鈴音や君の名は

ころく

文字の大きさ
上 下
10 / 86
一章 人妖邂逅

第十話 探者 嵌 ‐サガシモノ カン‐

しおりを挟む
「な、なんで俺の家なんですか!?」

 供助は声を荒げ、思わず膝で立ち上がる。

『いやだってさ、それが一番都合が良いんだもの』
「どこがです!?」
『あれ? 話、聞いてたよね?』
「聞いてましたよ! 猫又を保護しつつ囮にするって話ですよね!?」
『そうそう、そーよ。ちゃんと聞いてるじゃない』
「だから! なんで! それが! 俺の家になるんですか!?」

 テーブルの携帯電話に顔を近付け、納得も理解も出来ない供助。
 猫又と横田の会話はしっかり聞いていたが、自分の家に住むなんて思ってもいなかったし、なるとも考えていない。
 そもそも、供助の家に住むような話の流れではなかった筈だ。

『ほらぁ、護衛も一人付けるって言っちゃったさ。その人も住める所の方がいいでしょ?』
「だったらそっちでホテルを手配するなり、マンションを借りるなりすりゃいいじゃないですか!」
『いやはや、こっちも予算に余裕ある訳じゃないからねぇ。削れる所は削りたいのよ』
「だからって俺の家にしないで下さいよ!」
『まぁまぁ落ち着いて頂戴よ。予算云々もそうだけど、ちゃあんとした理由もあーるんだから』
「……なんです? その理由ってのは」

 まだ納得出来ないが、とりあえず話を聞こうと供助は声のトーンを下げた。
 一応上司でもあるし、横田は頭が切れるのも知っている。何かしらの考えや作戦があるのかと、腰を畳に戻そうとする。
 ―――――が。

『供助君も年頃だし、妖怪でも女性と同居出来るのは嬉しいだろうと思ってさ。一人暮らしは寂しいでしょ?』
「切りますね」

 供助は真面目に聞こうとした自分に反省して、人差し指を通話終了ボタンへと伸ばす。

『じょーだん、冗談だってば』
「ふざけてないで早く教えてください」
『まぁ、今言った経費削減が一つ。あとは人喰いが現れた場合、供助君なら俺に直接連絡取れるでしょ』
「俺が、ですか……奴を目の前にしたら、感情を抑えられずに突っ走って殴り掛かってそうですけど」
『そうかい? 人喰いの恐ろしさを知っているからこそ、無理はしないと思うけどね。それに目撃した事がある供助君なら、即座に本物かどうか判断出来るだろうし』
「さっきは簡単に熱くなったのに、ですか?」
『さっきは簡単に熱くなったのに、だね』

 数秒、間が空く。携帯電話からの声も途切れ、部屋に聞こえるのは外の雨音。
 吐き出すように息を吐き、片手で髪を掻き上げ。供助はどっかりと座る。

「……まぁ、理解はした。それなりに納得出来ます」
『それなり、ってのはまた微妙な言い方だね』
「けど、それとこれとは話は別ですよ。まだ猫又だけならともかく、さらにもう一人なんて勘弁してください」
『んー?』
「確かに無駄に広くて部屋ぁ余ってるけどよ、俺ん家は貸家じゃあねぇんだ。ほいほい住人を増やす気は無ぇです」

 理解もして、納得もした。だが、了解は出せなかった。
 理由は簡単簡潔。せっかくの一人暮らしなのに、住人が増えるなんてのは真っ平御免だった。しかも、見ず知らずの人なら尚更。
 供助は面倒臭がりな上に、お世辞でも人付き合いが上手いとは言えない。機嫌が悪ければ態度に出るし、面倒な事に対しては行動しない。
 一緒に住む以上、相手に気を掛けなきゃならない。気も使わなきゃいけない。イコール、面倒臭い。
 気の知った間でも無い人間と共同生活する位なら、まだ妖怪の方が気を使わなくて楽であると、供助は考える。
 なにより自分以外に人が住んだら、家で友人と気軽に遊べなくなる。

『供助君、今なんて言った?』
「はい? 住人を増やす気は……」
『その前』
「貸家じゃねぇ、ですか?」
『さらに前』
「無駄に広くて部屋が余ってる」
『もっと前』
「もう一人なんて勘弁してくれ」
『もうちょい前』
「えーと、猫又だけならともかく」
『はいそこ、ストップ』

 何か変な事でも言ったのかと思いながら、横田に言われるままに答えていく。

『その言い方だと、猫又ちゃんだけならいいみたいだけど?』
「いや、まぁ……猫又の護衛の為とは言え知らねぇ人間と一緒に住む位なら、まだ妖怪の方が気が楽だし」
『妖怪よりも、そんなに他の人と住むのは嫌?』
「誰かと住むくらいなら、まぁ、そうですね」
『なーんだ、じゃあ問題無いじゃないの』
「……へ?」 
『だって実質、同居人が増えるのは猫又ちゃんだけだもの』
「は? え……えっ?」

 供助は思考が追いつかず、軽くフリーズする。
 いまいちどころか大分話が解らなく、さらに頭がこんがらがる。

『いやー、良かった良かった。供助君の了解も得れて』
「ちょ、ちょっと待って下さい。意味がさっぱり解らないんですが……」
「馬鹿だのう……私がお前の家で世話になるという話だの」
「んな事ぁ解ってんだよ!」
「あと、出来れば私のご飯も人間食がいいの。最近は刺身とかが恋しいくてのぅ」
「頼む、少し黙っててくれ。今はお前ぇの飯の話はどうでもいい」
「うぬぅ……」

 供助はこんがらがる頭の中を整理するが、頭痛までしてきた。
 横から入ってきた猫又を軽くあしらいうと、猫又は残念そうに人差し指を咥える。

「護衛を一人付けるって言ってましたよね? それなのに住むのは猫又だけって……」
『供助くん、君』
「は?」
『猫又ちゃんを護衛するの、君』

 一秒、二秒、三秒、四秒、五秒後。

「……はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああっ!?」

 本日二度目の素っ頓狂な声。
 言うまでもなく、供助からである。

「えっ、いやだって……護衛、え? 俺……えっ!?」
『うん、君』
「こっちに部下を送るって……」
『送るのは人喰い捜索用の部下。猫又ちゃんに護衛を付けるとは言ったけど、俺は一言も君の家に護衛を送るなんて言っていなーいよ』
「ちょ、ちょっと待ってください。本当に?」
『本当よ。本当本当』
「うむ、本当だの。ところで供助、烏龍茶が空っぽなんだが他にないのかの?」
「猫又は黙ってろ、頼むから」

 供助は頭痛に耐えるように額に手を当てる。その表情はこの上無く渋い顔。
 今までの会話を思い返してみると、横田は確かに一言も供助の家に護衛を送るとは言っていなかった。

『正直な話、五日折市から半径百キロ圏内にうちの払い屋を大量に配置しなきゃなんないからさ。人手不足になるのが目に見えてるのよ』
「範囲が範囲ですからね」
『金の掛からない一軒家持ちで、君としても人喰いの情報が入りやすく、俺とも連絡を取りやすい。おまけに払い屋として腕も立つ。供助君より適した人は居ないでしょーよ』
「腕が立つ? 俺が? 買い被りですよ」
『謙遜する事ないって。俺だって君の事はそれなりに評価してんだから』
「それなり、ですか」
『そ。それなり』

 ほんの少し、笑い声も含みながら。
 横田はそう言った。

『それにほら、供助君、どんな提案でも協力するって言ってくれたでしょ?』
「確かに言いましたけど!」
『あら? もしかして勢いで言っただけだった?』
「い、いや……ちゃんと本心ですよ!」
『なら問題無いじゃない。いやー、本当助かった助かった。言葉を選んで話すのに苦労したよ』
「え?」
『あっ』

 しまった、と。
 横田が携帯電話の向こうで丸く口を開ける。

『じゃ、俺はこれから払い屋の手配やら書類処理やら忙しいから。改めてよろしくー』
「おいっ、ちょっと待て! 今……」

 供助が言い終わるのも待たず、横田は逃げるようにそそくさと電話を切る。
 テーブルの上には、通話が切れて画面が暗くなる携帯電話。
 そして、遅れて込み上げてくる苛立ちと怒り。

「……は」

 供助は項垂れて肩を震わせ。
 勢い良く天井を仰ぐ。

「嵌められたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 家に響く嘆きの叫び。
 供助の気楽な一人暮らしは終わりを迎え、今から始まる妖怪との同居生活。
 人喰いを探す人間と、共喰いを探す妖怪。
 人と妖。奇しくも存在を喰らう妖怪を追う一人と一匹。

「供助、烏龍茶が飲みたいんだがの」

 さて、どうなるものやら。
しおりを挟む

処理中です...