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新領主の到着

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子供の頃から女の子のようだと言われてきた。

剣で遊ぶよりぬいぐるみと戯れている方が楽しかった。

母は可愛がってくれたが、父は領主家にふさわしい男らしさを持てといつも厳しかった。

そのため、色白で華奢でやや低い身長は僕にコンプレックスしか与えてくれなかった。

でも今、僕はそのおかげで幸せに暮らしている。

これは不幸のどん底に落ちた僕が新たな人生を歩み出すまでの物語。



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僕、アレフは辺境の地であるドレスレッド領で領主であった父の嫡男として17年前に生まれた。

王都のように絢爛ではないが一応は城としての佇まいを備えた邸宅で10人ほどの使用人に囲まれ、何不自由無く育てられてきた。

しかし。

王位継承に絡む勢力争いに敗れた側だった父はその責任を問われ母とともに既にこの世にはいない。

僕が継ぐはずだった領地も新たな領主、といっても僕より5歳上とそれほど離れていないエスタッド家の嫡男であるラビルにその支配権が移り、僕のこれからはまさにその一存に委ねられていた。

今日、新領主としてこの地を訪れたばかりのラビルの前でいま僕の未来が決められようとしている。



「ラ、ラビル様、辺境の地へのご到着、心より歓迎申し上げます」

大広間で父が使っていたイスにどかりと座る新領主の前に立ち挨拶させられる僕。周囲にはかつての使用人たちが控えており、僕の行く末を見守っている。

ラビルは僕より5歳歳上で身長も高く、鍛え上げられた身体は亡き父の理想のように見える「男」だった。

彼は国でも有数の大貴族であるエスタッド家の跡継ぎであり、幼少期から剣術を始めとする武道、それに帝王学を始めとする学問を嗜んでいる。

国王にも認められているという、逞しいという表現がぴったりのこの男が勝ち誇ったように僕に問いかける。

「ふむ。お前がアレフか。自分のものになるはずだった領地とこの城が見ず知らずの男に奪われた上、歓迎の挨拶までさせられる気分はどうだ。うん?」

「あ、あの...ラビル様のお力で、領民が幸せに暮らせることを祈るばかりでございます...」

「ほぅ。領民が心配か。では自分の心配は、どうだ?」

「は、はい、御存知の通り僕は犯罪者の息子でございます。新領主様のご裁断に全て委ね、従うつもりでここに立っております」

「見上げた心がけだな。確かにお前は犯罪者の息子だ。即刻処分しなくてはならない。今日まで生かしておいたのは俺が到着するまでこの領地の支配が空白になってはならない、ただそれだけだ。従って今日でお前はお役御免。それはわかっているな?」

「...はい、もちろんでございます」

「よかろう」

ラビルはそう言って一呼吸おき、このように述べた。

「ただし、問題がないわけではない。お前も知っている通り俺はエスタッド家の嫡男であり、王都で活躍せねばならん身だ。このような辺境の地にいつまでもとどまるわけにはいかないのだよ」

「仰せの通りにございます」

「国王陛下より命じられている俺の任期は1年。その後は他の者に任せようと思っている」

「はい」

その後ラビルが語ったのは僕にとって意外すぎるものだった。

「そこでだ。お前がこれからの1年間、俺に心から仕え、ドレスレッド家をエスタッド家の支配下に置くという条件を満たすならば、お前にこの領地を治めさせてやってもよい」

控えていた使用人たちがざわつく。

(死罪にならなくてすむ...かも...?)

諦めていた人生に一筋の光が見えたような気がした僕は、ラビルの口が再び開くのを生唾をごくりと飲んで待った。


「従って、お前には今この場で俺に仕えるか死を選ぶかどちらかを決めてもらいたい」

「お、お伺いしてもよろしいでしょうか」

「なんだ」

「ラビル様にお仕えさせて頂くというのは、ラビル様の下で公務を行う、と考えればよろしいのでしょうか」

ラビルはフッと笑う。

「いいか、よく考えてみろ。わずか1年間でお前の忠誠心に確固たる自信を持てるようにならなければいけないんだぞ?生半可なことで信じられるようになどなるわけがない。もし、俺が王都に戻ってから謀反でも起こされたら、俺の責任になってしまうからな」

「はい」

「そこでだ。お前が俺に仕えるという場合には、側室になってもらう」

僕は一瞬、彼が何を言っているのか理解できなかったが、使用人たちはすぐにわかったようだ。再びざわついている。

「側室...ですか?」

そう言いながらやっとわかった。ラビルは僕に、彼の男妾をしろと言っているのだ。そう理解した瞬間に身体がこわばる。

「どうだ。拒否するなら死を選べ。そうでないなら耐えて家名を再興してみせよアレフ。」

ドレスレッド家の再興を持ち出されては断るという選択肢はない。

「......承知いたしました。ラビル様の側室としてお仕えさせていただきたく存じます」

この時は自分にどんな境遇が待ち受けているか知る由もなく、僕は彼の側室となることを承諾したのだった。


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