りんご成金のご令息

けい

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 シャワーを浴びてキッチンに戻ると、明かりはついていたがロイの姿はなかった。
 代わりにテーブルの上にはロイが残したメモがある。
「部屋で飲もう」
 俺は声に出して読みながらロイの文字を指でなぞった。癖はあるが読みやすい文字だ。
「どっちの部屋だよ」
 俺はぼやきながら思わず笑った。俺の部屋かロイの部屋か、もう一つの部屋は物置になったからないだろう。どちらの部屋でもいい、確認するにしてもすぐ近くだ。
 湧き上がってきた感情はずいぶん甘くてふわふわとしたものだった。

 これ以上、ロイを好きになりたくない、再会後の俺は少しだけその努力をしたが、結局無駄な努力だった。
 ロイが差し伸べてくれた手を恐る恐る取った途端に、ぐっと強く引き寄せられて逃げることなどできなくなった。
 俺の世界は一気に変わった、ぐるりと、ひっくり返るように、いい方に。
 それは迷宮という場所が有り余る富を抱え込んだ特殊な場所であり、その一端だけであっても、俺の人生を変える程度ならじゅうぶんなものだったからでもあるだろう。
 ロイはそこに俺を連れていってくれた。

 迷宮は魔素異状によって生み出された狂った環境で、なんというか、ひどくドラマチック、前世で言うダンジョンみたいな場所だ。
 地下牢獄というよりは階層ごとに多彩な狩場を用意しました的なやつで、人為的なトラップや宝箱、階層ボスのようなものはない。敵を倒すとアイテムがドロップする系ではなく、素材、場合によっては魔物の死体がそのまま戦利品になる。迷宮内での魔物の回収や解体を専門に請け負う冒険者もいるくらいだ。
 多分ダンジョンマスターのような管理者もいないだろう。そういう感じの人為的な匂いはなかった。階層が下がるごとに難易度は上がるが、それは階層が下がるごとに魔素が濃くなっていくからだろう。
 おそらくこれがこの世界の自然なのだ。実際に命を落としかねない危険があることを除けば、ほとんど娯楽施設のような環境が自然に発生している、というのは前世的な感覚も持つ俺には気持ちが悪い。あまりにも非科学的だ。しかしあるんだから仕方がない。

 現在国内には大小様々な規模の迷宮が、既に枯渇したものは除いて十数か所あるが「迷宮」はその中でも最大の規模を持つ。縦方向には第六層までとさほどではないが、横方向に大きいのが特徴だ。魔の森と同じくらいの面積はあるだろうと言われている。これだけの時間が経ってさえ未踏破の場所があるくらいだ。
 他に比べてあまりに規格外なために「迷宮」の名が与えられたくらいだ。前世ふうに言えば、THE LABYRINTHというやつだ。
 二世代ほど前に最下層である第六層までが踏破され、秘された技術(ダンジョンコアの破壊とかだろうか?)によって成長を止められてからは、魔物を狩ったり素材の採取を行うことで迷宮の暴走を予防する、いわゆる「剪定作業」を行いながら、第六層にある魔鉱石の採掘を国の管理のもとに行っている。
 この剪定作業を行うのが冒険者だ。

 この迷宮の規模がここまでになったのは、単純に、王都から遠く、森の奥にあったからだ。つまり、長く発見されなかった。普通はここまで肥大する前に探索し、成長を止めさせる。どれだけの富をもたらしたところで迷宮は危険だ。小国が迷宮に飲まれ滅びたという話まである。
 発見当時、探索は難航を極め多くの命が失われたという。彼らのおかげで今の冒険者は比較的安定して迷宮攻略ができている。迷宮は発生から枯渇までがワンサイクルになる。これだけ大きい迷宮だと、枯渇は数百年は先だろうということだ。
 現在は要所要所に整備された抜け道によって階層移動を行うこともできるが、当時は迷宮内で三か月もの間探索を続けたという記録もある。
 ちなみに、中級魔法薬師は、このような状況下でメンバーの体調管理や戦闘のサポート、素材の採取などを行うことを求められる職種だ。もちろん、迷宮には近寄ることもなく一生を教育や研究にささげる中級魔法薬師も多いが。リード先生なんかはその類だ。あのまま学園にいれば俺もそうなれたかもしれない。

 迷宮に足を踏み入れたその日、俺は皆がなぜ危険を冒しながらも迷宮に挑むのかを本当の意味で知った。
 迷宮は素材の宝庫だった。浅い部分は流石にさほどうまみのある場所ではないけど、それでも迷宮の外とは比べ物にならない。
 迷宮の環境自体も俺をひきつけた。学園の授業でもいくらか学んでいたけど、聞くのと見るのでは大違いだ。机上のものでしかなかった知識が現実のものとして目の前に現れる、俺は自分が思っていたよりもずっと魔法学が好きだったようだ、興奮した。
 また、迷宮内の空気は独特だった。魔素の濃さのせいだろう。慣れるまでは迷宮の森同様に疲労や頭痛などの体調不良があるけど、慣れれば迷宮の外では出来ないことができる。例えば魔術もいつもより高い精度で扱えた。それは魔物にも言えることだから危険度も高い。分かってはいても、恐怖感は薄れ、不思議な高揚、万能感がもたらされる。
 ギルドが迷宮の立ち入りを制限する理由が分かった。こんなもん放置していたら大量に人が死ぬだろう。もしかしたら魔素には宿主を操る寄生虫のように、人を迷宮におびき寄せるような作用があるのかもしれない。

 それはさておき、おかげで俺は採取に出る回数を減らし、まとまった勉強の時間を増やすことができるようになった。
 最初はかつかつだったが、セシリーも繕い物や刺繍などの内職をはじめて生活を支えてくれた。コリンが動き回るようになりかなり大変だったと思うけど、ご近所さんも助けてくれたみたいだ。

 フィル師匠のご指導のおかげもあり、そのうち俺とレオが迷宮内で動けるようになると、探索の範囲も広がり、その分成果も上がった。右肩上がりというよりは指数関数的にだ。
 能力が上がったからこそよりよい狩場に踏み込め、さらに成果を上げられる、生活レベルを少し上げ、稼ぎを貯蓄にも回せるようになった。

 チームとしてのまとまりが出て、第二階層へも踏み込めるようになると、割のいい仕事も受けられるようになった。特殊な採取依頼などだ。
 迷宮の縁には俺より優秀な魔法薬師がたくさんいるけど、第二層まで踏み込める魔法薬師は多くない。専門的な知識がないと見つけにくい素材や採取直後の加工が必要な素材、そういった採取を引き受け、そのうち指名依頼がくるまでになった。
 これは本当に嬉しかった。ようやくロイやフィルの役に立てたと思えたからだ。素材採取はロイたちも重視していた。ホーソン家の指示だろう。俺は俺がいなくてもある程度そういった仕事を受けれるように、レオにも知識を渡していった。それは俺自身の勉強にもなった。

 ロイを通じて再びリード先生との縁ができたのも良かった。手紙でのやり取りでだけど、質問には丁寧に答えてくれて色々なアドバイスをしてくれた。迷宮の縁で魔法薬師をしている知り合いにも紹介してくれて、ちょっとした頼み事や手伝いなどと引き換えに、高等学校の施設を使わせてもらえるようにもなった。
 先生は、今俺がやっていることは寄り道ではないと言ってくれた。むしろ中級魔法薬師の本分に近い。試験に受かった後どのような道に進むのだとしてもきっと活きてくる経験だ、そう言われれば今までの自分が焦りすぎていたようにも思えてきて、その年の試験は準備不足を認め、落ち込むことなくスキップできた。

 なお、その一年後、迷宮の縁での三年目の年の試験では、俺は見事に落ちた。
 なんとも締まらない話だけど、運がなかったと思って諦めるしかない。
 こういう形ではどうしても得意分野に偏りが出る。内容がそこから外れると、途端に点が取れなくなる。
 援助を受けて勉強だけに集中していれば受かったかもしれないけど、後悔はなかった。
 一年以上もの間迷宮と関わるうちに、俺はすっかり迷宮に魅せられていた。試験に受かった後も迷宮に関わる形で仕事をしたいと思っていたし、その道筋も見え始めていた。
 今の俺には、自分の未来を自分の思うように選ぶことができる、そのことが試験に受かるより大切だった。援助を受けていたなら無理だっただろう。
 隣にはロイもいる、というか、ロイしか残らなかったともいえるのだけど。
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