りんご成金のご令息

けい

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 ちなみにセシリーのロイに対する第一印象はよくなかった。
「ノア、彼でしょ、同室だったホーソン家の御令息って。確かに手が早そうな顔してるわ。あんたの友達だってことはわかってるんだけど、信用できるの? ……ノア、まさか、彼と何かあったんじゃないでしょうね」
 ロイを我が家に招待した日、セシリーは愛想よく対応はしてくれたけどどこかよそよそしく、ロイが帰ると疑わしげに言った。
「……何もないよ」
 俺は隠し事は得意ではない。
「ノア……」
「何もないって言ってるだろ! その話は終わり!」
 我ながらあからさまだ。何かあったと言っているようなものだ。ここまできたら隠すほうが悪手だろう。
 しかし言えるわけがない、泣いてすがって一回だけ抱いてもらいました、なんて実の姉に。

 ロイには申し訳ないが、セシリーのロイへの不信感はこれによって決定づけられた。
 セシリーには絶対言えないけど、男に人生狂わされて全てを失った彼女は男性不信ぎみだった。もしかしたらセシリーをだましたクソ野郎はロイみたいな感じのやつだったのかもしれない。不思議ではない。俺もロイになら騙される。

 しかし、セシリーはロイを出禁にもしなかった。
 ロイは俺の家に来る時は必ず、いい紅茶と三人分には多すぎる菓子を持ってきた。少なくともそれはセシリーの心をぐっとつかんだ。そのへんロイは間違えることはない。もてて当たり前な人生を歩みながら自分を嫌う者との付き合いでも外さないのは流石だった。
 ロイは紅茶とお菓子を供給し続け、やがてセシリーの信頼も勝ち得、コリンを抱かせてもらうまでになった。
 ついでにセシリーがロイの訪問に合わせて開くご近所同士のお茶会の結果、御婦人方から紅茶王子の称号を得ることにもなった。みんな娯楽に飢えているのだ。

 一方レオは、出会いこそあまりよくなかったものの、すごい勢いでロイたちになついた。
 ある朝ギルドで採取に行こうと声を掛けたら、ロイたちとチームを組むことになったから行けない、これからチームで迷宮に行く、いきなり言われて置いて行かれた俺の気持ちを考えて欲しい。

「レオ、俺のことが好きなんじゃなかったのかよ、誰にでも足開きやがって! クソ、ロイかよ、結局みんなロイかよ、昔っからみんなロイだよ、ロイの馬鹿、俺のレオを返せ!」
 その日の夕方、ギルドで合流して一緒に夕食を食べながら、俺は酔っぱらってくだ巻いてレオとロイを責めた。
「しょうがないだろ、俺はノアと違って迷宮への立ち入り許可がないんだ。正式にチームに入れてもらわないと入れない。せっかく迷宮の縁にいるんだからチャンスがあったらつかまないと」
 ちなみにこのころにはレオは、F級からE級に上がっていた。初級魔法薬ならかなりの種類を作れるようになっていたし、素材採取や目利きの腕も上がっていた。自慢げに聞かされた迷宮内での成果はけっこうなものだった。
「……わかってるけどさ、いつかはレオとチーム組めたらいいなって、俺はそう思ってたのに、告白する前に振られた気分だ」
「え、本当に? ノアはかわいいな、大好きだぜ」
 レオは俺の頭をぎゅっと抱きしめて言ってくれた。レオかわいい。ロイは無言だ。呆れられているのだろう。
「俺も好き……でもチーム組めるのはC級からだし、俺まだD級になったばかりだし、結局ロイかよ……」
 ロイとフィルはC級だ。上から三番目のランクだが侮るなかれ、冒険者はだいたいこのランクで終わる。能力も稼ぎもピンキリだ。自分に何ができるかを自分で管理できるランク、として信頼されているのだとも言える。才能でC級になったのだろうロイはその辺危なっかしそうだけど、だからこそフィルがついているのだろう。
「じゃぁ、ノアもロイに頼んでみれば? チームメンバーにならなくても、C級と一緒ならノアは迷宮に入れるんだろう? いいだろ、ロイ、」
 レオは視線をロイにやった。俺もつられてロイを見る。ロイはにこりと笑った。
「いいぞ。ノアも一緒に行こう」
「いや、初級魔法薬師二人なんていらないだろ。剣士二人に初級魔法薬師二人ってどんなチームだよ。だいたいリーダーはフィルだろう、なんでおまえが返事してるんだよ」
 俺はフィルに視線をやった。フィルは若者のノリにはついていけないとばかりに黙々と食事をとっている。この人のこういうところもおっさんくさい。
「俺の方もかまわないぞ。むしろ歓迎する」
 俺の視線に気が付いたのだろう、フィルは顔を上げると言った。
「どちらにしてもレオと一緒の時は深い場所には入らない。レオにはロイに人との連携を覚えてもらうために来てもらったところがあるんだが、すぐに要領を掴んでな、あまり訓練にならないんだ。チーム全体の動きを読むのがうまいし、勘もいい。訓練すれば索敵くらいすぐにできるようになるんじゃないか? ノアは少しは戦えるんだろう? 力量を計りながら戦闘に参加させなきゃならないからいい訓練になる。レオより目利きは上だと聞いているから、そっちの面でも助かるしな。素材は色々見ておきたいと思っているから、その場で説明がもらえれば効率もいい。続けるにしても週一くらいの話だし、深く考えず、一度試してみたらどうだ?」
 つまり、レオは格闘漫画とかで出てくる手首につけるあの重り、リストウェイト要員としてチームに入れられ、思ったより行けたので、アンクルウェイト要員として俺も追加したい、フィル師匠はそういっているようだった。
 俺は生活のために冒険者をしている。立ってるステージが違いすぎて全俺が泣きそうだ。
「……でも……」
「……ノア、ちょっとあっちで話そう」
 俺がためらっていると、レオはぐい、と俺の腕を引いた。そのまま少し離れた席に連れていかれる。
「受けろ。いい話だ」
 席につくとレオは端的に言った。目が真剣だ。
「……いや、でもさぁ……」
 俺はちらりとロイに目をやった。気が付いたロイがひらひらと手を振る。俺はそれにはこたえず、机に突っ伏した。
 距離を取るとより分かる。ロイはたくさんの視線を集めていた。流れ弾がこっちにも飛んでくる。ロイに向けられるものとは違う、敵意と嫉妬が込められた視線が。
「……あの女、あからさまだな、ノアが席を外した途端にあれかよ」
 レオが呆れたように呟く。見るとひとりの女性冒険者がロイの隣に座ったところだった。美人だ。胸が大きい。装備を見ればランクも高いことがわかる。ロイほどにもなれば声をかけてくる相手は自然にこれくらいのレベルになる。
 ぼんやりとみていると、ロイと彼女は一言二言言葉を交わし、すぐに笑顔で別れた。女の方が席を立つ。もう少し食い下がりたいようにも見えたが、ここ数日でしつこくすると嫌われることが周知されてきたのだろう。彼女は戦略的撤退を選んだのだ。その辺もレベルが上がってきている。
 俺たちの視線に気が付いたのだろう。ロイはまた笑顔でひらひらと手を振ってみせた。
 俺は視線をそらせた。敵意を含んだ視線がまたいくつかぶつかってくる。
「ノアさんはロデリックさんとお付き合いをしているのですか?」
 俺は思わず呟いた。
「え、何?」
 レオは怪訝そうに俺を見た。
「昔、ロイと友達やってた頃、よく聞かれたんだよ、もう、何回も何回も何回も、」
「……ずいぶんお上品な場所にいたんだな」
「……そうだな、本当にそう思う」
 もちろん迷宮の縁はそんなお上品な場所ではない。欲しいものは堂々と勝ち取る。彼女のあれが『ノアさんはロデリックさんとお付き合いをしているのですか?』ならぬ『ノアがロイと付き合っていようがいまいが、ロイは私の獲物だから。低ランクは黙っとけ』というあれなのだ。
 ロイがことごとく振り払ったせいで一時の騒動は収まったけど。予想に反してロイは迷宮の縁では仕事を優先するようだった。もしかしたら操立てするような相手、婚約者くらいいるのかもしれない。
「で、どうだったんだ?」
「んー?」
「お付き合いをしていたのですか? ロイとノア」
「……ないよ。友達だって言っただろ」
 俺はまた机に突っ伏した。
「……でも、一回くらいやってるよな?」
「……そういう話をしに来たんじゃないだろう」
 一回だけだしあんなのノーカン、なんてことはもちろん言わず、俺は話をそらせた。
「……そうだったな、受けろよ、迷宮の話。中は素材の山だぜ。ついて回って採取するだけでもかなりの成果がある。今日一日で、今までの一週間分近く稼げた。ノアが来てくれればもっと稼げるだろうし、俺にとっては勉強にもなる。とりあえず、一回試してみれば?」
「……いやでも、考えすぎかもしれないけどさ、ロイのあれ、俺のために言ってくれてるような気がするんだよな。そうじゃなくても周りはそう思うだろ、俺がロイを利用して儲けてるって」
「それのどこが悪いんだよ。それが悪いなら俺なんてなんだよ。ノアのおまけで誘われたってことだろ?」
「悪くないよ。……俺が面倒くさいやつだっていうだけ」
 俺は小さくため息をついた。本当に自分でも面倒くさいと思う。
「……ノアさ、中級魔法薬師の試験を受けたいんだろ? 色々話も来てるって聞いた」
 レオはさぐるように言った。俺は一瞬固まったが、冒険者の世界は狭い。そういう話は隠しておけるものでもないのだろう。
「……ノアがどう思ってるかは分からないけど、そういう話は受けないほうがいい」
「……けっこういい話も来てるんだぜ? 俺の勇敢な行いに感銘を受けて、だとかさ、ちゃんとした人みたいだし、話を受けて成功した人もいるって聞いた。本当かどうかは分からないけど」
 俺はまだ申し出を断っていなかった。言いながら、言い訳じみていると自分でも思う。
「いい話だってことは否定しないし、それで成功するやつもいるだろうな。感銘を受けて、っていうのもまったくの嘘だとは思ってないよ。ただ、ノアには向かない。……ノアは、甘いんだ」
 レオの言い方は厳しいものだった。俺は思わず顔を上げる。レオは真剣だった。
「……でも俺はノアの甘いところが好きだ。ずっとそういう感じでいて欲しい。ほかに打つ手なしっていうならともかく、ロイの話を受ければ時間のやりくりもできるんじゃないか? だいたい、セシリーさんが傷つく。あの人、これ以上傷つけたらダメだろ」
「……セシリーから何か聞いたのか?」
「聞いてないけど見てれば分かる。ノアと、セシリーさんと、家族だろ」
 レオから言われるとその言葉は特に重かった。俺は沈黙する。
「……ロイも」
 レオはちらりとロイに目をやった。俺はロイを見ることができない。今笑顔で手を振られたら泣きたくなる。
「考えすぎじゃないだろ、ロイはノアのために誘ってるんだ。あいつにはノアに貸せるだけの力があるからさ、それを貸してくれるってことだろ。その手をノアが振り払って、どこかで誰かにいいようにされて、結局傷ついてぼろぼろになって、そうなったらロイがどんな気分になると思う? 逆の立場だったら? 厚意を受け取ってやるのも友達だって思うぜ? 中級魔法薬師になれれば恩を返すことだってできるだろ?」
「……でも、俺、これ以上ロイを好きになりたくない」
 俺は思わず呟いていた。突っ伏したまま。レオはわかってくれている。俺はレオに甘えたのだ。
「……ノア、おまえ流石に面倒くさい」
 レオは笑ったようだった。柔らかく髪を混ぜられて心地よさに小さく唸る。少し飲みすぎたかもしれない。
「……戻って言おうな、迷宮の話、受けるって」
「……わかった」
 柔らかな声でそう言われ、俺は頷いた。
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