君に逢えるまで~星の降る街~

GIO

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八話 記憶のアルバム・後編

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   滅多に見ることの無い亜香里のそんな姿に戸惑い俺は彼女を残して行くことをはばかりどうするべきなのか決めあぐねていると誰かと会話をしながら段々近づきつつある唯の声が聞こえてきた。

「昌一郎さんあれが私のおにぃと亜香里ちゃんだよ」

 唯の隣にいたのは背が高くて服装から察するに俺よりも歳上に思えた。
 しかし誰だ?
 歳上といっても父さんたちのような、大人とは違う。
 リュックサックをからった若い青年、おそらくは大学生ぐらいだろうとの推察が立てられる。

「唯その人は?」
「誰って昌一郎さん」

 いきなり現れた素性の全く知らない青年に俺は警戒心を剥き出しにする。
 そんなことお構いなしに唯は俺の質問に平然と答えるが正直俺の質問への答えになっていない。
 困惑する俺の反応を察した青年が唯の代わりに喋り始める。

「こんにちわあきら君。僕の名前は阿笠昌一郎・・・・・。まぁそう身構えないでくれ決して怪しい人ではないからと言っても信じてはくれないだろうかね....。僕のことは信頼はしなくていいから信用ぐらいしてくれると助かるよ」

 少しだけ話してみるとどうも悪い人には見えなさそうに思えた。
 だけど騙されてはいけない。
 何より俺からみれば、知らない青年に唯が人質として囚われ動けない亜香里が背中の先にいるのだから。

「それよりもそっちの彼女は大丈夫辛そうに見えるのだけど?」

 痛みを負って苦しむ亜香里に、怪しい青年と彼女を心配する目をする優しそうな青年その両方を天秤にかけた時自ずと答えは出た。
 亜香里の怪我の具合を詳細を青年に説明し、助けを俺は求めた。

「そうかならちょっと待っていてね」

 青年は背中にからっていたリュックサックから医療キットを取り出す。
 そしてキットの中から冷却スプレーを引っ張り出すと腫れ上がった亜香里の患部に吹き付け、テーピングを亜香里の足首に圧迫する形で巻き付ける。

「これでだいぶん楽になると思うけどどう?
「ありがとうございます」

 亜香里の顔に生気が戻った。
 彼女の表情から、痛みが和らいだことは明白であった。

「君達はこの場所へはどうやって来たのかな?」
「そこを流れている川に沿って麓にあるキャンプ場から登ってです」
「応急処置をしたとは言え、彼女の足の具合からもこの道を下るのは大変そうね。そうだ僕の車が近くに止まっているからキャンプ場まで送って行くよ」

 彼の純粋な好意に、いつしか俺の警戒心も薄れていて亜香里を助けてくれた彼に感謝していた。

「本当ですか?」
「あぁ勿論、でも車まではもう少し距離があるから歩くよ。あきら君はしっかりと唯ちゃんから目を離さないでくれよ」

 そう言って昌一郎さんはリュックサックを身体の正面で抱えると背中側に怪我で歩けない亜香里を背負って歩く。



「昌一郎さんはどうしてあんな森の奥に居たんですか?」

 夏の山の中、日が沈み始めた山のなかを怪我をしている亜香里を背負う昌一郎さんにふと疑問に思った質問を問うてみた。
 ちなみに怪我人である亜香里は昌一郎さんの背中に寄りかかるようにして寝ている。

「僕は大学が夏休みだから親父の研究の手伝いをしに来たんだよ。まぁ大学四年生の身としては就活に励まないといけないんところだけどさ」
「へぇ~昌一郎さんのお父さんって研究者の方なんですね。なんだかそれって誇らしいなぁ~」
「だろ僕はそんな親父を尊敬しているんだ」

 父親のことを語る昌一郎さんはキラキラと輝いていて親子の関係性を覗かせた。
 よっぽど仲が良いのだろう。

「それで昌一郎さんのお父さんは何の研究をしているんですか?」
「それは悪いけど言えないよあきら君。ただ簡単に説明するのなら星の観測についてかな」
「星の観測……」

 正直滅茶苦茶、深掘りして聞き出したい。
 だけど昌一郎さんにここまで言われてしまえば、残念ながらこれ以上教えてはくれないのだろう。

「じゃあ僕からも質問いいかな?」
「俺の答えれる範囲でならなんでも答えますよ」
「ハハッそんな難しいものじゃないからさ。あきら君は星を眺めるのは好きかな?」
「おにぃは大の星好きだよ毎日っていっていいぐらい夜に自分の望遠鏡で星を観察してるんだよ」
「それは良かった。ただ歩くのもなんだし、お兄さんの蘊蓄にでも付き合って貰おうかな」

 俺より先に答えた唯の発言に昌一郎さんが嬉しそうな反応を示した。

「実は僕が車を停めているのはこの先の深湖という湖の近くなんだけど、そこにはある伝承が残ってるいるんだ」
「ねぇおにぃ伝承ってどういう意味?」

 唯は不思議な顔で首をかしげる。

「簡単に言えば唯が産まれるずっとずぅ~と前から、今の時代まで伝わっているお話って所かな」
「ふ~ん」
「それでその深湖って湖にはどんな伝承があるんですか?」
「今でこそあそこから見る星の煌めきは最高との呼び声も高く観光地化してあるが、深湖はその昔隕石が落ちて形作られた湖とされているんだよ。どうだ知らなかっただろ?」
「知らないもなにもまず俺達深湖を知りません...……」
「えっごめんね。星好きであのキャンプ場に遊びに来ていたのなら、てっきり知っている者だと勘違いしてしまった。でもほらっ見えてきたよここが深湖さ」




 日も暮れ始めた薄暗い森を抜けた先に待っていたのは見渡す限りに広がる大きな湖と観光地である深湖を訪れている観光客だった。

「昌一郎お前どこいっていたんだ探したんだぞ!」
 
 深湖に到着するなり俺らの前に一人の老人が、勇み良く近づいてくる。

「あぁ親父心配掛けて済まん。でもこの子達を見過ごすなんて恥ずかしい真似は性に合わないから許してくれ」
「その坊主達はどちらさんだ?」
「初めまして俺の名前は本堂あきらって言います。それと妹の唯です」
「おおよろしくな坊主ワシの名前は阿笠輝雄、昌一郎の父親だ。それでそちらの女の子は?」

 どうやら昌一郎さんの背中ですやすやと眠りについている亜香里の事を言っているみたいだった。
 まぁ当然と言えば当然だ。

「彼女の名前は白石亜香里ちゃん。偶然怪我をして動けない場面に遭遇したんで連れてきた」
「連れてきたってお前、誘拐でもするつもりか!」
「冗談は止してくれよ親父。真に受けないでくれよあきらくん」
「あっ、はい」
「怪我で歩けそうにないから麓のキャンプ場まで送っていこうと思ってここまで運んできた。車で行った方が彼女の負担にもならないからね、てなわけで彼らをキャンプ場まで運んでくる」
「おい、彼らの親御さんの連絡先が分かるなら一旦連絡しろ。日も暮れているから多分心配しているぞ、親御さんを安心させてやれ。ワシがその子らの親の立場だったら血眼になって探しておるだろう」
「分かってるって車に乗せたらするつもり。流石に森の中は電波がね」

 昌一郎さんは父親に自分が持つ携帯電話を振りかざしアピールする。
 その言葉通り昌一郎さんは亜香里を自分の車の後部座席に寝かせると、俺から母さんの携帯電話の番号を聞いて電話を掛け、粗方の事情を説明して今から車でキャンプ場まで送ってくれることまだ全てを伝えてくれた。



 緩やかな山道を走行している際中に車内で寝ていた亜香里がようやく目を覚ました。

「おはよう亜香里」
「あれここはどこ?」

 自分が何故車の中に居るのか、寝ていた亜香里には検討もついてない様子だ。
 それから亜香里に今の状況を事細かに説明しついでに時間を持て余していたので深湖のことについても話して車内は盛り上がった。

「到着したよ」

 昌一郎さんが運転する車はキャンプ場に隣接する駐車場の中に入り停止した。
 車から下車するなり駐車場で俺達が来るのを待ち構えていた母さん達が出迎え、ギュッと身体を寄せ抱きついてきた。

「もう本当に心配したんだからね」
「ごめんよ母さん。でも安心してちゃんと帰ってきたんだからさ」
「そういうことじゃないの!」

 母さんに思いっきり怒鳴られてしまった。

「こんばんは、あきら君のお母様でいらっしゃいますか?」
「はいそうですかあなたがえっとぉ……」
「紹介が遅れました私が先程お電話を差し上げた阿笠昌一郎です」
「そうそう阿笠さん。この度は本当に助けて戴きありがとうございました。あきらの母の本堂美佐と申します」
「人助けは当たり前のことですからお顔をあげて下さい。そんな大したことではないではありませんし」
「うんうん、昌一郎さんはとっても優しいんだよ。なにしろ歩けない私をおぶさってくれたんだもん」

 母さんが感謝の意を述べていたら、亜香里が口を出してきた。
 
「こらっ、誇らしく言わないの。それにもとはといえばあんたが悪いんでしょしっかりお礼は言った?」
「言ったよぉーお母さん」
「あきら君のお母さんとさっき阿笠さんが来る前にお話していたのですけど良かったらご一緒にバーベキューどうですか?」

 母さんたちのお礼を断りきれなかったのだろう、昌一郎さんは少し悩んだあとで答えを出す。

「それじゃお言葉に甘えさせて貰います」



同日 午後九時

 昌一郎さんはバーベキューを食べ終えると「親父に怒鳴られる」と言って早々に消えていった。

「お母さん今から深湖に星を見に行こうよ。あきらもとぉーぜん行きたいでしょ」

 あの時一人だけ深湖からの景色を見れなかった亜香里はその事を今の今まで根に持っていたのだ。
 と言っても、星の眺めが良い深湖が本領を発揮するのは夜の星空。
 昌一郎さんが述べた素晴らしい景色を、目に焼き付けることは出来ず、時刻が遅くなってからもう一度行きたい欲求を保有していた。
 
「俺も行きたいけど流石に駄目だろ。運転手がお酒を飲んでいるわけだし………」

 俺は父さんの方を見ながら言う。
 迷惑をかけてしまったことも重なり両親になかなか言い出せずにいると、父さんはお酒を飲み始めた為に完全に言うタイミングが潰えてしまって俺の願いも潰えたのだ。
 そんな中で飛び出した亜香里の提案が通るわけもなく諦めるように諭すが、父さんと亮さんはお互いの顔を見合せ笑い始めた。

「まさかあきらじゃなくて亜香里ちゃんから提案してくるとは予想にもしなかったよ。けど亮、お前はやっぱり酒を飲まなくて正解だったな」
「何言ってるの父さん、亮さんもビール缶を開けて飲んでいるのを俺見たよ」

 確かにこの目でしっさりと捉えた。
 もしも父さんがビールを飲んだとしても、亮さんが飲まなかったら彼に頼もうと密かに思い馳せていたためだ。

「あきらは見間違いたんだよ。亮が飲んでいたのは歴としたノンアルコールビールだ」
「へぇ?ノンアル。でもなんで亮さんはノンアルを?」

 父さんと亮さんの会話に全くついていけなかった。
 亮さんは普段からお酒が好きなのは知っていたし、バーベキューを一層楽しむためにもお酒を選択するはずだ。
 なのに何故ノンアルコールを……?

「お父さんどういうことか私達にも分かるように説明して欲しいんだけど」
「それはなぁー亜香里、秘密にしていたのだがこの後に深湖に行こうと元々から計画していたんだ」
「えっそれって本当なの?」
「それで迷惑をかけたお詫びと言うことでお父さんが車を運転して深湖まで行くことになったんだ。ああぁそうじゃなかったら翔大とじゃんけんで決める手筈だったのに......」

 亮さんは恨めしそうに自分の娘である亜香里を見る。
 亜香里は誤魔化そうとニヘラ笑い顔をした。
 茶番も済んだところで人数が多く乗れる本堂家の車に乗り込んだ本堂家と白石家の一行は、亮さんの運転のもと深緑山の中腹にある深湖を目指して暗い夜道をひた走る。
 車が目的地に到着した頃には、時計の針は夜の十時を回り、深湖には星を見ようと多くの観光客で溢れかえっていた。

「父さんこれじゃここから見るしか無いね」

 車から降りた俺は周囲を見渡し、見る場所を確保出来ないと判断し、車の側でしか空に光り輝く星を見られない。
 半ば諦め掛けるが父さんは違った。
 遠くの方を見ながら誰かを探している。

「父さん誰か探しているの?」
「あっこっちです翔大さん」

 少し離れた位置にいた青年が手招きで誘う。
 父さんは探していた人物を発見すると家族を引き連れその青年のもとへ向かっていく。
 その青年の正体はついさっきまでバーベキューをしていた昌一郎さんと昌一郎さんの隣には彼の父親である輝雄さんもいた。

「いやぁ~場所取り感謝します」
「いえいえ夕ご飯を頂いたお礼ですよ。それに持ってきたは良いものの男二人だけでこれを使うのも味気なかっですし。なっ親父」
 
 そう言った昌一郎さんの背後には立派な望遠鏡が用意されていた。

「その望遠鏡は昌一郎さんのものですか?」

 父さんが尋ねるが昌一郎さんは首を横に振る。

「それは親父のです。親父は星を眺めるのが趣味でして」
「よぉ坊主また会ったな。息子から聞いたが坊主も星好きなんだってな」
「はい!」
「よしワシに付き合え」

 こうして夏の日の一夜は緩やかに進み星を見終えると阿笠親子と別れキャンプ場に戻り、それぞれの家ごとのテントに入り就寝した。 
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