りんご成金のご令息

けい

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 ロイの住処には風呂はないが、少し歩けば共同浴場がある。
 冒険者が集う迷宮の縁は建物が密集しごみごみとした雰囲気があるが、意外に清潔に保たれている。人もきれいにしてくださいとばかりに公衆浴場も多く、値段も安い。
 迷宮、前世ふうに言えばダンジョンに溜まっている魔素のせいか、この街は魔術効率がいいらしく、他所より低コストで湯を沸かすことができるらしい。
 この世界にも公衆衛生の概念はあり、健康や流行病の防止のためにも入浴は推奨されている。

 いい街だ。景気が良く、冒険者以外にも働き手は常に募集されている。よく死ぬから、というのはブラックジョークであり事実でもある。
 冒険者ギルドに管理されているために、戦闘スキルがない者が迷宮に立ち入ることは基本ない。けど、迷宮周辺には魔物が多く、街中に魔物が湧くこともある。豊かな街には濃い闇もある。治安が悪い区画も多い。魔物でなくても条件がそろえば人も人を殺す。
 前世と同じだ。最近は悪い薬も流行っているという。一回分の薬のために人が死ぬ。未成年の飲酒喫煙、売春、買春、全部合法だけど、幸い薬物は違法なものもある。
 一攫千金や生活の道を求めて移り住む者は多いが、時に何も得ることなく命を落とす。
 とはいえ、慣れてしまえば楽しい場所だ。

 それはさておき、片付けが早く終わっていれば公衆浴場に行くつもりだったのだけど、慣れない家事で体力より気力を消費したのだろうロイは風呂通いを面倒がった。
 そして素晴らしいことに、この物件には風呂はないが洗い場はあった。
 洗い場というから洗濯場かと思っていたのだけど、洗濯用の魔道具(つまり洗濯機)だけでなく、シャワー(しかも温水)をほかの住人と共用とはいえ使うことができる。
 動力源である魔石は各人で用意する必要はあるが出歩くことなく自宅で体を洗えるというのはいい。

 俺はシャワーのルールと使い方を確認すると、ロイに先にシャワーを使わせ、キッチンを片付けた。ここは俺の領土とする。ロイに任せるつもりはない。
 ロイのことだからその気になれば料理だってできるようになるだろうからそのうち教えてみようかとも思うが、しばらくは一人でやってみるつもりだった。
 手早く片付け、キッチンでお茶を飲んでいるとふと自分が一人になったことを実感した。
 セシリーやコリンと住んでいた時は、家の中にはいつも彼らの声があった。たまには一人でゆっくりしたい、そう思うこともあったけど、今となっては懐かしかった。
 セシリーはうるさい時もあったけどいつも俺のことを心配してくれたし、コリンは手に追えない時もあったけどあたたかくてかわいかった。
 俺は多分、一人でいるのは好きではないのだと思う。

「ノア?」
 俺はちょっとぼんやりしすぎていたのだろう、ふいに声をかけられて慌てて顔を上げた。ロイはあまり物音を立てない。時々こういうこともある。
「……おまえ、服くらい着ろよ」
 そして、思わず視線をそらせた。
「下は穿いてるだろ」
 ロイは平然と言いながらポットに湯を注いだ。お茶を入れ、立ったまま飲み始める。本人が言うように下は穿いているが上半身は裸だ。こんなの、学園では絶対に許されないことだった。冒険者の雑さに毒されてきた証拠だろう。
 ロイが視線をはずしたタイミングで俺はロイに視線を戻す。濡れた髪がなまめかしい。鍛えられたしなやかな体に思わず見とれる。ロイの戦い方はパワーよりも技術とスピードを重視したものだ。筋肉にも質量より瞬発力が感じられた。惜しげもなく魔法薬を使っている体には傷もない。
 こんなの誰だって見とれる。ロイは俺が知る中で一番かっこいい男だ。学園には王族も高位貴族もいて、いい血を継いでいるのだろう、彼らもとてもきれいだった。
 でも、俺の目が追っていたのはいつだってロイだった。
「体、洗ってくれば? それから少し飲もう。引っ越し祝いだ、とっておきの酒がある」
 ロイはお茶を飲みほすとカップを置いた。俺を見る。俺は平静を取り繕ってロイを見返す。
「とっておき?」
「リコの酒」
「リコの酒!」
 ロイの言葉に俺は素直に顔をほころばせた。
「おまえ、好きだよな、リコ、昔から」
 ロイはつられたように笑った。
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