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Pluie et petits plaisirs
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雨なんて、大嫌い――
幼稚園の運動会、3年連続で雨だった。
小学校の入学式、大雨で折角の桜はみんな散ってしまった。
お父さんがお休みの日に限って雨が降るから、去年の夏は一度も海水浴に行けなかった。
◇
小石川雨音――私の名前。
誕生日は6月24日。
梅雨の長い雨の中で産まれた私に、お父さんとお母さんはこんな名前をつけたんだって。
……正直、あんまり好きじゃない。
私が何かするとき――例えばお誕生日会とか、遊園地に行くとか――必ずと言っていいぐらい雨が降る。
こういう女の子のことを「雨女」って言うんだって、クラスのみっちゃんが言っていた。
雨女なんて、なんにも嬉しくない。
先週の体育だって、外でドッジボールの予定だったのに、雨が降ったせいで体育館で縄跳びになった。
うちの小学校の体育館は小さいから、ドッジボールとかバスケットとか、広いコートを使う運動は高学年の人が優先なんだって。
私たちは端っこの方に追いやられて静かに縄跳びをするだけ。
二重跳びなんて何回やったって絶対無理だし。
登下校の時、靴下とか洋服がぐちゃぐちゃに濡れるのも雨が嫌いな理由だ。
月曜日とか金曜日とか、ランドセルの他に給食袋とか余計な荷物がある日に限って雨が降るんだ。
ランドセルが傘から出てたら中の教科書やノートが濡れちゃうし、かといって傘を後ろに傾けたらスカートの前のところがすごく濡れるし、そもそも荷物が重くてまっすぐにさせない。
お兄ちゃんのお下がりの長靴も、青くて男の子みたいだし全然好きじゃない。
◇
今日はほんとは、遠足で三角公園に行く予定だった。
もともとの遠足の日は昨日だったけど雨で延期になって、でも予備日の今日も雨だったから遠足は中止。
いつもの教室でみんなで給食の代わりにお弁当を食べて、ちょっとだけお菓子も食べて、それでおしまい。
せっかく一生懸命300円分計算して買ったお菓子もほとんど残ってる。
だって鬼ごっこも遊具遊びもしてないのに、お腹なんて全然すかないし。
遠足用にリクエストした唐揚げとサンドイッチのお弁当を食べたらお腹いっぱいで、なにより教室の椅子と机でお菓子なんか食べたって全然おいしくない。
あまり軽くなってないリュックサックを背負って私はとぼとぼと下校していた。
うちまでもうあと少し、というところで、大きな音を立てて車が私のすぐ傍を走った。
そうっと走ってくれたらいいのに、勢いよく道路わきの水たまりを踏んでいったせいで、私は顔も服もびしょ濡れになることになった。
「ぅ……うぅぅ……」
冷たいし、汚いし、遠足には行けないし、思わず涙がこみあげてきた。
我慢しようとするけれど、雨で冷たいほっぺたにあったかい涙が流れる。
ついでに鼻水も出ている気がするけれど、そんなことを気にしている余裕はなかった。
「ぅ、うえええぇ……」
涙は、出れば出るほどどんどん止まる気配はなくて、私はまるで幼稚園の子みたいに大声で泣きじゃくった。
私ばっかり。雨のせいで。
「雨音ちゃん……? どうしたの?」
「ひぐっ……ふっ……」
背中からかけられた声に振り向くと、そこに立っていたのは近所に住んでる優しいお姉さん。
私のぐちゃぐちゃの顔を見ると、お姉さんはすぐに私をぎゅっと抱きしめた。
可愛いピンクの傘を上手にさしてるから全然濡れてなかったお姉さんの服が、私の涙と汚れた服で濡れていく。
「おっ、ねえ、さっ……ふくっ……濡れちゃ、うっ……ひぐっ……」
「んー? ぜーんぜん大丈夫。安物だし普通にお洗濯できるから。これ、こないだのセールで1200円だったんだよ、すごくない?」
まだあんまり自分で洋服のお買い物をしない私には、1200円のワンピースが安いのかどうかは分からなかったけれど、お姉さんは私の背中をぽんぽんと撫でた。
◇
「はいっ、ココア、まだちょっと熱いから気を付けてね」
「うん、ありがとう」
お姉さんのお部屋に入れてもらった私は、可愛いペンギンのマグカップを受け取る。
シャワーで綺麗になった身体に、ココアがあったかい。
「雨音ちゃんの洋服、乾燥機にかけてるから、しばらく私のTシャツで我慢してね。大学のサークルのやつだから、ちょっとダサいかもだけど……一番小さいのがそれだったから、ごめんね?」
「ううん、かわいい」
「あ、ほんと? よかった、私はその牛柄好きなんだけど、友達には不評なんだよね。雨音ちゃんはセンスがあるね」
そう言って笑うお姉さん――吉田優里さん――は、名前の通りにすごく優しい。
今日はお母さんがパートで、お兄ちゃんが部活で遅くなることを言ったら、すぐに一人暮らしのアパートに入れてくれた。
ハートのクッション、小さいサボテン、おしゃれな写真立て。
お姉さんの部屋はすごく可愛いものだらけだ。
◇
「そっかぁ、遠足が中止かあ。それは残念だったね」
食べきれなかった遠足用のお菓子を食べながら私はお姉さんに今日の出来事を伝える。
今日だけじゃない、私の人生はいっつも雨なのだ。
「雨音ちゃんは、雨が嫌いなの?」
「うん、大っ嫌い。遠足もなくなるし、なんにも出来ないし。いっそ、晴音って名前にしてくれたらよかったのに」
「えー、私は『雨音』ちゃんって名前すごく好きだけどなぁ。うーんそうだね、ちょっと待っててね」
そう言ってお姉さんはクローゼットから何やらごそごそと探し始めた。
あった、と割とすぐに出てきたのは木の棒と大きな布。
「? なにそれ?」
「これはね、こないだの誕生日で友達にもらったんだけど……ほら、こうするの」
お姉さんがテキパキと棒と布を組み立てると、それはあっという間にテントみたいになった。
パステルカラーと動物の模様がお姉さんらしくて可愛い。
「お部屋の中にテントができた……」
「ティピーっていうんだけどね。ほら、お菓子と水筒持ってこっち来て」
言われるがままにお菓子をもってそのテントの中に入る。
お姉さんと2人で入るとぎゅうぎゅうだ。
でもなんか楽しい。
「すごい、秘密基地みたい」
「でしょ?」
さっそくチョコレートを広げて食べてみる。
教室で食べたのと同じもののはずなのに、すごくおいしい。
「あ、雨音隊長、それは貴重な食料ですよ」
「え、なにそれ」
「っていう設定。雨音ちゃんが隊長で、私は優里3等兵」
「……3等兵って偉いの?」
「うーん、多分そんなに偉くない。隊長がこの辺としたらきっとこの辺かな」
両手で私の頭ぐらいと地面近くを指すお姉さん――優里3等兵。
「えー、それじゃあ貴重な食料はあまりあげられないなぁ」
「そ、そんな、あんまりであります雨音隊長」
「うーんしょうがない、じゃあこのグミを分けてあげよう。大事に食べなさい」
「あ、ありがたいであります!」
まるですごく大事な物のようにグレープ味のグミを受け取るお姉さん。
目が合うと私たちは同時に吹き出してしまった。
「へ、へんなのっ!」
「ふふっ! ね、おかしいね」
“貴重な食料”を大事に分け合いながら、私たちはペンとか折り紙とか色々なものをテントに持ち込んだ。
お姉さんは絵もすごく上手だし、ツルしか折れない私と違って綺麗なバラを折り紙で作ってしまった。
◇
「うーん……? これで、ここを……あ、こうか! できた!」
作り方が書いてある本をお手本に、私がせっせと作ったのはお姉さんのよりだいぶ歪んだ赤いバラ。
それでもまぁ一応お花っぽい形にはなっている。
「あ、できた? うん、上手じゃない!」
「うーん、でもお姉さんの作ったこっちの方がすごく上手」
「私は雨音ちゃんくらいの年からずっと作ってたから。好きなんだよね、バラ。最初は難しくて本見ても分からなくて、お母さんに手伝ってもらったりしたけど、雨音ちゃんは器用だねぇ」
「えへへへ」
褒められたことがすごく嬉しくて私は思わず笑ってしまう。
と、お姉さんの手にあるものに気が付いた。
折り紙の本を借りた時に、『預かってもいいかな』と言われて渡した私の可愛くない長靴。
「あ、そういえばお姉さんは何してたの?」
「実はね――」
『じゃーん!』そう言って目の前に差し出された私の長靴。
お下がりで、青くて、大嫌いな長靴が、綺麗に磨かれて――そして可愛い人魚姫の絵が描かれていた。
「ど……どうかな? 青い海をイメージしてみたんだけど……」
少し不安げに私の顔色をうかがうお姉さんに、私は勢いよく抱き着いた!
「うわっと!」
「ありがとうお姉さん! すっっっごく、可愛い!」
「あ、ほんと?! よかったぁ……!」
少しも可愛くなかった男の子みたいな青い長靴、お姉さんの手で魔法をかけられたみたいにすごく輝いて見えた。
「これで少しは、雨の日が楽しみになるといいかなって思って」
「うん! すごい、魔法みたい!」
雨の日なんて、可愛くない靴で、なんにも出来なくて大嫌いだったけれど。
「雨の日は、バラ、練習するね。綺麗に出来たら、お礼にプレゼントするから!」
「うわぁ、それは楽しみだな。じゃあ次は、ビニール傘に魔法をかけてみようか」
「うん!」
いつの間にか外の雨はやんでしまっていたけれど。
明日も雨だったらいいな、なんて思った。
◇ ◇ ◇
――雨の日によく遊んでくれたお姉さん。
そのあとを追うように、私も同じ芸術大学へ進学した。
専ら写真を撮る毎日で、先日出品した『雨の湖畔』は入賞はしなかったけれど非常に幻想的だと結構いい評価を貰えた。
大学からの帰り道、最寄りの公園。
休憩所の屋根の下でため息をつく女の子の姿が目に入った。
あれは、向かいのお家の麗奈ちゃんだ。
「どうしたの? こんなところで」
声をかけると、麗奈ちゃんは酷くがっかりした声で呟いた。
「雨だから、なんにも出来なくて、つまんないの。仲のいいお友達は塾だし、公園には誰もいないし、お母さんはお仕事だし。……雨なんか大っ嫌い」
拗ねたように地面を蹴りながらそう言う麗奈ちゃん。
私はその肩にぽんと手を置いた。
「ね、もしよかったら、うちに遊びに来ない? 雨の日の遊び、教えてあげる」
幼稚園の運動会、3年連続で雨だった。
小学校の入学式、大雨で折角の桜はみんな散ってしまった。
お父さんがお休みの日に限って雨が降るから、去年の夏は一度も海水浴に行けなかった。
◇
小石川雨音――私の名前。
誕生日は6月24日。
梅雨の長い雨の中で産まれた私に、お父さんとお母さんはこんな名前をつけたんだって。
……正直、あんまり好きじゃない。
私が何かするとき――例えばお誕生日会とか、遊園地に行くとか――必ずと言っていいぐらい雨が降る。
こういう女の子のことを「雨女」って言うんだって、クラスのみっちゃんが言っていた。
雨女なんて、なんにも嬉しくない。
先週の体育だって、外でドッジボールの予定だったのに、雨が降ったせいで体育館で縄跳びになった。
うちの小学校の体育館は小さいから、ドッジボールとかバスケットとか、広いコートを使う運動は高学年の人が優先なんだって。
私たちは端っこの方に追いやられて静かに縄跳びをするだけ。
二重跳びなんて何回やったって絶対無理だし。
登下校の時、靴下とか洋服がぐちゃぐちゃに濡れるのも雨が嫌いな理由だ。
月曜日とか金曜日とか、ランドセルの他に給食袋とか余計な荷物がある日に限って雨が降るんだ。
ランドセルが傘から出てたら中の教科書やノートが濡れちゃうし、かといって傘を後ろに傾けたらスカートの前のところがすごく濡れるし、そもそも荷物が重くてまっすぐにさせない。
お兄ちゃんのお下がりの長靴も、青くて男の子みたいだし全然好きじゃない。
◇
今日はほんとは、遠足で三角公園に行く予定だった。
もともとの遠足の日は昨日だったけど雨で延期になって、でも予備日の今日も雨だったから遠足は中止。
いつもの教室でみんなで給食の代わりにお弁当を食べて、ちょっとだけお菓子も食べて、それでおしまい。
せっかく一生懸命300円分計算して買ったお菓子もほとんど残ってる。
だって鬼ごっこも遊具遊びもしてないのに、お腹なんて全然すかないし。
遠足用にリクエストした唐揚げとサンドイッチのお弁当を食べたらお腹いっぱいで、なにより教室の椅子と机でお菓子なんか食べたって全然おいしくない。
あまり軽くなってないリュックサックを背負って私はとぼとぼと下校していた。
うちまでもうあと少し、というところで、大きな音を立てて車が私のすぐ傍を走った。
そうっと走ってくれたらいいのに、勢いよく道路わきの水たまりを踏んでいったせいで、私は顔も服もびしょ濡れになることになった。
「ぅ……うぅぅ……」
冷たいし、汚いし、遠足には行けないし、思わず涙がこみあげてきた。
我慢しようとするけれど、雨で冷たいほっぺたにあったかい涙が流れる。
ついでに鼻水も出ている気がするけれど、そんなことを気にしている余裕はなかった。
「ぅ、うえええぇ……」
涙は、出れば出るほどどんどん止まる気配はなくて、私はまるで幼稚園の子みたいに大声で泣きじゃくった。
私ばっかり。雨のせいで。
「雨音ちゃん……? どうしたの?」
「ひぐっ……ふっ……」
背中からかけられた声に振り向くと、そこに立っていたのは近所に住んでる優しいお姉さん。
私のぐちゃぐちゃの顔を見ると、お姉さんはすぐに私をぎゅっと抱きしめた。
可愛いピンクの傘を上手にさしてるから全然濡れてなかったお姉さんの服が、私の涙と汚れた服で濡れていく。
「おっ、ねえ、さっ……ふくっ……濡れちゃ、うっ……ひぐっ……」
「んー? ぜーんぜん大丈夫。安物だし普通にお洗濯できるから。これ、こないだのセールで1200円だったんだよ、すごくない?」
まだあんまり自分で洋服のお買い物をしない私には、1200円のワンピースが安いのかどうかは分からなかったけれど、お姉さんは私の背中をぽんぽんと撫でた。
◇
「はいっ、ココア、まだちょっと熱いから気を付けてね」
「うん、ありがとう」
お姉さんのお部屋に入れてもらった私は、可愛いペンギンのマグカップを受け取る。
シャワーで綺麗になった身体に、ココアがあったかい。
「雨音ちゃんの洋服、乾燥機にかけてるから、しばらく私のTシャツで我慢してね。大学のサークルのやつだから、ちょっとダサいかもだけど……一番小さいのがそれだったから、ごめんね?」
「ううん、かわいい」
「あ、ほんと? よかった、私はその牛柄好きなんだけど、友達には不評なんだよね。雨音ちゃんはセンスがあるね」
そう言って笑うお姉さん――吉田優里さん――は、名前の通りにすごく優しい。
今日はお母さんがパートで、お兄ちゃんが部活で遅くなることを言ったら、すぐに一人暮らしのアパートに入れてくれた。
ハートのクッション、小さいサボテン、おしゃれな写真立て。
お姉さんの部屋はすごく可愛いものだらけだ。
◇
「そっかぁ、遠足が中止かあ。それは残念だったね」
食べきれなかった遠足用のお菓子を食べながら私はお姉さんに今日の出来事を伝える。
今日だけじゃない、私の人生はいっつも雨なのだ。
「雨音ちゃんは、雨が嫌いなの?」
「うん、大っ嫌い。遠足もなくなるし、なんにも出来ないし。いっそ、晴音って名前にしてくれたらよかったのに」
「えー、私は『雨音』ちゃんって名前すごく好きだけどなぁ。うーんそうだね、ちょっと待っててね」
そう言ってお姉さんはクローゼットから何やらごそごそと探し始めた。
あった、と割とすぐに出てきたのは木の棒と大きな布。
「? なにそれ?」
「これはね、こないだの誕生日で友達にもらったんだけど……ほら、こうするの」
お姉さんがテキパキと棒と布を組み立てると、それはあっという間にテントみたいになった。
パステルカラーと動物の模様がお姉さんらしくて可愛い。
「お部屋の中にテントができた……」
「ティピーっていうんだけどね。ほら、お菓子と水筒持ってこっち来て」
言われるがままにお菓子をもってそのテントの中に入る。
お姉さんと2人で入るとぎゅうぎゅうだ。
でもなんか楽しい。
「すごい、秘密基地みたい」
「でしょ?」
さっそくチョコレートを広げて食べてみる。
教室で食べたのと同じもののはずなのに、すごくおいしい。
「あ、雨音隊長、それは貴重な食料ですよ」
「え、なにそれ」
「っていう設定。雨音ちゃんが隊長で、私は優里3等兵」
「……3等兵って偉いの?」
「うーん、多分そんなに偉くない。隊長がこの辺としたらきっとこの辺かな」
両手で私の頭ぐらいと地面近くを指すお姉さん――優里3等兵。
「えー、それじゃあ貴重な食料はあまりあげられないなぁ」
「そ、そんな、あんまりであります雨音隊長」
「うーんしょうがない、じゃあこのグミを分けてあげよう。大事に食べなさい」
「あ、ありがたいであります!」
まるですごく大事な物のようにグレープ味のグミを受け取るお姉さん。
目が合うと私たちは同時に吹き出してしまった。
「へ、へんなのっ!」
「ふふっ! ね、おかしいね」
“貴重な食料”を大事に分け合いながら、私たちはペンとか折り紙とか色々なものをテントに持ち込んだ。
お姉さんは絵もすごく上手だし、ツルしか折れない私と違って綺麗なバラを折り紙で作ってしまった。
◇
「うーん……? これで、ここを……あ、こうか! できた!」
作り方が書いてある本をお手本に、私がせっせと作ったのはお姉さんのよりだいぶ歪んだ赤いバラ。
それでもまぁ一応お花っぽい形にはなっている。
「あ、できた? うん、上手じゃない!」
「うーん、でもお姉さんの作ったこっちの方がすごく上手」
「私は雨音ちゃんくらいの年からずっと作ってたから。好きなんだよね、バラ。最初は難しくて本見ても分からなくて、お母さんに手伝ってもらったりしたけど、雨音ちゃんは器用だねぇ」
「えへへへ」
褒められたことがすごく嬉しくて私は思わず笑ってしまう。
と、お姉さんの手にあるものに気が付いた。
折り紙の本を借りた時に、『預かってもいいかな』と言われて渡した私の可愛くない長靴。
「あ、そういえばお姉さんは何してたの?」
「実はね――」
『じゃーん!』そう言って目の前に差し出された私の長靴。
お下がりで、青くて、大嫌いな長靴が、綺麗に磨かれて――そして可愛い人魚姫の絵が描かれていた。
「ど……どうかな? 青い海をイメージしてみたんだけど……」
少し不安げに私の顔色をうかがうお姉さんに、私は勢いよく抱き着いた!
「うわっと!」
「ありがとうお姉さん! すっっっごく、可愛い!」
「あ、ほんと?! よかったぁ……!」
少しも可愛くなかった男の子みたいな青い長靴、お姉さんの手で魔法をかけられたみたいにすごく輝いて見えた。
「これで少しは、雨の日が楽しみになるといいかなって思って」
「うん! すごい、魔法みたい!」
雨の日なんて、可愛くない靴で、なんにも出来なくて大嫌いだったけれど。
「雨の日は、バラ、練習するね。綺麗に出来たら、お礼にプレゼントするから!」
「うわぁ、それは楽しみだな。じゃあ次は、ビニール傘に魔法をかけてみようか」
「うん!」
いつの間にか外の雨はやんでしまっていたけれど。
明日も雨だったらいいな、なんて思った。
◇ ◇ ◇
――雨の日によく遊んでくれたお姉さん。
そのあとを追うように、私も同じ芸術大学へ進学した。
専ら写真を撮る毎日で、先日出品した『雨の湖畔』は入賞はしなかったけれど非常に幻想的だと結構いい評価を貰えた。
大学からの帰り道、最寄りの公園。
休憩所の屋根の下でため息をつく女の子の姿が目に入った。
あれは、向かいのお家の麗奈ちゃんだ。
「どうしたの? こんなところで」
声をかけると、麗奈ちゃんは酷くがっかりした声で呟いた。
「雨だから、なんにも出来なくて、つまんないの。仲のいいお友達は塾だし、公園には誰もいないし、お母さんはお仕事だし。……雨なんか大っ嫌い」
拗ねたように地面を蹴りながらそう言う麗奈ちゃん。
私はその肩にぽんと手を置いた。
「ね、もしよかったら、うちに遊びに来ない? 雨の日の遊び、教えてあげる」
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