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2・提訴活動

2-4:訴状はプレゼン

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早速「少額起訴 書き方」で検索をかけると、裁判所のページ、続いて債権回収弁護士ナビのペーシがヒットした。

その後1年ほど気が付かなかったのだが、「少額起訴 」という言葉はなく「少額訴訟」の間違いである。また「起訴」は主に刑事裁判を起こすときに使われ、民事裁判で同様の意味なら「提訴」という言い方が使われることも知ることになる。だが長期間気づかずに困らなかったのはそれだけ検索が優秀ということだろう。 

見ると裁判所のテンプレートと債権回収弁護士ナビのテンプレートは異なっていた。裁判所同士でもテンプレートが違う。 

必要事項の項目が合っていれば、テンプレートは自由なのだろう。 

折角なので先の内容証明で使ったWordを使うことにした。仕事で使う機会はなかなか無いものの、将来何かの役に立つかもしれない。 
裁判所のテンプレートが書類画像をPDF化しただけなので、データ上でパソコン編集するのが面倒というのもある。 

事件名は、原告が決めて良い。 
『同人誌原稿料金未払い事件』とつけた。 
訴えるときは何でも「事件」とつける。ちょっと仰々ぎょうぎょうしい気もしたが、たしかに事件である。 

相手の住所にはフェイスブックで調べた会社名を入れておく。 
住所は検索ですぐ出てきた。何故か2つほぼ同時期に入社したことになっているが、念の為両方書いておく。 

手数料は請求額十万円以下毎に1,000円。今回は120,000円なので、二十万円以下の2,000円 

請求の趣旨は、この訴訟で相手の被告に何を請求したいのか、だ。 
文言が決まっている。 

『被告は原告に対して次の金員を払え。 
  金120,000円』 

金員きんいん」というのは、法律用語の金額とかお金のこと。「払え。」と必ず命令形で書くことがルールだ。  
続けて損害金について。 

『上記金額に対する 令和■年■月1日から支払い済みまで、年3%の金員』 

損害金の請求開始は支払い期限が末日だったので翌月の1日からにした。 
気持ち的には、本来の支払い日である納品日にしたかったが、期限の延期は同意の上だった。 
そこにケチをつけられても面倒なので、きちんと守ることにした。 

年利については、5%、法人相手なら6%が通例だったが、法改正で5%は債務者が払えないとかで3%になったそうだ。 
 
もし契約書等に記述があれば20%位まで合法でいけるようだ。 
もめたときのどさくさで、払わないなら損害金の20%請求に合意したとするぞ!とかいっておけば良かったか。 

次に『請求の原因』だ。具体的な、どうして請求することになったのかを書く。どのくらい具体的に書けばいいのか。  
公式の記入例には「簡潔に」「少なくとも契約の日と内容」「不法行為のあった日時」 
とある。 

色々言いたいことが沢山あるが、簡潔にとある。
ふと考えをまとめるために描いていた漫画を思い出した。後でSNSで公開してやろうと思って描いてみたものの、詳細すぎるし悪意と主張が多すぎて公開できないなと思っていたものがある。それの4コマバージョンを参考に書いてみるのはどうだろう。 


1 原告は、令和■年■月■日に被告の同人誌で使用するイラスト及びカバーデザインを有償で制作する依頼を受けた。 
2 原告は被告の指定した指示書に沿って、イラスト及びデザインを制作。令和■年■月■日に全ての原稿をメールにて納品した。同日に原稿はすべて受理された。 
3 受理後遅滞なく支払う約束だったが、支払いができず被告は同年■月3■日までの入金の約束をした。 
しかし、支払い期日を過ぎても入金も連絡もなく、原告から連絡をとったところ、被告は無償を要求。原告は無償を拒否。 
4 よって原告は被告に対し、金120,000円及びこれに対する支払い期日の翌日である令和■年■月1日から支払い済まで年3%の割合による遅延損害金の支払いを求める。 
代金支払い状況:なし 

うん。 すっきりまとまった。こんなところで漫画スキルが役立つとは。
あとは提出する証拠だ。 裁判は証拠が全てだと逆転裁判を始めとしたあらゆるリーガルもの創作で言われている。 

ネットで証拠の作り方を探したが、証拠についての具体的な作成方法はほとんど見つからなかった。 

体験談で訴状を上げている人は何人かいたが、未払いで証拠をあげている人はいなかった。まぁ事件内容がわかってしまうので当然ではあるが。 

ようやく見つけたのは地方の裁判所のページで、1つの証拠に「甲第●号証」と番号を振っていくというのはわかった。レシートでも1枚1枚別物として番号を振っていく。 

だが一つ疑問が出た。 
今回納品したイラストは成人向なのだ。 
局部の消しがある…ゾーニングとして消しを増やしたほうがいいのだろうか。 
消しておいたほうが安心だが、そのままのほうがいいような気もする。 
しかし一般の人の目に触れるものだし… 
悩んだ末に裁判所に聞くことにした。 

「好きにしてください。でもそれ、本当に必要ですか?出してもいいですけど」 

電話で問い合わせをしたところ、こんな返答が帰ってきた。 
すでに、書類について、送料や書き方、書類を出す裁判所の確認、証拠の番号の付け方の確認などを、根掘り葉掘り聞かれて疲れている初老らしき声の男性ははじめの丁寧な対応に比べると少しぶっきらぼうになってきていた。 
あ、ちょっと長く喋りすぎたか。お礼を言い、電話を切った。 

要点をまとめ聞いたつもりだったが長くなってしまった。規定なので丁寧に答えてくれるが、裁判所の人も他に仕事がある。まだ訴状も出されていない事件に時間を割きたくはないのだろう。冷やかしの可能性もある。
だが安心してほしい。訴状を出したあとは担当書記官が付き、その人が親切に答えてくれる。この先複数の事件の訴状を提出することになるが、皆様すごく親切に対応してくれた。
今考えると本来は訴状を出した後に担当書記官が担当する仕事に時間を取らせてしまっていたのだろう。申し訳ないことをした。

そして先程裁判所の人に言われた返答の意味を考えた。

……もしかして証拠こんなにいらない? 

メールのやりとりには、作品についての確認なども入っている。 
冷静に考えれば今回の「未払いにあった」件には、作品の「内容」については関係がない。 

「仕事を納品した」が「支払いを拒否されている」ことが問題なのだ。 
それを証明できれば十分なのではないか? 

少額訴訟は、簡単な案件の時間短縮のための制度でもある。 
時間短縮のメリットは当事者たちにとってもあるが、裁判所側も同様だ。 
むしろ数多く事件があるのであれば、簡単な事件は手早く終わらせたいのは裁判所側だろう。 

ともすれば書類や証拠は相手が素早く理解できるようにするのが好ましい。 
企業に応募するときのポートフォリオみたいなものか。 
ダラダラと作品を並べたポートフォリオは、たくさん作品を見る先方を疲れさせてまともに見てもらえない。 

企業は何を欲しがって、それに対して自分ができること最小限でアピールする作品集を作るのが仕事の取れるポートフォリオだ。 

では必要最低限の証拠は何か。 
訴状に書いた『請求の原因』だ。自分の証言が本当だと証明することだ。 

各『請求の原因』に該当するメールをピックアップする。 
50個近くあったメールは20個ほどになった。 
納品したイラストなどは除外した。メール本文が大事なのだ。 
メールはやり取りで1点ではなく、1通につき1点 
こちらの納品と相手の受理で2点となる。 
今思えば相手の受理確認メールのみでもよいので、もう少し削れたと思うのだが不安だったので仕方がない。 

ふと藤沼氏の発言が気になった。 
『予想した売上がなく、利益を得ていません。よって支払い義務はありません。』と主張すると言っていた。 
起訴のときには被告用にも訴状の複製を作って、裁判所から送られる。 
それを見て反論があれば被告には答弁書を出す権利がある。 
答弁書を出せば、出廷しなくとも反論ができる。 
逆に答弁書を出さなければ、原告の言うことを100%認めたことになる。 
なので何かしら反論をしてくるだろう。 

相手は小説書きだ。素人とはいえ僕より弁が立つかもしれない。 
相手の主張は通らないとうことを証明するのに、先日「弁護士ドットコム」で返答をもらったページを印刷して証拠に加えた。 
「出典:弁護士ドットコム」と共にアドレスを添えて書いておけば、引用ということで使用しても問題ないだろう。 
リーガルドラマでよくある「判例」というやつだ。 
……ちょっと違うかもしれないが、現役弁護士の発言であるなら説得力は十分だろう。 

念の為メールのバックアップも兼ねてメールや仕事のやり取りなどのデータを焼いたCDディスクも作成した。中身を見ることはないが、何かあったときの保険だ。 
裁判ゲームで、証拠の中身から新たな証拠がつかめることもあった。これなら、提出閲覧以外のものが必要になっても引っ張り出せる。必要ないお守りレベルの保険ではあるが、相手は過去のツイートを消していっているやつだ。 
通常裁判になってもこっちにメールログは残っているんだぞ、という威嚇の意味もあった。 

あとは各証拠の説明の書類を作り、メールの要点部分にラインを引いた。 
これでかなり分かりやすいはずだ。 
相手に屁理屈を捏ねられそうなことから目をそらす意味もある。 

正直ここまですることはない。証拠番号も自分で振らなくても裁判所の方で振ってくれると言われた。だが原因と証拠を照らし合わせておきたかったし、何より作るのが楽しくなっていた。 

最後に請求書と内容証明で送った請求勧告を添えて完成。 
 さぁこれで勝てるものなら勝ってみろ。 

 
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