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1章
ピクニック
しおりを挟む「奥様。ピクニックの準備が整いましたよ」
イリスがバスケットを手に持って、再度アンジェの部屋へと訪れた。
公爵家に嫁い一月が経つが、まだあまり外に出ていない事にアンジェは気づく。
いつも自室に篭もり、勉強したりピアノを弾く。後は読書や刺繍等をする……そんな日々ばかりを送っていたのだ。
だからピクニックを提案された時、とても嬉しかった。
しかし、あまり喜びすぎたら子供だと馬鹿にされるかもしれない。だからあまり喜び過ぎない程度に喜んでいる風を装ってみせた。
イリスに案内され、庭へとやって来たアンジェ。
公爵邸の庭の東側には大きな大樹が有る。その大きさからは力強い生命力が感じとれる。
そんな大きな木の下にシートを敷いて、早速ピクニックを開始した。
「奥様は甘い物をよく好んでおららるので、沢山のフルーツをあしらったフルーツサンドを御用意致しました」
「フルーツ…サンド」
そう小さく呟くと、脳裏に声が響き渡った。
『アンジェ』
その声にアンジェは思いを浸らせる。
フルーツタルトを持って部屋へと訪れてきたリアの姿を思い出したのである。
幼い頃から病弱だったアンジェをいつも心配し、習い事やお茶会での話を沢山してくれた。
そんな大好きな姉の姿を思い出し、一気に寂しさに駆られた。
しかし、自分が望んで今この場所に居るのだ。
今更帰ることなんて出来ないし、ましてや泣くことも出来ない。
「もしかして…フルーツサンドは苦手でしたか?」
「いいえ。ただちょっとお姉様のことを思い出していただけです。心配させてごめんなさい」
「お姉様のことをですか……。あ、あの! 奥様が嫌でなければですが、御家族のお話をお聞かせ下さいませんか?」
イリスからの申し出にアンジェは驚いた。
しかし、ここ最近ずっと部屋に篭ってばかりでろくに人と会話すらしていない事を思い出した。
病気のことがバレないかの不安で、人と接する事を避けていたのだ。
イリスからの提案は、アンジェを気遣ってのことだと直ぐに察したアンジェは、イリスに家族の話をする事に決めた。
とは言っても、アンジェの家庭は表面だけ取り繕った家族である。中身は商人と商品の様な関係であるが、両親から真実を口にしてはならないと強く釘を刺されているので、アンジェは両親が言う完璧な家庭についての模範回答を淡々と口にする。
「私の家族はとっても優しい人ばかりなんです。お父様はいつも私達家族のことを一番に考えて下さってて、お母様は暖かい笑顔と声で私達を支えてくれます」
そんな風に両親のことを思ったことなんて一度も無いが。
「最後にお姉様ですね。お姉様は可愛くて綺麗で凄く立派で、私の事を何より大切にしてくれています。そんなお姉様は、私にとって世界一大切な人ですし、私の憧れです」
姉のリアだけは、アンジェ自身が感じている事をありのまま言葉にし、イリスに伝えた。
イリスはリアの話をするアンジェの穏やかな表情に、笑みを浮かべる。
気づけばアンジェはイリスにリアとの思い出話を沢山していた。
無邪気な笑みを浮かべながら話すアンジェに、イリスはつられて笑みを浮かべる。その笑みは心から安堵した様なそんな笑みであった。
イリスがアンジェの専属侍女になったのには理由があった。
それは、アンジェとイリスは年齢が近い為、イリスにならアンジェは心を開くかもしれない、と言うものだ。
なにせ、アンジェは十二歳だと言うのに妙に落ち着きがある。もしかしたらそれは、公爵家の使用人達に人見知りしているのかもしれない。
そう考えたメイド長がアンジェと一番歳の近いイリスをアンジェの専属侍女へと認定したのだ。これは少しでも早く心を開いて欲しい。そして、楽しく笑顔で毎日を過ごして欲しい…という願いからだった。
無邪気な笑顔で大好きなリアの話をするアンジェの姿を見て、イリスは微笑ましそうに見つめると共に、安堵していた。
初めてアンジェを見た時、十二歳とは思えない落ち着きと大人っぽさを感じていたが、実際はイリスの方が四歳年上で、もしかしたら自分よりも大人な面が多いかもしれない、なんて言う不安もあったが、その心配は要らなかったらしい。
アンジェの年相応の一面を見れてイリスは嬉しく感じた。
「ねぇ、イリス。貴方が良ければだけど、イリスの御家族のお話も聞きたいです」
「私ですか? 構いませんが、面白い話は一つも有りませんよ」
イリスはそうは言ったものの、アンジェの願い通り、自分の家族の話を始めた。
イリスは地図にも載っていないような小さな村で生まれた。
しかし、村がモンスターの群れによって壊滅させてしまった。生きる希望も失いかけていたその時、村の様子を見に訪問してきたグレジス公爵家の前当主に拾われたらしい。
モンスターの群れによって村が襲われ、壊滅状態にされる話はここ数年で良く耳にするようになった。しかし、こうも身近に体験者が居ることに驚きを隠せなかった。
「……無理して話させてしまいましたよね。ごめんなさい」
「奥様が謝る事では有りません。それに、もう過去の話です。気にしてませんよ」
そう言ってイリスは微笑んだ。
しかし、その笑顔にアンジェは心が更に苦しくなる。
大好きな人離れ離れになる辛さは、アンジェもよく知っているからだ。けれど、イリスの場合、もう絶対に会えなくて、アンジェはまだ大好きなリアと会うことが出来る。
命
それが有るか無いかによって生まれるあまりにも大き過ぎる違いに、アンジェは更に胸が苦しくなった。
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