りんご成金のご令息

けい

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 すでに予約を入れているとのことで、俺はすぐに洗い場に向かった。
 三十分以内に済ませればいいとのことだったけど、これ以上ロイの裸を見ていたら変な気分になりそうだった。

 ロイが渡してくれた桶には、手ぬぐい、石鹸、泡立て用のスポンジと給湯用の魔石が入っていた。石鹸は新品で見るからに高級品だった。ホーソン家が作っているものだろう、りんごのような甘い匂いがする。ロイと同じ匂いだ。
「引っ越し祝い。セシリーさんの結婚祝いに実家から取り寄せたんだけど、ついでに自宅用のものも送ってもらったんだ」
 俺が何か言うより早くロイは言った。
「……ありがとう」
 一瞬だけ葛藤して結局俺はありがたく拝領した。久しぶりの贅沢品だ、誘惑に抗うことができなかった。
「お礼に今度パイを焼くよ」
「楽しみにしてる」
 ロイは嬉しそうに言ったが、そうはいってもパイのフィリングはロイが提供してくれるリコの甘煮だろう。ロイといるとどんどん贅沢を覚える…というか、思い出す。

 服を脱ぐと少し肌寒かったけど、シャワーはすぐにお湯が出た。この世界のシャワーはどれもすぐにお湯が出てくる。前の世界より優秀だ。
 スポンジを使ってたっぷりと石鹸を泡立てる。頭のてっぺんから足の先まで全身を洗った。使い心地が全然違う。肌は突っ張らないし、髪はきしきししないし、すごくいい匂いがする。思わず顔がほころんだ。

 柑橘とグリーン系の匂いと共に、柔らかく甘いリコの実に似た匂い、これはアデル、リコの貴婦人アデルと同名の花の匂いだ。ホーソン家がリコの次に改良に成功した花で、前世でいうカモミールのような花だが、香りはよりりんごに近い。

 この花の誕生には俺も少しだけ関わっている。
 学園時代、ロイとの会話でホーソン家が新しいリコ製品を模索しているという話を聞いた時に、なんとなくで提案したのが化粧品だった。
 単純に、リコ製品は女性受けがいい。宣伝にアデルを使った影響だろう、愛らしく恋多き女だったアデルのイメージ通り、例えばリコの酒のラベルも華やかで女性的なデザインだ。その方向性はアデルが亡くなった後も変わっていなかった。化粧品ならそのままのイメージで売れる。

 もちろんその程度のことはホーソン家でも何度か考えたようだが、リコは香り成分の抽出が難しい。美容目的では種を絞ったオイルを作っているが製品として販売できるほどの量は確保できない。主に高位貴族など特別な客への付け届けにしているそうだ。
 なら、リコに似た匂いがする草木を使って同じイメージで売り出せばいいのではないか、魔法薬の素材に使えそうなものがあったはずだから、先生に聞けば詳しいことを教えてくれる。

 俺の提案はここまでで後はほとんどロイがやった。俺の紹介で、リード先生、魔法薬の先生に話をし、素材を確認するとホーソン家と彼をつないだ。
 二か月後には試作品があがってきた。じゅうぶんにいいもので俺は気に入ったのだが、ホーソン家とリード先生はさらにその先を狙いに行った。さすがルイス・ホーソンの血族だ。

 リコの香りがする素朴で清楚な花が初恋の花アデルとして発表されたのは俺が学園を出た後だ。
 リード先生は俺が学園を中退した時に推薦状を書いてくれた先生だ。案外その辺を借りに思ってくれていたのかもしれない。ルイス・ホーソンの資料が見られるかもしれないと喜んでいたのを覚えている。

 温かいお湯と良い石鹸を堪能するといい気分で脱衣所に出た。
 手ぬぐいで体をぬぐい、ふと視線をずらすと大きな姿見の中に自分の姿が見えた。
 鏡はそこまで珍しくはないがこれだけ大きいとそれなりに高価だ。家賃はロイの言い値で払っているが三分の一にも届いていないかもしれない。もう一度話し合ったほうがいいだろう。
 俺はなんとなく鏡の前に立ち、全身を見た。背は伸びたし、迷宮の縁に来てからは体も鍛えている、貧弱というほどではないがロイほど見栄えのする体でもない。古い傷跡がいくつかあった。見たことはないが背中もそうだろう。これはもう時機を逃したので普通の魔法薬では治らない。醜いというほどではないがうつくしいとも言えないだろう。
 よくある薄茶色の髪と目、顔立ちも、整っていると言ってもらえることもあるがどちらかと言えば平凡だ。ロイの周りには学園時代も今ももっと魅力的な人たちがいる。
 俺は自分の気持ちが沈んでいくのを意識した。無意識のうちに腹にふれていたことに気づき、自己嫌悪に顔がゆがむ。

 ロイは喪失で混乱している友人に一回優しくしてくれただけだ。
 ぎゅっと腹が重くなる。俺は自分自身に言い聞かせながらなだめるように腹をなでた。自己嫌悪を上回る自己憐憫がこみ上げる。
 俺はもう、自分がロイに恋をしていることを知っている。
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