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第十話 電波塔の少女 その⑩ 静かな場所を探して
しおりを挟む小百合達が教室に戻ると、中は二十人程の男子と女子がそれぞれ近くの友達とあーだこーだと盗撮に関する憶測を語り合っていて、騒然とした状態になっていた。
そんな事だから扉を引いて入って来た当事者の二人には女子が数人直ぐに駆け寄って来る。
「やっと戻って来た」
「どうだった?」
「犯人は分かった?」
小百合と小巻の周りに群がりながら尋ねて来る女子達。
そんな状態が悦に入ったのか、小巻は教壇の方へと歩くと教卓に手を付いて少し満足気な表情で話し出した。
「犯人はまだ分からないの。それに私達が見つけた盗撮カメラも、今は何処かに消えてなくなっていたの」
「えっ?」
「カメラが消えた?」
彼女達の反応に小巻は更に頬を綻ばすと嬉しそうに話し出す。
「でも大体目星は付いてるの。きっと犯人は体育の九木沢の奴よ。アイツちょっと一部の女子から人気あるからって調子乗ってるし、いつも体育の授業中、私達を見る目がエロくない? こうなんか上から下まで舐め回す様に見てるしさ。それからそうそう、ウチの学校が今でもブルマなのも、きっとアイツの仕業だよ」
(おいおい、それ全部小巻ちゃんの主観だろ)
これには流石に側で腕を組んで聞いていた小百合も九木沢先生に同情しては、冷ややかに笑うしかなかった。
そしてそんな小巻の話をもっともらしく聞いては、「お~!」等と声を上げたり頷いたりしている女子を見て、少し不味い気もして来たので、小百合は小巻に声をかける。
「ちょっと小巻ちゃん、まだ何も分かっていないじゃない。それにカメラは失くなっていたんだよ。それでも先生が信じてくれたから良かったけれど…あ、そうそう、それよりも先生に頼まれた事を伝えないと」
小巻に話しながら途中で先生からの言付けを思い出した小百合は、そこで慌てて教壇の上、小巻から教室中のみんなの方へと顔を向けた。
そしていまだ立ち上がったりして騒然としているクラスメイト達に向かって今度は口を開く。
「あの、みんな、八千代先生からの言付けで、これから先生達は今回の事で話し合いをするそうだから、他のクラスの迷惑にならないように静かに席に着いて自習をしていて下さいだって」
「静かに? 席に着いて? そこまで先生言ってたっけ。あははは、それに誰も小百合ちゃんの話聞こえてないみたいだよ」
いつの間にか隣に来ていた小巻が小百合の耳元で囁く。
確かに周りを見ると相変わらず席を立って仲の良い友達の所に行っては話している生徒の姿も目立つし、盗撮の話題でみんなが持ちきりなのも一目瞭然だった。
その上今小巻からカメラが消えていたという話を聞いた女子もまた席の方に戻って友達にその事を伝えているのだから話はどんどん大きくなるばかりだ。
「なんかね、噂によると体育の九木沢先生が怪しいらしいよ」
既にそんな事まで実しやかに語られ始めている。
「ちょっと、無関係かも知れないのに九木沢先生の名前まで出ちゃってるじゃない」
その様子に隣の小巻にそう言っては肘で脇腹を突っつく小百合。
「あははははは♪ まぁいいじゃん。私あの先生嫌いだし~」
しかし当の小巻は反省する所か、笑ってそれに答えた。
「まいったな。これじゃあ先生との約束も守れないし、小巻ちゃんの頭に生えてる耳の事もゆっくり調べられないじゃない」
「それに犯人探しもでしょ」
相変わらずニヤニヤ笑いながら、小百合の話に答える小巻。
その様子を横目に見ながら小百合はしょうがなく「うん」と頷くしかなくしていると、更に小巻が耳元で誰にも聞こえない様に囁いて来た。
「私、良い所知ってるよ」
───────────────────────────────
「ちょっと、これじゃあ私達が一番先生との約束を破っている事になるじゃない!」
小巻に連れられてその場所にやって来た小百合は、今にも掴み掛からんばかりの声で隣に立っている小巻に叫んだ。
「でも授業中の今なら、ここは誰もいない筈だからゆっくり考えたり話したりするには格好の場所だよ。それに一時限目が自習ならば、それまでに戻れば先生にも出歩いていた事はバレないよ」
「バレなきゃ良いって問題じゃないでしょ! 約束は約束なんだから、自習中にこんな風に出歩くなんて、先生への裏切りだよ。しかも教室からこんなに遠い場所なんて」
「シー。もうあんまり大きな声出さないでよ。誰か来たら困るじゃない。本当に小百合は先生ってものに特別な感情を持っているみたいね。でもね、先生だって人間だし、人の子なんだから、約束を破る時もあれば人を裏切る事だってあるんだよ。だからそんな特別視して大騒ぎしないで、ね、いいから中に入ろう」
先生との約束に拘る小百合を、小巻はそう諭すと、用心深気にソロソロと目の前の引き戸を横に引く。
ガラッ ガラッ ガラッ
レールの上を引かれて行く引き戸の音がそれに合わせて途切れ途切れに聞こえる。
「ほら、やっぱり誰もいない」
開いた入り口から顔だけを先に入れて周囲を覗き込んだ小巻は、そう言うと後ろに立っている小百合の事などはお構いなしといった具合に、スタスタと中へと歩いて入って行った。
つまりは小巻の気が変わる事もなければ、もはや後戻りする事も出来ないという事なのだ。
考え方というものは人それぞれ違うもの。
どちらかが自分の意見を曲げなければいけない場合等は、子供の頃から往々にしてあるものだ。
そして今回それは、小百合の番だった。
「もう…」
だから彼女はそう呟くと、何かを諦めたかの様に、既にかなり奥の方まで歩いて行っている小巻の後を追う様に、その図書室の出入り口を跨いでは中へと入った。
図書室は小百合達の教室とは別の階の、校舎の一番隅っこにあった。
つづく
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