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約束の日1

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そして、明日が約束の1年だ。

もし僕が、彼の心からの信頼を勝ち得ているのなら、領地を取り戻しドレスレッド家の嫡男として領主に返り咲くことが出来る。

もちろん、エスタッド家の支配下にあるという前提でだが。

その決定は1年前と同様、全てラビル次第だが、僕にとって怖かったのは僕がラビルの信頼を得られておらず、ラビルが王都へ戻り代わりに別の男が領主としてこの地を治める、という決断をすることだ。

僕の居場所がなくなってしまうからである。

新しい領主に男妾として仕える?いやいやいや、受け入れてくれるかどうかもわからない上に、処女性が重んじられる貴族社会で使い古しなどお払い箱に決まっている。

僕はいつもと同じように後ろから激しく突き立ててくるラビルの欲望を受け止めながら、そんなことを考えていた。



「どうしたアレフ。浮かない顔だな」

満足したラビルが腕枕でくつろぐ僕に声をかける。

「いえ...なんでもございません」

「わかっている。明日のことが気になっているんだろう?約束の1年だからな」

「はい...」

ラビルが僕の顎を持って自分の方に顔を向けさせる。

「お前はどうしたい?」

「私は...ラビルさまのご判断に従うのみで...ございます...」

「ドレスレッド家を再興し、この地を治めたいのだろう?」

「...」



実際のところ、複雑な思いだった。

もちろんドレスレッド家の再興は僕の夢だ。でも、ラビルがいないこの地を僕一人の力で治めていく自信など到底なかった。

もしラビルが引き続きこの地を自分が治める、というのであれば、今のままの状態を続けていきたい。それが本心だった。

でも彼は王都へ帰ってしまう。自分ひとりでこの地を治めていくのかそれとも新しい領主に仕えさせてもらえるようお願いするのが良いのか、正直迷っていた。



上を向いてしばらく考え込んでいたラビルが、ふいにガバっと起き上がった。

「アレフ、ちゃんと話をしよう。伝えたいことがある」

伝えたいことがある、という言葉にドキッとしたが、僕は頷いてドレスを羽織ると、軽くお化粧を直していつも彼とお酒を楽しんでいる席、母が座っていたイスに腰掛けた。



「何でしょうか」

問いかける僕に、父のイスにどかりと座ったラビルは話し始めた。

「お前はこの1年、本当によく尽くしてくれた。頭が下がる思いだ」

「いえ...自分が選んだ道でございますから」

「正直に言うと...ここに来る前から、お前を側室にしてやろうと考えていたのだ」

「??どういうことでございますか?」

「アレフ、王都ではどんな男に女性が惹かれるかわかるか」

「きっと、ラビル様のように男らしく逞しい、頼りがいのある殿方でございましょう」

ラビルは少し笑った。

「王都ではな、繊細で色白、顔立ちの整った美形の男が人気なのだよ」

そう言うと彼は言葉を続けた。

「ちょうどお前のような、ということだ」



「えっ?」

僕は話の流れが掴めない。

「2年前、お前は王都で国王もご臨席されたパーティーに出席していたな」

「はい、父に連れられて参っておりました」

「俺はそこでお前のことを知ったのだ」

「そうなのですか??」



「うむ。俺は家柄はこの通り申し分ないのだが、この体格にこの見てくれだ。王都での人気はさっぱりだった。そこで、1年前にドレスレッド家取り潰しの話が持ち上がった際にお前のことを思い出し、この地へ赴任して美しいお前を辱めてやろうと思ったのだよ」

「...」

「言ってみればお前を側室にしたのは俺をないがしろにした王都の貴族女たちへの意趣返しだったわけだ」

「...そうだったの...ですね...」

「だが、お前は俺の想像を遥かに超えて献身的に尽くしてくれた」

「もったいないお言葉です...」

「その礼として俺はエスタッド家の当主である父に、この地を独立貴族としてのドレスレッド家が治められるよう具申してくるつもりだ」

ラビルはエスタッド家の支配下としてではなく、ドレスレッド家を元通りにした上で僕を領主にしてくれるつもりなのだ。

「エスタッド家との支配関係を解消した上でドレスレッド家を再興するというのが俺のお前に対する礼だ。どうだ、受けるか」



しばらく考えた後、僕は口を開いた。

「とてもありがたいお話だと思います...ドレスレッド家の再興を目指して頑張ってきました。でも...でも、ラビル様なしで私にこの地を領主として治めていく自信は、持てないのです...」

「ではどうしたらよいのだ」

「本心を申し上げれば、このままラビル様にこの地を治めて頂き、今まで通り側室としてお側にお仕えさせていただけるなら...」

「うーむ、それは無理だぞ。もとより俺の赴任は1年と決まっておったしな。既に王都では俺に何らかの地位を用意して待っているであろう」

「そう、ですよね...やはり私が、ひとりでこの地を治めるよりほか、ないのでしょうか...」



「こっちへおいで」

ラビルに呼ばれ、僕は彼の足元で床に膝をついた状態で彼を見上げる。

「この1年、本当にお前はよくやってくれた」

僕の髪をかきながら彼は再び話し始めた。

「身体も心も、俺とお前の相性は最高だと俺は思っている。お前はどうだ?」

「私も...ラビル様のお側にお仕えさせて頂き、ラビル様のものにして頂き、心から幸せに思っております。本当は...これからもお側で...お守り頂きたくて...」

僕は涙ぐんでしまった。



「...そうか。ではこの件は私に預けろ。王都で相談してくる。そして、その結果に一切の異論を挟むな。よいか?」

「はい、かしこまりました。全てラビル様にお任せ致します」

そういうと僕は立ち上がり、彼と唇を交わした。

背中に回した彼の腕は逞しく、いつまでも支えて欲しいと心から願った。

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