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第五話 電波塔の少女 その⑤
しおりを挟む「おはよう」
「やあ、おはよう」
「おはよう」
あちらこちらで挨拶が交わされる中、小百合は自分の机の上に腕を投げ出すと、背中を丸めその上に自分の頭を乗せて、ふて腐れていた。
きっと自分と同じ心境で、今日はいつもより早く学校に来る筈だと思っていた小巻が、まだ来ないからだ。
誰も居ない教室で、ソワソワした気持ちで小巻を待つ事三十分。
最早クラスの殆どの男子も女子も登校して来ていて、お互いに挨拶を交わしている。
「おはよう小百合」
「おはよう」
小百合自身もこの様に既に十回以上は声をかけられては挨拶をしているのだ。
「どうしたの小百合。ふて腐れた様な顔をして」
そんな中たった今声をかけて来た席の近い七瀬秀子が、小百合の席の前に仁王立ちすると、その様子に首を傾げながら続けて話しかけて来た。
「なんでもなーい」
しかし小巻の登場を待ちわびてイラついてさえいる小百合は無情だ。その一言で口を噤んではボーッと教壇側の出入り口から入って来る生徒達を眺めている。
だから秀子も少し気分を害すると、「なんなの?」と呟いては自分の席に向かうしかなかった。
そんな感じで更に十分も経つと、それはもう担任の先生も来てしまいそうな時間で、(まさか小巻ちゃんサボる気?)等と小百合の心は待たされた事への逆恨み状態へと入りつつあった。
そんな時、
「ぷは~っ!」
息もせずに走って来たとでもいうのか、大きく息を吐いた様な声を出しては、ぜぃぜぃと肩で息をする小巻の姿が突然教室の出入り口に現れたのだ。
あまりにも突然の出来事にビクンッと、それまでのだらけた体勢から一遍に体を起こして背筋を真っ直ぐにする小百合。
「セーフ。まだ先生来てないよ」
「おはよう」
その間にも出入り口付近にいた女子達が、登校して来た小巻へと口々に声をかける。
小巻はといえば、走って来て疲れてでもいるのか、教室の壁に寄り掛かる様にしながらそれに対して「おはよう」と答えていた。
(見えていない…みんなには見えていないんだ)
だから小百合はそのあまりにも普段通りの朝の教室の風景に、今もこうして自分には見えている小巻の頭の上のバーニーガールの耳が、他の生徒達には見えていないと確信した。と、同時に席を立ちながら床を思い切り蹴って小巻へと向かってダッシュする。
こういう時は本当に普段から体育のジャージで過ごしているのは丁度良い。
まだ立っている生徒達を掻き分け数秒で辿り着いた小百合は、壁に寄り掛かる小巻に当然の様に壁ドンをして囲い込んだ。
「おはよう小巻ちゃん」
「お、おはよう」
そのギラギラした目に凄みを感じた小巻は、少し尻込んで答える。
それもその筈だ。小百合はこの瞬間を昨日の夜から待っていたのだから。
「ねぇ、トイレ行かない」
だから小百合は、そう小巻に尋ねた。
───────────────────────────────
無言のまま手を引っ張られて連れて来られた女子トイレの中は、誰もいないようで静かだった。
それもその筈だ。もうすぐ各クラスとも朝のホームルームが始まる頃なのだから。
「小百合ちゃん、なーに? もう直ぐ先生来ちゃうよ」
だからギリギリセーフで教室に入って来た小巻は気が気ではない。
「そんな事より昨日はどうだったの? あれから変な事はなかった? 今日の朝は? 今日の朝は道行く人には変な目で見られなかった?」
しかし小百合の中の好奇心はそんな事にはお構いなしだった。
立て続けに出て来る疑問の数々は、まるで機関銃の様に次々と小百合の唇から発せられては、そんな小巻の心配も木っ端微塵に打ち砕いて行く。
「どうやらクラスの子達にも見えてはいなかったみたいだよね。もしかして私と小巻ちゃんにしか見えていないのだとしたら…」
幾つかの質問の最後にそう小百合が漏らした時、やっと小巻は自分が話すタイミングを掴んだのか、口を開いた。
「ねぇ小百合ちゃん、さっきから何の事? そろそろ教室に戻らないと本当にヤバイよ。私折角間に合う様に全力で走って来たのに」
そしてその言葉に小百合は思わず顎が外れるのではないかと思われる程に驚いた。
「えっ? 何の事って。まさか小巻ちゃんこんな大変な出来事も忘れちゃったの!?」
「大変な事って?」
もう駄目だと悟る小百合。
本当に小巻は寝てる間にでも昨夜の出来事を忘れてしまったのだ。
(それにしても朝起きて鏡も見て来なかったのかしら)
思わず見下してしまいそうになる小百合。昨日の手鏡の件をまだちょっと根に持っていたのだ。
「自分の頭のてっぺんの方を触ってみて。それからそこの鏡でよーく自分を見てみて」
だから小百合はすぐ側にある洗面台の鏡の方を指差すと、小巻に向かってそう告げた。
「ギャー! 何これ!? 私の頭に何かある~!」
直ぐにも言われるがままに頭に触れた小巻の絶叫がトイレ中に響き渡る。
その光景を見て小百合は、また最初から説明しなければいけないのかと思うと、相当面倒臭くて、思わず溜息を漏らした。
「はぁ~」
つづく
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