りんご成金のご令息

けい

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 最初に気が付いたのは俺の方が先だったが、声をかけてきたのはロイのほうが先だった。
 というのも俺は、目の前に彼がいる事実を現実とは思えずに、完璧に固まってしまったからだ。
 いわゆる脳がバグるというやつだ。

 ギルドに併設された安酒場だ。品数は限られていたけど、安くてうまい料理とそれなりの酒を出してくれる。
 煮込みの具は肉より臓物のほうが多いが、新鮮な魔物の臓物は魔法で処理すると結構うまい。ここにきて知ったことだ。
 採取に出た日の夕食はレオと一緒にここでとることが多かった。場所柄冒険者が多く、いい情報が手に入ることもある。
 まだ少し早い時間だったので、席は空いていた。俺たちは大テーブルの隅で二人で食事をとっていた。

 正直なところ、ロイは浮いていた。恰好は旅装の冒険者ふうだったけど、装備が良すぎたしきれいすぎた。
 コートは冒険者が好む灰色のものだったけど見るからに仕立てが良かった。ブーツは磨かれ銀のボタンが光っている。着ている服はシミ一つなく清潔でこんな場所ではそれはあたりまえではない。見るからに高そうな皮の鎧は手入れが良くほとんど新品にしか見えない。剣の鞘には品のいい装飾が施され、柔らかな癖のあるダークブラウンの髪は健康的な艶を帯びている。立ち居振る舞いも表情も、とにかく全体的に、こんな場所ではありえないほどきらきらだった。
 既に夕方だった。この世界には電気はない。魔石ランプがところどころに灯されてはいたが、光源としてはじゅうぶんではない。そんな中、不意に現れたロイは、陰影を帯びてどこか劇的で、俺の目には光を帯びてかがやいて見えた。

 あれ、俺夢でも見てる? うわ、別れた時よりかっこよくなってる、あれ、でもこんなところにいるはずないだろ、あれ、でもロイだよな、このきらきらな感じ、あれ? 他人の空似? たまにいるいいとこの子がなにかの事情で冒険者やってる系のひと?

 俺は混乱していた。琥珀色の目が俺を見つけ、大きく見開かれ、喜色満面にあふれるさまを見ても、俺はまだ混乱していた。
「やっぱりノアだ、久しぶり」
 一方のロイは、俺のテーブルに歩み寄ると一週間前に分かれた程度の気安さで言った。俺は反射的に逃げ道を探した。
「あんた誰? ノアの知り合い?」
 俺の様子がおかしいことに気が付いたのだろう、レオは警戒するようにロイに尋ねた。
「君は? もしかしてノアの恋人?」
 ロイはにこりと笑った。懐かしい。感情を隠したいときのロイの笑顔だ。ロイだ。これはロイだ。ロイだ。
「…っ、友達! レオは友達! レオ、大丈夫、ロイも友達だから! 久しぶり、ロイ! 君、ロイだよな!」
 脳がバグったままの俺はだいぶ挙動不審だったと思う。なんとなくレオがひき気味に俺を見ているのがわかる。
「ノア、まだ二年くらいしか経っていないだろう? 俺のこと、忘れた? ……ここ、座っていい?」
 ロイは既に俺の隣の椅子を引きながら言った。
「いいけど……」
 俺は無意識に髪を整えながら自分の服にちらりと視線を落とした。不潔ではないけれど、ロイと比べるとだいぶ見劣りがする…って、そんなのは学園時代からだ。
「ありがとう、あぁ、そうだ、彼は俺の仲間、フィルだ」
 気が付くと、レオの隣にも男が一人席につくところだった。こちらは見るからに熟練の冒険者だ。恰好から剣士だろうとわかるが、力に任せるタイプではなく小器用に捌く方だろう。ロイのようなきらきらオーラはない。適度に小汚く、風貌は平凡だけど安定した頼れる雰囲気がある。
 俺たちより十歳近く年上に見える。俺はなんとなく、この人ロイの身内が用意した護衛なんだろうな、と思った。
 それにしても、俺とレオと、両端から挟まれて逃げ場がない。
「……席に座って何も頼まないはないだろ、ここ、初めてか? 料理はあっちで頼まないと出てこないぞ」
 レオはちらりと俺たちを見た後で、フィルと紹介された男に言った。
「悪いが、案内してもらえるか? ……ロイ、適当でいいな」
 フィルもちらりと俺たちを見た後、席を立った。意外に声が若い。後から聞いたところ実際には俺の五つ上だった。ごめんなさい。

 レオとフィルが気を利かせてくれたことは明らかだった。
 ロイはにこにこと俺を見て、俺の言葉を待っている。
 周囲には人が集まりだしていた。俺たちは目立っていた。あからさまに注目を浴びている。皆娯楽に飢えている。

「大丈夫、余計なことは言わないよ、俺は君との再会を喜びたいだけだ。……食事を続けて? おいしそうだ。迷宮の縁の名物か何か?」
 俺が周りを気にしているのに気が付いたのだろう、ロイは声を落とし、安心させるように言った。
「……普通の煮込み。迷宮の魔獣を使ってるから名物と言えば名物かもな。うまいよ。今日はとくにあたりだな。でも、おまえが来るような店じゃないぞ、……ロイ、おまえ…っと、君?」
「無理しなくても今の感じでいいよ。冒険者っぽい。……俺もそっちに寄せたほうがいいんだろうな、冒険者をやるなら」
「おまえ、冒険者やんの? ……だって、おまえ……」
 恰好からそうかとは思ったけど、俺はやはり信じられない気持ちだった。
 てっきり、王宮騎士かどこかの貴族に養子にでも入って領地経営に携わるか、その辺だと思っていたのだ。冒険者だとしても高ランクのチームに所属してそこでスキルを磨くといった、エリートコースも選べたはずだ。
「……色々考えたんだけどね」
 ロイはさりげなく俺の耳元に唇を寄せると、声を落として囁いた。
 息が肌にふれる。脳がぶわりと昔のことを思い出す。俺は必死で平静を装った。
「やっぱりうちで仕事したくて。でも、家を継ぐのは兄さんだし、領地は手が足りているから、数年は外で見聞を広めようと思って。そうなると冒険者が一番手っ取り早い。幸い腕には自信があるし、ちゃんと家族とも話して決めたことだよ」
 つまりご令息の武者修行だ。
 珍しいことでもない。この国の上層部には実力主義の風潮がある。迷宮を複数抱える国だ。魔物の被害も多く、他国には迷宮の富を狙われる。高魔力保持者の多い貴族はその矢面に立つべき者として育てられる。ロイは五人兄弟だというけど、この国の貴族は子どもを多く持つ者が多い。そういうことだ。
「……じゃあ、ここに来たのは偶然?」
「……どう思う?」
 ロイはにこにこと俺を見た。こういう顔をされると俺は全くロイの気持ちが分からなくなる。
「……迷宮の縁は人も情報もお金も集まる場所だからね。うってつけだろ? うちの商品の偽造品が出回ってるって噂もあるし」
 俺が戸惑っているのに気が付いたのだろう、からかうのはやめてくれたみたいだった。
「……そうか、それで会うなんて、すごい偶然だ」
 まさか俺を追いかけてきたとは思ってなかったけど、それでも少しほっとした。
「で、おまえは? 何でここにいんの?」
 ふいに砕けた調子で尋ねられ、俺はあっけにとられてロイを見た。
「なんて顔してんだよ、俺はノアほど真面目じゃなかったから、酒場とかいろいろ行ってたし。おまえといた時のほうが猫かぶってたかもな。……で、ノアは何でここに?」
「……色々あって、今は姉さんと甥っ子と暮らしてるんだけど、詳しくは聞かないでくれると助かる。……それと……」
 俺は思わず視線を落とした。ものすごく抵抗はあったけど、しばらくの間でもロイといるならけじめはつけておくべきだ。
「……あの時のことは忘れて欲しい。俺、ロイのこと友達だって思ってる。大事な。……ロイが嫌じゃなければだけど」
 自意識過剰っぽくて恥ずかしかった。俺は小さな声で囁いた。
 沈黙が落ちた。俺はロイの顔を見れなかった。見なくてもロイの表情はなんとなく分かった。例の笑顔だ。そうであってくれ。
「……ノアが言うならそうする。俺もノアが大事だから」
 顔を上げると案の定だった。俺はほっとした。
 ロイならこんなふうに受け流してくれることも分かっていた。きっとあんなことはロイにはよくあることなんだろう。
 大事だと言ってくれたことは嬉しかった。お世辞ではここまでは言わないだろう。ちゃんと友達だと思ってくれていて、だから声をかけてくれたのだ。変な空気にしてしまったのが申し訳なかった。
 でも、言わずにはいられなかった。ちゃんと言葉にして諦めてしまわなければ、だらだらと期待してしまいそうだった。
 どうせこいつはここでももてる。いまだってロイには男女問わず熱い視線が集まっている。
 そりゃそうだよ、かっこいいし、見るからに金持ってるし、今のランクが何であれB級くらいにはなるだろう。迷宮の縁では冒険者ランクはもてに直結する。学園ほどお上品な場所じゃない、セクハラはびこる肉食系の狩場だ、ちんこが乾く間もないだろう、俺は隣でそれを見ていなきゃならない、って俺、何言ってんだよ、ちんことか、学園時代の俺には聞かせられない。
 学園時代のロイが少しは俺のことを好きでいてくれたとしても、今の俺は違う…あ、いや、やめよう、さすがにそれはちょっときつい。
「助かる。悪いな、ロイ、変なこと言って。その話はここまでな。……で、どれくらいここにいる予定なんだ? 助けがいるなら言ってくれ。俺にできることならなんだってするから」
 できるだけ長くいてくれると嬉しい。願望は押し込めて俺は尋ねた。
「……来たばかりだからな、腰を据えて、長期戦でやってみるつもりだ。……とりあえず、まずはレオだっけ、紹介してくれ。ずいぶん仲がよさそうだ。ほかに仲がいいやつがいるならそっちも。こっちに知り合いがいなくてさ。ノアと仲いいやつらなら安心だろ? 迷惑じゃなければお姉さんにも挨拶したい」
 ロイはにこりと笑った。
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