余命六年の幼妻の願い~旦那様は私に興味が無い様なので自由気ままに過ごさせて頂きます。~

流雲青人

文字の大きさ
13 / 93
1章

夕方の一時

しおりを挟む


 リディスと別れた後、アンジェは自室で買ってきたばかりの本を読んでいた。

 王都には沢山の人々が行き交い、そして中には色々な種族の者達も居た。けれど、見ただけではその人の性質等わかる訳も無く、結果ルーンに相応しい相手探しは今回は断念することとなった。

 ペラリとページを捲った時、ふとズキリと腕が傷んだ様な気がしてアンジェは指輪を取り、袖をめくる。


 「うわっ……」


 そして腕にある紋様を見るなり、アンジェは顔を歪めた。

 魔紋の呪いを患って一ヶ月。
 腕にだけあった筈の禍々しい紋様は、気付けば肩へと伸び、そして首をぐるぐると巻く首輪の様になっていた。


 「あと六年後にはどうなってるのか想像もしたくないなぁ…」


 アンジェは日記帳を手に取り、規則正しい字で今日の出来事を綴り始める。

 リディスとイリスと王都の本屋へ出掛けたこと。
 本の感想等を書いて、アンジェは日記帳を閉じた。

 窓の外を覗けば、すっかり辺りはオレンジ色に染まっていた。

 アンジェは指輪を再び身に付けると、見えなくなった文様に苦笑した。



 □○□○□○□○□



 辺り一面が暗闇へと変わり、王都を照らす光が徐々に減ってきた頃、今日もまたルーンは屋敷へと帰宅した。
 出迎えてくれた幼い頃からお世話になっている使用人に荷物を預けるなり、ソファーへとすぐ様沈む。

 すっかり疲れきった様子のルーンに使用人はお茶の準備を始めた。


 「……明日から一昨日魔物に襲われた集落へ行ってきます。帰りは多分、五日。それかそれ以上」


 「畏まりました。奥様にも伝えておきます」


 「頼みます。それで、今日の奥さんはどんな感じでした? 変わった様子は?」


 「異性のご友人が遊びに訪れられていました。いずれご紹介したいと奥様が。親友との事ですよ」


 「あー。この間聞いたあの子の事ですかね? 会ってみたいものですが、時間が…」


 ルーンはそう言うと用意されたお茶を口に運ぶ。

 仕事のスケジュールはギッシリ詰め込められ、休む暇もない程だ。
 使用人達がアンジェが友人と言いつつも、異性の友人であるリディスに対して警戒心を持っている事にルーン勘づいている。けれど、ルーンからしたら別にアンジェが異性の友人と遊ぼうがどうでも良かった。

 名ばかりの結婚。
 名ばかりの夫婦。

 この関係には愛なんて感情は一切無いのだから。

 ルーンはまたもう一度お茶を口に運ぶ。
 疲れた体を一気に癒さしてくれるような優しい味。それはまるで、ルーンがまだ幼い頃に飲んだ母がいれてくれたお茶の様だった。

 
 「……ここ一ヶ月から急に魔物の活動が活発になり始めてます。まるで鍵が掛けられていた檻が何かを切っ掛けに開いたみたいに。偶然なのか、それとも何か切っ掛けがあっての事なのか…まだ何も分かってません」


 「奥様にはお話になられたのですか?」


 「しましたよ。私の目指す未来のことも」


 ルーンは社交界でも魔導師界でもまた、心優しい人間だと言われている。だが、実際は口下手で、中々人に心を許さない人間である。

 そんな彼がもうアンジェにそこまで話をしていた事に使用人は驚いた。
 けれど、一番気になったのはその後だ。
 ルーンの話を聞いて、アンジェがどのような反応を示したか。
 なにせ皆、ルーンの目指す未来の話を聞いて、それを理解してくれる人は極わずかしか居なかった。殆どの人達がルーンの表面だけばかりを気に入り、中身は一切知ろうとはしなかったのだ。


 「旦那様。どうか、奥様を大切にしてあげて下さいね」


 使用人の言葉にルーンは手を止めた。
 そして、カップをテーブルへと置くと呟く。


 「放ってること、怒ってるんですか?」


 「えぇ、少し。仕事とは言え、あまり放っておくと逃げられてしまいますよ」


 「経験者が言うと、何だか言葉に重みがあるね」


 白髪の髪と、白いちょび髭。少したりとも緩まない表情筋。勇ましい顔付きをした彼の名は、テヲと言い、彼もまたグレジス公爵家に命を救われた人間である。

 空になったカップに紅茶を注ぎながら、テヲは言う。


 「分かり合え無かったのですから、これは致し方無かったと思っております。しかし、旦那様には私と同じ道を歩んでは欲しくないのです」


 「……同じ道って。あの子はまだ十二歳。恋愛対象にさえ見れないですよ」


 「と、言いつつ初恋もまだじゃないですか、旦那様は。まぁ、恋愛どころでは有りませんでしたしね」


 テヲの言葉にルーンは言葉を詰まらせる。
 幼い頃から次期公爵家の当主として厳しい教育を受けて来た。そして何より、大切な人を失った事でルーンは魔法へとより力と熱を注いだ。

 恋なんてしている暇が無かったのだ。
 誰かに現を抜かす暇が有るなら、強くなりたかった。
 もう、大切なものを失わない様に。


 「テヲ。俺は……ちゃんとやれてるか? 父さんのように」


 震えた声。そして、敬語を忘れた本来の口調。
 テヲはまるで幼い頃のルーンを見ているような気持ちになり、強く心を痛める。けれど、テヲに出来ることはただ真実を肯定する事だけである。


 「…えぇ。十分な程ですよ」


 テヲはそう言うと、小さく頷いた。


 暫く沈黙が続いた後、ルーンは口をゆっくり開く。


 「俺だけ、幸せになってもいいのだろうか…」


 そんなルーンの言葉にテヲは大きく目を見開いた。
 そして拳をギュッと強く握り締めると、深々と頭を下げて言った。


 「どうか、自分を責めないであげて下さい。旦那様の幸せをこのグレジス公爵家に仕える皆が望んでおります。それは旦那様のご……」


 「ありがとう、テヲ。けど、暫く一人にしてくれますか? 大丈夫。ただ一人になりたい気分なだけですので」


 「畏まりました……」


 ルーンの言葉にテヲは一礼すると部屋を出た。

 部屋の扉を背に、テヲは自分の不甲斐なさを責める。
 テヲは命を救ってくれた、このグレジス公爵家に忠誠を誓っている。そして、何より約束したのだ。ルーンの両親に。彼を支えると。

 しかし、ポッカリと空いてしまったルーンの心は、どうやらテヲでは満たす事が出来ない。そう薄々感じ始めていた。


 「……希望は一つか」


 テヲはそう呟くと、ゆっくりと歩き始めた。
 小さな希望を一つ胸に添えて。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

忘れられた幼な妻は泣くことを止めました

帆々
恋愛
アリスは十五歳。王国で高家と呼ばれるう高貴な家の姫だった。しかし、家は貧しく日々の暮らしにも困窮していた。 そんな時、アリスの父に非常に有利な融資をする人物が現れた。その代理人のフーは巧みに父を騙して、莫大な借金を負わせてしまう。 もちろん返済する目処もない。 「アリス姫と我が主人との婚姻で借財を帳消しにしましょう」 フーの言葉に父は頷いた。アリスもそれを責められなかった。家を守るのは父の責務だと信じたから。 嫁いだドリトルン家は悪徳金貸しとして有名で、アリスは邸の厳しいルールに従うことになる。フーは彼女を監視し自由を許さない。そんな中、夫の愛人が邸に迎え入れることを知る。彼女は庭の隅の離れ住まいを強いられているのに。アリスは嘆き悲しむが、フーに強く諌められてうなだれて受け入れた。 「ご実家への援助はご心配なく。ここでの悪くないお暮らしも保証しましょう」 そういう経緯を仲良しのはとこに打ち明けた。晩餐に招かれ、久しぶりに心の落ち着く時間を過ごした。その席にははとこ夫妻の友人のロエルもいて、彼女に彼の掘った珍しい鉱石を見せてくれた。しかし迎えに現れたフーが、和やかな夜をぶち壊してしまう。彼女を庇うはとこを咎め、フーの無礼を責めたロエルにまで痛烈な侮蔑を吐き捨てた。 厳しい婚家のルールに縛られ、アリスは外出もままならない。 それから五年の月日が流れ、ひょんなことからロエルに再会することになった。金髪の端正な紳士の彼は、彼女に問いかけた。 「お幸せですか?」 アリスはそれに答えられずにそのまま別れた。しかし、その言葉が彼の優しかった印象と共に尾を引いて、彼女の中に残っていく_______。 世間知らずの高貴な姫とやや強引な公爵家の子息のじれじれなラブストーリーです。 古風な恋愛物語をお好きな方にお読みいただけますと幸いです。 ハッピーエンドを心がけております。読後感のいい物語を努めます。 ※小説家になろう様にも投稿させていただいております。

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】 今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。 「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」 そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。 そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。 けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。 その真意を知った時、私は―。 ※暫く鬱展開が続きます ※他サイトでも投稿中

全てを捨てて、わたしらしく生きていきます。

彩華(あやはな)
恋愛
3年前にリゼッタお姉様が風邪で死んだ後、お姉様の婚約者であるバルト様と結婚したわたし、サリーナ。バルト様はお姉様の事を愛していたため、わたしに愛情を向けることはなかった。じっと耐えた3年間。でも、人との出会いはわたしを変えていく。自由になるために全てを捨てる覚悟を決め、わたしはわたしらしく生きる事を決意する。

邪魔者は消えますので、どうぞお幸せに 婚約者は私の死をお望みです

ごろごろみかん。
恋愛
旧題:ゼラニウムの花束をあなたに リリネリア・ブライシフィックは八歳のあの日に死んだ。死んだこととされたのだ。リリネリアであった彼女はあの絶望を忘れはしない。 じわじわと壊れていったリリネリアはある日、自身の元婚約者だった王太子レジナルド・リームヴと再会した。 レジナルドは少し前に隣国の王女を娶ったと聞く。だけどもうリリネリアには何も関係の無い話だ。何もかもがどうでもいい。リリネリアは何も期待していない。誰にも、何にも。 二人は知らない。 国王夫妻と公爵夫妻が、良かれと思ってしたことがリリネリアを追い詰めたことに。レジナルドを絶望させたことを、彼らは知らない。 彼らが偶然再会したのは運命のいたずらなのか、ただ単純に偶然なのか。だけどリリネリアは何一つ望んでいなかったし、レジナルドは何一つ知らなかった。ただそれだけなのである。 ※タイトル変更しました

【完結】不貞された私を責めるこの国はおかしい

春風由実
恋愛
婚約者が不貞をしたあげく、婚約破棄だと言ってきた。 そんな私がどうして議会に呼び出され糾弾される側なのでしょうか? 婚約者が不貞をしたのは私のせいで、 婚約破棄を命じられたのも私のせいですって? うふふ。面白いことを仰いますわね。 ※最終話まで毎日一話更新予定です。→3/27完結しました。 ※カクヨムにも投稿しています。

【完結】優しいあなたに、さようなら。二人目の婚約者は、私を殺そうとしている冷血公爵様でした

ゆきのひ
恋愛
伯爵令嬢であるディアの婚約者は、整った容姿と優しい性格で評判だった。だが、いつからか彼は、婚約者であるディアを差し置き、最近知り合った男爵令嬢を優先するようになっていく。 彼と男爵令嬢の一線を越えた振る舞いに耐え切れなくなったディアは、婚約破棄を申し出る。 そして婚約破棄が成った後、新たな婚約者として紹介されたのは、魔物を残酷に狩ることで知られる冷血公爵。その名に恐れをなして何人もの令嬢が婚約を断ったと聞いたディアだが、ある理由からその婚約を承諾する。 しかし、公爵にもディアにも秘密があった。 その秘密のせいで、ディアは命の危機を感じることになったのだ……。 ※本作は「小説家になろう」さん、カクヨムさんにも投稿しています ※表紙画像はAIで作成したものです

離婚した彼女は死ぬことにした

はるかわ 美穂
恋愛
事故で命を落とす瞬間、政略結婚で結ばれた夫のアルバートを愛していたことに気づいたエレノア。 もう一度彼との結婚生活をやり直したいと願うと、四年前に巻き戻っていた。 今度こそ彼に相応しい妻になりたいと、これまでの臆病な自分を脱ぎ捨て奮闘するエレノア。しかし、 「前にも言ったけど、君は妻としての役目を果たさなくていいんだよ」 返ってくるのは拒絶を含んだ鉄壁の笑みと、表面的で義務的な優しさ。 それでも夫に想いを捧げ続けていたある日のこと、アルバートの大事にしている弟妹が原因不明の体調不良に襲われた。 神官から、二人の体調不良はエレノアの体内に宿る瘴気が原因だと告げられる。 大切な人を守るために離婚して彼らから離れることをエレノアは決意するが──。

あなたに嘘を一つ、つきました

小蝶
恋愛
 ユカリナは夫ディランと政略結婚して5年がたつ。まだまだ戦乱の世にあるこの国の騎士である夫は、今日も戦地で命をかけて戦っているはずだった。彼が戦地に赴いて3年。まだ戦争は終わっていないが、勝利と言う戦況が見えてきたと噂される頃、夫は帰って来た。隣に可愛らしい女性をつれて。そして私には何も告げぬまま、3日後には結婚式を挙げた。第2夫人となったシェリーを寵愛する夫。だから、私は愛するあなたに嘘を一つ、つきました…  最後の方にしか主人公目線がない迷作となりました。読みづらかったらご指摘ください。今さらどうにもなりませんが、努力します(`・ω・́)ゞ

処理中です...