかな、と少しだけ後悔した。この世界では違法ではないし、前世では飲んでいたような記憶がある。

 結局、俺が「飲みニケーション」を申し出るまでもなく、ロイが部屋にいる時間は気が付けば増えていた。
 筋トレしてるかだらだらしているかだったけど、たまには俺に付き合って勉強をしたり本を読んだりもしたので、成績も上がった。
 ロイは本当は頭もいい。何でもできるやつというのはいる。むかつく。

「ロイ、最近部屋にずっといるけど、つきあってることかほっといていいの?」
 ある時俺が尋ねると、ロイはつきあってるこなんていないと言った後で、
「だって、ノア、俺がいないと寂しいだろ?」
 こともなげに言った。
 俺は、うわぁ、と思った。
「もてるやつは言うことが違うね」
 笑ってごまかしながら、少しだけ怖かった。このまま一緒にいたらロイを好きになりそうだ、ぼんやりとだけどそう思った。

 もちろん俺はすっかりロイのことが好きになっていたが、それは友達としてだった。
 友達として側にいたからこそ、こいつは誠実な恋人にはなりそうもない、ということがわかっていた。
 つきあってるこなんていない、だ。セックスしてるこがいることも一緒に出歩いているこがいることも知っている。でも、つきあってるこなんていない、そう言って悪びれる様子もない。
 彼としては特に約束もしていないのだから、ということなんだろうけど、ロイの周りにいる彼や彼女が期待はしていることは、時々探りを入れられるので知っていた。
 ノアってロデリックと仲がいいけどつきあってるの? 違うよ、ただの友達、こんなふうな会話を何回も繰り返し、相手の目の中に疑いと安堵を見る。
 そして、ロイは誰にも本気にはならないと思うよ、という言葉を飲み込む。
 だから彼に一番近いのは俺だ、優越感とも不安ともつかない思いを、心臓の奥にぎゅっと押し込む。
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