りんご成金のご令息

けい

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 ロイとの約五年ぶり二回目のセックスの翌朝、俺は習慣でいつもの時間に目を覚ました。
 すぐそばに暖かなぬくもりがあって、俺はゆっくりと自分がロイの腕の中にいることに気が付いた。肌にすり寄り、心地よさに含み笑うと、ロイは俺の髪をなで、休みなんだしもう少し眠ろう、彼も半ば眠ったままで囁いた。
 再び意識が浮上したのは、ロイに軽くゆすられてだったけど、俺はまだとても眠かった。体をまるめてぐずぐずとしていると、ロイは俺の髪にキスして、じゃぁもうちょっと寝てればいいよ、そう言って自分はベッドを出た。
 いかないで、言ったつもりが声にはならなかったのかもしれない。ロイが残したぬくもりと匂いになつきながら、俺は寂しさにうめいた。寝起きのぼやけた頭はロイが側にいないのをとても理不尽に感じていた。
 だってあんなに近くにいたのだ、俺の中にいたのだ、いってほしくない、ずっとここにいて欲しい……

 やがて、覚醒と共に理性も取り戻した俺はベッドの中で半身を上げた。
 俺はいつの間にか自分のベッドで眠っていた。裸だったが肌は清潔にされていたし疲れもなかった。
 夢うつつだが、体を拭いてもらい、穴に薬を入れてもらい、回復薬を飲まされたような記憶があるようなないような。すん、と皮膚の匂いを嗅ぐと淡い薬草の匂いもする。筋肉をほぐす軟膏も塗ってもらっているようだった。
「どこのお姫様だよ……」
 俺は思わず膝を抱え、転げまわりたいような気持を押さえ込んだ。
「ノア、目が覚めた? 朝食は食べる?」
 やがてノックと共に戻ってきたロイは、朝食が乗ったトレイを持っていた。
「食べる……って、うわ、目玉焼き!」
 朝ごはんは二人分、お茶と、トーストに目玉焼きが乗ったものだった。
 侮るなかれ、目玉焼きはここでは貴重品だ。この世界には鶏に似た家畜もいるが、迷宮の縁では食料はほぼ迷宮産だ。迷宮で採れる一般的な卵はダチョウの卵くらいあり、目玉焼きには向かない。トルティージャみたいにして食べることが多い。
「自宅用に育ててる人に分けてもらったんだ。ノア、好きだろう?」
「好き、ありがとう、おまえ料理できたんだな、すげぇうまそう、」
 俺はロイが差し出してくれたシャツを着こみながら歓声を上げた。そうか、ロイとセックスするとこんな特典までついてくるのか、そりゃもてるよな、冗談半分思いながら、俺は貴重な目玉焼きトーストをまずはその姿から堪能した。薄めのトーストにバターを塗って、卵はちょうどいい半熟だ。前世の鶏卵より少し大きい。堂々たるものだ。黄身はオレンジっぽい黄色だった。
「これくらいならな、ほら、見てないで、冷めないうちに召し上がれ」
 ロイは気取った仕草で朝食を指した。

 ロイはシャツはくれたけどパンツはくれなかった。俺はベッドの中で朝食を食べた。
 ロイはベッドの端に座り、自分のトーストを食べ始めた。お行儀悪いけど、何か特別感があって俺は少しいい気分になった。それに、何をしていてもロイはかっこいい。今日は数割増しかっこよく見えた。
 トーストを食べ終わると、濡れた布を差し出された。至れり尽くせりだ。手を拭いてお茶のカップを取る。いつもの紅茶ではなく、滋養強壮と軽い覚醒作用のあるお茶で、スライスした柑橘と蜂蜜が入れてあった。

 ロイは俺の手にお茶のカップは残したまま、また戻ってくるから、そう言い置いて、トレイを手に部屋を出た。
 ゆっくりとお茶を飲みながら、今日は何をしようか考えていると、戻ってきたロイの手には一回り小さなトレイがあった。

 トレイに乗っていたのはロイからの贈り物と薬瓶、清潔な布、そして長い針だった。
 前世において、恋人からの贈り物というと指輪が定番だったが、この世界ではそうでもない。
 ロイからの贈り物は魔術が付与されたピアスだった。冒険者がよくつけている邪魔にならないサイズのフープ状のものだ。あしらわれた小さな魔石はロイの目みたいな琥珀色だった。
 俺は耳に穴をあけていなかった。針と薬瓶はそのためだ。ロイはその場で俺の耳に穴をあけ、ピアスをつけた。
「痛くない?」
「大丈夫、痛くない。……ありがとう、俺も何か用意しないとな」
 渡してもらった鏡でピアスを見ながら俺が言うと、
「ノアにはもうもらっている」
 ロイが言った。
「……それは、形があるもの?」
 俺はなにもやってないだろ。まさか、処女とかなんとか言い出さないよな、確かにそれならやったけど。
「形があるもの? ……ちょっと待って、今持ってくるから」
 そう言ってロイが持ってきたのは、俺が学園を出る時に置いていった万年筆だった。
「……持っててくれたんだ」
 いろいろな記憶がよみがえってきて俺は言葉に詰まった。
「持ってたよ、ノアが残してくれたものだ。置いていかれて寂しかったんだぜ、初めての朝に消えてそのまま行方不明なんて、あんなひどいことを俺にしたのはノアだけだ」
 ロイは冗談めかして言ったが言われてみればその通りだ。俺はものすごく落ち込んだ。
「本当にごめん」
 あれはロイにとっても何でもないことではなかった、さすがにそのことに気が付いていた。
「いいよ、これからたくさん埋め合わせてもらうから」
 ロイは俺の髪にキスをした。
 俺は多分、この先ずっとロイに頭が上がらないんだろうな、そう思い、それで全然かまわないとも思った。

 レオとフィルが迷宮の縁に戻ったのはそれからだいたい半月ほど後のことだった。
 彼らは既に俺とロイの関係が変わったことを知っていた。
 ロイが手紙で知らせたのだそうだ。

「ノア、俺のことが好きじゃなかったのかよ、結局ロイか、ノアの馬鹿!」
 レオはいつかに俺が言ったようなことを言いながら、ぎゅっと俺に抱き着いた。
「先に裏切ったのはレオだろ、今更なんだよ、会いたかった、レオ!」
 俺はぎゅっとレオを抱き返した。
 小芝居をする俺たちの側で、フィルとロイは軽い挨拶と業務連絡を交わした。

 久しぶりの再会なので、いつもよりいい店で食事をしようかという話にもなったのだが、レオは家庭料理を食べたがった。長旅の後だ、それも分かる。
 ほかならぬレオの頼みだ、支度を手伝うことを約束させ、市場で食品を見て回り、芋と燻製肉の入った野菜スープと、魔鳥のもも肉の塊に塩と香草をすりこんでオーブンで焼いたものを夕食にした。
 結局レオは手伝ってくれなかった。代わりにフィルが手伝ってくれた。フィルは地味に何でもできる。
 焼きあがった鳥をテーブルに出すと、レオは手際よく切り分けてそれぞれの皿に盛り、ロイはリコの酒を出した。
 すでに何回か飲んでいたので半分くらいになっている。
 リコの酒に一番喜んだのはフィルだった。フィルのあんな笑顔は初めて見た。フィルの隣でレオも楽しそうだった。

 俺はふと、日常が帰ってきたと感じた。
 帰ってきたと、なぜか感じた。
 それを嬉しいと思った。
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