君に逢えるまで~星の降る街~

GIO

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十八話 急転直下

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十月十九日 水曜日 早朝

「親父少し不味い事態になったかも知れん」

 その一報は廃倉庫で一人黙々と実験資料に目を通していた阿笠輝雄にかかってきた電話の内容であった。

「それで不味い事態とは何が起きた昌一郎」

 すかさず新たな情報を得ようと四年ぶりの再会を果たし、ギクシャクしていた親子関係も修復の兆しを見せ始めた息子からの電話に返事をする。
 昌一郎の声のトーンから深刻さの度合いも自然と推し量られ彼の父親である阿笠輝雄の脳内では様々な憶測が過るなか、息子の口から飛び出たのは想像の斜め上をいっていた。

「本堂あきらのドッペルゲンガーが現れた」
「はぁぁぁーーーなんだとっ?」

 思いもせぬ事象につい輝雄は、同じ倉庫内で眠りに着いていた岩沼哲平と柿大地が起きることなど構わないぐらい大きな声で驚く。

「落ち着け親父」

 昌一郎は父親が驚くのも無理もないと思いつつも一刻と早く、話を進めるために父親の混乱が治まらないうちに話を切り出した。

「相場部長にはあきら君が口にした白石亜香里という名前は記憶障害によるものだと説明していたのは知っているよな」
「あぁ」

 哲平の目撃情報が無ければ、昌一郎も本堂あきらが入れ替わっていることに気づかなかっただろう。
 だがこれは、昌一郎側しか知らないアドバンテージのはずだった。
 それが知られてしまったのだ。

「ドッペルゲンガーが出現したことで、誤魔化しも出来そうにない。彼を今すぐ捕らえるべきだとする動きすら出ている」
「何故そんな事態に?」
「同じ時間別々の場所にある防犯カメラに本堂あきらが映っていたんだ。服装こそ違えど背格好から顔まで同一人物だと示すだけの類似点があった」
「防犯カメラを調べるなんてどうしてそんな真似を?」
「それが昨日気になる出来事があったそうで少し身辺を調査したみたいなんだ」

 情報を本堂あきらと白石亜香里をもとの世界に戻そうとしている一派に横流している昌一郎の話によると、昨日こちら側の白石亜香里の墓参りに行った際、本堂あきらと彼と共に訪れていた貝塚恭子に誰かが接触したようだ。
 その誰かを特定すべく彼らの歩いた道を遡りながら調べていくなかで偶然見つけたとのことであった。

「どうする親父、このままじゃああきらくんの方も捕らわれ兼ねない。今すぐ動くか?」

 焦り、本堂あきらが捕らわれる前に自分たちの下に置こうと意見する昌一郎に対して輝雄は違った。

「落ち着け昌一郎。今すぐにワシらが動く必要はない、ただ準備はしておくべきだ。計画を速めるしかないな」
「何悠長に言ってるんだ!」

 淡々と冷静な口調で語る父の言葉に、全ての事実を知ったあとの昌一郎にしてみれば甘いとさえ思えた。
 二人とも捕らわれれば、助け出すのも困難になる。

「考えてもみろ。今動けばワシらとお前の関係も明るみになるかもしれない、そうすると後の計画に支障が起きる。それとすぐに奴らが手を出さない根拠ならある」
「根拠?」
「そもそもあの場に彗星の欠片が落下することは予測し得た。なのに奴らはそれを隠蔽し、傍観した。それは何故か分かるか?」
「それは知らずに近づいた者が例の現象に巻き込まれるのを待つため………、そうか白石亜香里はこの世に居なかった存在だから向こう側の人だと特定できた。しかしあきら君に関してはこちら側にも存在するからあの時は手を出すことは無かった」
「そうだつまり奴らは最初本堂あきらには特に関心を持たなかった。流石に今更になって向こう側の人間だからと言って捕らえることは容易ではないと言うことだ理解したか昌一郎」
「なんとなくは分かった」
「まっ万が一のことも考えて逐一ワシらには報告をしろ、こちらも動ける用意はしておく」

 輝雄は電話を切るとソファで寝ていて筈の哲平と柿が目を覚ましているのに気付く。

「どうしたんだこんな早朝に。今日の昼にもやることはあるんだし寝れるときは寝ておけ」

 自分の大きな声が目覚まし代わりになって覚ましたくもない時刻に起こされたことを恨み節に柿から罵られる。

「で何があった」
「それが、本堂あきらがもう一人現れたそうじゃ」
「つまり別世界に飛ばされた本堂あきらがこちら側に帰ってきた?」
「正確なことは分からぬがおそらくは……」
「ならこうしちゃいられねぇ。今すぐ向こう側の本堂あきらを保護しないと!」
「すぐに動かなくても奴らは行動しないだろ」
「忘れたのかっ!研究の阻害になる対象であった亮さんを一家もろとも殺したんだぞ。彼が危険だ」

 柿は倉庫を飛び出していってしまう。



「集合完了しました相場さん」

 国家安全管理局の中で相場秋はそれなりの地位にいる。
 その中で信頼のおける仲間だけを集め、密かに内藤所長らと手を組み研究を進めている少数の人だけがテントに集まった。
 そこで代表として腹心の部下東城真がリーダーである相場に報告する。

 これが『マントル』の構成員か。
 思ったより多いな。

 『マントル』と呼ばれ、昌一郎たちの目的を邪魔する組織。
 そのなかに先日見事潜入を果たした阿笠昌一郎もひっそりとまざり混んでいた。

「連絡事項は伝えてあると思うが、これをどうみる?」

 相場の横に吊るされたスクリーンに一枚のスライドが映し出された。
 そのスライドにはバスに乗り込もうとする本堂あきらと貝塚恭子の姿が映し出されそれと同時に端にいる少年に赤く円で囲まれていた。
 その瞬間どよめきが上がる。
 赤く円で囲まれていた人物は監視対象者である本堂あきらと瓜二つと言っても過言はない。

「世界には同じ顔が三人は居るっていいますし偶々同じ顔だっただけなのでは…?」

 昌一郎が真っ先に相場の質問に答えたが、その答えが正しいとは誰一人思いもしない。
 それは彼らの研究に起因している。
 
「そんなわけないだろ阿笠くん。いやこれはまさしく僥倖。被験体が増えますな」

 東城が喜びを露にし他も追随する。
 不味い、この流れは……。
 他人の空似だった、との空気を作ろうとした昌一郎の発言は無意味だった。
 ここは自分が率先して動くべきだ。
 怪しまれても仕方がない。

「だな。東城の言う通りだ」
「なら私が行きます」

 昌一郎がすかさず立候補したが手遅れだった。
 
「もう迎えに行ってもらっているから安心しろ。それよりもお前には頼みたいことがある」

 この状況だと親父に連絡が取れない……。
 誰か頼むあきらくんを守ってくれ。
 昌一郎は潜入を続けるためにも心の底から祈るしかなかった。



 ピンポーン。
 
「こんな朝早くから誰かしら?」

 昨日と同じく、家族三人で朝食を食べていると珍しく朝っぱらからインターホンが押された音がリビングに響く。
 母さんはインターホンのモニターに近づくと応答ボタンを押して尋ねる。

「はぁい、どちら様ですか?」
「国家安全監理局の者なのですが、お宅のあきらくんに二、三確認することが出来ましたので勝手ではありますがお借りしても?」
「えっ……でも……」

 母さん的には、心の傷が治りきってないとされる俺にあまり観察会のことに関しては、思い出させたくないとの想いの表れからか考えあぐねている様子だ。

「いいよ話を聞くだけだろ母さん。ちょっと出てくる」

 食事の席の途中で席から立ち上がり、玄関へと向かい扉を開けると一台の車が止まっていて、そこにいたのは見知らぬスーツの男性だった。
 俺はてっきり柿さんが来たものだと誤解していたため足が重い気がする。

「一歩退け!!!」

 いきなり声がする。
 声の方角から、豹のような走りを体系化したように姿勢をかがめ誰かが全速力で駆け寄ってくる。
 


「待ってください、僕も行かせてください」

 車に乗り込もうとする柿に、哲平が食い下がってきた。

「状況が状況だ。分かっていながら子供を危険な場所へ連れ出すことは出来ない」

 だが少年は聞く耳を持たない。
 一緒についていく気満々で、柿の制止も聞かず乗り込もうとする。

「駄目だ、君は阿笠博士を手伝え。ここからは時間との勝負必ず俺たち・・が二人を連れてくる」
「でも……」
「大人を頼れ」
 
 哲平を説得し彼を置いて車に乗り込み、アクセルペダルを勢いよく踏み発進する。
 法定速度や信号機などお構い無しに、車をぶっ飛ばしてあきらの家を目指す。
 
「くそっ先んじられた。仕事が早いこって」

 目先には目的地。
 だが門前には同僚が二人。
 おそらくは昌一郎の電話にあったとおり、本堂あきらを捕らえに来たのだろう。
 このまま車で突っ込むのも手だが、それだとあきらくんをも巻き込みかねない。
 ならばやることは決まっている。
 
「一歩退け!!!」

 姿勢を低く、こちらに気づかれても銃の射線上に当たらないよう屈んで全速力で近づいていく。

「お、お前は柿大地」
「もう遅い」

 明確な敵の一人はジャケットの裏に隠していた銃を取り出そうとするが、アッパー攻撃を相手の顎に喰らわせ伸す。
 残りの片方も、突然現れた来訪者が相棒を伸す様におどけた隙を突いて柿は一気に制圧した。

「えっとぉ……柿さん。これってどういうことですか?」

 事態を呑み込めていないあきらと、騒ぎを聞きつけ家の中から顔を出した彼の母親と妹の戸惑い具合に、

「流石に急だと混乱するよな」

 

「それで頼みたいこととは?」
「国立科学研究所に向かってくれ。“白石亜香里”が目を覚ました」



 目を覚ました場所は誰も居ない部屋。
 そして見慣れぬ景色。
 
「私は学校にいたはず。ここはどこなの?」

 
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