終焉の秋花火

幸甚

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花火

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「ここは、花火大会?」
俺は、流れる人混みの中に立ち止まり、呟いた。当然、大きく夜空に咲く青い花火の音に消える。空が染まり、人々が上を向く。そして、聞こえる、
「きれいだねぇ」
「良いなぁ、花火は。いつ見ても」
と感嘆の声を漏らす様々な人。
溢れる人混みの中には浴衣を着た人や、学生だろうか、友達らしき人と仲良く話している人もいる。右を向いても人。左を向いても人。上を見ると、まだ淡い空に、綺麗な花が色付く。華やかな光に、遅れてくる音。夏に染まり、夏に終わる。
俺は、上を感情無くボーッと眺めていた。すると、おそらく今日一番大きいであろう花火が、夏の夜空に満開に響いた。鮮やかに鮮明化する人々の凛とした顔。俺も偶然にもその一人なのだ、と実感する。あの赤い花火は、我々に余韻を与えた。風が吹き抜け、屋台のガソリンと甘くてジャンキーな食べ物の匂いが絶妙に混ざり、鼻を通って全身に澄み渡る。
俺は無意識の内に、一人の幸せそうな少女に焦点を合わせ、見つめていた。程良い闇がどうしよもない位に気持ちよかった。この時だけ、自分も皆も光に照らされていないのが目に見えて分かっていたから。
たまに、自分に線を書いたような陰が出来る。
「俺は、何が、したいんだ?」
自分に問いかけて帰ってくるはずもない。が、本当に悩んでいることを、正直に綺麗な夜空に向かって言った。
やはり、俺は、夏の花火に魅了されたらしい。
幸せそうな少女を陰に見失い、山びこに反射する花火の破裂音を聞きながら花火を無心に見る。絶えず移動する人々の群の中で立ち止まって空を仰ぐ。淡かった空は、黒く沈み、完全な闇になる。
「おい、邪魔なんだよ」
立ち止まっていたからか、低い声で軽蔑された。そんな気がした。が、
「ごめんごめん、嘘だよ~~」
こんな夜に似合わない花火より鮮やかな笑顔で笑う少女。俺の探求心の源で古くからの親友とでも言う必要がある人物。名前は、まだ言わないことにする。俺達は、もう大学を卒業していて、社会人の道へと寄りかかろうとしている。
そんな中で意味もなく誘われ自分を見つめる機会となってしまった。
彼女は、片手にチョコバナナを二本持っている。じゃんけんで勝ったので貰えたそうだ。何時までも、少女な少女。
チョコバナナ、綿飴、リンゴ飴、気持ち悪くなってきそうなほど、甘い。はず。
目の前が、死ぬほど暗い。でも、彼女に笑われると、不思議と悪い気がしない。
あの人は、夜に凛然と咲く花。
「ねぇ、初めて花火大会に来たときのこと覚えてる?」
彼女が俺の顔を見つめる。偶然にも、花火が群を成して大量に咲いたので短い間ができた。
彼女はまだ俺を見つめる、のがわかる。俺は花火が返り咲くのを待つように、視界を前に広げ、潤いに満ちた人々の目を見る。丁度、花火の時雨に一段落着いたので、彼女の方に目をやると、一瞬、悲しいような、寂しいような表情から取り繕った笑顔の表情に移り変わる。
「それで、憶えてるの?」
彼女が、バツが悪そうに質問する。
「俺は、お前が迷子になったことしか覚えてねぇよ」
「やっぱりそう来ると思った」
天真爛漫に笑う。さっきの表情を忘れ、花火と共に目を向ける。



俺と彼女は昔から仲が良かった。不思議といつも隣に笑う彼女がいた。
俺が男友達と話しているときも、彼女は無理矢理にでも、俺達のグループに入ろうとしてきていた。その理由は一つ。彼女にとって"俺"という存在が特別だから。
「なあ、あいつ女のくせにさ、邪魔じゃね?」
俺の友達が、言葉を吐き捨てた。
何時も傍にいるのに、休みだったりの時は、何かが当てはまらなかった。虚無感が誰も座っていない椅子に漂う。そう、俺は気付いた。
俺にとって、"彼女"は特別だ、と。
結局、彼女と同じ中学校に進学し、高校も一緒で大学も同じになった。ひとりが一人のために、毎日を過ごしてきた。だから、裏切りたくないし裏切られたくないのだ。
彼女には、僕には。
大学生活も終わり、今いるのは地元の花火大会。あの頃から微塵も変わっていない。
初めて、彼女と花火大会に出向いた時のことは、昨日のように、いや十分前のように思い出せる。あれは中学一年生になってからだと思う。親には、友達と行くと、浅はかな嘘をつき、彼女といつもどうり会う。
彼女の方から話題を持ちかけてくれて、会話に隙がない。まさしく、彼女といると自分が出せる、と言うふうな関係にもたれ掛かる。
彼女が隣に、花火を眺める。普段は味わえない特別な時間。深く考えずに、この時間がいつまでも続けばいいな、と聞こえない程度に、ボソッと呟く。
その後、彼女が迷子になってしまったのだ。事の発端は、彼女の無茶振り。こんなに人がいるにも関わらず、あの射的屋さんまで追いかけっこしようと言い出したのだ。俺は、人混みに呑まれ、彼女を見失い、必死に探した。
その時この瞬間、花火が、散ってあたりが照らされ、手を伸ばしても届かなそうな距離に、温もりを感じた。
そう、赤い花火に照らされ、彼女の顔を、寂しそうで不安でいっぱいの、あの顔を見つけることができた。彼女は、俺は、独りの自分を抱きしめ、愛を感じながら花火大会を堪能したものだ。赤い花火が、俺らを結び付けてくれたのだ。

「あぁ、花火大会終わるなー」
彼女が、叫んだ。応えるように、最後の鮮やかな花火が終焉を迎えた。不意に、彼女の香りを感じ、目が滲む。
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