鈴音や君の名は

ころく

文字の大きさ
上 下
74 / 86
四章 坊誘妖歌

第七十五話 先後 中 -センパイコウハイ チュウ-

しおりを挟む
「で、お前は何しに来たんだよ?」

 学校からの帰り道。何度も通い慣れた道が、今日は少しだけ変化がある。
 いつもとは少し違う状況の中、供助が一つの質問を口にした。

「さっき言ったじゃないスか。古々乃木先輩に会いに来たんスよ」

 その質問に対し、パーカーの上にスカジャンを羽織った年上の女性で、供助の後輩。
 東戸ひがしど南《みなみ》は八重歯を見せながら笑顔を作り、供助の隣を歩きながら答える。

「ならもう目的は果たしただろ、さっさと帰れよ」
「ちょーっと、なんでそんな冷たい事を言うんスかー! 久々に会ったんスから、もうちょっと喜んでくださいよー」
「お前と会うといつも喧しくなるからな。いい印象がねぇんだよ」
「ひっど! 古々乃木先輩、それ酷くないッスか!?」
「現に今、こうして喧しいじゃねぇか」

 供助はいつもよりさらに背中を丸め、目は半開き。全身から怠惰感を醸し出して、面倒臭さそうなのを隠しもしない。
 そんな供助を気にもせず、気にも止めず。南は一人で元気を振りまいている。
 二人のやりとりを眺めながら、後ろを付いて歩く太一と祥太郎が居た。

「なんか、こうして見ると本当に先輩と後輩だな。東戸さんが年上に見えないんだけど」
「南さんって普段は近づきにくい雰囲気を出してるもからね。でも、昔から気の知れた人の前ではあんな感じなんだよ」
「ふーん。今はああして供助の前では緩んだ表情を見せてるけど、さっきは眼力がマジでヤバかったからな……」
「眼付きが鋭いのもあるからねぇ。昔は空手を習ってたから、その時の影響で年齢の上下関係には厳しいところはあるけど」

 十分ほど前、供助がタメ口なのに釣られて太一もタメ口で話した結果、南から物凄い眼力で睨まれた。
 南は生まれつき三白眼なのと、幼い頃に習った空手の影響で眼力の鋭さは他を寄せ付けない。大体の人ならば一瞥されるだけで、蛇に睨まれた蛙の状態になってしまうだろう。

「あ、あのー……ちょっといい、かな?」
「ん? なんだ?」

 もう一人の帰宅メンバーである和歌が、小さく挙手をして声を掛けた。もちろん、先頭を歩く供助と南に。
 前を歩いていた二人は足を止て振り返ると、和歌は供助と南を交互に見やる。

「あぁん? さっきから少し気になってたんだけどよ、お前……なんであたし等に付いてくんだ?」
「え? あ、私は供助君の……」
「供助君? 供助君だぁぁ? あたしですら名前で呼んだ事ねぇってのに、なに軽々しく君付けで呼んでんだオメェ!?」
「ひぇっ!?」

 南は上半身を屈ませて下から覗き込むように睨み、あまりの威圧感と恐怖に涙を薄ら浮かばせる和歌。
 男の太一ですら恐怖を感じた眼力に加え、さらに眉間に皺を寄せた怒りの形相。その迫力はそこいらのヤンキーの比ではない。

「アンタ、古々乃木先輩のなんなのさ――――あいでっ!?」
「誰彼構わずガン飛ばすんじゃねぇよ」

 ガンくれる南に対し、供助は頭部へと平手を一発お見舞いする。
 さすがに面倒臭がり屋の供助でも、友人が脅かされて泣きそうになってるのは無視できなかった。

「なにするんスか、古々乃木先輩っ!?」
「お前が何してんだよ。そいつは俺の友人だ」
「あ、古々乃木先輩のダチだったんスか!? 後ろをずっと付いてくるから、古々乃木先輩を狙う悪い虫かと思っちゃったッスよ」
「んな訳あるか。帰り道が同じだから一緒に帰ってんだよ」
「って事は、こっちの金髪もッスか。てっきり舎弟かと」
「あぁ、それは合ってる」
「合ってねぇよ! 舎弟じゃなくて俺もダチだよ! 変な嘘を言うなよ供助!」

 南の言葉を肯定して流す供助に、太一は後ろからツッコミを入れる。

「つーかよ、勝手に付いて来てろくに挨拶もしてねぇだろ、お前」
「あ、そーいやそッスね。祥太郎はもう知った仲だし、二人は古々乃木先輩のダチだとは思ってなかったんで」

 南は頭を軽く掻いて、和歌と太一を交互に見る。
 先入観と独断で勝手に二人を供助の舎弟とストーカーと決めかけ、名乗る必要は無いと無視をしていた。
 まぁ二人との関係どうこう以上に、ほとんど供助しか目に入ってなかったというのもあるが。

「あたしは東戸南ってんだ。歳はハタチで、年上だけど色々あって古々乃木先輩の後輩やってる。ま、よろしく頼む」

 銀のメッシュが入った前髪を揺らして、ニカッと笑う南。
 さっきまでの態度とは打って変わり、和歌と太一に笑顔を向ける。

「私は鈴木和歌って言います」
「俺は田辺太一。供助とは小学校からの付き合いっす」

 お互いに名前を教えて挨拶をし、南の鋭い目つきもいくらか緩くなった。
 他人から見ればまだ充分に怖い眼付きなのだが、供助を先輩と呼んで慕っているのならば悪い人ではないと、二人はすぐに気を許した。

「よし、挨拶したな。じゃ解散、さっさと帰れ」
「え、ちょっ……それはないッスよ、古々乃木先輩!?」

 南達が挨拶し終わるのを見計らって、供助はさっさと歩くのを再開する。
 今日も夜遅くに依頼がある。さっさと帰って出来る限り仮眠を取りたいのだ。

「待ってくださいよ、古々乃木先輩ぃ! せっかく会いに来たのにそりゃないッスよぉぉ!」
「会いに来たんなら顔を見りゃ充分だろ」
「久々に会ったんスから、なんて言うかこう……昔話に花咲かせましょうよ」
「誰がするか、面倒臭ぇ」

 けっ、と鼻を鳴らして顎をしゃくれさせる供助。
 南は久しぶりの再会に喜んでテンションが高いが、供助はだから何だといつもの怠惰感を隠さない。
 先輩と後輩のやりとりとして見れば自然だが、後輩が三つ上の女性だと知れば変な違和感がある。

「そんなこと言わないでくださいよー。古々乃木先輩の家ってこの辺りなんすよね? 行ったこと無いんで見せてくださいよー。出来ればお茶の一杯でも欲しいっス」
「お前、俺の後輩だとか言ってるくせに図々しいな」
「そんであわよくば一泊お願いしたいッス」
「ぜってぇ泊まらせねぇ」

 久々に会っただけでこんなに騒がしいのに、家に泊めたらさらに騒がしくなるだろう。
 疲れた体と心が癒す自分の家が、疲労の原因になってしまう。

「こいつ等は良くて、あたしは古々乃木先輩の家に行くのは駄目なんスか!? あたしも行きたいッス!」
「いや、俺はなんか面白そうだから付いて来ただけですけど」
「僕も太一君と同じです。あんな南さんは初めて見たから、なんか気になっちゃって」

 太一達を指差して供助に嘆願するも、太一と祥太郎は家まで入るつもりは無いとバッサリ。

「お前は!? お前もただ気になって付いてきたクチか!? えーっと、和歌!?」
「いえ、私は家がこっちの方なので……」

 和歌は南に話を急に振られ、困り顔をしながら答える。
 さっきは笑顔だったのに、南はまた迫力と威圧感がある顔に逆戻り。三白眼から発せられる眼光は刃物のよう。

「誰彼構わず突っかかんな。こいつは俺ン家の隣に住んでんだよ」
「え? 隣? あんた、古々乃木先輩ン家の隣に住んでるのか!?」
「はい、まぁ……」
「なぁ部屋空いてねぇか!? あたしを居候させてくれよ! 古々乃木先輩の隣とか羨ましすぎる!」
「ちょっ、そんな急に言われても……私じゃ決めれないし、部屋も空いてないし……」
「頼むよ、頼む! ちゃんと家賃も払うし、なんなら気に食わねぇ野郎をぶっ潰して――――あいだぁぁぁ!?」

 再度、供助の平手が南の後頭部を強打する。

「痛いッスよ、古々乃木先輩!?」
「脅してんじゃねぇよ」
「脅してないッスよ! お願いしてるだけでスって!」
「お前のその眼付きで肩を掴まれて迫られたら、お願いでも脅しになるだろうが」

 さっきと同じ箇所を叩かれて痛む後頭部を擦り、供助に涙目で訴える南。
 南からしてみればお願いでも、他人視線から見ると脅迫にしか見えない。背中に狼の刺繍が入ったスカジャンを着ていて、見た目は完全にヤンキーにしか見えないのも大きな原因だろう。
 さっきまでは供助にくっついていた南は、今度は和歌にしつこく付き纏い始める。理由は言わずもがな、鈴木家に居候をする為。
 太一達を帰る時の、いつもの数倍喧しい帰り道。南を帰らせるのは叶わず、結局は供助の家までくっついてくるのであった。

「ほへー、ここが古々乃木先輩の家ッスか。昔ながらの作りで趣きのある家ッスね」
「正直に言っていいぞ。ボロいってな」
「そんな事無いっすよ。大切に使われてるのが分かりまス」

 南はスカジャンのポケットに手を入れながら、供助の家を眺める。
 築六十年の一戸建て。少々古臭い所もあるが、それでも充分に立派な二階建ての家である。
 両親が買い取った時に台所や風呂場などの水回りはリフォームしていて、中は意外と新しい所もあったりする。

「じゃさっそく中に入りましょー」
「いや、帰れよ」
「ここまで来たんスから意地悪言わないで入れてくださいよー。喉も乾いたんで茶の一杯でも出してくれるとありがたいッス。ビールでもいいッスよ」
「ホンットに図々しいな、お前は」
「図々しくなきゃ古々乃木先輩の後輩はやってられないッスから!」

 半目で南に視線をやって、供助は大きく溜め息。もう何を言っても家に上がる気だと観念する。

「で、なんでお前等もまだいんだ?」
「僕はなんか面白そうだから」
「祥太郎に同じく」
「私はなんか、流れで……」

 供助宅の玄関。その前で、未だに帰らず付いて来てる三人。
 今夜の依頼の為に仮眠しておきたかったが、これじゃあ完璧に無理だと腹を括る供助。
 同時に、明日学校の授業中に寝る事が決まった。

「ただいま、っと」

 鍵が掛かっていない玄関の引き戸を開け、供助は自宅へと入っていく。
 その後ろを追って南も入り、爛々とした目で家の中を見回している。

「おかえりー、だの」

 供助が靴を脱ぐのとほぼ同時。
 丁度トイレに行っていた猫又が、廊下の奥から歩いてきた。

「なんだ、今日はやけに来客が多いのぅ」
「お、お、おか……」
「お? 初めて見る顔だの。供助の友人か?」
「おかえり、だと……?」
「ぬ?」
「誰だテメェはこの野郎ぉぉぉぉぉ!?」

 ついさっきまで家を見て輝いていた目から光は消え、一気に殺意ある瞳へと変わる。
 先輩として親しみ憧れる者の家に女性が居て、美人で、しかも、おかえりと言った。
 そんな状況に南は冷静でいられる筈もなく、猫又を指差して叫ばずにはいられなかった。怒りと、妬みと、戸惑いと、驚きと。様々な感情が合わさり混ざった咆哮。
 それを供助と同居している猫又へと向ける。

「なんだいきなり大声を出しおって」
「しかもテメェ、人間じゃあねぇな……!?」
「ほう。それに気付くという事は、そっち側の人間か」

 人の姿に化けている猫又の妖気を感じ取り、南は咄嗟に構えて霊気を体に纏わせる。その霊気が攻撃的で敵意もある事に気付くも、余裕を見せて一笑する猫又。
 次の展開次第ではこの場で戦闘が起きてしまうであろう、狭い空間に緊迫が広がる。
 南の威嚇してくる霊気に触れて、降りかかる火の粉はなんとやら。猫又もまた自身の妖気を高めていく。
 が、しかし。家の持ち主である供助はと言うと。

「俺ぁちょっと着替えてくっから、勝手に寛いでろ」

 今まさに一触即発といった状況だというのに、我関せず。

「南、家ン中を散らかしたら平手じゃ済まねぇからな。猫又も相手して騒がしくしたら晩飯抜きだ」

 そう言い残し、供助は階段を登って二階へと上がって行った。 

「……」
「……」

 その言葉を聞いて、ついさっきまで膨れ上がっていた霊気と妖気はどこへやら。供助の言葉で抑えられて勢いを一気に失い、無言で見合う南と猫又。
 南から発していた霊気と敵意はすっかりしぼんで、あれだけ威嚇していた猫又の妖気も小さく収まっていく。
 理由は簡単かつ単純。供助の声のトーンがガチだった為、意地や感情だけで動いたら後が怖いと判断したからである。

「……とりあえず、お邪魔します」
「う、む……お茶を出すから、そこの居間で待っておれ」

 完全に出鼻を挫かれて戦意を失った二人は、気まずい空気を出しながら大人の対応をする。
 南は小さく頭を下げて家に上がり、猫又は台所へとコップと烏龍茶を取りに。そして、蚊帳の外だった和歌達もさり気なく家の中に入る。
 この後にもう一悶着ある事は言うまでもない。
しおりを挟む

処理中です...