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これには後日談があって、ロイが「りんご」を指さしたのはその文字を知っていたからではなかった。
俺がちらちらとその文字を見て選んでほしそうにしていたからで、だめだろ俺、つめが甘い、つまり俺はロイにからかわれたのだ。
本当はすぐに種明かしをするつもりが、俺が過剰に喜んだので言い出せなくなったんだとか。
ずいぶん後、それこそ迷宮の縁で再会した後になってロイは言った。
そういうわけで、ルイス・ホーソンが異世界転生者かどうかはまだ分からないのだけど、学園時代の俺は彼を偉大な先達の位置に置き、目標とするようになった。
名前も知らない日記の持ち主も、ルイス・ホーソンも魔法学者だった。魔力も身体能力も並な俺にとって魔法学は悪い選択ではなかった。俺はごく自然に日記の持ち主と同じように、一番実用的で職に困らなさそうな魔法薬師を目指すようになっていた。
魔法学というのは、前世的な感覚でいうと奇妙な話だけど、科学のようなものだ。
面白い話でもないのでざっと説明すると、この世界の法則は自然現象などを見るに基本的には前世と同じように見える。ただ、決定的な違いがあり、それは魔術や魔法の源である魔素の存在だ。
魔素を練り上げ、何らかの現象を引き起こすのが魔術、攻撃魔術や回復魔術なんかがそれだ。一方で魔法は、人間含む動植物や魔物に含まれている魔素を利用する技術で、これらは発見実験発見の試行錯誤の末体系化され、今なお研究されている、つまり科学と言ってもいいだろう。
魔法薬なんかだと、さすが剣と魔法の世界、みたいなとんでもない効き目のものもあるけど、これはハーブとか漢方的な何かじゃ? みたいなものもある。
なので魔術師の才能がなくても、実験器具等を使う程度の魔力や魔素を感知する力があれば、後はどれだけ勉強できるかにかかってくる。
これは俺によく合っていた。
勉強には慣れていたのでほとんど苦にならなかった。前世の俺は科学一択で繁栄していた世界の人間だ、この世界の人間よりモノの考え方が魔法学者向きだったのだろうとも思う。
それに、おもしろかった。すごく。
この世界の人たちがそういうものとしてすんなりと受け入れてしまう現象も、俺にはファンタジーだった。魔法みたいだ、もちろん魔法なのだけど、心の中で何度歓声を上げたか分からない。
俺の学園生活は順調だった。
教師には、突出した才能はなくても探求心のある真面目な生徒としてかわいがられていたと思う。
生徒にとってはロデリック・ホーソンのルームメイトとしてのほうが有名だったかもしれない。
つまりはそれだけロイが目立っていたということだけど。
成長するにつれロイの見目にはますます磨きがかかった。最近体が痛い、こぼしていたと思ったら身長はますます伸びて、筋トレがきいたのだろうか、縦にばかり伸びた俺とは違い体格にも恵まれた。
あれだけ外見がよく人あしらいもうまいのだから社交家としてもじゅうぶんにやっていけただろうが、ロイにはそれだけでなく戦士としての才能があった。長剣、短剣、槍、弓、銃、体術、どれも並み以上に扱えたし、特に長剣は大会でも上位に入る成績を残した。
魔術は得意ではないようだったが魔道具や魔術札などを武術と組み合わせて使うのは上手だった。
これは魔術より魔法の範疇だけど、魔術の才能がなくても魔力が高い者の中には身体能力が突出して高い者が出やすい。こう言ってしまうと失礼だから口に出されることはないが、魔物的な人間だ。
身体能力の範疇だから肉体を鍛えると共に魔力の使い方を体に叩き込んでいくというのが訓練方法になるようだけど、こういうタイプは慣れやコツをつかむことである日急に化けるらしい。ロイもそのタイプだった。
ロイの周りにはもともとたくさんの人が集まっていたけど、彼が才能を開花させるにつれ、その顔ぶれは違ってきた。高位貴族や王族にも名前を知られるようになったし、騎士団の関係者や英雄級の高ランク冒険者に声をかけられているという噂も聞こえてきた。
こうなってくると、ノアさんはロデリックさんとお付き合いをしているのですか? そう探ってくる相手のランクもぐっと上がった。同室ですので仲良くしてくれているだけですよ。そう返すと、相手の顔に浮かぶのは、さもありなんといったどこか勝ち誇るようなものだ。もちろん彼らはお上品に内心を押し殺そうとはしていたけど。
そりゃそうだ、とてもじゃないけど俺が張り合えるような相手じゃない。見目麗しい子爵令嬢や知的な伯爵令息、ロイはいつかはこういう誰かと恋をして、俺のことなんて忘れてしまう、なんとなくそう思うようになっていた。
もっともロイの方は、むしろ前より遊びは控えて部屋にいるようになった。何一つ変わっていない、そんなふうに、俺の側でだらだらしたり筋トレしたり。ただ、俺が勉強していると邪魔してくる代わりに一緒に勉強するようにはなった。
評価が上がり、以前以上に責任感が芽生えたのかもしれない。魔法学になんて興味もないだろうし、ロイにはさほど必要にも思えなかったのだけど、つっこんだ議論に付き合ってくれることもあった。
それからよく「ルイスおじさん」と「ロニーおじさん」の話をしてくれるようになった。俺が興味を持ったからというのもあるだろうけど、ロイ自身も故人となった彼らのことを好いていて、彼らを懐かしむのを楽しんでいるようだった。
「二人はとても仲が良かった。ロニーおじさんはもてるから、周りにはいつも魅力的な人がいたらしいけど、結婚してからはルイスおじさん一筋だったって。歳を取ってもいつも二人で寄り添っていて……」
ロイの顔が不意にくもる、そのふしぎなうつくしさを、俺は覚えている。
「亡くなったのはルイスおじさんが先だった。ロニーおじさんはそれをよかったと言った。ルイスおじさんは寂しがり屋だから、残されたら泣いただろうって。……ロニーおじさんはあぁいう人だから、それでも笑っていたけど、みるみる元気をなくしていった。結局、後を追うように亡くなってしまったけど、葬儀ではみんな少しほっとしていた。みんな分かっていたから。俺も。……ロニーおじさんはよく言っていたよ。大切な人を見つけるようにって。誰よりも、自分よりも大切に思える人を見つけて、どんな形でもいいからその人の側にいる。きっとそれが、地位や名誉や金や、どんなにうつくしいひとから愛されるよりも、俺を幸せにしてくれる、」
俺はロイを見守った。ロイの目はわずかに底光りしているように見えた。そんなきれいなものを前に、俺は何も言えなかった。
「俺もそう思う。きっとノアが言うように俺はロニーおじさんに似ているんだろう」
ふいに視線が合う。ロイはにこりと笑った。
彼に愛される人は幸せだろう。
月並みだけど、俺は思った。
俺がちらちらとその文字を見て選んでほしそうにしていたからで、だめだろ俺、つめが甘い、つまり俺はロイにからかわれたのだ。
本当はすぐに種明かしをするつもりが、俺が過剰に喜んだので言い出せなくなったんだとか。
ずいぶん後、それこそ迷宮の縁で再会した後になってロイは言った。
そういうわけで、ルイス・ホーソンが異世界転生者かどうかはまだ分からないのだけど、学園時代の俺は彼を偉大な先達の位置に置き、目標とするようになった。
名前も知らない日記の持ち主も、ルイス・ホーソンも魔法学者だった。魔力も身体能力も並な俺にとって魔法学は悪い選択ではなかった。俺はごく自然に日記の持ち主と同じように、一番実用的で職に困らなさそうな魔法薬師を目指すようになっていた。
魔法学というのは、前世的な感覚でいうと奇妙な話だけど、科学のようなものだ。
面白い話でもないのでざっと説明すると、この世界の法則は自然現象などを見るに基本的には前世と同じように見える。ただ、決定的な違いがあり、それは魔術や魔法の源である魔素の存在だ。
魔素を練り上げ、何らかの現象を引き起こすのが魔術、攻撃魔術や回復魔術なんかがそれだ。一方で魔法は、人間含む動植物や魔物に含まれている魔素を利用する技術で、これらは発見実験発見の試行錯誤の末体系化され、今なお研究されている、つまり科学と言ってもいいだろう。
魔法薬なんかだと、さすが剣と魔法の世界、みたいなとんでもない効き目のものもあるけど、これはハーブとか漢方的な何かじゃ? みたいなものもある。
なので魔術師の才能がなくても、実験器具等を使う程度の魔力や魔素を感知する力があれば、後はどれだけ勉強できるかにかかってくる。
これは俺によく合っていた。
勉強には慣れていたのでほとんど苦にならなかった。前世の俺は科学一択で繁栄していた世界の人間だ、この世界の人間よりモノの考え方が魔法学者向きだったのだろうとも思う。
それに、おもしろかった。すごく。
この世界の人たちがそういうものとしてすんなりと受け入れてしまう現象も、俺にはファンタジーだった。魔法みたいだ、もちろん魔法なのだけど、心の中で何度歓声を上げたか分からない。
俺の学園生活は順調だった。
教師には、突出した才能はなくても探求心のある真面目な生徒としてかわいがられていたと思う。
生徒にとってはロデリック・ホーソンのルームメイトとしてのほうが有名だったかもしれない。
つまりはそれだけロイが目立っていたということだけど。
成長するにつれロイの見目にはますます磨きがかかった。最近体が痛い、こぼしていたと思ったら身長はますます伸びて、筋トレがきいたのだろうか、縦にばかり伸びた俺とは違い体格にも恵まれた。
あれだけ外見がよく人あしらいもうまいのだから社交家としてもじゅうぶんにやっていけただろうが、ロイにはそれだけでなく戦士としての才能があった。長剣、短剣、槍、弓、銃、体術、どれも並み以上に扱えたし、特に長剣は大会でも上位に入る成績を残した。
魔術は得意ではないようだったが魔道具や魔術札などを武術と組み合わせて使うのは上手だった。
これは魔術より魔法の範疇だけど、魔術の才能がなくても魔力が高い者の中には身体能力が突出して高い者が出やすい。こう言ってしまうと失礼だから口に出されることはないが、魔物的な人間だ。
身体能力の範疇だから肉体を鍛えると共に魔力の使い方を体に叩き込んでいくというのが訓練方法になるようだけど、こういうタイプは慣れやコツをつかむことである日急に化けるらしい。ロイもそのタイプだった。
ロイの周りにはもともとたくさんの人が集まっていたけど、彼が才能を開花させるにつれ、その顔ぶれは違ってきた。高位貴族や王族にも名前を知られるようになったし、騎士団の関係者や英雄級の高ランク冒険者に声をかけられているという噂も聞こえてきた。
こうなってくると、ノアさんはロデリックさんとお付き合いをしているのですか? そう探ってくる相手のランクもぐっと上がった。同室ですので仲良くしてくれているだけですよ。そう返すと、相手の顔に浮かぶのは、さもありなんといったどこか勝ち誇るようなものだ。もちろん彼らはお上品に内心を押し殺そうとはしていたけど。
そりゃそうだ、とてもじゃないけど俺が張り合えるような相手じゃない。見目麗しい子爵令嬢や知的な伯爵令息、ロイはいつかはこういう誰かと恋をして、俺のことなんて忘れてしまう、なんとなくそう思うようになっていた。
もっともロイの方は、むしろ前より遊びは控えて部屋にいるようになった。何一つ変わっていない、そんなふうに、俺の側でだらだらしたり筋トレしたり。ただ、俺が勉強していると邪魔してくる代わりに一緒に勉強するようにはなった。
評価が上がり、以前以上に責任感が芽生えたのかもしれない。魔法学になんて興味もないだろうし、ロイにはさほど必要にも思えなかったのだけど、つっこんだ議論に付き合ってくれることもあった。
それからよく「ルイスおじさん」と「ロニーおじさん」の話をしてくれるようになった。俺が興味を持ったからというのもあるだろうけど、ロイ自身も故人となった彼らのことを好いていて、彼らを懐かしむのを楽しんでいるようだった。
「二人はとても仲が良かった。ロニーおじさんはもてるから、周りにはいつも魅力的な人がいたらしいけど、結婚してからはルイスおじさん一筋だったって。歳を取ってもいつも二人で寄り添っていて……」
ロイの顔が不意にくもる、そのふしぎなうつくしさを、俺は覚えている。
「亡くなったのはルイスおじさんが先だった。ロニーおじさんはそれをよかったと言った。ルイスおじさんは寂しがり屋だから、残されたら泣いただろうって。……ロニーおじさんはあぁいう人だから、それでも笑っていたけど、みるみる元気をなくしていった。結局、後を追うように亡くなってしまったけど、葬儀ではみんな少しほっとしていた。みんな分かっていたから。俺も。……ロニーおじさんはよく言っていたよ。大切な人を見つけるようにって。誰よりも、自分よりも大切に思える人を見つけて、どんな形でもいいからその人の側にいる。きっとそれが、地位や名誉や金や、どんなにうつくしいひとから愛されるよりも、俺を幸せにしてくれる、」
俺はロイを見守った。ロイの目はわずかに底光りしているように見えた。そんなきれいなものを前に、俺は何も言えなかった。
「俺もそう思う。きっとノアが言うように俺はロニーおじさんに似ているんだろう」
ふいに視線が合う。ロイはにこりと笑った。
彼に愛される人は幸せだろう。
月並みだけど、俺は思った。
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