【完結】恋に花咲け、植物男子!

いなば海羽丸

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1章・モエ

園芸のススメ・2

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「僕だって、細く見えるかもしれないですけど、これでもけっこう筋肉はあるんです」
「へえ」

 チトが「触ってみろ」と言わんばかりに腕を見せてくるので、モエは彼の上腕二頭筋をぎゅっとつかんでみる。――たしかに。彼の腕は細身ではあっても、しっかりとした弾力と厚みがあって、思っていた以上に筋肉質だった。

「すごいでしょ。特に筋トレとかしてませんからね。僕」
「へえ。そりゃ、すごいね」

 純粋にすごいと思った。一切、筋トレをしないで、ここまで筋肉を育てられるのはたいしたものだ。だが、同時に。モエがこれから、ひと月ほど行う約束をした園芸作業というものは、それだけの労力がかかるということでもある。モエは途端に気が重くなってきて、下唇を突き出し、ため息をらした。

 まぁ、しょうがないよな……。これもリハビリだと思えば……。

 つい、後ろ向きになってしまいそうな自分にうまい言い訳をして、モチベーションをなんとか保つ。すると、そんなモエを笑ってなぐさめるように、心地のいい風が吹き抜け、汗ばんだ肌を撫でながら冷やしていった。モエは目を閉じ、中庭のベンチにもたれ、深呼吸をする。吹く風と一緒に、土の匂いと、むしった草の匂いが鼻をくすぐった。

「それにしても、この中庭にこんなにいろんな植物が植わってたなんて、全然知らなかったなぁ」

 ふと、心地よさに任せて、何の気なしにそんなことを呟くと、チトはよくぞ言ってくれた、と言わんばかりに目をキラキラさせた。

「そうでしょう、そうでしょう! ここには、全部で百種類を超える植物が植わってるんですよ」
「ひゃ、ひゃく……?」
「自然淘汰されてしまったものも含めると、もっとあります!」

 チトのおしゃべりは、うわさ通りだった。チトは植物のことが話題になると、途端に水を得た魚のように目を輝かせ、次から次へと植物に関する話をして、モエが作業の再開をうながすまで、止まらなかった。

 この中庭の植栽スペースでの、ハナミズキの木の役割と、その周囲に植えられた植物たち。アジサイ、バラの品種。セージと呼ばれる大型の草類。ブッドレアという、蝶が好んで集まる低木。ブルーベリーの木。それらを取り巻く、夏の草花。とてもその種類までは覚えきれないが、とにかくこの中庭には、数多くの植物が植わっているらしい。

 ただ、その熱量のせいで敬遠されがちだと聞いたチトの話は、不思議とモエには心地よくて、下手をすればモエは、延々と聞いていられるような気にもなった。

***


 放課後の作業が終わったあと、モエは着替えを済ませると、チトとひと休みをしてから、帰路についた。今朝、疾風のごとく自転車で駆け抜けた通学路を、今はゆったりと漕ぎながら、ぐるぐると頭を巡らせる。

 園芸や植物のことについて、その知識を深めていこうと必死になっているのだ。用具の名称や、作業そのものの名称。植物の名前。品種。属性。その性質。チトは園芸のことならなんでも知っていて、けば丁寧に教えてくれた。

 チトくん、フツウにいいヤツだな。ひたすら植物の話してたけど、けっこうおもしろかったし。

 ただし、早くも2日目で、モエはすでにその知識量が気が遠くなるほどに膨大ぼうだいであることを悟っている。おそらくだが、あれは半年や一年で吸収できるレベルではない。もしかしたら、一生かかってもすべては覚えきれないかもしれない。それでもなんとか覚え、理解できるようになろうと――いや、なりたいと思っている。それには、ある理由があった。

 チトくんが見てるもんを、俺ももっとちゃんと理解したい。チトくんと、同じ世界が見てみたい。チトくんと同じように……。

 昨日、チトがくれた言葉を思い出し、頬がゆるむ。まるで愛の告白のような、ちょっと照れくさいキザなセリフは、今も強く胸に残っている。あの瞬間。モエの心は強く波打ったのだ。

 ――僕……っ、え、園芸部員の名に懸けて、モエくんがこれから歩く道が楽しくなるように……、綺麗な花や美しい下草を、いっぱい植えておきますから!

 きっと彼は、モエのしょげた気持ちを必死に励ましてくれようとしたのだろう。今まで、励ましの言葉もなぐさめも、モエは嫌というほど聞いてきた。だが、あんなロマンチックな言葉をくれた人はいない。

 昨日だって、てっきりケガの話をしたあとは、腫れ物に触るような言葉でなぐさめでもされるのだろうと思っていた。あるいは「またいつか飛べるようになりますよ」と、無理やりポジティブな思考を押しつけられるかもしれない、とも思った。それなのに、飛べなくなったモエが楽しくなるように、地面にいっぱい綺麗な植物を植えるだなんて、まったく奇想天外で――だが、しゃれていて、植物ヲタクの彼らしくて、途方もなくロマンチックだった。あの瞬間、モエはうっかり泣きそうになってしまったのだ。
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