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もうすぐ夏休み
八鬼の名前
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(小話)
「薫君もヒロト君も八鬼のことを苗字で呼ぶんだね」
八鬼はヒロト君と薫君を名前で呼んでいる。
なのに、二人は八鬼のことを苗字で呼んでいる。
それがちょっとだけ気になって、部屋に遊びに来ていた二人に話題に出してみた。
「あぁ~うん。まぁね」
「八鬼が嫌がるのよ」
「八鬼が嫌がる?」
ラグに寝そべってる八鬼を振り返る。
八鬼はヒロト君が持ってきた漫画を読みながら言った。
「名前が嫌いなんだよ。白夜なんて馬鹿みてぇだろ」
「え? そうかなぁ?」
体を傾け、八鬼の体を背もたれにして顔を覗く。
「いい名前だと思うけどな。それって夜になっても暗くならない状態のことだったよね? 八鬼の進む道がずっと明るいままでありますように、って思いが込められた名前じゃないのかな」
八鬼が漫画から顔を上げた。
八鬼からは両親の話を一度しか聞いたことがないけど、父親のことも、母親のことも嫌っている様子だった。「親なんてしようもない」とまで言っていた。
白夜という名前はそんな両親から貰ったものだろう。
ちょっと無神経だったかもしれない……と言ってから後悔してしまった。
だけど、八鬼の表情は変わらなかった。僕の腰に腕が周って引き寄せられる。
その腕はとても優しくて、ひょっとしたら、昔の、貧乏ながらも頑張って自分を育ててくれた母親のことは尊敬していたのかなって考えてしまった。
八鬼はこう見えて箸の持ち方も魚の食べ方も綺麗だ。八鬼が子どもの頃にしっかりと躾けた大人が身近にいたはずだ。
父親は会いに来なかったといっていたから、躾けた大人は母親のはずだ。
母親が働いていたから食事は八鬼の担当だったとも言っていた。働いてるお母さんのために、八鬼も、子供のころから料理をして家事を手伝ってたんだ。八鬼の料理はすごく美味しい。お握りだって食べやすい大きさと形をしてる。
例え毎日料理してたとしても、嫌いな人と食べるご飯をあんなに美味しく作ろうとは思えないはずだ。
八鬼の料理が美味しいのは、お母さんのために頑張った結果なんだろう。
お母さんを尊敬してたからこそ……、今の、変わってしまったお母さんが悲しいのかも……。
「よかったじゃない。夏樹には名前で呼んで貰ったら?」
僕の考え事は薫君の声で打ち切られた。
僕が八鬼の名前を呼ぶ……?
「それは無理だよ」
きっぱりと否定して首を振る。
「あら、どうして?」
八鬼が嫌がるかもしれないとか、親がどうとか、そんな問題もあるけど…………、
それよりも何よりも。
第一に。
「だって、純粋に呼びにくいんだもん。びゃっきゃ、びゃーにゃ」
「…………」
三人が一斉に沈黙した。
ヒロト君が「はあああ」と深いため息をつく。
「夏樹ちゃんってほんと肝心なところで残念だよねぇ。そこは可愛く『白夜(はーと)』って呼んでポイントを稼ぐところだろうに」
「何のポイント?」
首を傾げて手を組み、可愛い声で八鬼を呼んだヒロト君に、「きめぇ」と八鬼の蹴りが入った。
八鬼がゆっくりと体を起こす。
その気配に僕の本能が反応した。
八鬼が怒ってる。危ない!
すかさず逃げ出そうとしたんだけど太い腕が僕の腰にまわってた。
じたばたして逃げ出そうと暴れてみても八鬼の力に僕がかなうはずもない。
「練習しろ。千回俺の名前を言ったら離してやる」
「せ、千回!? スパルタ! 鬼……!」
「じゃ、これおいていくから千回頑張って」
と、蹴られた衝撃で金髪が乱れたヒロト君がこち亀(1巻~199巻)を積み上げた。
「た、たすけて!」
「じゃあね~」
助けを求める僕の声もむなしく、薫君もヒロト君も部屋を出て行ってしまう。
「早くしろ」
「び、びゃっきゃ、びゃーにゃ! びゃにゃにゃ」
こち亀(1巻)を読み始める八鬼を背中に、指折り数えながら発音練習を始める羽目になってしまった。
ぴゃにゃ、ぴゃくや、ぴゃあや、ぴゃん。
「ぴゃくにゃ……びゃくにゃ……」
「990回目。結構近くなってきたじゃねーか」
八鬼が漫画を手に持ったまま意地悪に笑った。
漫画のページは全然進んでなかったんだけど、それは今どうでもいい話だ。
990回も言わされて、いい加減頭に来ていた僕は額に血管を浮かばせながら反撃した。
「ばか白夜」
あ、ちゃんと言えた。
「失格。一回目からやり直し」
僕の些細な反撃に下されたのは八鬼の無慈悲な判決だった。
「ええええ!!? ご、ごめん今のなし!」
「さっさと始めろ」
楽しそうに笑う八鬼を相手に、僕はまたびゃーにゃびゃにゃにゃと繰り返す羽目になってしまったのでした……。
八鬼の名前が太郎とか花子とか次郎とか三郎だったらよかったのに……!!
「薫君もヒロト君も八鬼のことを苗字で呼ぶんだね」
八鬼はヒロト君と薫君を名前で呼んでいる。
なのに、二人は八鬼のことを苗字で呼んでいる。
それがちょっとだけ気になって、部屋に遊びに来ていた二人に話題に出してみた。
「あぁ~うん。まぁね」
「八鬼が嫌がるのよ」
「八鬼が嫌がる?」
ラグに寝そべってる八鬼を振り返る。
八鬼はヒロト君が持ってきた漫画を読みながら言った。
「名前が嫌いなんだよ。白夜なんて馬鹿みてぇだろ」
「え? そうかなぁ?」
体を傾け、八鬼の体を背もたれにして顔を覗く。
「いい名前だと思うけどな。それって夜になっても暗くならない状態のことだったよね? 八鬼の進む道がずっと明るいままでありますように、って思いが込められた名前じゃないのかな」
八鬼が漫画から顔を上げた。
八鬼からは両親の話を一度しか聞いたことがないけど、父親のことも、母親のことも嫌っている様子だった。「親なんてしようもない」とまで言っていた。
白夜という名前はそんな両親から貰ったものだろう。
ちょっと無神経だったかもしれない……と言ってから後悔してしまった。
だけど、八鬼の表情は変わらなかった。僕の腰に腕が周って引き寄せられる。
その腕はとても優しくて、ひょっとしたら、昔の、貧乏ながらも頑張って自分を育ててくれた母親のことは尊敬していたのかなって考えてしまった。
八鬼はこう見えて箸の持ち方も魚の食べ方も綺麗だ。八鬼が子どもの頃にしっかりと躾けた大人が身近にいたはずだ。
父親は会いに来なかったといっていたから、躾けた大人は母親のはずだ。
母親が働いていたから食事は八鬼の担当だったとも言っていた。働いてるお母さんのために、八鬼も、子供のころから料理をして家事を手伝ってたんだ。八鬼の料理はすごく美味しい。お握りだって食べやすい大きさと形をしてる。
例え毎日料理してたとしても、嫌いな人と食べるご飯をあんなに美味しく作ろうとは思えないはずだ。
八鬼の料理が美味しいのは、お母さんのために頑張った結果なんだろう。
お母さんを尊敬してたからこそ……、今の、変わってしまったお母さんが悲しいのかも……。
「よかったじゃない。夏樹には名前で呼んで貰ったら?」
僕の考え事は薫君の声で打ち切られた。
僕が八鬼の名前を呼ぶ……?
「それは無理だよ」
きっぱりと否定して首を振る。
「あら、どうして?」
八鬼が嫌がるかもしれないとか、親がどうとか、そんな問題もあるけど…………、
それよりも何よりも。
第一に。
「だって、純粋に呼びにくいんだもん。びゃっきゃ、びゃーにゃ」
「…………」
三人が一斉に沈黙した。
ヒロト君が「はあああ」と深いため息をつく。
「夏樹ちゃんってほんと肝心なところで残念だよねぇ。そこは可愛く『白夜(はーと)』って呼んでポイントを稼ぐところだろうに」
「何のポイント?」
首を傾げて手を組み、可愛い声で八鬼を呼んだヒロト君に、「きめぇ」と八鬼の蹴りが入った。
八鬼がゆっくりと体を起こす。
その気配に僕の本能が反応した。
八鬼が怒ってる。危ない!
すかさず逃げ出そうとしたんだけど太い腕が僕の腰にまわってた。
じたばたして逃げ出そうと暴れてみても八鬼の力に僕がかなうはずもない。
「練習しろ。千回俺の名前を言ったら離してやる」
「せ、千回!? スパルタ! 鬼……!」
「じゃ、これおいていくから千回頑張って」
と、蹴られた衝撃で金髪が乱れたヒロト君がこち亀(1巻~199巻)を積み上げた。
「た、たすけて!」
「じゃあね~」
助けを求める僕の声もむなしく、薫君もヒロト君も部屋を出て行ってしまう。
「早くしろ」
「び、びゃっきゃ、びゃーにゃ! びゃにゃにゃ」
こち亀(1巻)を読み始める八鬼を背中に、指折り数えながら発音練習を始める羽目になってしまった。
ぴゃにゃ、ぴゃくや、ぴゃあや、ぴゃん。
「ぴゃくにゃ……びゃくにゃ……」
「990回目。結構近くなってきたじゃねーか」
八鬼が漫画を手に持ったまま意地悪に笑った。
漫画のページは全然進んでなかったんだけど、それは今どうでもいい話だ。
990回も言わされて、いい加減頭に来ていた僕は額に血管を浮かばせながら反撃した。
「ばか白夜」
あ、ちゃんと言えた。
「失格。一回目からやり直し」
僕の些細な反撃に下されたのは八鬼の無慈悲な判決だった。
「ええええ!!? ご、ごめん今のなし!」
「さっさと始めろ」
楽しそうに笑う八鬼を相手に、僕はまたびゃーにゃびゃにゃにゃと繰り返す羽目になってしまったのでした……。
八鬼の名前が太郎とか花子とか次郎とか三郎だったらよかったのに……!!
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