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第二話 星の瞬く夜に その①
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美冬が乗ると車は動き出した。
「悪いな。何度も」
男は運転しながら、美冬の方を見ずに言った。
「別に、約束だし」
美冬も男の方を見ないで、車のフロントガラスの向こうの道路を見ながら答える。
「何を聴いてるんだ」
「え?」
突然の男の言葉に美冬はそちらを振り向き、聞き返した。
「その、音楽だ。耳に付いてるのイヤホンだろ。君位の年の子はどんなのを聴いてるのかと思って」
運転しながら、相変わらず美冬の方を見ないで男は言った。
「ああ、今聴いてるのはBiSYAの『星の瞬く夜に』。おじさんには分からないと思う」
イヤホンを外して、男の方を見ながら美冬は言った。
「ああ、知らない」
「やっぱり」
美冬はクスッと笑い、また耳にイヤホンを付けた。
車は駅前の大通りを真っ直ぐ二十分程走ると、突然脇に寄せて停まった。
「着いた」
男は言った。
「了解。じゃあ行って来る」
男の言葉に美冬はそう言うと、持っていた鞄などは車中に置いたままにして、車のドアを開け、外に出る。
「あ、お金」
男はそう言うと助手席の方に体を伸ばし、外に立っている美冬の顔を覗き込む様にしながら、手に持った千円を差し出した。
「後でいい。戻って来たら使った分だけ返して」
美冬はそう言うと車のドアを閉めて、コツコツと五メートル程先にあるコンビニへと歩き出した。
男は車のエンジンをかけたまま、ハザードランプを点ける。
そしてスマホを取り出し、先程美冬が言っていたBiSYAを検索し始めた。
「カタカナでいいのかな?ビッシ…ビシャ…尾車、飛車…毘沙門天? ビッシャ… アイドル。これか!」
コンコン
五分程して戻って来た美冬が、助手席側の車の窓をノックした。
男は眺めていたスマホから目を離し、美冬の方を向く。
美冬は助手席側のドアを開けると中へと入って来た。
「アイス二つ買って来た。食べる?」
「ああ、有難う。お金は」
「三百二十四円」
「じゃあこれ」
男は五百円玉を出した。
「んーと、じゃあお釣りは…百七十六円ね」
「いや、お釣りはいい。とっといてくれ」
「そう? お金は大切にした方がいいんだよ」
美冬はそう言うと、五百円と引き換えに買って来たソフトクリームのアイスを男に一つ渡した。
二人は路上駐車した車の中でアイスを食べ始めた。
「どうだった」
男はアイスを食べながら美冬に切り出した。
「うん。普通だった。この前来た時と同じ」
「なんか、話したかい」
「別に…普通に客とレジのバイトの子」
「そう…か」
男はため息を漏らした。
「てか、自分で中入って話せば。娘なんでしょ」
美冬が言った。
「五年会ってないからなー」
男はフロントガラス越しに見えるコンビニの入り口を見ながら言った。
辺りの殆どの店は既に閉まっており、漆喰の闇の中にポツンとコンビニの明かりだけが白く見える。
「今日は、星ないね」
落ち込んでいる男を気にかけたのか、フロントガラス越しに夜空を見上げながら美冬が言った。
「ああ、星で思い出した。さっき言ってた曲、アイドルなんだろ? 星のなんたらっての歌ってるの」
「ああ、スマホで調べたの? さっき見てたのそう? そうだよ。アイドル」
少し笑いながら美冬は答えた。
「娘も、そういうアイドルとか知ってるのかなあ。母子家庭で、苦労してるみたいで、でも俺もそんなにお金持ってないしなあ。あいつ、国立無理だからって大学諦めたみたいな話聞いたし。俺が金持ちで、あいつの夢とか願い事とか、叶えて上げられれば、会いやすいんだが。可哀想にと思っちゃうんだよ」
男は話しながら涙を流し始めた。
そして流れた涙は、男の持っていたアイスへと落ちた。
「おじさん、アイス!」
それを見ていた美冬が声をかける。
「なーに?」
「そのアイス、しょっぱそうだね」
美冬は苦笑いするしかなかった。
つづく
「悪いな。何度も」
男は運転しながら、美冬の方を見ずに言った。
「別に、約束だし」
美冬も男の方を見ないで、車のフロントガラスの向こうの道路を見ながら答える。
「何を聴いてるんだ」
「え?」
突然の男の言葉に美冬はそちらを振り向き、聞き返した。
「その、音楽だ。耳に付いてるのイヤホンだろ。君位の年の子はどんなのを聴いてるのかと思って」
運転しながら、相変わらず美冬の方を見ないで男は言った。
「ああ、今聴いてるのはBiSYAの『星の瞬く夜に』。おじさんには分からないと思う」
イヤホンを外して、男の方を見ながら美冬は言った。
「ああ、知らない」
「やっぱり」
美冬はクスッと笑い、また耳にイヤホンを付けた。
車は駅前の大通りを真っ直ぐ二十分程走ると、突然脇に寄せて停まった。
「着いた」
男は言った。
「了解。じゃあ行って来る」
男の言葉に美冬はそう言うと、持っていた鞄などは車中に置いたままにして、車のドアを開け、外に出る。
「あ、お金」
男はそう言うと助手席の方に体を伸ばし、外に立っている美冬の顔を覗き込む様にしながら、手に持った千円を差し出した。
「後でいい。戻って来たら使った分だけ返して」
美冬はそう言うと車のドアを閉めて、コツコツと五メートル程先にあるコンビニへと歩き出した。
男は車のエンジンをかけたまま、ハザードランプを点ける。
そしてスマホを取り出し、先程美冬が言っていたBiSYAを検索し始めた。
「カタカナでいいのかな?ビッシ…ビシャ…尾車、飛車…毘沙門天? ビッシャ… アイドル。これか!」
コンコン
五分程して戻って来た美冬が、助手席側の車の窓をノックした。
男は眺めていたスマホから目を離し、美冬の方を向く。
美冬は助手席側のドアを開けると中へと入って来た。
「アイス二つ買って来た。食べる?」
「ああ、有難う。お金は」
「三百二十四円」
「じゃあこれ」
男は五百円玉を出した。
「んーと、じゃあお釣りは…百七十六円ね」
「いや、お釣りはいい。とっといてくれ」
「そう? お金は大切にした方がいいんだよ」
美冬はそう言うと、五百円と引き換えに買って来たソフトクリームのアイスを男に一つ渡した。
二人は路上駐車した車の中でアイスを食べ始めた。
「どうだった」
男はアイスを食べながら美冬に切り出した。
「うん。普通だった。この前来た時と同じ」
「なんか、話したかい」
「別に…普通に客とレジのバイトの子」
「そう…か」
男はため息を漏らした。
「てか、自分で中入って話せば。娘なんでしょ」
美冬が言った。
「五年会ってないからなー」
男はフロントガラス越しに見えるコンビニの入り口を見ながら言った。
辺りの殆どの店は既に閉まっており、漆喰の闇の中にポツンとコンビニの明かりだけが白く見える。
「今日は、星ないね」
落ち込んでいる男を気にかけたのか、フロントガラス越しに夜空を見上げながら美冬が言った。
「ああ、星で思い出した。さっき言ってた曲、アイドルなんだろ? 星のなんたらっての歌ってるの」
「ああ、スマホで調べたの? さっき見てたのそう? そうだよ。アイドル」
少し笑いながら美冬は答えた。
「娘も、そういうアイドルとか知ってるのかなあ。母子家庭で、苦労してるみたいで、でも俺もそんなにお金持ってないしなあ。あいつ、国立無理だからって大学諦めたみたいな話聞いたし。俺が金持ちで、あいつの夢とか願い事とか、叶えて上げられれば、会いやすいんだが。可哀想にと思っちゃうんだよ」
男は話しながら涙を流し始めた。
そして流れた涙は、男の持っていたアイスへと落ちた。
「おじさん、アイス!」
それを見ていた美冬が声をかける。
「なーに?」
「そのアイス、しょっぱそうだね」
美冬は苦笑いするしかなかった。
つづく
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